学位論文要旨



No 117848
著者(漢字) 渡利,泰山
著者(英字)
著者(カナ) ワタリ,タイザン
標題(和) 直積群による統一理論とその高次元時空への拡張
標題(洋) Product-group Unification and its Extension to Higher Dimensional Spacetime
報告番号 117848
報告番号 甲17848
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4319号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 駒宮,幸男
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 教授 江口,徹
内容要旨 要旨を表示する

 素粒子標準理論は実験的に疑いようの無い成功を収めている。また、理論的にも非常によい性質を持っている。即ち、SU(2)L×U(1)Y対称性の破れに必要なヒッグススカラー場がクォークやレプトンに質量を与えるために必要かつ十分なものであること、そして、標準模型のゲージ対称性がバリオン数非保存につながる危険な相互作用を全て排除していることである。

 標準模型にはエネルギーの次元を持ったパラメーターが1つ必要である。標準模型の唯一の欠点は、このパラメーターの大きさが輻射補正に対して不安定なことである。そしてこの欠点は標準模型を超対称化することにより解決に一歩近付く;超対称理論の非繰り込み定理により、そのパラメーターが繰り込みをうけなくなるからである。超対称標準理論は、統一理論におけるゲージ結合定数の統一を支持する、という美しい点も同時にあわせ持っている。

 しかし、上記パラメーター、それはヒッグス場の超対称質量にあたるのだが、それは102GeV程度(超対称性の破れのエネルギースケール)でなければならない。何故102GeV程度であって統一理論のエネルギースケール(1016GeV程度)や重力スケール(2.4×1018GeV)ではないのか、というのは超対称統一理論という見込みある枠組に対する最大の問題である。この質量項は理論の対称性、すなわちSU(3)c×SU(2)L×U(1)Yゲージ対称性、超対称性およびRパリティ、には全く抵触せず、だから非常に大きな質量があって当然のところなのである。

 予期せぬ程に小さいパラメーターが理論に含まれているとき、そこには何かの対称性が隠れているとするのが普通である。対称性があるために質量項は禁止され、その対称性が超対称性の破れとともに自発的に破れることによって、超対称性の破れにともなった大きさのヒッグス質量項が現れる。このヒッグス質量項を小さく抑える対称性は、実はそれが同時に陽子崩壊につながる質量次元5の高次作用素をも小さく抑えることが分かる。その高次陽子崩壊作用素も実験的に小さいことが確認されているので、そのような両者を同時に制限する対称性が実際にあるということは非常に確からしい。本論文では、そのような対称性を持つ、超対称統一理論について論じた。

 ヒッグス2重項の質量項はそのような対称性によって禁止されなければならず、一方でその対称性は2重項のSU(5)GUT-統一群のパートナーの質量を禁止するものであってはならない。故に、この対称性の存在は、ヒッグス粒子の質量行列の構造に強い制限を与え、超対称統一理論の可能性を次の3つに限ってしまう。

1.ヒッグス粒子を無限個導入することにより、その制限を逃れるもの。ただし、この場合、4次元時空を超えて高次元時空の中で理論を与える必要がある。

2.SU(5)、SO(10)といった単純群による統一を捨て、SU(5)×U(2)とかSU(5)×U(3)といった直積型の「統一群」を用いるもの。U(2)やU(3)といったゲージ群がSU(5)に比べて強い結合定数を持っていれば、超対称標準模型の3つのゲージ結合定数の一致は説明できるので、ゲージ結合定数の「統一」の理論としては十分である。新たなゲージ相互作用を持ち込むことにより、2重項と3重項の間の区別を可能にする。

3.SU(5)×SU(5)という両側が同じ群の直積になった「統一群」を用いるもの。この場合、(超対称)標準理論の3つのゲージ群は、それぞれ2つのSU(5)の中の該当部分の対角成分として得られるので、3つのゲージ結合定数の一致は自然な帰結である。up-typeとdown-type、2つの超対称標準模型のヒッグス場がそれぞれ別のSU(5)ゲージ群のもとで変換するとすることで制限を逃れることができる。

 本論文の第2章では、このうち4次元時空上で模型の成立する後2者を詳細に説明した。両者とも、上に述べた質量次元5の相互作用による陽子崩壊がほぼ完全に存在しないというだけでなく、低エネルギー領域にゲージチャージを持った新しい粒子が存在することがかなり自然である、という著しい共通の特徴を持っている。また、最後の種類の模型では統一理論のゲージ場によって媒介される(実効的には質量次元6の相互作用による)陽子崩壊がかなり遅いプロセスになりがちであるということを述べた。

 本論文第3章では、上記3種類の型のうち2番目のものについて、ゲージ場媒介による陽子崩壊のプロセスを計算した。上記2番目および3番目の模型は低エネルギーでの物理に対する似たような示唆を持つことから、陽子崩壊によって実験的に区別できるか否かはとても重要なことである。おおまかなプロセスの評価では、2番目の模型群においては典型的にτ(p→e+π0)〓(0.4-2.)×1034yrs.となり、かなり速い。これは、Super-Kamiokandeの実験の制限よりはわずかに長い寿命であるが、将来的に計画されている500ktのfiducial volumeをもつ実験で確認される可能性が十分にあることを意味する。先に記した評価に内在する不定性も論じた。また、このように崩壊プロセスが速くなる本質的理由も論じた。

 模型を1つ固定しても、そこには複数のパラメーターがある。パラメーターは3個までならば3つの超対称標準模型のゲージ結合定数の値によって決定することができる。しかし、論じている模型にはそれ以上の数のパラメーターがあるので、決めきれない連続パラメーターが存在する。そしてその値が変われば陽子崩壊の速さも変化する。そこで、今度は上記の大まかな評価とは別に方法を変えて、連続パラメーターが取り得る値の範囲を決定し、それによって陽子崩壊の起こり得る速さの範囲を決定した。特に重要なのは、2番目の型に属する模型について陽子の寿命の上限値を得たことである。図1の2つの等高線図はSU(5)GUT×U(2)HおよびSU(5)GUT×U(3)Hをゲージ群とする2つの模型での陽子寿命の上限値を示している。

 これら、2番目の型に属する模型には、統一群対称性を破る部分にN=2超対称性が存在するという著しい特徴がある。対称性を破るために導入された粒子がN=2超対称性の多重項をなし、それらの間の相互作用の形がN=2超対称ゲージ理論に特徴的なそれであり、そして、そのことが余分に導入したU(2)HやU(3)Hゲージ相互作用の結合定数が強結合のまま保たれること(そしてそれゆえに超対称標準理論の結合定数が統一されること)において本質的に重要である。

 このN=2の超対称性が見かけだけのものではなく、理論の短距離極限においてそのような高い超対称性があり、それが見えているのだ、としよう。4次元時空に基づいた場の理論では、高い超対称性のある理論から超対称性の部分的かつ自発的やぶれによってカイラルな超対称標準模型を得ることは極めて困難である。ゆえに、この理論の背景には高次元時空があると考えるのが自然である;余分な次元がコンパクト多様体になっているとすると、その多様体の曲がり具合によって超対称性は部分的にやぶれうるからである。そして、余剰次元時空の幾何のうち、より高く超対称性を保存する部分があれば、その領域に局在化した場の理論には高い超対称性が残る。

 高次元超重力理論には、D-braneとよばれるソリトン解がある。そして、そこにはゲージ理論が局在化する可能性があることが知られている。SU(5)GUT×U(N)H(N=2,3)ゲージ群が2種類のD-braneによって実現していると考えよう。そうすれば場の理論が余剰次元自空の中で局在化させうる。それと同時に「統一群」が直積型であることはごく自然である。結合定数も各因子ごとに違ってよい。さらに、余剰次元多様体に残る離散回転対称性は低エネルギーでは超対称理論のR対称性の起源を説明する。

 これまでに述べた動機に基づいて、本論文第4章では超対称統一理論の3分類の2つめの型の模型の高次元時空への拡張を論じた。平坦なD-brane解の上に局在化する場の理論の自由度は超弦理論が決定する。それらをもとにして、余剰次元時空の曲がり具合を工夫することによって、模型に必要な粒子の自由度を過不足無く再現しなければならない。であるから、模型の粒子自由度をもとにして、余剰次元時空の幾何を決定することが目標になる。

 局所的にN=2の超対称性を残すには、SU(5)GUTおよびU(N)Hをsupportする2種類のD-braneとしては、Dp-D(p+4)系、直交するD(p+1)-D(p+3)系およびSU(2)変換で移りあうDp-Dp系が可能である。Dp-D(p+4)系の場合には、模型の粒子自由度から、Dp-braneがD(p+4)-brane上で動けなくなっていることが要請され、それ以外の2つの系の場合には、U(N)Hゲージ群をsupportするD-braneがまきついている余剰次元多様体のcycleの位相的性質が規定される。また、Dp-D(p+4)系のDp-brane上で、あるいは後2者のD-braneの交差点上で、局所的にSU(5)GUT対称性がU(6)対称性に拡大することも、粒子自由度から要請される。

 上記要請は、余剰次元時空の幾何の(主に)局所的性質である。しかしながら、要請を満たす幾何の大域像を与えることは、数学の技術上の問題から非常に困難である。そこで、本論文では6次元トーラスの可換群作用による軌道体、という種類の幾何に対象を限って、その範囲内で要請を満たすものを探したT6/Z12-orientifoldはその中で最も良いものである。模型のうちで統一群のやぶれを記述する部分を完全に再現し、さらにその部分においてR対称性の幾何学的実現が可能であった。しかし一方で、クォークやレプトンをD-brane上の場の理論から得ることはできず、したがってT6/Z12-orientifoldによる記述はこの点で不満足である。したがって、この模型が自然を記述しているとするならば、そして、そこにあるN=2の超対称性が理論の短距離極限での対称性であるならば、余剰次元時空の幾何は6次元トーラスの可換群作用による軌道体という枠の外にあることになる。

図1:陽子寿命理論的上限値の等高線図

mSUGRA境界条件による超対称性のやぶれを仮定し、そのパラメーターに対する寿命の依存性を示している。mhおよびmχのラベルの付いた線は、LEPII実験によりその線より下の領域が排除されていることを示す。左の図がSU(5)GUT×U(2)H模型、右の図がSU(5)GUT×U(3)H模型の予言である。

審査要旨 要旨を表示する

 周知のように、SU(3)×SU(2)×U(1)ゲージ群に基づく素粒子の標準模型は、数々の精密な実験結果を説明する理論として、疑う余地のない成功を納めてきた。さらにこの模型に超対称性を組み込んで拡張した理論においては、各ゲージ群の結合定数がおよそ1016GeVという超高エネルギースケールにおいて非常によく一致することが知られており、何らかの大統一理論(GUT=Grand Unified Theory)の存在を強く示唆している。

 結合定数の自然な統一を実現する最も簡単な方法は、標準模型のゲージ群をSU(5)やSO(10)といった単純群に埋め込むことであり古くから盛んに研究されてきたが、このシナリオには幾つかの未解決の問題が存在する。一つの重要な問題は、標準模型に現れるSU(2)二重項に属するヒッグズ粒子の質量がなぜGUTスケールに比して〜1014倍も小さいかという問題であり、また今ひとつの実験とより密着した問題は、大統一理論で起こり得る陽子崩壊の確率を観測と矛盾しない程度に小さく抑えるメカニズムの解明である。とくに前者の問題は、単純群をゲージ群とする限りその解決は非常に難しい。

 これらの問題を解決する自然で有力な考え方は、何らかの対称性のためにヒッグズ二重項に対する質量項及び陽子崩壊を引き起こす次元5を持った相互作用項が抑制されるというものである。そして近年このアイデアを実現する、単純群Gに新たなゲージ群Hを直積G×Hの形で加えた超対称モデルが幾つか考案された。これらのモデルでは、新たなゲージ対称性及び超対称性に関係するR対称性を用いて、ヒッグズ質量の問題と陽子崩壊の問題を同時に解決することができる。

 本学位論文は、G×HとしてSU(5)×U(3)及びSU(5)×U(2)を用いるモデルにおいて予言される陽子崩壊の寿命の精密な解析を行いモデルの実験的検証に不可欠な情報を導くとともに、最近の超弦理論の発展を踏まえてモデルの持つ高い対称性を自然に導く高次元理論を提案している。論文は4章からなる。第1章で動機付けが述べられた後、第2章では、問題の所在及び考察するモデルの基本的構造が述べられている。本論文で得られた新しい結果は第3章及び第4章で詳細に記述されている。

 第3章では陽子崩壊の寿命の精密な考察が行われている。最も注目すべきは、2ループまでの繰り込み群の計算を用いて、すべての結合定数が理論に現れる最も重い粒子の質量スケールまで有限にとどまる条件を解析し、それによって理論に存在する連続パラメーターがとり得る範囲を確定し、未知のパラメーターが存在するにも拘わらず陽子の寿命の上限値を得ることに成功した点である。しかも得られた値は次世代実験で観測し得る大きさであり、非常に興味深い。またこの繰り込み群の解析を通じて、許容されるパラメーターの領域において、モデルに内在するN=2の超対称性が良く成り立っているという結果を得ており、これが第4章における高次元モデルの提唱に強い動機を与えている。

 第4章では、モデルの要である幾つかの対称性、とりわけ上で言及したN=2の超対称性を自然に実現するアイデアとして、超弦理論に触発された高次元模型を提唱している。以下ではSU(5)×U(3)モデルを例にとる。超弦理論の最近の発展の成果として、p+1次元のU(N)超対称ヤン・ミルズゲージ理論が空間p次元、時間1次元の拡がりをもつN枚の重なったDpブレーン上の開弦の自由度で自然に記述されることが発見されたが、本論文ではこれを利用して、SU(5)ゲージ理論を8次元のD7ブレーン上で、またU(3)ゲージ理論をこれと重なった4次元的拡がりを持つD3ブレーン上で実現するアイデアを提唱している。そして観測される4次元以外の6次元部分を適当なオービフォールドと呼ばれるコンパクトな空間にとり、ブレーンの内部空間における位置を工夫することによって、U(3)ゲージ理論の部分にのみN=2の高い超対称性が残るようにすることができることが示されている。さらにこの理論には量子異常がなく、クォークとレプトンを除いて望ましいスペクトルを出すことができることが示されている。この提案は、クォーク・レプトンの自由度を出すことがまだできていない点で現象論的には未完成ではあるが、高次元理論における幾何学の立場から、必要とされる対称性を理解しようとする野心的な試みであると言える。

 以上述べたように、本論文は、直積群を用いた統一理論のモデルを検証する上で実験的に最も重要な陽子崩壊の寿命を精密に検討し特にその上限を導いたこと、及び超弦理論の最近の発展を取り入れてそれらのモデルの対称性を自然に導く興味深い高次元理論を提唱した点において高く評価される。よって審査員一同博士(理学)の学位を与えるに十分なものと認める。

 尚、本論文の一部は共同研究に基づくが、その部分に関しても論文提出者が十分な寄与をしたことを確認した。

UTokyo Repositoryリンク