No | 117849 | |
著者(漢字) | 大薮,進喜 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオヤブ,シンキ | |
標題(和) | ISO遠赤外線銀河の観測 | |
標題(洋) | Observations of ISO far-infrared galaxies | |
報告番号 | 117849 | |
報告番号 | 甲17849 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4320号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 天文学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 天文学の重要な問題の一つは、銀河がどのようにでき、どのように進化してきたかである。銀河形成・進化の現場をおさえるために、Hubble Space Telescopeや8メートルクラスの大望遠鏡をもちいて可視光の深い観測が精力的に行われており、高赤方偏移すなわち宇宙の初期の段階での銀河が数多く見つかってきている。しかしその星生成率はせいぜい1年あたり数太陽質量というそんなに活発な値を示してはいない。一方、赤方偏移が1を越えるような巨大楕円銀河や、低赤方偏移から高赤方偏移までのクェーサーの金属量が太陽近傍より高い値を示すように、それらの天体より過去に十分な数の星を作るような活発な星生成活動があったという状況証拠がある。しかしながら可視光での観測ではそのような活発な星生成の現場が見つかってこない。この二つの事象の間を、塵の存在によって説明することができる。活発な星生成活動は大量な塵を伴い、その塵によって可視は大部分が吸収されている。そしてこの吸収された可視光でのエネルギーは遠赤外線で放射されているため、可視では極めて暗く観測で見つかりにくいと考えることができる。 この塵の存在をサポートする観測としてCOBEによる遠赤外線での宇宙背景放射の検出がある。この遠赤外線背景放射は、近傍の銀河の遠赤外線放射の値から予想されるより10倍以上高く、宇宙のエネルギーのおよそ半分が遠赤外線で放射されていることを示していた。これはすなわち塵に隠された星生成活動が、過去に遡って増加しているが、その現場は可視光では吸収されて赤外線で放射されている。すなわち遠赤外線背景放射を調べることで、可視では見落としていた、銀河形成・進化に迫れると考えることができる。 そこでこの遠赤外線背景放射の中に含まれる銀河の情報を引き出すために、我々のグループで、ヨーロッパの赤外線人工衛星である赤外線宇宙天文台(ISO)をもちいて、全天でもっとも水素の棒密度の低いロックマンホール領域を、遠赤外線90ミクロンと170ミクロンの波長域で一平方度にわたって世界でもっとも深い探査を行った。この観測から、その遠赤外線源の個数は、赤外線の進化をいれないモデルの予想より遥かに多く、その空間分布解析からそれらの遠赤外線源が、赤方偏移1以下の星生成活動が活発な銀河であると予想されている。 我々のグループは、この遠赤外線深探査で見つかった遠赤外線源がどのような天体であるかを調べるために、同定作業を行った。ISOがわずか60cmの望遠鏡かつアンダーサンプリングの検出器さらに遠赤外線源のソースコンフージョンのために、遠赤外線の波長では90ミクロンで16秒、さらに170ミクロンでは33秒という大きな位置のエラー(1σ)を持つ。このためそのエラーサークル中に多くの候補天体が存在し、その同定をすることは極めて困難な作業である。そこで我々は近傍の銀河で良く知られている遠赤外線と電波の相関関係、すなわち星生成活動のUV光を塵で吸収して赤外線で放出している天体が、その星生成活動に伴う超新星残骸からのシンクロトロンの電波連続光もだしているという相関をもちいて同定をおこなった。この電波のデータは、アメリカ合衆国ニューメキシコ州のVery Large Arrayで電波20cmでの高空間分解能の深い探査を行って取得したものである。そして遠赤外線源をその20cm電波源と比較してLikelihood Ratio Analysisという確率解釈をすることで、79天体の同定に成功した。 さらにハワイ大学2.2m望遠鏡で取得した可視Iバンド近赤外線HK'バンドの撮像観測とすばる8m望遠鏡で取得した可視Rバンドの撮像観測データをもちいて、ISO遠赤外線源のカラーを調べた。多くの遠赤外線源はR-Iのカラーで比較的普通の渦巻き銀河と同じ色を示す銀河であり、これは近傍の超光度赤外線銀河ARP220と同じようなカラーである。このような天体は星の系が十分にできており、その中に塵のコンポーネントが遠赤外線を放射していると考えている。一方興味深い種類の銀河も観測されている。遠赤外線のエネルギーと可視光のエネルギー比が500を超え、これは近傍の超光度赤外線銀河ARP220を赤方偏移させるだけでは説明することができない。さらにそのうち少なくとも6個は、R-I>1.5という非常に赤い色を示している。このような天体は、星の系が十分成長していないか、または星の系が塵によってほぼ完全に覆われて吸収されているような天体であると考えられる。 次に、同定した遠赤外線源の赤方偏移を計ることで、その天体の光度と光度関数を求めることを行った。アメリカのマウナケア天文台のKeck II望遠鏡とキットピーク天文台のWIYN望遠鏡による可視光分光観測を行い、遠赤外線源として同定された79天体のうち34天体(+1は文献から)について赤方偏移を計ることに成功した。特にWIYN望遠鏡では、HYDRAという光ファイバーを用いた多天体分光器を使用し、ビームスイッチングという天体と空を交互に掘ることで赤方偏移をきめるための輝線を観測するために邪魔になる夜光の成分を精度良く除去することができた。これらによって赤方偏移を計測した銀河のおよそ半分がz〜0.1の宇宙に位置する。しかしながら超高光度赤外線銀河(LFIR〓1012L〓)を10天体、さらにその10倍赤外線で明るい極高光度赤外線銀河を1天体見つけることに成功した。 ここで見つけたISO遠赤外線銀河の密度分布を90ミクロンと170ミクロンの両バンドで積分系の単色光度関数を求めた。1980年代のIRAS衛星の100ミクロンサーベイの結果と比較すると高光度側すなわち遠方で個数が増えていること、すなわち進化していることが見て取れる。この進化の傾向は、 さらに、遠赤外線光度の光度関数(図1)を求めるとすべての赤方偏移ポイントで近傍のIRAS赤外線銀河ものに対して超過している。とくに一番遠方の点z=0.3-0.8においては、その超過が最大であり、LFIR〜1012.5h-250L〓を持つISOで見つかった超高光度赤外線銀河の空間密度が1.8±1.1×10-5h350Mpc-3という近傍の100倍以上という値を示した。この種の赤外線銀河の個数が赤方偏移0.8に向かって急速に増加している。 最後にこのような赤外線銀河の形態を調べた。特に超高光度赤外線銀河と呼ばれる天体は、大部分が歪な形態を示している。これは衝突や遭遇と言ったイベントによる何らかの力学的作用を受けたことを示唆しており、これによって赤外線での活動、すなわち星生成活動が活発になったと考えられる。このことは近傍の高光度銀河でも言われていたことであるが、さらに遠方においても確認した。 本研究は、わずか一平方度という面積の中で観測されたものであるために、サンプルの数が限られたものとなっている。この問題は、今後の赤外線衛星計画で解決されるであろう。 図1:ISOによって検出された遠赤外線源の光度関数。 黒丸、黒四角、黒ダイヤモンドが我々の結果で、それぞれ赤方偏移が0.07-0.14,0.14-0.3,0.3-0.8に相当する。+がSoifer et al. 1987、×がKim & Sanders 1998のデータ点で比較のため過去の研究を表示した。 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなり、第1章は研究の動機と背景、本研究の基礎となった遠赤外線観測の結果がまとめられている。星生成が活発な銀河から放射されるエネルギーは、主に紫外線から可視光領域で放射された後、大半が塵により吸収され遠赤外線域で再放出される。従って銀河の遠赤外線放射は星生成活動の良い指標となり、また星生成の活発な銀河では、強度が大きいため遠方まで観測可能となる。宇宙の平均的な星生成量は、過去に遡るにつれ大きくなっていることが知られているが、大部分は紫外線領域での観測結果に基づいている。紫外線は塵によって吸収・散乱されやすい波長域であることを考えると、過去の結果は星生成活動の一部しか反映していない可能性がある。従って遠赤外線領域での銀河観測は大変重要であるが、上空からの観測が必要となる。論文提出者らのグループは、欧州中心に打ち上げた赤外線宇宙天文台ISOを用い、ロックマンホールと呼ばれる銀河系のガスが最も少ない方向約1平方度で、遠赤外線90ミクロンと170ミクロンにおける世界最深の撮像を行った。見つかった遠赤外線源の個数は、進化の無いモデル予想より遥かに多く、空間分布解析から遠赤外線源が赤方偏移1以下の星生成活動が活発な銀河であると予想した。そこで遠赤外線源がどのような天体であるかを調べるため論文提出者が中心となり同定作業を行った。 第2章では電波観測を用いた遠赤外線源の同定と可視近赤外線撮像について記されているISOは口径60cmのため空間分解能が十分でなく、波長90ミクロンで16秒角、170ミクロンでは33秒角という大きな位置推定の誤差を持つ。このため誤差楕円中に複数の候補天体が存在し、同定は容易でない。そこで近傍銀河で知られた遠赤外線と電波の強度の相関関係を用いた。この関係は、星生成活動の活発な銀河は、大質量星の紫外光の再放出による遠赤外線が強いと同時に超新星残骸からのシンクロトロン放射も強いことに基づく。米国VLAによって電波20cmでの高空間分解能の深い探査を行い、遠赤外線源誤差楕円内の電波源が複数ある場合には位置に基づく尤度が最も高い天体を選ぶことにより、79天体の同定を行った。 また可視近赤外線の明るさと色を調べるため、ハワイ大学2.2m望遠鏡と8.2mすばる望遠鏡の可視R,Iバンド、近赤外線HK'バンドの観測を行った。その結果多くの遠赤外線源は普通の渦巻銀河と同じ色を示した一方、遠赤外線と可視光のエネルギー比が500を超える近傍には知られていない種類の天体も見つけた。うち6個はR-I>1.5と非常に赤い色をしていた。このような天体は、星の系が十分成長していないか、星の系が塵によってほぼ完全に覆われている天体であると推定した。 第3章では赤方偏移を求めるための可視分光観測について記されている。米国マウナケア天文台のKeckII望遠鏡とキットピーク天文台のWIYN望遠鏡による可視分光観測を行い、電波で同定された79天体のうち34天体について新たに赤方偏移を得た。これにより赤方偏移を計測した銀河のおよそ半分がz〜0.1に位置することが判明する一方、超高光度赤外線銀河(遠赤外線光度が1012太陽光度より大)を10天体、極高光度赤外線銀河(遠赤外線光度が1013太陽光度より大)を1天体発見した。第4章では得られた赤方偏移を使って遠赤外線銀河の90ミクロンと170ミクロンの光度関数を求め、1980年代の遠赤外線衛星IRASの100ミクロンサーベイによる近傍銀河の光度関数と比較した。その結果、遠赤外線銀河は、z=0.07〜0.8では近傍に比べ平均光度又は空間密度が有意に増加していることを示した。これはサンプル数に限りがあるものの、遠方の遠赤外線銀河の光度関数の進化を示す初めての結果である。特にz=0.3〜0.8における超高光度赤外線銀河は、空間密度の変化と解釈した場合、近傍の100倍以上に増加していることを示した。また進化の有意性は、今回のサンプルのみを用いた、天体の平均密度の変化を赤方偏移に応じて調べる別の方法においても確認した。これらの結果は銀河進化の理論において新たに説明すべきデータを提供した興味深いものである。 第5章では赤外線銀河の形態を調べ、特に超高光度赤外線銀河は、大部分が歪んだ形態を示していることを指摘した。この傾向は他の銀河との衝突や遭遇などによる力学的作用を受け星生成活動が活発になった可能性が高いためと考えられる。 第6章は全体を簡単にまとめ将来展望を記している。 本研究は、わずか一平方度での遠赤外線観測に基づいているためサンプル数が少なく空間分解能があまり高くないため、結果にしばしばやむを得ない不定性が伴っている。しかし遠方の遠赤外線銀河の基本的性質を調べた観測としては世界で初めての貴重なものであり、特に遠赤外線銀河の有意な進化を報告した、重要な論文であると認められる。 なお、本論文の電波観測、可視近赤外線観測などは共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究全体をまとめ、結論に至ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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