No | 117832 | |
著者(漢字) | 杉保,昌彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スギホ,マサヒコ | |
標題(和) | 近傍銀河における大光度コンパクトX線源のX線分光を用いた研究 | |
標題(洋) | X-ray Spectral Study of a Large Sample of Luminous Compact X-ray Sources in Nearby Galaxies | |
報告番号 | 117832 | |
報告番号 | 甲17832 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4303号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1はじめに 1980年代にEinsteain衛星により、はじめてX線で高分解能・高感度の撮像観測が可能になり、近傍の渦巻銀河には中心核以外に、X線での光度が1039〜1040ergs-1にも達するコンパクト天体が存在することが知られるようになった。中性子星の質量(1.4M〓;太陽質量)に対するEddington限界光度LE=1.5×1038M/M〓ergs-1.が2×1038ergs-1であるのに対して、これらの天体の光度は最大でその100倍以上、銀河系内の良く知られた10M〓程度のブラックホール(BH)連星の光度と比べても10倍にもなるため、大光度X線源(ULX,Ultra Luminous compact X-ray sources;Makishima et al.2000)と呼ばれている。ULXはしばしば時間変動を示すことから、コンパクト天体であることは示唆されていたが、その光度を説明するためには、100M〓もの質量のBHが必要となり、さらに、多波長での同定がなされていないこと、X線での十分な分光観測が可能でなかったことから、発見以来の謎となっていた。 この論文では、次に述べる「あすか」衛星で得られたULXに対する初めての知見を、1999年に打ち上げられた最新のChandraおよびXMM-Newton衛星を用いて、さらに推し進め、疑いのないものとすることを目的としている。 2「あすか」衛星による成果 1993年に打ち上げられた日本の4番目の宇宙X線観測衛星「あすか」により初めて、ULXに対して広帯域・高分解能・高感度のX線分光観測が可能になり、次のような画期的な成果が得られた。 10個程度のULXが調べられ、そのスペクトルが一般的に高エネルギー側で折れ曲がった形をもち、光学的に厚い標準降着円盤(Shakura & Sunyaev1973)からの多温度黒体輻射モデル(MCD)でよく記述され、残りは、光子指数1.4〜1.8程度のべき型(PL;Power-1aw)で表されることがわかった(Makishima et a1.2000)。これらはそれぞれ、いままでに良く知られている、ソフト状態およびハード状態のBH連星からのスペクトルとよく一致した結果である。さらに、全部で4つのULXは、2つのスペクトル状態間を遷移していることがわかり(Kubota et al.2001a,Mizuno 2000,La Parola et al.2001)、ULXがBH連星であることが有力となった。しかしながら、これらは一方で次のような3つの問題点を含んでいる。1つ目は、MCD型のスペクトルの硬さから得られる物理量としての円盤内縁温度Tinが、1〜2keVと高すぎること(Makishima et al.2000)、2つ目は、ULXが時間変動を示す際に円盤の内縁半径Rinが一定ではなく、ほぼT-1inに比例して変動すること(Mizuno et al.2001)、3つ目は、状態遷移が起こる光度が、〜1039ergs-1と高すぎることである(Kubota et al.2002)。 Tinが高すぎるという問題は、光度に比べてRinが小さすぎることを意味する。系内の通常のBH連星では、RinがシュバルツシルトBHにおける最も内側の安定軌道(αBHの質量)によい一致をみせ、明るさが一桁以上変化してもRinが一定に保たれることから、標準降着円盤が成り立っていると理解されてきた。よってULXでは、Rinが最終安定軌道を表しているとすると、物理的ではない状態に陥る。 3スペクトルの解析 「あすか」で得られたULXに対する結果は、限られたサンプルから導かれたもので、じっさい最近のChandraおよびXMM-Newton衛星の観測からは、PL型のULXが多数(〜10個)報告されており、「あすか」衛星とはやや異なった結果が得られていた。そこで我々は、これらの衛星のアーカイブデータを用いて、スペクトルの解析を行なった。ChandraおよびXMM-Newton衛星のアーカイブデータのうち、5ksec以上の観測時間をもつ距離2〜30MpcのNGC/IC銀河を、合わせて100個ほど選び、D25ellipse以内に存在する、中心核以外の光度2×1038ergs-1以上の天体を洗い出した。その総数はおよそ800個に及ぶ。さらにその中から、超新星残骸と同定されているものを除き、また、スペクトルの形が判定できる程度の光子統計を持つ天体として、全部で50天体ほどのスペクトル用サンプルが得られた。 このスペクトル用サンプルの中から、10個程度のとくに統計のよい天体のスペクトルを調べた。図1に示すように、基本的にMCDもしくはPLが良くそのスペクトルを再現することが確認された。同一の天体が異なる衛星で観測された場合、強度が〜20%以内で同じであれば、観測に用いた衛星に寄らず、ほぼ同じ結果が得られた。このことは、ChandraとXMM-Newtonの間では2天体、Chandraと「あすか」の間で1天体、そしてXMM-Newtonと「あすか」の間で4天体について成り立っている。このように、「あすか」衛星で得られた結果が正しいことが確認された。これら以外の天体もほとんど、MCDモデルもしくは、PLモデルのどちらかで記述され、図2に示すように、その数は同程度となった。図3のように、MCD型のものとPL型のもので、とくに5×1038ergs-1以上では有意な光度の頻度分布の違いは見られなかった。MCD型のものでは、光度とTinにやや弱い相関が見られ、「あすか」で得られていたように、1039ergs-1以上のものでは、温度が1〜2keVと大きい傾向が見られた。 この2種類のスペクトルは、いくつかのULXで状態遷移を見せることから、同種の天体の異なった状態であることは疑いない。それらの共通の特徴として、見かけ上Eddington限界光度を越す(η>1;ηは、実際の温度と光度から見積もられるRinに対応する質量の、Eddington限界光度に対する比)MCD型のものと、その数分の1程度の光度をもつPL型との間で起こることがあげられる。図5のように、状態遷移を起こした天体のMCD状態とPL状態に光度の比をみると、どの天体も、ほぼ共通のRinαT-1inという関係にしたがって数倍程度の変動を見せること、そして状態遷移が円盤温度1.0〜1.2keVで起きることがわかった。 サンプルの中で、最も統計の良いM81X-6とX-9という天体のスペクトルは、わずかではあるが有意にMCDモデルとは異なった形を持ち、MCDモデルにおける温度の半径方向の傾き(標準降着円盤では、P=0.75)を自由パラメータとすると(p-free disk)、p〜0.62±00.03となった。図4にも示されているとおり、これらは、η〓2に位置し、RinがT-1inにしたがって変動している。 一方、η<1に位置する、NGC253Source1という天体は、図4にあるとおり、ほぼRin一定に近い変動をしていることがわかった。このことは標準降着円盤が成り立っていることを示している。 4 3種類の分類とBH連星との比較 これらの観測事実から、典型的なULXs(>1039ergs-1)を含む近傍銀河の大光度X線源は、次のような3種類に分けられることがわかった。 1.η<1〜2のMCD型(典型的に<039ergs-1,Tin=0.5〜1.5keV)。Rinがほぼ一定で、標準降着円盤が成り立つ。 2.η>1〜2のMCD型(典型的に>103gergs4,Tin=1〜2keV)。p〜0.6で近似され,Ri、〜Tin-1で変動する。 3.PL型(η=1〜2程度に相当)。ただしスペクトルは、単純なPLでは表されない場合がある。 この結果は、銀河系内のBH連星に対し、Kubota(2000),Kubota et a1.(2001b)らによって得られた最新の結果に非常に良い対応関係を示す。このことから、典型的なULXである2.は非常に降着率の高い"slimdisk"状態(Abramowicz et al.1988,Mineshige et al.2000)であり、1.は標準降着円盤が成り立つソフト状態、3.は今まで良く知られたハード状態ではなく、強いコンプトン状態である、という猫像が強く示唆される。これらは、ULXが降着率の高いBH連星であることを証拠づけるもので、典型的な質量は、数十(20〜50)M〓程度のBHとなるはずである。 (図1)NGC253SourceとNGC3628Center-SourceのXMM-Nで観測されたスペクトル。 MCD,PL,熱的制動放射モデルによるフィッティングの残差も示した(左右で順序が異なる)。 (図2,左)個々の天体に対する.PLモデルとMCDモデルのフィッティングによるx2vの比較。 (図3,右)X線光度に対する、スペクトルの硬さ;MCD型のTinおよびPL型の光子指数。 (図4,左)時間変動を示した天体の、光度とTinの関係。 銀河系内のBHについても合わせて示した状態遷移を起こした天体については、図5から得られた温度に対してPL状態の光度も示した。ある質量に対するRin一定の線と、Eddington限界に対する光度比(η)の線が記されている。 (図5,右〉状態遷移を起こした天体の、MCD状態とPL状態の光度の比とTinの関係 | |
審査要旨 | 本論文では、近傍の銀河に見られるX線光度が1039erg/sから1040erg/sにも達する大光度コンパクトX線源(ULX)と呼ばれるX線源がどのような天体であるかを、Chandra衛星・XMM-Newton衛星のデータを用いて研究している。構成は、第1章導入部、第2章レビュー、第3章装置、第4章観測、第5章スペクトル解析、第6章統計的解析、第7章議論、第8章結論、となっている。 ULXは、1980年代にはじめて発見され、そのX線光度は、最大で1040erg/sにも達し、銀河系内の良く知られた10太陽質量程度のブラックホール連星のEddington限界光度を10倍も超える。ULXはしばしば時間変動を示すことから、コンパクト天体と考えられ、その光度を説明するためには、100太陽質量ものBHが必要となる。しかし、他波長での同定がなされていないこと、X線での十分な分光観測が可能でなかったことから、その正体は発見以来の謎となっていた。 1993年に打ち上げられたわが国4番目の宇宙X線観測衛星「あすか」により初めて、ULXに対する広帯域・高分解能・高感度のX線分光観測が可能になり、10個程度のULXが調べられた。その結果、そのスペクトルには、光学的に厚い標準降着円盤からの多温度黒体輻射モデル(MCD)でよく記述されるものと、光子指数1.4〜1.8程度のべき型(PL;Power-law)で表されるものとがあることがわかった。これらはそれぞれ、いままでに良く知られている、BH連星のソフト状態およびハード状態のスペクトルと定性的には一致した。さらに、全部で4つのULXは、2つのスペクトル状態間を遷移していることがわかりULXがBH連星であることが有力となった。しかし、一方で、円盤内縁温度Tinが、1〜2keVと高すぎること、また、ULXが時間変動を示す際に円盤の内縁半径Rinが一定ではなく、ほぼTin-1に比例して変動すること、等、従来のBH連星とは異なる面があることも明らかとなった。 これらの背景の下、論文提出者は、ChandraおよびXMMNewton衛星のアーカイブデータのうち、5ksec以上の観測時間をもつ距離2〜30MpcのNGC/IC銀河を、合わせて100個ほど選び、銀河内のある距離以内に存在する、中心核以外の、光度2x1038erg/s以上の天体を洗い出した。その総数はおよそ800個に及ぶ。さらにその中から、超新星残骸と同定されているものを除き、また、スペクトルの形が判定できる程度の光子統計を持つ天体として、全部で50天体ほどのスペクトル用サンプルが得られた。 論文提出者は、それらのスペクトルの特徴を注意深く調べ、これらの天体のスペクトルはほとんど、MCDモデルもしくは、PLモデルのどちらかで記述され、その数は同程度となることを見出した。そして、MCD型のものとPL型のもので、とくに5×1038erg/s以上では有意な光度の頻度分布の違いは見られなかった。MCD型のものでは、光度とTinにやや弱い相関が見られ、「あすか」で得られていたように、1039erg/s以上のものでは、温度が1から2keVと大きい傾向が見られた。論文提出者は、さらに種々の性質を調べ、考察を巡らせた結果、近傍銀河の大光度コンパクトX線源は、次のような3種類に分けられることがわかった。 1.相対的に光度の低いMCD型(典型的に1039erg/s,Tin=0.5〜1.5keV)。Rinがほぼ一定で、標準降着円盤が成り立つ。 2.特に光度の高いMCD型(典型的に>1039erg/s,Tin=1〜2keV)。そのスペクトルの特徴と時間変化の様子はslimdiskと呼ばれる降着円盤の状態と矛盾がない。 3.PL型(上の1と2の境界の状態と考えて矛盾がない)。ただしスペクトルは、単純なPLでは表されない場合がある。コンプトン散乱を強く受けた状態と考えられる。 論文提出者は、上述のULXの特徴を、銀河系内で最大光度を示すBH連星に対する最新の結果に対応させることから、ULXは降着率の高いBH連星であること、そして、BHの典型的な質量は、20から50太陽質量と考えられることを結論づけた。このBH質量は、これまで知られたBH連星のそれを明らかに超えたものである。 このように、本論文では、多数のULX天体の性質を調べることにより、ULX天体の特徴的な性質を明らかにした。その結果、銀河における新しい範疇のブラックホール天体の存在が観測的に明確にされたことは、十分学位論文に値する。なお、本研究は牧島一夫との共同研究であるが、その主要部分は論文提出者が主体となって解析・考察を進めたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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