学位論文要旨



No 117845
著者(漢字) 吉田、琢史
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ、タクフミ
標題(和) 宇宙の暗黒物質の候補であるフェルミボールの性質について
標題(洋) The Propeties of Fermi Ball as a Cold Dark Matter Candidate
報告番号 117845
報告番号 甲17845
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4316号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 助教授 久野,純治
 東京大学 助教授 松尾,泰
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、ソリトン解の一種であるフェルミボールについて、安定性と実験的制限の二面から考察し、宇宙の暗黒物質の候補となり得るかどうかを調べたものである。フェルミボールは、最近提案された非トポロジー的ソリトンであり、場の理論において新たなソリトン解であるというだけでなく、宇宙論的にも暗黒物質の候補と考えられている。非トポロジー的ソリトンには、他にQボールやニュートリノボールの存在が知られており、ドメインウォールやモノポールなどのトポロジー的ソリトンが、真空の非自明な構造によりトポロジカルな数が保存するために安定化しているのに対し、それらはむしろ大域的なU(1)電荷を系が保存することにより、力学的に安定化している。特に、フェルミボールの場合にはフェルミオン数が保存されていて、力学的な安定性が保たれている。

 まず、フェルミボールが力学的にどのように安定化されているかを簡単に説明する。フェルミボールは、球殻状のドメインウォール、そこに強く張り付いた多くのフェルミオン、球殻内の偽真空という3つの要素から構成される。この系において、ドメインウォールと偽真空は、球殻の半径を小さくする方向に力を及ぼすが、ドメインウォールに張り付いたフェルミオンは、フェルミ圧から半径を大きくする方向に力を及ぼす。このため、変形を球形に限れば、この系はある半径で安定化し、これをフェルミボールと呼んでいる。次に、フェルミボールは、いつどのような状況で作られ得ると考えられているのかを説明する。初期宇宙において系の持つ対称性が自発的に破れ、ドメインウォールが生成された状況を考える。もし、この対称性が厳密なものであれば、ドメインウォールのもつエネルギーは、すぐに宇宙のエネルギー密度を支配してしまうが、対称性が近似的なものだと仮定すると、宇宙の膨張に伴い偽真空の領域は収縮し、その収縮過程は壁の持つ表面張力により加速される。そして、このドメインウォールが移動する過程において、熱浴中のフェルミオンを吸着したと考える。これは、Z2対称性や超対称性を持った模型では、ドメインウォール上にフェルミオンの0モードが存在することが知られていることから、十分にあり得る事である。やがて、2次元的フェルミガスによるフェルミ圧が壁の表面張力や偽真空の体積力と釣り合うところで収縮が止まり、有限な大きさの安定なフェルミボールが生成されると考えられる。

 上述のフェルミボールは、球形を保つ限りにおいては安定であるが、球から変形して潰れたり、より小さなフェルミボールに分裂したりすることに対する安定性は保証されていない。以下に、これらの変形に対する安定性をフェルミオンが電気的に中性である場合と、帯電している場合で順に議論していく。

 まず、電気的に中性なフェルミオンがスカラー場と湯川結合し、その零モード解がドメインウォールに張り付いている模型を考え、その場合のフェルミボールの変形や分裂に対する安定性を議論する。ただし、真空のエネルギー密度差による体積エネルギーは十分小さいものとし、ここでは無視する。すると、壁の厚みがフェルミボールの半径に対して十分薄い極限では、フェルミボールは変形や分裂に対してそのエネルギーを変えず、安定とも不安定とも結論できないことが知られている。そこで、この極限からのずれを考慮に入れた解析をするため、壁の厚みとフェルミボールの半径の比に関する摂動展開を用いて、フェルミボールのエネルギーを評価する。まず摂動展開の0次のオーダーでは、フェルミボールのエネルギーはフェルミオン数の総計に比例していて、かつ壁の表面の形状によらず表面積Sのみの関数であることから、フェルミボールは変形や分裂に対してそのエネルギーを変えず、上述した既知の結果と一致することが示される。次に私は、フェルミボールのエネルギーを摂動展開の1次のオーダーで評価する。このオーダーでは、壁の厚みに起因した効果のみでなく、フェルミオンの壁の付近での分布の広がりも無視できない。フェルミオンの広がりが壁の厚みに比べて十分に小さい場合には、フェルミボールは変形や分裂に対し必ず不安定であるが、フェルミオンの広がりが壁の厚みと同程度に大きな場合には、フェルミボールは変形や分裂に対し安定な領域があることが分かった。従って、電気的に中性なフェルミボールが変形や分裂に対し安定であるためには、壁の中でのフェルミオン分布の広がりによる効果が不可欠であることが分かった。この壁の曲率に起因するソリトンの安定機構は、場の理論では新しいものである。

 次に、荷電フェルミオンがスカラー場と湯川結合しているフェルミボールの模型を考え、その変形や分裂に対する安定性を議論する。フェルミオンの電荷は、真空における対生成による電子(陽電子)や宇宙における熱的電子(陽電子)により遮蔽されるが、その遮蔽の仕方によって、荷電フェルミボールは二種類に分類される。それは、(a)フェルミボールの半径Rが遮蔽長δscより十分長く、壁付近で電荷が十分に遮蔽されている場合と、(b)Rがδscと同程度または短く、壁付近では電荷がほとんど遮蔽されていない場合である。(b)のフェルミボールについては、電荷による反発力が壁全体のスケールで生じ、摂動的な変形に対して安定化すると期待される。一方、(a)のフェルミボールについては、電気的反発力が遮蔽されたために短距離力となり、フェルミ圧と同等の効果しか持たないため、中性フェルミボールの時と同様、壁の厚みからくる寄与がフェルミボールの安定性を左右すると考えられる。私は、(a)のフェルミボールに関してはδb/Rの摂動展開を用いてその変形や分裂に対する安定性を調べ、また(b)のフェルミボールに関しては、球形からの壁の変形に対する安定性を摂動論を用いて調べる。ただし、中性フェルミボールの解析の時と同様、体積エネルギーはここでは無視する。解析の結果、どちらの荷電フェルミボールも、球形からの変形に対して安定であるが、分裂に対しては不安定であることが分かる。従って、球形な荷電フェルミボールは、変形に対する安定性に起因するエネルギー障壁によって準安定な状態となり、有限な寿命を持つ。その寿命を熱的、量子論的揺らぎの下で大まかに評価したところ、宇宙年齢よりずっと長いことが分かった。従って、宇宙論的革点から、荷電フェルミボールは変形や分裂に対して、実効的に安定である。

 最後に私は、以下の5つの条件を議論することにより、フェルミボールの物理量で許される領域を調べる。それは、(1)フェルミオンはドメインウォール付近で凝縮状態となっているが、その凝縮がフェルミオン量子に崩壊して壁表面からフェルミオンを放出しない条件と、(2)宇宙初期にドメインウォールが宇宙全体のエネルギー密度のほとんどを占めることを避けるため真空のエネルギー差をある程度大きくする条件と、(3)逆に、エネルギー密度差を摂動的に考慮してもフェルミボールが安定であるため、エネルギー差をある程度小さくする条件と、(4)フェルミボールがブラックホール化しないための条件と、(5)既存の暗黒物質やモノポール探索実験により、フェルミボールがまだ発見されていないという観測事実からくる条件である。特に(5)の条件は、実験により探索可能なフェルミボールの変数領域において、その質量の下限を与える。従って、半径が小さく質量も軽い(b)のタイプの荷電フェルミボールは、この条件により排除される。また、条件(2)と(3)は質量の上限を与えるので、(1)の条件も含めると、広い変数領域が禁止されることが分かる。しかしながら、未だ許される変数領域が存在し、その領域を将来の観測実験等で調べることができれば、フェルミボールの発見につながる可能性がある。

 以上で述べたように、私は、フェルミボールの簡単な模型を仮定することにより、その安定性を議論し、またフェルミボールの物理量について許される値について調べた。ただし、解析は多くの部分でモデルによらないものであり、多くのモデルについてほぼ同様の帰結を得ることが出来ると期待できる。求められた変数領域において、安定なフェルミボールが暗黒物質に大きな寄与を与える可能性があることが分かった。フェルミボールのより現実的な模型については、今後の研究課題であるが、この論文で行った解析はその構築の基礎をなすものと思っている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、5章からなり、第1章は序章としてソリトン解の一種であるフェルミボールの基本的な性質、歴史的な背景とフェルミボールの重要性と問題点が述べられている。

 フェルミボールは、球形を保つ限りにおいては安定であるが、球から変形して潰れたり、より小さなフェルミボールに分裂したりすることに対する安定性は保証されていない。そこで第2章では電気的に中性なフェルミオンがスカラー場と湯川結合し、その零モード解がドメインウォールに張り付いている模型を考え、その場合のフェルミボールの変形や分裂に対する安定性を議論している。これまでの研究で、壁の厚みがフェルミボールの半径に対して十分薄い極限では、フェルミボールは変形や分裂に対してそのエネルギーを変えず、安定とも不安定とも結論できないことが知られていた。本論文ではこの極限からのずれを考慮に入れた解析を、壁の厚みとフェルミボールの半径の比に関する摂動展開を用いて、フェルミボールのエネルギーを評価することによって行った。その結果、摂動展開の1次のオーダーでは、フェルミオンの広がりが壁の厚みに比べて十分に小さい場合には、フェルミボールは変形や分裂に対し必ず不安定であるが、フェルミオンの広がりが壁の厚みと同程度に大きな場合には、フェルミボールは変形や分裂に対し安定な領域があることが分かった。

 第3章では、荷電フェルミオンがスカラー場と湯川結合しているフェルミボールの模型を考え、その変形や分裂に対する安定性が議論されている。フェルミオンの電荷は、真空における対生成による電子(陽電子)や宇宙における熱的電子(陽電子)により遮蔽されるが、その遮蔽の仕方によって、荷電フェルミボールは二種類に分類される。それは、(a)フェルミボールの半径Rが遮蔽長δscより十分長く、壁付近で電荷が十分に遮蔽されている場合と、(b)Rがδscと同程度または短く、壁付近では電荷がほとんど遮蔽されていない場合である(b)のフェルミボールについては、電荷による反発力が壁全体のスケールで生じ、摂動的な変形に対して安定化すると期待される。一方、(a)のフェルミボールについては、電気的反発力が遮蔽されたために短距離力となり、フェルミ圧と同等の効果しか持たないため、中性フェルミボールの時と同様、壁の厚みからくる寄与がフェルミボールの安定性を左右すると考えられる。解析の結果、どちらの荷電フェルミボールも、球形からの変形に対して安定であるが、分裂に対しては不安定であることが分かった。したがって、球形な荷電フェルミボールは、変形に対する安定性に起因するエネルギー障壁によって準安定な状態となり、有限な寿命を持つ。その寿命を熱的、量子論的揺らぎの下で大まかに評価し、宇宙年齢よりずっと長いことが分かった。このことから、宇宙論的観点では荷電フェルミボールは変形や分裂に対して、実効的に安定であるという結論が得られた。

 第4章では、フェルミボールの物理量で許される領域が調べられている。(1)フェルミボールの表面からフェルミオンを放出しない、(2)宇宙初期にドメインウォールが宇宙全体のエネルギー密度のほとんどを占めてはいけない、(3)エネルギー密度差を摂動的に考慮してもフェルミボールが安定である、(4)フェルミボールがブラックホール化しない、(5)既存の暗黒物質やモノポール探索実験により、フェルミボールがまだ発見されていないという観測事実に合うという5つの条件から許される領域が求められることが示されている。

 第5章は論文の結論がまとめられている。

 このように本論文は宇宙論で重要な役割を果たすと期待されるフェルミボールに関し、その安定性をフェルミボールの壁の厚みを考慮して評価することに成功してこれまでの安定性に関する議論を大きく進歩させた点は物理学的に評価できる。なお、本論文の第2,3章は荒船氏と小暮氏、また、第4章は荒船氏、小暮氏、中村氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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