学位論文要旨



No 117850
著者(漢字) 佐藤,文衛
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ブンエイ
標題(和) G型巨星の視線速度精密測定による中質量星の惑星探査
標題(洋) Search for Extrasolar Planets around Intermediate-Mass Stars by Precise Radial Velocity Measurements of Late-G Giants
報告番号 117850
報告番号 甲17850
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4321号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 茂山,俊和
 国立天文台 教授 福島,登志夫
内容要旨 要旨を表示する

 我々は、木星型惑星の形成時間および中質量星における惑星形成メカニズムの理解を目的とし、国立天文台岡山天体物理観測所の高分散分光器HIDESを用いて、視線速度精密測定によるG型巨星のまわりの惑星探査を行っている。G型巨星は、その主系列時代とは対照的に自転速度が小さく、スペクトルに多数の細い吸収線を示し、活動性も比較的穏やかなため、視線速度精密測定法によってそのまわりの惑星を検出することが可能である。本論文では、我々のサーベイの1年目のデータを基にして、53個のG型巨星の視線速度変化の特徴を報告する。

 我々のプロジェクトでは、5年間で約180個のG型巨星の視線速度変化をモニターし、2〜3AU以内にある木星質量程度以上の惑星を検出することを目標としている。このために、我々は、ヨウ素ガスセル装置を用いた視線速度精密測定のための解析ソフトウェアを開発し、約1年のタイムスケールで5〜6ms-1程度の視線速度測定精度を達成した。このサーベイの1年目は、G型巨星自身の長期的な視線速度の安定性を調べ、さらに、惑星をもつ候補の星を探すことを目的とし、53星について約1年間視線速度変化をモニターした。

 我々は、53星のうちHD104985、HD141680、HD161178の3星で顕著な周期的視線速度変化を検出した。周期は、それぞれ、193日、286日、363日、振幅は158m/s、37m/s、40m/sである。仮にこれらの変化が軌道運動によるものだとすると、それぞれの伴星の質量は、8.3MJ、2.1MJ、2.5MJ、軌道半径は0.8AU、1.2AU、1.4AUとなり、G型巨星における初めての惑星候補となる。しかしながら、現段階では、これらの視線速度変化が恒星の非動径振動や、自転によるモジュレーションに起因するものである可能性を完全に否定することはできない。また、我々は、HD30557、HD34559、HD68077、HD85444の4星について、長期的な視線速度の変化を検出した。これらは、軌道運動によるものと考えられ、その周期は観測期間より非常に長いと予想される。

 我々のターゲットの多くは、視線速度が15m/s程度のばらつきで安定していることが分かった。また、視線速度変化に有意な周期性が見出せなかった星については、そのまわりの伴星質量の上限を与えた。その結果、ほぼ全てのターゲットにおいて、1AU以内にある5MJ以上の惑星は検出可能であったが、2MJ以下の惑星については、サンプリング方法に起因するエイリアシングの影響により検出が困難であることが分かった。また、今回我々は10〜80MJ程度の質量をもつ明らかな褐色矮星候補は見つけられなかったが、HD104985がこのグループに入る可能性はある。

 我々の結果は、2〜3M〓という比較的重い星のまわりでも巨大惑星ができる可能性があることを示唆しているかもしれない。このような星のまわりでは、原始惑星系円盤が数百万年という比較的早いタイムスケールで消失することが観測されており、もし惑星が存在するとしたら、それらの惑星は短いタイムスケールで惑星形成が可能な重力不安定メカニズムによって形成された可能性がある。我々は、このようなモデルが妥当かどうかをさらに検証するため、重い星のまわりにおける惑星探しを継続している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章とAppendixからなり、(1)岡山天体物理観測所の高分散分光器とヨードセルを用いて、恒星の視線速度決定の手法を開発・確立し、(2)G型巨星に進化した中質量星の視線速度の安定性を調べ、その周りの惑星探査が可能であることを初めて示し、(3)さらに視線速度変化を用いてG型巨星の周りの惑星探査を初めて行い、有力な惑星候補を発見したものである。

 第1章は、これまでの惑星探査の研究がレビューされ、本研究の目的が簡潔に示されている。これまでの探査は主に太陽程度の質量の星に限られていた。これは、太陽型の星の周りの惑星に興味が置かれていたことと同時に、中質量星(太陽質量の1.5倍から3.5倍程度)の星では、吸収線の数が少ないことと、自転速度が大きくなるために、吸収線による視線速度変化の観測が困難になるためである。惑星の形成は惑星系円盤が存在している時期に進むと考えられているが、これまでの赤外線の観測により、太陽型の星では円盤が、107年程度の寿命を持つのに対し、中質量星の円盤の寿命は、(2-3)×106年と見積もられている。一方、通常の惑星形成理論では、惑星の形成に107年は必要と考えられている。従って、中質量星での惑星の検出は、非常に短い時間の間に惑星が生まれることを示唆することになり、惑星形成の理論に非常に大きなインパクトを与えることになる。このような中質量星における惑星検出の意義を背景に、本論文では、中質量星が進化したG型巨星で惑星の検出を試みることが説明されている。G型巨星は、自転速度も遅く、吸収線の数も多く、主系列にある中質量星に比べて、惑星の検出が容易であることが期待されるが、これまで視線速度の系統的な観測的研究はなされていない。本論文では、G型巨星の視線速度の振舞を調べ、惑星の検出を試みることを目的とする。

 第2章では、本研究の対象になった星と、岡山天体物理観測所の高分散分光器(HIDES)とヨードセルを用いた視線速度の測定方法について記述されている。観測対象の候補として180個のG型巨星を選び、そのうち53星について、約2年間にわたり、平均10回程度の分光観測を行い、視線速度の時間変化を調べた。観測されたスペクトルから視線速度を求める解析方法については、Appendixに詳細に議論されている。岡山の観測では、天候・望遠鏡の環境などの変化から、装置固有の線輪郭特性(Instrument Profile:以下IP)が安定して得られない。このため、星のスペクトルを独立に仮定して視線速度を決定するという通常用いられている方法が適用できない。本研究では、星のスペクトルとIPをiterationにより同時に求める手法を新たに開発し、5ms-1の視線速度決定精度を達成することに成功した。

 第3章では本研究で得られた視線速度の変化の結果が記述されている。まず、本研究により、G型巨星では、一般に視線速度は10-15ms-1程度の振幅の時間変動を持っていることを初めて明らかにした。この値は十分に小さく、視線速度変化を観測することにより、G型巨星の周りの惑星検出が可能であることが明瞭に示された。次に詳細な周期変化解析の結果、観測した53個の星のうち、4つの星については、1年を越える時間尺度の視線速度変化を検出した。また3つの星については、振幅が数10ms-1を越える周期変動が得られた。また周期変動がみられなかった残りの星については、伴星の質量の上限値を求め、1AU内で5MJ以上の惑星はないことを示した。

 第4章では、前章で視線速度の周期変化が検出された3つの星について、周期変化の原因についての詳細な検討を行っている。まず、通常の動径振動は、観測された周期が長いことから、十分に棄却できる。非動径振動については、その性質に不明な点は残るが、観測された振幅を説明する可能性は極めて低いと考えられる。また、明るさの変化が予想値の1/10であることから、表面に存在する黒点と、自転により視線速度の変化を生じる可能性も低い。従って、観測された視線速度変化は、惑星の存在による軌道運動に起因する可能性が高いと結論できる。軌道運動とした場合、惑星の質量の下限値として、それぞれ、8.3MJ,2.1MJ,2.5MJが得られた。これらはG型巨星での初めての惑星の候補である。また、今回の観測期間より長い周期の変動を示す4つの星についても、この視線速度変化は、惑星による軌道運動が原因である可能性が極めて高いと考えられる。第1章で述べたように、中質量星であるG型巨星での惑星の検出は、短時間に惑星が形成されることを示唆し、惑星形成理論に大きなインパクトを与えるものである。

 第5章では、以上の結果が簡潔にまとめられている。

 以上のように本論文は、岡山天体物理観測所の高分散分光器を用い、その能力を最大限に活用して視線速度の精密測定を実現し、初めてG型巨星の周りの惑星候補を検出し、惑星系の研究に非常に重要な結果をもたらした研究である。またG型巨星の視線速度の時間変動を初めて精密に測定し、惑星検出が可能であることを示し、将来の探査観測にも大きな影響を与えた点も高く評価できる。中質量星の惑星探査という新しい観測テーマを自ら立案し、我が国での惑星探査の研究を切り開いた、本人の創意工夫が遺憾無く発揮された研究である。なお、本論文は、安藤裕康・泉浦秀行・神戸栄治・竹田洋一・吉田道利・岡田隆史・小谷野久・清水康広・増田盛治・乗本祐慈・渡辺悦二・柳澤顕史・浦口史寛との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測計画の立案・観測・データ整約・解析・議論を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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