学位論文要旨



No 117834
著者(漢字) 鈴木,功至郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,コウシロウ
標題(和) ノースケール型超対称モデルの現象論的研究
標題(洋) Phenomenological analysis of no-scale supersymmetry breaking models
報告番号 117834
報告番号 甲17834
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4305号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 久野,純治
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 駒宮,幸男
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 藤川,和男
内容要旨 要旨を表示する

 超対称性はスカラー場の力学を制御する対称性として重要な地位を占めている。具体的には、素粒子の標準模型に含まれるヒッグス場の振舞いや宇宙論のインフレーションモデルに含まれるスカラー場の振舞いを制御するのに応用されている。特に前者の場合、超対称標準模型(Minimal Supersymmetric Standard Model,MSSM)を考えることになるが、超対称性はクォーク・レプトンと同じ質量とゲージ量子数を持つスカラー粒子の存在を予言する。このような粒子は実験的に見つかっていないので、超対称性は「わずかに」破れていると考えられる。そこで超対称性の破れのモデルを考えることになる。

 現在までに幾つかのモデルが提案されているが、その一つに「ノースケール型モデル」("no-scale model")がある。歴史的には、このモデルは超重力理論の枠組みで超対称性が破れていてかつ宇宙項が常にゼロになるモデルとして発見された。この背後には、スカラー場の運動項がSU(1,1)非コンパクト対称性を持つことがある。しかし、超対称性の破れの秩序パラメータであるグラヴィティーノの質量項がこの対称性を破っているので、残念ながら現実的にはこの対称性は破れていると考えざるを得ない。その結果、宇宙項は一般に補整を受け、これをゼロにするパラメータ調整が依然として必要になる。この性質はMSSMの場を含めても同じだが、このモデルのケーラー・ポテンシャルの特殊性により、MSSMのスカラー場のポテンシャルはtree-levelではゼロになることが従う。つまりスカラー場に関する超対称性の破れのパラメータはtree-levelでは全てゼロになる。一方、ゲージーノの質量は、超対称性を破るデージー重項の場が存在してそれがゲージ場の運動項と相互作用するならばtree-levelで値を持つ。(これらの破れのパラメータの条件を「ノースケール条件」と呼ぶことにする。)MSSMのスケール(電弱スケール)では、スカラー場に関する破れのパラメータは主にtree-1evelのゲージーノの質量を通したゲージ相互作用からのくりこみにより正の値を持つ。これは現象論的には望ましい性質だが、その議論の前にノースケール型モデルの起源を探ってみる。

 理論的には、ケーラー・ポテンシャルはN=4の超対称性があるときに厳密に定まる。高い超対称性を持つモデルからノースケール型モデルを導くことは出来るだろうか。歴史的にはWittenがヘテロ型弦理論のカラビ・ヤウ多様体上へのコンパクト化によりノースケール型モデルが導かれることを示した。もう一つの侯補はM-理論をオービフォールド上にコンパクト化した場合である。一般にはノースケール型は導かれないようにみえるが、特殊な条件下では導かれる可能性がある。さらにもう一つの侯補は五次元超重力理論をオービフォールド上にコンパクト化した場合である。五次元超重力理論はN=2の超対称性しか持たないが、このモデルの特殊性によりノースケール型モデルが導かれる。

 次に現象論的側面から超対称モデルを考察してみる。超対称モデルで最も問題になるのは、一般に「超対称フレーバー問題」と呼ばれるものである。標準模型で世代間遷移が非常に小さいのはGIM機構が働くからであった。フレーバーを破る要素は小林・益川行列にのみ含まれる。しかし、スカラー場の基底をクォークの基底と同じに選んでも、スカラー場の質量項と、A-termそれぞれの非対角項は一般に小さくならない。以下の二つの条件、(1)スカラー場の質量項が単位行列に比例するか、湯川結合定数行列に比例する、(2)A-termがゼロであるか、湯川結合定数行列に比例する、が充たされないとフレーバーを破るプロセスの起こる確率が実験値よりもはるかに大きく予言されてしまう。これが「超対称フレーバー問題」である。逆に、上記の(1),(2)の条件を充たすことが超対称モデルの構成原理だとも言える。ノースケール型モデルを含め、現在までに提案されている超対称モデルはいずれもこの原理にかなっている。超対称粒子のスペクトルに関しては一般的にそれぞれのモデルに特徴があり、超対称粒子が発見された暁にはどのモデルが自然界で実現しているかはっきりする可能性が高い。しかし中には類似したスペクトルを持つモデルもある。例えば、gaugino mediationモデルでは破れのパラメータはコンパクト化のスケールで近似的に「ノースケール条件」を充たしている。

 以上で見て来たように、ノースケール型モデルは理論的にも現象論的にも極めて興味深いモデルであると言えるが、さらに現象論的にこのモデルを探究するには何を現象論的制限としてモデルに課すかを決めなくてはならない。この論文では次の三つの条件を課すことにする。(a)モデルは粒子探索実験から分かっている未発見粒子(ヒッグス粒子と超対称粒子)の質量の下限を充たす(b)モデルはフレーバーを破る次のプロセスの分岐比BR(b→sγ)の実験値と矛盾しない(c)モデルのLSP(最も軽い超対称粒子)はSU(3)c×U(1)emゲージ対称性の量子数を持たない。(a)については、LEP実験から分かっている下限値、例えばヒッグス粒子ならmh〓114.1GeV、スカラー電子ならme〓99GeVなどを採用する。(b)については、CLEO実験から分かっている値、2.5×10-4〓BR(b→cγ)〓4.0×1-4(95%C.L.)を採用する。(c)は宇宙論的な要請である。R-パリティが保存する超対称モデルではLSPは安定であり、従って現在の宇宙にも存在するはずである。特に地球上、例えば海底などで発見できるはずである。しかし、SU(3)σ×U(1)emのゲージ量子数を持つ粒子は発見されていないので、LSPはこの量子数を持っていてはいけないことになる。

 最近、MSSMで超対称性の破れの伝播スケールを大統一理論(GUT)のスケールに取ると、ノースケール型モデルは上記の現象論的要請(a),(b),(c)を充たしていないことが認識されるに至った。特に問題なのは、ヒッグス粒子の質量の下限mh〓114.1GeVとLSPが中性であるという要請が矛盾することである。ノースケール型モデルのスペクトルの特徴に、最も軽いニュートラリーノ(χ01と書く、ほとんどbino)と軽いスカラー・タウ・レプトン(τ1と書く、主に右巻き)の質量がほぼ縮退していることが挙げられる。ゲージーノの質量を大きくして行くとχ01の方がτ1よりも重くなってしまうので、(c)からゲージーノの質量の上限がつくことが分かる。一方、ヒッグス粒子は間接的にSU(3)cゲージーノから質量をもらうので、(a)からはゲージーノの質量の下限がつく。これらの上限と下限が矛盾するのが問題なのである。

 この論文では、MSSMを拡張してMSSMに含まれるグローバル対称性であるU(1)β-Lをゲージ化したモデルを提案し、上記の問題が解決されるかを詳細に解析した。特にGUTを考え、ゲージ群がSU(5)×U(1)5であるモデルを考えた。ここで、U(1)5は標準模型のU(1)γとゲージ化したU(1)B-Lの線型結合で、SU(5)と直交するものである。U(1)B-L対称性のゲージ化はニュートリノの質量やR-パリティの保存を説明できるなど物理的に豊かな内容を持つものであり、恣意的な選択ではない。以上の枠組みでは複数のU(1)ゲージ群が存在するためにU(1)間の混合があるが、MSSMの三つのゲージ結合定数が摂動論で統一するという性質は保たれる。また、GUTモデルで摂動論的に成り立つゲージーノ質量関係式も従う。よって、GUTスケールで三つのゲージ結合定数と三つのゲージーノの質量がそれぞれ等しいとおくのが自然である。このとき、U(1)5のゲージ結合定数とゲージーノの質量は必ずしも統一されていなくて良い。この論文では次の各場合を解析した。(I)U(1)5のゲージ結合定数とゲージーノの質量もGUTスケールで統一されている、(II)U(1)5のゲージ結合定数とゲージーノの質量は統一されていない、(III)ノースケール条件を若干緩めてU(1)5対称性を破るヒッグス場の質量項のみをGUTスケールで許す。その結果、次のことが分かった。まず、(1)の場合はMSSMの場合とほとんど同じ結果であった。(II)の場合は、U(1)5のゲージーノの質量がMSSMのゲージーノに比べて数倍重ければ全ての現象論的要請を充たし得ることが分かった。(III)の場合は、(1)の条件であっても全ての現象論的要請を充たし得ることが分かった。次にこの結果の分析をする。

 U(1)B-L対称性をゲージ化した効果を考えてみる。MSSMのゲージーノとヒッグス粒子の質量は殆ど影響を受けない一方、スカラー場の質量は影響を受ける。一つは(イ)U(1)5のゲージーノから受けるくりこみの効果、もう一つは(ロ)U(1)5の自発的破れにより生じるD-termの効果である。しかし、(1)の場合、(イ)と(ロ)両方共τ1のU(1)5量子数(-1/2√10)が小さすぎるためにτ1の質量に対してほとんど影響を与えない(2%ほど大きくなる)。(U(1)5量子数の規格化はSU(5)×U(1)5をSO(10)に埋め込むことによって群論的に決まっているものである。)次に、(II)の場合は(イ)の効果が大きくなるのでτ1の質量は大きくなる。(III)の場合はGUTスケールで大きなD-termが生じるので、(ロ)の効果を正に大きく効かせることが出来る。よって、(II)と(III)の場合は全ての現象論的要請を充たし得るのである。結局、以上の解析から、ノースケール型モデルはU(1)B-L対称性をゲージ化したモデルでは全ての現象論的要請を充たし得るが、それを包含する大統一理論の枠組みとしてはゲージ群がSO(10)よりもSU(5)×U(1)5のような直積群であるか、あるいは「超対称フレーバー問題」に抵触しないスカラー場の質量項(例えばU(1)5を破るヒッグス場)が存在することを示唆しているといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、ノースケール型超対称模型の現象論的解析を行っている。ノースケール超対称理論は、歴史的には宇宙項問題の解決の糸口として導入された。その一方で、超対称化した素粒子の標準模型(超対称標準模型)においてこのノースケール型超対称性は現象論的利点を持つ。超対称性の破れに起因するフレーバー変化中性カレント(FCNC)事象は強い実験の制限をうけるが、ノースケール型超対称性を導入することで、この強い制限を自然な形で満たすことができる。今日ノースケール型超対称性を考える動機付けとしてこの後者が大きなウエートを占め、多くの研究者に興味をもたれている。

 ノースケール型超対称性を導入した超対称標準模型において、スカラー粒子の質量は、ゲージボゾンの超対称粒子であるゲージーノとの相互作用からくる量子補正によって生じる。そのため、この模型におけるスカラー粒子の質量はゲージーノの質量に比例し、U(1)ハイパーチャージの相互作用しか持たない右巻きスカラータウもしくはU(1)ハイパーチャージのゲージーノ(ビーノ)が安定なもっとも軽い超対称粒子となる。現在までの加速器実験においてヒッグスボゾンおよび超対称粒子が未発見であることから、このノースケール型超対称性においてゲージーノの質量に対し下限がつけられている。特に、もし超対称性の破れの起源が大統一模型(GUT)のスケールにあるとした場合、この模型のほとんどのパラメータ空間でもっとも軽い粒子は電荷をもつ右巻きスカラータウとなる。100GeVオーダーの質量をもつ電荷をもつ安定な粒子の存在は宇宙論から排除されている。そのためこの模型はなんらかの修正を必要とされると考えられる。

 論文提出者はこの修正の可能性として、大域的U(1)対称性であるB-Lをゲージ化することが議論されている。新たに導入したゲージ相互作用からの量子補正で、超対称粒子の質量スペクトラムが変更されるからだ。このB-L対称性は、ニュートリノの質量や超対称標準模型でのRパリティの起源を説明するものとして魅力的な対称性である。

 論文提出者は解析の結果次のような結論を導いた。まず、このB-L対称性が、SO(10)大統一模型にあるように、標準模型のゲージ対称性と共通のゲージ群に起源を持つ場合である。この場合、超対称粒子の質量スペクトラムを大きく変えるにはその相互作用の大きさが十分ではなく、右巻きスカラータウが安定粒子である問題を回避することができない。一方、B-L対称性と標準模型のゲージ対称性とが独立にある場合には、もしB-L対称性のゲージーノの質量が十分重い場合、有意な超対称粒子の質量スペクトラムの変更を導ける。実際この拡張により安定な最も軽い超対称粒子は中性粒子であるビーノである。

 この模型において質量スペクトラムは2つのゲージーノで与えられることから、将来の加速器実験で超対称粒子の質量を測ることで検証が可能である。

 以上の内容は、論文提出者のオリジナルな解析であり、この内容の論文はすでにPhysical Review Dに掲載されている。

 本論文は6章からなる。1章は、超対称性をなぜ考えるか、および、この論文で研究されているノースケール型超対称性の動機付けを述べられている。2章では、まず宇宙項問題の解決の糸口として発見されたというノースケール形超対称性理論の歴史的背景が述べられている。次にノースケール型超対称性理論が生じる背後の理論として、M理論およびオービフォールドコンパクト化された5次元超重力理論について議論されている。また、このノースケール型超対称性理論ではFCNC事象が自然な形で抑制されるという現象論的側面を議論し、FCNC事象が抑制される他の超対称性の破れの起源の可能性についてレビューされている。3章では、この模型の現象論的側面の詳細をレビューし、パラメータのほとんどの領域で右巻きスカラータウが安定粒子であることが予言されることについて述べられている。4章では、本博士論文のテーマである、B-L対称性をゲージ化することで右巻きスカラータウが安定にならないようになるかどうかの研究が書かれている。5章は、この問題の解決する別のアプローチがレビューされている。6章は結論および議論である。

 なお、本論文の4章は、藤井優成と鈴木功至郎の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって博士(理学)の学位の授与できると認める。

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