学位論文要旨



No 117835
著者(漢字) 竹田,敦
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,アツシ
標題(和) フッ化ナトリウムボロメータを用いた暗黒物質探索実験
標題(洋) Dark Matter Search Experiment with NaF Bolometer
報告番号 117835
報告番号 甲17835
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4306号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉本,章二郎
 東京大学 教授 後藤,彰
 東京大学 助教授 伊藤,好孝
 東京大学 助教授 久野,純治
 東京大学 教授 坂本,宏
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙に存在する物質の大部分は、電磁波を放出しない暗黒物質として存在することが多くの観測結果から導かれている。様々な理由から、この暗黒物質のほとんどは、通常の物質を構成しているバリオンではなく、非バリオン的物質であることが知られている。しかし、この非バリオン的物質が何なのかは現在のところ不明であり、いくつかの候補が挙げられているにすぎない。宇宙物理学及び素粒子物理学両方の観点から、この非バリオン的暗黒物質の候補として最も有力なものに、超対称性理論から予言されるneutralinoという素粒子がある。neutralinoは、電気的に中性でWIMPs(Weakly Interacting Massive Particles)に分類される。WIMPsは、現在のところまだ存在の確認はされていないが、通常の物質との弾性散乱を利用して直接検出される可能性のあることが知られており、実際に直接検出実験が様々な検出器を用いて世界各地で行なわれている。

 我々のグループは、2001年11月から2002年1月にかけて神岡地下実験室においてフッ化リチウムボロメータを用いた暗黒物質探索実験を行ない、WIMPsとスピンに依存した相互作用について、WIMPsと核子の結合であるαp-αn平面での新しい制限をつけることに成功した。また、スピンに依存した相互作用をするneutralinoとprotonの断面積に最も厳しい制限をつけているUKDMC実験の結果で排除されていないαp-αn平面の大部分の領域を排除することにも成功した。ただし、検出器の感度を制限しているバックグラウンドレートのさらなる低減が必要であることも結論された。

 本論文では、神岡地下実験室においてフッ化ナトリウムを用いて行なった暗黒物質探索実験について述べる。本実験では、αp-αn、平面でのより厳しい制限が得られることを予想して、ボロメータの吸収体としてフッ化リチウムのかわりにフッ化ナトリウムが用いられた。これは、23Naが7Liよりも大きな中性子スピン期待値を持つことによる。さらに、リチウム中に含まれる同位体である6Liが中性子を吸収することにより生成される3Hのベータ崩壊が起源となるバックグラウンド事象を除去することもできる。

 本実験の結果から我々は、質量103GeVc-2をもつWIMPsとのスピンに依存しない相互作用断面積σSIx-pに対して0.036pbという上限値を、またスピンに依存した相互作用断面積σSIx-pに対して47pbという上限値を得た。図1にNaFを用いて得られたαp-αn平面における制限を、NaとFのみから得られる制限と合わせて示す。図から、NaとFはαp-αn平面で感度がほぼ直交していることが見てとれる。このことから、LiとFを用いた結果に比べて、NaとFを同一検出器内で使うことによりsystematic errorを少なく制限領域を狭めることが可能になった。図2に、特定の質量をもつneutralinoに対して、これまでにフッ化リチウムを用いて得られていたものよりもさらに厳しい制限が本実験によって得られたこと及び、フッ化リチウムと同様、UKDMC実験では排除されていなかった一部の領域が排除されたことを示す。

図1

本実験で得られた、αp-αn平面における質量Mx=50GeVc-2のneutralinoに対する制限を赤線で示す。赤い曲線の外側が実験により排除された領域を示す。緑と青の線は、それぞれ、NaあるいはFのみによる制限曲線を表している。

図2

本実験で得られた。様々な質量のneutralinoに対する、αp-αn平面における制限を赤の線で示す。LiFを用いてこれまで既に得られている結果とUKDMC実験による結果を、それぞれ青と緑の線で示す。また今回の実験結果とLiFによる結果をcombineした結果を紫の線で示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は10章からなっており,宇宙に存在するとみられる暗黒物質の探索実験研究が記述されている。

 第1章は宇宙における暗黒物質存在の根拠と,暗黒物質粒子が宇宙空間に存在する密度や速度について議論している。暗黒物質の正体としてバリオニックな物質と,軽い質量を持つニュートリノ,アキシオン,ウインプ(WIMP:他の粒子とは弱く相互作用をし,質量を持つ粒子)等の非バリオニックな物質の可能性について検討を行っている。

 第2章は暗黒物質の有力な候補としてWIMPを取り上げ,さらにこのWIMPとして,超対称性理論からその存在が予想されているニュートラリーノという素粒子を当てはめて,その特性について議論した後,これまでに行われた世界各地のニュートラリーノ探索実験と,研究の現状について議論を行っている。

 第3章はニュートラリーノの直接的検出方法を検討するために,ニュートラリーノと検出器の物質との間の反応について詳細な検討を行っている。ニュートラリーノと原子核との間の弾性散乱の運動学を取り扱った後,ゼロ運動量移行時の断面積について議論している。ニュートラリーノは電気的に中性で,この粒子と物質との間にはスカラー相互作用のスピンに依存しない反応(SI)と,軸性ベクター相互作用のスピンに依存する反応(SD)とがある。SDに於いては,検出器物質が大きな原子核スピンを持つ原子核を選択することによって,感度のよい測定ができるので,フッ化ナトリウムが検出器として最善の選択であることを提案している。

 第4章は暗黒物質探索測定器として開発した熱量計の詳細を取り扱っている。この研究で用いた検出器物質フッ化ナトリウムの熱量計としての特徴を議論し,さらに,この実験のために開発したゲルマニウム温度計(NTD Ge)について議論している。この温度計は原子炉の熱中性子をゲルマニウムに照射することにより核変換したドーパントを一様に分布させて製作されたもので,15マイクロ度の温度上昇検出が可能であることを示している。

 第5章は探索実験に悪影響を及ぼすバックグラウンドを評価している。宇宙線ミュー粒子,環境大気ガンマ線・ベータ線,環境大気中性子や,装置に内在する222Rnおよび,無酸素銅製のフッ化ナトリウム結晶ホルダーと鉛シールドから発生するバックグラウンド実測値を基にして詳細な評価を行っている。

 第6章はフッ化ナトリウム熱量計による暗黒物質探索を議論している。熱量計を構成する各装置(外部放射線に対するシールド部,環境大気に含まれるラドン除去部と残留ラドンモニター部,結晶ホルダー部,極低温冷凍機部,信号処理およびデータ収集部)の詳細,探索実験とエネルギー較正・安定性に関する議論を行っている。

 第7章は実験データの解析と実験結果を議論している。測定で得られたシグナルは,バックグラウンドの雑音と識別するために,波形処理解析がなされ,エネルギー・スペクトルを導出した。その上で,ニュートラリーノと原子核の反応断面積の上限値を算出している。さらに,他の実験(UKDMC)との比較検討を行っている。

 第8章は探索実験で出現したバックグラウンドについて詳細な議論を,第9章は暗黒物質探索の将来の展望を,第10章で結論を記述している。

 この実験研究は,宇宙空間の暗黒物質探索という非常に興味ある重要なテーマを取り扱っている。探索実験は,神岡鉱山の中の放射線低バックグラウンドの環境下で,フッ化ナトリウムを10-20mkの極低温状態にして2002年11月-12月の期間行われた。論文提出者はWIMPを検出するために,検出器中でWIMPが弾性散乱し反跳核子が引き起こす微小な温度上昇を検出するという,芸術的なレベルの測定技術を開発してWIMPの直接測定を行った。実験成果として次の3点を挙げることができる。

1)ニュートラリーノと陽子との間のSIとSDの断面積の上限値が測定された

2)ニュートラリーノと核子との間のSDの断面積の上限値が新たに設定された

3)ニュートラリーノと核子との間のSDの相互作用の結合係数(ApとAn)の2次元平面上で新たな上限値を与えた

 これらの実験結果は,UKDMCグループのヨウ化ナトリウム・シンチレータによる結果と相補的な物理情報を与えるとともに,さらに新しい除外領域を付け加えることに成功した。これらの研究成果に対して高い評価が与えられる。

 なお,本論文の第4章,第5章の検出器開発や第6章,第7章の探索実験・解析については,蓑輪眞・大塚洋一・井上慶純・大谷航・身内賢太朗・関谷洋之・清水雄輝との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験準備,探索実験と物理解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって博士(理学)の学位を授与できると認める。

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