学位論文要旨



No 117840
著者(漢字) 疋田,泰章
著者(英字)
著者(カナ) ヒサダ,ヤスアキ
標題(和) NSNS PP-Wave背景上の超弦理論とその双対な共形場理論
標題(洋) Superstrings on NSNS PP-Waves and Their CFT Duals
報告番号 117840
報告番号 甲17840
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4311号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 小林,富雄
 高エネ研 助教授 筒井,泉
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 超弦理論は知られている量子重力を含む理論のうち、唯一の自己矛盾のない理論であり近年注目を集めている。最近の発展において、特に双対性とDブレーンが大きな役割を果たしてきた。双対性とは一見違ったように見える理論が、見方を変えると実は同じ理論に帰着できるという性質で、この双対性を使うことで扱いにくい理論を比較的扱いやすい理論に帰着させることができる。Dブレーンとは、超重力理論の解のうちブラックホールの高次元版であるブラックブレーン解として実現されるものである。また、Dブレーン上の有効理論は超対称性ゲージ理論で記述できることが知られている。この事実を用いると、重力理論とゲージ理論の間に、ある双対性が存在していると推測することができる。

 この双対性は現在AdS/CFT対応と呼ばれているものであり、そのうち最も研究されているものがAdS5/CFT4対応である。非常に多い枚数(ここではN枚とする)のD3ブレーン(Dpブレーンとは時間方向に1次元、空間方向にp次元広がっている物体)のホライズン近傍に注目すると、その解の幾何はAdS5×S5となる。一方、Dブレーン上の低エネルギー有効理論を調べると4次元のSU(N)超対称性Yang-Milles理論となっている。そこで、4次元の超対称性Yang-Milles理論とAdS5×S5上の超重力理論が双対であると推測される。超重力理論としての近似のよい領域は、ゲージ理論側で強結合領域になっているため、強結合領域のゲージ理論に対する知見が得られるのではないかと期待され非常に多くの研究がなされている。

 超重力理論は超弦理論の低エネルギー近似として得られるため、超重力理論を超弦理論まで持ち上げようと考えることは自然である。ところが、AdS5×S5上の超弦理論はRR-fluxというある種の磁場がかかっているため、量子化することが困難である。ところが最近Berenstein-Maldacena-Nastaseによってこの方向に対する進展がなされた。Penrose極限と呼ばれるある極限をとると、AdS5×S5の背景は超対称性を最大限に保つpp-wave背景となり、その背景上での超弦理論は光錐ゲージで量子化することができる。Peonrose極限は超対称性ゲージ理論側では、非常に大きなR電荷を持つようなBPS状態に近い状態に注目することに対応しており、彼らは実際に超弦理論の弦理論特有な状態に対応する超対称性ゲージ理論の演算子を構成した。

 AdS/CFT対応のその他のよく研究されている例としてAdS3/CFT2対応がある。この対応はD1/D5系の二つの見方の対応になっている。D1/D5系とはQ5個のD5ブレーンをM4(M4はT4あるいはK3とする)に巻き付け、残った2次元方向に平行にQ1個のD1ブレーンを埋め込んだものであり、ブラックホールへの応用として注目を集めた系である。そのため、AdS3/CFT2対応はブラックホール物理への応用という観点で興味深い例となっている。超重力理論の解としてのD1/D5系はホライズン近傍に注目すると、AdS3×S3となっている。一方、低エネルギー有効理論はtarget空間がSymQ1Q5(M4)=(M4)Q1Q5/SQ1Q5であるようなN=(4,4)超対称性非線形シグマ模型で記述されると言われている。ここでSMはM個の座標の入れ替えを表している。また、この理論には共形対称性が存在するため、超対称共形場理論となっている。したがって、AdS3×S3上の超重力理論あるいは超弦理論とSymQ1Q5(M4)をtarget空間とする超対称共形場理論と双対であると推測できる。

 D1/D5系には超弦理論の双対性で移りあう様々な系が存在するが、ここでは主にS双対であるF1/NS5系、すなわち基本弦とNS5ブレーンの系に注目する。この系のホライズン近傍は、NSNS-fluxというある種の磁場のある場合のAdS3×S3(×M4)上の超弦理論で記述されるが、この超弦理論はWZW模型として知られる可解な模型に帰着することができる。そのため、超重力近似を越えてAdS/CFT対応が調べられると期待され、盛んに研究されてきた。その中でも重要な研究の一つにスペクトラムの比較がある。ただし、超弦理論例のKaluza-Kleinモードと超対称共形場理論のBPS状態の対応は調べられているが、超弦理論の弦理論特有な状態とBPSではないような状態との対応は一般には難しい。

 この博士論文ではPenorose極限を利用することで、AdS3/CFT2対応の場合にも弦理論特有な状態とBPSではないような状態との対応がつけられることを示した。SymQ1Q5(M4)をtarget空間とするような非線形シグマ模型はmoduliパラメーターを持っており、F1/NS5系に対応するようなmoduliの点では特異点を持つような理論になっているため、一般にスペクトラムを求めることは困難である。moduli空間のなかでもorbifold極限では一般論が知られており、スペクトラムを調べることができる。BPS状態はmoduliパラメーターの変形によらないため、BPS状態だけは比較することができた。Penrose極限では、R電荷が非常に大きくてBPS状態に近い状態に注目しているため、moduliパラメーターの変形に対する依存性は小さく、orbifold極限でのスペクトラムを使用できると期待できる。

 1章で論文の導入をし、2章ではAdS3/CFT2対応に対するPenrose極限とはどのようなものかを調べた。AdS3×S3(×M4)上の超弦理論のPenrose極限はNSNS-fluxのある場合の6次元のpp-wave背景上の超弦理論となる。この場合、pp-wave背景上の超弦理論はRR-fluxの場合と異なり、光錐ゲージでも共変ゲージでも量子化できる。2.3節で光錘ゲージで量子化し、物理的なスペクトラムに負ノルム状態の現れないことを示した。3章では共変ゲージを用いて量子化した。この理論は6次元Heisenberg群をtargetとするWZW模型(一般化されたNappi-Witten模型)で記述できるため、カレント代数の技術を応用することができる。実際、Penrose極限はカレント代数の縮約といった形でも表すことができる。この論文では自由場表示を用いてHilbert空間を構成した。超弦理論のスペクトラムとしては、共変ゲージで物理的な状態を生成するDDF演算子を構成し、そのDDF演算子が生成する空間としてHilbert空間を構成した。このスペクトラムは2章で求めた光錐ゲージでのスペクトラムと一致している。

 4章ではます最初に、orbifold極限におけるSymQ1Q5(M4)をtarget空間とするシグマ模型のHilbert空間を調べた。次に大きなR電荷を持ったBPS状態とKaluta-Kleinモードの比較をし、両者が対応していることを示した。その後、超弦理論側のDDF演算子にあたる演算子を共形場理論側で構成することで、超弦理論側のスペクトラムを共形場理論側から再現できることを示した。ただし、共形場理論側のHilbert空間のほうが大きく、超弦理論側に多くの状態が足りないことが分かった。これらの状態は摂動的な記述では得られず、非摂動的な解析をすることで得られると期待している。

 5章ではM4=T4/Z2の場合を調べた。これは特異点を解消するとK3となることを念頭においている。6章では論文のまとめを述べた。この論文では実際にPenrose極限を利用することで、AdS3/CFT2対応のスペクトラムの対応を、ある極限状態では弦理論特有な状態とBPSではないような状態まで拡張できることを示した。将来の目標としては、極限を取らなくとも超弦理論のスペクトラムを共形場理論側から再現したい。そして、ブラックホール解など取り扱いの困難な系における超弦理論に対する理解に貢献したいと思っている。

審査要旨 要旨を表示する

 いわゆる超弦理論は、重力を含めた相互作用の統一理論へ向けてほとんど唯一の手掛かりとみなされ、様々な観点から研究されてきた。特にここ5〜6年ほどのあいだに、超弦理論の捉え方自体に関してそれまでとは質的に異なった新しい段階に達しつつあると思わせるような数々の新知見が得られている。

 このような発展のなかで目覚ましい発見として、重力理論とゲージ理論との新たな双対関係が判明したことがあげられる。もともと弦理論では、重力相互作用とゲージ相互作用が不可分のものとして一つの枠に包摂されている。これが弦理論の統一理論としての構造の反映であることは言うまでもないが、ここ数年の進展により、Dブレーンという弦理論の非摂動的な励起状態を用いてバルク時空の重力を、直接、バルク時空の境界上に定義されると考えられる極大超対称性なゲージ理論(N=4 SYM4=CFT4)に基づき記述できることが明らかになった。特に、この有効ゲージ理論の大N極限および強結合領域が、重力で記述できるという予想(AdS/CFT対応)が成り立ち、従来までは取り扱いが困難であった強結合ゲージ理論の非摂動的側面を半古典的な重力理論によって解くことができる可能性を示唆している。さらに、ここ1年ほどの進展により、実は、半古典的重力理論を越えて、弦の質量がゼロでない励起状態の情報が、pp wave limit(以下、平面波極限と呼ぶ)という特別の極限においてゲージ理論側の無限個の場の積として構成できる特定の複合演算子と関係しているという予想が確からしくなっている。これにより、弦理論とゲージ理論のとの関係に関する理解は新たな段階に達しつつある。

 本論文の目的は、これらの発展を動機として、AdS/CFT対応のうちAdS5/CFT4と並んで典型的な例であるAdS3×S3(×M4)時空上の超弦理論と2次元CFTの間の双対関係(AdS3/CFT2対応)における平面波極限を考察し、すでに多くの議論がなされいるAdS5/CFT4の場合と同様な予想が成り立ちうることを示すことである。この場合、CFT例の理論は、D1ブレーンとD5ブレーンの複合系として実現できるが、この系は、適当な4次元時空(M4=T4ないしはK3空間)上のsymmetric orbifoldをターゲット空間とする非線形シグマ模型と同等と考えられている。一方、弦理論側の取り扱いに関して、本論文では、IIB超弦理論のいわゆるS双対性を用いて、D1/D5系とS双関係にあるF1-NS5ブレーン複合系を扱う。後者はSL(2,Z)×SU(2)群のWess-Zumino-Witten(WZW)模型として定式化できる。また、CFT側の非線形シグマ模型の取り扱いは、一般のモジュライパラメータを仮定しては解析が困難なので、より解析が容易なorbifold pointと呼ばれる特別なモジュライ空間の点に注目して、弦理論側のスペクトルとの比較により、上記の予想を議論した。

 次に各章の概要を述べる。序論である第1章では、まず本論文の動機を最近の弦理論とゲージ理論の間の双対関係に関する研究の進展と関係させて論じ、本論文の概要が提示されている。

 第2章は、本論文全体への準備として、AdS/CFT対応、Penrose極限による平面波背景時空の構成、さらに弦の励起状態とゲージ理論側の演算子の対応に関するBMN(Bernstein-Maldacena-Nastase)の予想の要点をレビューしている。

 つづいて、第3章では、まず本論文で扱うAdS3/CFT2対応をとりあげる動機を説明し、その平面波極限に関する必要事項をまとめている。CFT2側の理論として、本来のD1/D5系の代わりに、S双対性によりWZW模型により定式化できるF1/NS5系を取り扱う利点が議論されている。つづいて、この模型の平面波極限が、Nappi-Witten模型として知られている模型を一般化したものに一致することが示されている。さらに、平面波極限での自由弦のスペクトルが、光円錐ゲージでの量子化により提示されている。以下の章では、このスペクトルに対応するCFT側の演算子がどのようにして構成できるかが主な論点になる。

 第4章では、CFT側の議論に入る前に、WZW模型の立場からのスペクトルの導出が論じられている。この型の模型ではよく用いられる自由場表示に基づき、流れ代数の表現をなすHilbert空間が構成され、前章で光円錐量子化により求めたスペクトルとの比較が行われ、横方向に運動量を持たない離散スペクトルの状態に関しては自然な対応があることが示されている。さらに自由場表示による弦の物理的状態に対応する頂点演算子の構成が与えられている。

 第5章では、CFT側の解析を行い、本論文の主要結果が導出される。まず、5.1節では、F1/NS5の背景時空の地平面近くの有効理論とみなされるsymmetric orbifold SymmM(T4)M=T4/SM(M=Q1Q5,Q1,Q5はそれぞれF1、NS5の個数)上の非線形シグマ模型の内容を簡潔にレビューされている。続いて、5.2節で、弦理論側とCFT側の平面波極限の比較がなされる。まず、すでに古典的な超重力理論の場合に知られているBPS状態に関して、弦理論側の平面波極限での状態の個数は変化しないことを確認し、CFT側の対応する極限における状態のなす空間とほぼ一致していることが示される。near BPS状態については、まずT4方向に運動量を持たない場合に、弦理論例のDDF演算子に対応する演算子をCFT側で自然に棉成できることが示されている。ただし、CFT側の一般の状態には、弦理論側には存在しない状態を含むことが判明する。この余計な状態は、弦理論の摂動的な解析では見えない非摂動的な状態であろうという可能性が指摘されている。同様な解析を、T4方向に運動量を持つ場合へも拡張できることが続いて論じられている。ただし、この場合もCFT側の状態空間は弦理論側のそれより大きい。最後に、5.3節では、前節で判明した弦理論側とのスペクトルの食い違いの原因に関する考察がなされている。本論文に用いたCFT側の模型は、弦理論の観点からはorbifold点と呼ばれる特異なモジュライ空間の点に対応することが指摘されている。この特異性のためたとえnear BPS状態であってもスペクトルがモジュライ依存になっている特別な状況にあると考えられるという主張がなされている。従って、この特異な点から非特異な領域へ理論を変形したときの理論の性質が問題になる。本論文で取り扱ったNS fluxではなく本来のDブレーンに対応したRR fluxの場合について、変形によってより正確な対応をつける可能性が議論されているが、結論には達せず今後の課題として残される。

 第6章では、以上の議論を、背景時空を離散群Z2に関する商空間H6×T4/Z2に代えた場合について拡張した議論がなされ第5章とはば同様な結果を、この場合についても導いている。

 終章では、以上の結果の要約が与えられた後、今後に残された課題が論じられている。

 以上のように、本論文はゲージ理論と弦理論の双対関係として重要なAdS/CFT対応に関して、従来までの研究を拡張する解析を行い、今後の研究にとっても有用な新知見を与えており、博士論文として評価できる内容を備えている。

 なお本論文の結果はいずれも菅原祐二氏との共同研究に基づいているが、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

 よって、審査委員会は全員一致で本論文が博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいものであると判定した。

UTokyo Repositoryリンク