No | 117844 | |
著者(漢字) | 矢口,竜也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤグチ,タツヤ | |
標題(和) | カーボンナノチューブキャップの電子状態とトポロジー | |
標題(洋) | Electronic States and Topology in Carbon Nanotube Caps | |
報告番号 | 117844 | |
報告番号 | 甲17844 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4315号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | カーボンナノチューブは2次元のグラファイトを円筒状にした構造である.生成されたカーボンナノチューブの多くは,端で閉じた構造を持つ.この閉じた構造はキャップと呼ばれている.2次元グラファイトは蜂の巣構造,すなわち六員環で構成されているが,キャップ構造は六つの五員環を入れることで作られる.六つの五員環の配置の仕方で,多くの種類のキャップ構造がつくられる.ある特定のキャップについては,キャップ付近に局在する状態が存在することが,理論的に示されている.また,実験的にもそのような状態がキャップ付近に存在することが走査型トンネル電子顕微鏡(STM)により観測されている.片側にキャップの着いたカーボンナノチューブを切断し,切断したキャップつきナノチューブを0次元の量子ドットと見なし,離散化されたエネルギー準位を調べる実験などもなされている. 一方,今まで行われたキャップの電子状態に関する理論的研究は,あるキャップの構造を決めて,それに対する結果しか得られていない.また,STMや透過電子顕微鏡(TEM)では,キャップの構造を特定することは不可能である.この博士論文における研究の目的は,十数種類キャップについて調べて,それらの電子状態を系統的に理解することである.手法は,強束縛近似による数値計算と有効質量近似である.この有効質量近似の利点は,チューブとキャップにおいて適切な境界条件の元で微分方程式を解く手法であるため,ある程度解析的に計算できることにある.十数種キャップの中の2種類を図1に示す.以下でナノチューブは金属的なアームチェア型ナノチューブに限ることにする. 二次元グラファイトのブリュアン域は六角形であり,その頂点はKとK'と呼ばれている.アームチェア型ナノチューブは,このKとK'点付近で右向き(+)と左向き(-)に進むチャンネルを1つずつもつほぼ線形なπ電子エネルギーバンドを持つ.それらをK±とK'±で表す.まず始めに,キャップの電子状態を調べるためカーボンナノチューブ上の電子を左側からキャップに入射させて,その散乱係数の位相を調べた.この十数種類のキャップはチューブの軸を含むある面に対して鏡映対称性を全て持っている.そのため,異なる対称性をもつ状態間に散乱は起こらなくなる.ここでは,K+とK'-,K'+とK-が同じ鏡映対称性に属するため,散乱係数γKK-γK'K'=0となる.よって,K+で入射するとK'-で,K'+で入射するとK-で反射するため,散乱行列のユニタリティーの要請から|γKK'|=|γK'K|=1となる.それゆえ,以下のように位相のずれθKK'とθK'Kを定義する.この位相のずれから有限長ナノチューブのエネルギー準位が求められる.得られる位相のずれθの結果は波数にほぼ線形になっていることから,次のように展開して,θ=β+2ακ+・・・,波数の一次までとり,エネルギー分散は線形で近似すると,以下のように,有限長のカーボンナノチューブキャップのエネルギー準位が以下のように近似的に求まる.ここで,ε+とε-はそれぞれの異なる鏡映対称性に属するエネルギー準位,(αは格子定数)はチューブの長さT=qa,vq=mod(q,3)である.vqはK(K')点での波動関数が軸方向に距離la移動すると,exp(i2πl/3)(exp(-i2πl/3))だけ変化することに起因する.キャップが無い場合α=0,β=πであり,この場合と比較すると,キャップの効果として,αだけチューブ端を有効的にずらし,βはその有効的にずれた端での位相のずれとして見なすことができる.RとLは右と左端での散乱を区別するために示した. 強束縛近似による結果は,キャップの先端付近の五員環の配置によらず,チューブとキャップの境界上にある最近接五員環間隔を底辺とする正三角形の高さをPとすると(図1参照),αKK'とαK'Kは近似的にP/4となり,βKK'〜πとβK'K〜0となった.境界にある五員環で決まる長さスケールPで結果が決まる理由は,波動関数がキャップ先端に向かって減少し,先端の五員環の効果が現れなくなるためである.位相のずれに関しては,たとえキャップが先端に複数個五員環があったとしても,そのキャップは,トポロジカルにPを一辺とする正三角形q枚で構成されるキャップとみなせる.qは接続部上にある五員環の数に対応する(1〓q〓6).たとえば,図1(a)はq=6のキャップとまったく一致し,図1(b)はq=1のキャップに対応する. この結果を物理的に理解するために,正三角形q枚で構成されるキャップについて,有効質量近似による手法でしらべた.この近似によると,αKK'とαK'Kは約0.24P,厳密にβKK'=πとβK'K=0となる.これは,強束縛近似と非常に良い一致を示している.また,キャップの中の波動関数は,ほぼ第一種ベッセル関数J1とJ2で表され,特にエネルギーε=0で,先端に向かって線形で減衰する波となることがわかった.また,チューブとキャップの接続部上の五員環付近で,波動関数はγ-1/5の特異な発散を示す.ここで,γは五員環の中心を原点としたときの距離である. また,有限長のカーボンナノチューブキャップのエネルギー準位を,得られた位相のずれから求めたものと,強束縛近似を直接対角化する手法により解いた結果は,キャップに局在する状態以外は,非常に良く一致をする.キャップのチューブ軸の周りの回転対称性が低い場合に見られる共鳴状態は位相のずれから求められる.しかし,キャップが高い対称性を持つ場合,伝播波と局在状態は異なる対称性を持っているために,位相のずれに反映しないのである.それゆえ,位相のずれからは,そもそも局在状態は調べられない. そこで,次に,局在状態について調べた.チューブの軸周りに高い回転対称性をもつときに,局在状態が存在するため,状態を軸周りの角運動量で分類する.始めに,正三角形q枚で構成されるキャップについてしらべる.すなわち,このキャップはチューブの軸周りにq回回転対称性があることになる.この時,角運動量σは-q/2<σ〓q/2の範囲にあるq種類の整数がとりえる.q=5,6を持つキャップの局在状態の有効質量近似による結果とナノチューブのエネルギーバンドの対応について図2で示す.結果は,角運動量σ=±1を持つバンドに付随する局在状態はε=0に得られ,それ以外の角運動量を持つ局在状態は,対応する価電子バンドのすぐ上と伝導バンドのすぐ下に得られることがわかった.特に,σ=±1を持つ局在状態の波動関数は,q=6を持つキャップの中でほぼ一様,q=5のキャップでγ-1/5で発散する振る舞いをすることを示した.ここでγはキャップの先端を原点としたときの距離である.これらの結果は強束縛近似の結果と非常によい一致をしている. さらに,強束縛近似により,先端に2個以上五員環が存在するキャップの局在状態について調べた.これらのキャップの局在状態の中には,正三角形q枚で構成されるキャップで得られる局在状態のエネルギー準位とは大きく異なる状態がε=0付近に得られた.これらの状態は,キャップ先端に非常に局在する状態であり,このような状態は有効質量近似において,正三角形q枚で構成されるキャップでは制限されていたために取り入れなかった次数をもつベッセル関数とノイマン関数を取り込むことで,理解できることが分かった. 図1キャップの模式図(a-1)と(d-1),その展開図(a-2)と(d-2). 灰色の円は五員環を示す. 図2(a)六枚,(b)五枚の正三角形で構成されるキャップにおける有効質量近似による局在状態結果とエネルギーバンド. 各角運動量σに属するバンドと対応する局在状態を矢印で示す. | |
審査要旨 | 2次元状グラファイトを円筒状にした構造をもつカーボンナノチューブは、特定用途ではすでに工業的応用にむけた研究も進む一方、究極のナノワイワーとしてこれを利用するための基礎研究が、世界的に急ピッチで進められている。そのような状況の下、本研究はカーボンナノチューブのキャップ(端の閉じた部分)を起源とする電子状態を、π電子系に対する強束縛近似による数値計算と有効質量近似という二つのアプローチによって取り扱い、その系統的な理解を目指したものである。 本論文は7章から構成される。第1章は序章であり、カーボンナノチューブに関する過去の研究の簡潔なまとめと本研究の目的を提示する。第2章ではグラファイトπ電子系の強束縛近似による取り扱い方法、グラファイトをまるめてチューブにしたときに現れる電子状態の特徴、その物理的な理解を助ける有効質量近似、5員環などのトポロジカルな欠陥の取り扱い方法、そのような欠陥を含むカーボンナノチューブキャップおよび接合部分に関する過去の理論研究、また関連する実験データの紹介を行う。本人の手になる研究は主に第3章以降である。第3章ではカーボンナノチューブのキャップとして考えられる構造の分類を行う。第4章では、様々なタイプのキャップにおける電子波の散乱(位相のずれ)を、強束縛近似の数値計算によって議論する。第5章では同じ問題を、より直感的な理解を助ける有効質量近似によって取り扱う。第6章では、位相のずれによって取り扱うことのできない局在キャップ状態を、やはり強束縛近似と有効質量近似の2つの手法で議論する。第7章は本論文の要約と結論である。 カーボンナノチューブキャップは、6員環だけからなる円筒状のグラファイトにトポロジカルな欠陥である5員環を6個導入することで生成することができる。このトポロジカルな欠陥は電子波の散乱を引き起こし、その結果、キャップ特有の電子状態がもたらされる。このような観点での電子状態や電気伝導特性に関する理論研究は、特定のキャップ形状については過去に報告されているが、本研究ではさまざまなキャップの形状について広く調べることにで、より系統的なキャップ電子状態の理解を試みている。とくに、モデルの範囲で厳密に解くことはできるが大規模系への拡張や一般性の点で難のある強束縛近似の数値計算に加え、フェルミ準位近傍の近似理論ではあるが解析的取り扱いが可能な有効質量近似を用いて、数値計算結果の物理的な説明を行った点が、本論文の大きな特徴である。なお本研究は、金属的な電子状態をもつことが知られるアームチェア型カーボンナノチューブを対象としている。 カーボンナノチューブπ電子の伝播波は、キャップとの接合部から先端にむけて減衰し、位相差を得て散乱する。チューブのキャップの境界上にある再近接5員環間隔を底辺とする正三角形の高さをPとしたとき、キャップ形状(5員環の配置)によらず、およそP/4の場所に有効反射端があると見なすことができて、あとはパリティに応じて0またはπの位相差が生じるというのが、本研究で強束縛近似の数値計算から得られた結果である。有効反射端の位置は、有効質量近似では0.24Pとなることが示され、さらに位相のずれからもとめた有限長ナノチューブのエネルギー準位は、キャップに局在する状態をのぞき、強束縛近似の結果とよい一致を見た。 キャップが高い対称性を持つ場合、伝播波と異なる対称性を持っている局在状態は位相のずれに寄与せず、従って位相のずれから局在状態を調べることができない。そこで本論文では、キャップ局在状態について、強束縛近似とキャップ先端付近の有効質量近似による取り扱いによって別途検討を行い、局在状態の波動関数の形状、ナノチューブのエネルギーとの対応関係について、一般的な知見を得ることができた。 以上のように、本論文はカーボンナノチューブキャップの電子状態に関して系統的に調べることによって、いくつかの興味深い知見を与えており、審査委員全員一致により、博士論文として十分な内容をもつものと判定された。なお本研究は安藤恒也教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論を構築したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断された。したがって審査員全員により、博士(理学)の学位を授与できると認めた。 | |
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