学位論文要旨



No 117841
著者(漢字) 藤本,林太郎
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,リンタロウ
標題(和) 軽い不安定核の殻模型による記述
標題(洋) Shell-model description of light unstable nuclei
報告番号 117841
報告番号 甲17841
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4312号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 下浦,享
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 助教授 櫻井,博儀
 東京大学 教授 谷畑,勇夫
内容要旨 要旨を表示する

 近年の実験により、従来より知られていた原子核における魔法数は中性子過剰核で変化することが示唆されている。この研究では、この現象を核子-核子相互作用の立場から説明し、そこから明らかとなる核力の性質を殻模型のハミルトニアンに反映させることで、p穀、psd殻での原子核について、安定核、不安定核を同時に含め、系統的に記述することを目指す。

 N=20の魔法数がMgの付近で壊れ、その付近では原子核が変形していることは10年以上前から知られていた。RIビームを用いたここ最近の不安定核の実験により、軽い原子核ではドリップライン近くまで様々な物理量の解析が進んでいる。そうした中でN=16の魔法数が中性子過剰な領域で現われることが見出された。sd穀において考えると、N=20からN=16への魔法数の変化は、ドリップライン近くではOd3/2軌道が安定な原子核での位置に比べて非常に高いところに存在していることが原因と考えられる。そこで不安定核領域の原子核においても有用な殻模型のハミルトニアンを用いて有効一粒子軌道を書いてみると、確かにそのようになる。つまりOd5/2にいる陽子数が減るにつれてOd3/2軌道はあがっていく。何がその原因になっているのかを調べると、それはOd5/2軌道にいる陽子と、Od3/2軌道にいる中性子との間に働く強い引力が原因であった。このj>=l+1/2軌道とj<=l-1/2軌道の間に働く力が強いことはG-matrixによる計算を見ても同じ傾向にある。sd穀以外の他の殻においても同様である。これは陽子と中性子を交換する力に対応しており、式で表すとVτσ(r)=(τ1・τ2)(σ1・σ2)fτσ(r)と表される。(τ、σはそれぞれアイソスピン、スピンのオペレータ)この起源はBosonの交換ポテンシャルと考えることができ、強い引力を持つことも自然に理解できる。この力が魔法数の変化に大きな影響を及ぼしている、重要な力である(図1)。

 p穀においては、Cohen-Kurathによる相互作用が殻模型計算において長く使われ、実験値をよい精度で再現してきた。このハミルトニアンは主に安定核領域の実験値に合わせるために行列要素、一粒子エネルギーをすべてパラメータとして決定したものである。ここで先程のVτσに対応した要素を見てみると、あまり大きくないことが分かる。G-matrixとの比較でも、同じ結論になる。つまり、Cohen-Kurathにおいては、このVτσの効果が十分に取り入れられていないと考えられる。なぜならその効果は不安定核で強く現われるが、このハミルトニアンは安定核のみのデータで作られていたからである。そこで我々はこの部分を強くすることで、不安定核も含めたp穀の原子核の記述を目指す。これと同時に、Cohen-Kurathではほとんど縮退していた一粒子エネルギーの間隔を4MeV程度に広げる。この二つの効果が安定核ではキャンセルし、この修正により、安定核、不安定核両方での記述が同時に可能となる。

 今述べた方向で従来のハミルトニアンを変更し、p殻の原子核について、エネルギー、Gamow-Teller(GT)遷移、磁気モーメントを計算した結果、既存の相互作用での結果よりも実験値とよく一致することが確認できた(図2)。Gamow-Teller遷移や磁気モーメントは同じ軌道角運動量を持つ軌道の組の間の相互作用の強さにより、その値に影響を受ける。Vτσはまさしくこれに相当する。つまり、GT遷移や磁気モーメントを実験と比べることで、計算により求まった波動関数が妥当であるかを判断できる。この観点から、我々の施したVτσに関する変更は正しい方向、かつ妥当な変化量であったと結論付けられる。

 続いて、sd殻に核子がいる場合について計算を拡張する。炭素原子については、ドリップラインである22Cの手前まで、いくつかの基底状態のスピンがある程度分かっている。まず、この同位体では1s1/2軌道が重要な役割を果たしていることに注意する必要がある。これは中性子がOd5/2軌道からつまっていく酸素の同位体とは大きく異なる点である。なぜ1s1/2の方が下にいるのかについては、p穀とsd殻の間に働く相互作用が関係しており、Op1/2に陽子がいるかどうかが大きく影響している。炭素同位体のその1s1/2はまた、その束縛が弱いことも大きな特徴である。one neutron separation energy(Sn)は15Cにおいて、1.2MeVであり、同じ中性子数の酸素などと比べてもかなり小さい。このゆるい束縛状態は炭素同位体において常に保たれているであろうことは、17C、19Cのやはり小さいSnからみても理解できる。

 その広がっているであろう1s1/2軌道の効果を相互作用に取り入れた計算を行った。どのくらい変更するかは、すべての同位体の基底状態を同時に出せるようにする程度に決める。知られているすべての基底状態のスピン、パリティを再現することができた。既存のハミルトニアンと比べてみても最もよい結果を出している。また、いくつか観測されているγ線の情報とも矛盾しないことがわかった(図3)。

 最後に、核子間の相互作用に起因して殻構造が大きく変化することを見てきたが、始めに述べたように、Od3/2の軌道は酸素のドリップライン近くではかなり押し上げられている。ドリップライン近くの核はもともと束縛の強い状態ではないのでその押し上げられた状態がすぐに非束縛状態になってしまう可能性がある。そこで最後に酸素の同位体において、非束縛になったときにの連続状態からの寄与を計算して、殻模型計算との違いを見積もっておくことは重要であろう。我々は、24Oの2+励起状態と25Oの基底状態について連続状態からの効果も取り入れた計算を行い、殻模型と比べてどの程度変化するかを計算した。その結果、24Oの2+状態では殻模型の計算から0.8MeV程低い位置に中性子放出のピークが出た。25Oの場合は0.3MeV程度だけ下がる。これは二体相互作用に起因している。

図1

安定核(左)においてはj>軌道にいる十分な数の陽子が中性子のj<を引き戻す。不安定核(右)ではそれまで存在した強い引力がなくなるため、中性子の軌道は相対的に上がり、そこに新しいギャップができる。

図2:各原子核での磁気モーメントの実験との誤差。

「present」が我々の計算。その他の相互作用を用いた場合と比較してある。「(8-16)2BME」はCohen-Kurath表す。

図3:炭素同位体のSn。

実験値と、他の相互作用の結果とが比べてある。「present」がもっともよい値を出している。(図2の「present」とは違うものであるが、p-shell部分はほぼ同じである。)

図4:24Oの2+状態から放出される中性子のエネルギー分布。

殻模型による結果(shell model)から「Yukawa」で表されるところまで下がってきている。「no res.int.」は二体相互作用がない場合を表す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は本文7章と付録4節から成る。第1章の導入部でこの論文の主題と構成が述べられた後、第2章で、原子核構造における魔法数とそれを説明する殻模型について簡単な解説があり、この論文の研究課題となる最近の実験によって明らかになった中性子過剰核における魔法数の喪失と新しい魔法数の出現が述べられている。第3章ではそれを説明するための、殻模型の配位混合理論の基本的な概念と計算の枠組みが説明されている。とくに、スピンとアイソスピンに依存した有効2体力の重要性が指摘され、これまでの研究の批判的分析とこの有効2体力の定性的な効果の説明が行われている。この第3章から第6章までが、この学位論文の主要部分である。第4章では、この理論を使った軽いp殻までに核子が入った核の大次元の配位混合の数値計算の結果と実験値との比較が行われ、第5章では、更に同じ理論的枠組みで、もう少し重いsd殻の核子を含む炭素同位核の計算と実験との比較、第6章では更に重い酸素同位核における非束縛状態の効果を取り込んで拡張した計算結果が報告されている。最終章(第7章)でこの研究の成果がまとめられている。計算の詳細の一部は補遺に記されている。論文は英文であるが、総じて読みやすく明瞭に書かれている。

 原子核を構成する中性子や陽子の数がそれぞれ8、20、28、50、82、126のところで原子核が非常に安定となるという魔法数の存在は古くから知られ、これまで核子の一体場に強いスピン軌道力を導入した殻模型で説明されてきた。しかし、最近になって高エネルギー重イオン衝突を用いてつくられるようになった中性子・陽子数比が1より大きく外れた中性子過剰核では、中性子数20の魔法数がマグネシウム同位核で喪失し、新しい中性子数16のところに魔法数が現われることを示唆する実験結果が得られている。この変化は、殻模型においてOd3/2の有効一粒子軌道のエネルギー準位が通常の原子核に比べて非常に高くなっていることを示している。これを、殻模型の配位混合理論を用いて説明するのに、Od5/2軌道にいる陽子とOd1/2軌道にいる中性子との間に引力的に効く有効2体力としてVτσ(r)=(τ1・τ2)(σ1・σ2)fτσ(r)の形のスピンとアイソスピンに依存した力が重要であることがこれまでの著者達の研究で指摘されていた。この論文では、より軽い軌道までを占有した安定な原子核(pシェル核)をつかってこの有効核力の強さと殻模型のパラメータの最適値をもとめ、それを用いて殻模型の配位混合計算でsd軌道までを含む安定核と不安定核の統一的な記述を試みている。

 これまでのp殻までの安定核の研究では、Cohen-Kurathによる殻模型計算が標準的なものとして知られ、安定核の性質をよく再現してきたが、この論文の著者達の分析によると、その計算で実験値を再現するように決められた有効2体力には、理論的に現実的な核力から多体論的に計算されたG-matrixと比較して、Vτσ(r)の形の成分が非常に小さく見積もられていた。この有効2体核力は、中性子過剰核における同様な計算で重要な効果を及ぼすことが期待されるため、著者等は再度殻模型計算を行って、不安定核を含めた計算でこの有効2体力を含めたパラメーターの最適値を求めた。特に、このVτσ(r)の形の有効核力にもっとも強く依存するGamow-Teller遷移や磁気モーメントの計算を行って実験データと比較することにより、この理論の有効性を確かめている。その計算結果は従来の理論計算よりも非常によく実験結果を再現しており、この論文の基本的アイデアの正しさを立証している。これが、第3章、第4章の内容であり、この論文のもっとも主要な部分である。

 第5章では、更に炭素同位核に理論を拡張し、1s1/2軌道の効果を取り入れた計算を行って基底状態のスピンやパリティ、中性子分離エネルギー、電磁遷移強度等について現存する実験データを良く再現できることを示している。第6章では、ドリップ線近傍の緩く結合した、或いは非束縛(共鳴)状態の、中性子を考慮して、24O核の励起状態や、25O核の基底状態の計算を行っている。

 このように、この論文では殻模型の立場から、従来の計算で有効2体力に十分取り込まれていなかったスピンとアイソスピンに依存する力に着目し、基本的には従来の殻模型の枠組みを変えることなく、新しいパラメータの値を使って不安定核を含む様々な軽い核を統一的に記述することに成功している。この計算で強調されたVτσ(r)の形の有効核力は、荷電中間子(π、ρ)交換から得られる2体核力に含まれていることは良く知られており、本論文において核構造においてもそのような核力の成分が重要な働きをしていることを明らかにしたことは興味深い。

 以上、この論文は多くの新しい重要な成果を含み、博士論文として十分な内容であると判定する。なお、本論文の第3章は、既にPhysical Review Letter誌に本論文の著者と指導教官等の共著論文として発表され、第4章の結果は現在Physical Review C誌に同共著論文として投稿中であることを付記する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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