学位論文要旨



No 117855
著者(漢字) 高橋(小松),睦美
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ(コマツ),ムツミ
標題(和) CV3コンドライト中のAmoeboid Olivine Aggregatesの鉱物学的研究 : その起源とコンドリュールとの関連性について
標題(洋) Mineralogical Study of Amoeboid Olivine Aggregates in CV3 chondrites : Implications for Their Origin and Relation to Chondrules
報告番号 117855
報告番号 甲17855
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4326号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永原,裕子
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 比屋根,肇
 東京大学 教授 杉浦,直治
内容要旨 要旨を表示する

1.目的

 Amoeboid olivine aggregates(AOA)は、数種の炭素質コンドライト中に見られ、細粒の鉱物から成る数mmから数cm程度の集合体である。AOAの大きな特徴の一つは、その中に難揮発性鉱物とMgケイ酸塩鉱物とが共存しており、Ca,Al-richインクルージョン(CAI)とコンドリュールとの関連を示唆していることである。本研究では、oxidized CVコンドライトより未分化で始原的であると考えられているreduced CVコンドライトを研究対象とし、その中に含まれるAOAの鉱物学的特徴、その熱史及びCAlとコンドリュールとの関連性について明らかにすることを第一の目的とした。

 過去の研究により、AOAは原始太陽系星雲ガスからの凝縮物であり、凝縮後、層状ケイ酸塩を生成するほどの温度までガスと反応して形成されたと考えられている。しかし、本研究においてreduced CVコンドライトの鉱物学的特徴を調べた結果、AOAの組織は、平衡凝縮計算とは合致しないことが明らかになった。この問題を研究するため、本研究ではさらにAOAに含まれる鉱物の加熱実験を行い、AOAに含まれる鉱物間の関係、その成因及び凝縮計算に基づいたAOAの形成過程について考察した。また、AOAには大規模な溶融を経験した組織が見られないことから、AOAのコンドリュールの前駆物質としての可能性も考察した。

2.AOAの鉱物学的及び化学的特徴

 Reduced CVコンドライトのEfremovka、Leoville、Vigaranoに含まれるAOAは、細粒のMg成分に富むOlとCa,Alに富んだ難発揮性ノジュールから構成されている。AOA中に含まれる難発揮性ノジュールの大きな特徴は、Anのコアの周りにAl-ディオプサイド(Cpx)が存在し、Olと接していることである。(図1)。また、AOAには大規模に溶融した形跡は見られないが、Olの120°triple junction、ドーナツ状のOl、丸みを帯びたFe,Ni金属相の存在など、AOAが高温のannealingを受けたことを示唆する組織が存在する。これらの観察結果を基に、annealingがAOAに与えた影響を調べるため、合成のフォルステライト(Fo)、天然のOl、An、メリライト(Mel)、ベロブスカイト(Pv)の混合粉末の等温実験及び冷却実験を行った。

3.加熱実験

 粉末の出発物質は、酸素分圧制御された電気炉中において設定温度まで加熱後、等温実験ではクエンチ、冷却実験では冷却速度を一定に保ちながら冷却し、その後、SEM、EPMA、電子後方散乱回折像法(EBSD)を用いた鉱物学的研究を行った。

3.1.Fo+An混合粉末

 図2にFo/An=1の混合粉末の等温実験結果を示す。1298℃でAnはリムから部分溶融し始める(図2,b)。1318℃ではAnとFoの部分溶融により、メルト(Cpx-like phase)が出現する(図2,d)。1337℃でAnは完全に溶融(図2,e)し、Foの溶け残りだけが観察された。

 次に、Fo+An混合粉末について10℃/h〜500℃/hの冷却速度範囲で上記と同様の冷却実験を行ったところ、Cpx-like phaseは等温実験のときよりも広い温度範囲で存在し、加熱温度が高い程Cpx-like phaseの量が多いことがわかった。冷却実験後のFo+Anチャージ中での、Anの周囲にCpx-like phaseがあるという特徴は、AOAと共通するものである。また、10℃/hで冷却したチャージでは、500℃/hで冷却したものに比べて、Cpx-like phaseが塊状に存在する傾向がある。CAIの冷却速度は〜1-10℃/h(Stolper and Paque,1986)、コンドリュールの冷却速度は〜5-2000℃/h(e.g.,Hewins,1988)であることを考慮すると、加熱の起こった場所はCAI形成域、コンドリュール形成域のどちらで起こったかは決定できない。

 Fo+Anの等温実験チャージ及び冷却実験チャージに含まれるCpx-like phaseの化学組成を調べた結果、冷却実験チャージ中のCpx-like phaseの化学組成は、AOAに含まれるCpxの組成と近い値を持つことがわかった。一方、等温実験で得られたFo+An中のCpx-like phaseの化学組成はAOAのCpxの化学組成に比べて、Sio2とCaO量が低い値を示した(表1)。

 Cpxに含まれるTiO2量の変化を調べるために、Fo+Anの出発物質にPvを加えた実験を行った結果、Tiを含むCpx-like phaseが得られた。しかし、AOA中に見られるPvはスピネルよりも内側に存在することを考えると、Pvを溶解するには、大部分のAnとスピネルが溶融されなければならず、PvがFoとAnの反応に関わった可能性は低いと考えられる。

3.2.Ol+An混合粉末

 Ol+Anの混合粉末の等温実験では、Fo+Anの等温実験と同様、加熱温度の上昇による組織の変化が見られた。1288℃サンプルに見られるOl-Cpx-like phase-An組織は、AOAに見られるOl-難揮発性ノジュールの特徴と類似しているが、冷却実験後のチャージ中には、Ol、An、Cpx-like phaseに加えmesostasisが見られた。また、実験チャージに含まれるCpx-like phaseの化学組成は、AOA中のCpxに比べ低いSio2とCaO量を示した。

3.4.結晶性

 AOA中に含まれるOl、An、Cpx及び加熱実験チャージ中のCpx-like phaseの結晶学的特徴は、EBSDを用いて調べられ、その結果、AOA及び実験チャージ中の全ての結晶から菊池パターンが得られ、結晶であることが明らかになった。

4.コンドリュールとの関連性

 AOAとAl-richコンドリュールは、その構成鉱物が類似しているだけでなく、バルク組成も近い値を持ち、二つが関連していることを示唆している。しかし、AOAに含まれるCpxの化学組成はAl-richコンドリュールに含まれるものに比べTi、Crの含有量が低く、AOAを直接溶融しただけではAl-richコンドリュールは生成されないことが明らかになった。

5.過去のモデルとの比較

 平衡凝縮モデル計算によると(e.g.,Yoneda and Grossman,1995)、AOAの構成物質の凝縮温度はスピネル(1228℃)、Cpx(1176℃)、Fo(1170℃)、An(1143℃)である。平衡凝縮計算ではAnは最も低温で凝縮すると予想されているのにもかかわらず、AOAではスピネルとCpxの間に存在する。過去のAOAの研究ではAnはMel(1356℃)の2次的変成によって形成されたと考えられていたが(Grossman,1976)、それでは低温で凝縮するスピネルの後に高温で凝縮するMelが形成されたことになってしまう。さらに、2次変成を殆ど受けていないreduced CVにもAnが含まれており、Anはprimaryである可能性が高い。Anがスピネル+ディイプサイドと星雲ガスとの反応で出来るのに対し、Foは星雲ガスから直接凝縮する(e.g.,Grossman,1972)ことを考慮すると、AOAの形成過程では、Al,Ti-ディオプサイド(Ti-Cpx)、スピネル、Anから成り立つ難揮発性ノジュールが出来上がった後、細粒のFoが集積したものと考えられる。その後、AOAは加熱を受け、FoとAnの部分溶融によりCpxが形成されたことが示唆された。

6.結論

 本研究において、reduced CVコンドライト中のAOAの鉱物学的研究を行った結果、reduced CVコンドライトに含まれるAOAは、oxidized CVコンドライト中のものに比べ、より始原的であることが確認された。

 AOA中の難揮発性ノジュールの存在はAOAが高温で凝縮したことを示唆し、星雲内でのCAI形成領域に起源があることを示している。また、AOAは難揮発性ノジュールを中心としたconcentricな組織を持ち、コアからリムに向かって、±(Ti-Cpx+スピネル)→An→Cpx→Olという鉱物層序を持つことが明らかになった。過去の研究では、AOAは凝縮後、層状ケイ酸塩を生成する温度までガスと反応したと考えられていたが、reduced CVコンドライト中のAOAに観察される組織と平衡凝縮計算を比較した結果、AOAは単純な平衡凝縮過程では形成されないことが示唆された。

 AOAには大規模な溶融を経験した形跡は見られない。しかし、Olの120℃ triple junction等、高温でのannealingを受けたことを示す組織が見られた。加熱実験の結果、AOAが受けたannealingによってFoとAnの部分溶融が生じ、Cpxが形成された可能性があることが示された。Ti量の異なるCpxが2種存在すること、AOA中でCpxがOlとAnの間に存在することは、この反応が起こったことを支持するものである。

 Al-richコンドリュールはAoAと類似した鉱物から成り立ち、バルク組成も重なりを示す。しかしAoAには中揮発性元素が殆ど含まれておらず、AOAを直接溶融しただけではAl-richコンドリュールは生成されないことが明らかになった。また、AOAは星雲内で形成された後、エンスタタイト、Mn、Na、Kが凝縮する部分からは独立した状況に置かれたことが示唆された。

 本研究から推測されるAOA形成のシナリオは以下の通りである。(1)星雲ガスからのスピネル、Ti-Cpxの凝縮(1415〜1176℃)(2)星雲ガスからのFoの凝縮(〜1170℃)、スピネル+Ti-cpxと星雲ガスとの反応により、Anの形成(〜1143℃)、(3)アグリゲイツの形成(4)高温の凝縮域からの物理的移動(5)再加熱及び部分溶融の結果、Cpxの形成(5)CVコンドライト母天体の形成(6)2次的変成。

図1.AOAのBSE像。

AnはCpxに囲まれており、それらはOlのaggregatesに取り込まれている。

図2.等温実験におけるFo+An混合粉末の加熱温度による組織変化(BEI像)。

表1.AOA中のAl-ディオプサイドと加熱実験で得られたCpx-like phaseの化学組成

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章から成り、炭素質コンドライトの一種であるCVコンドライト中に含まれるAmoeboid olivine aggregates(AOA)についての詳細な鉱物学的研究を行い、AOAの形成過程、Ca,Al-rich inclusion(CAI)とコンドリュールの関連性について明らかにした。

 第1章では、AOAが太陽系星雲における初期情報を保持している物質であり、その成因の解明は太陽系進化の物理化学条件、その仮定に関する重要な情報をあたえるものであることが論じられている。本研究の目的とその意義は、従来ほとんど研究されていないreduced type CVコンドライト中のAOAの鉱物学的研究をおこない、初期太陽系平衡凝縮過程における物質進過程を明らかにするとともに、隕石中の他の構成成分との成因関係を考察することで、太陽系内の物理化学条件の変化、物質移動過程を明らかにすることである。

 第2章では、本論文で研究を行ったサンプルの記載がなされている。

 第3章では、本研究での分析手法及び加熱実験方法についての記述がなされている。

 第4章では、CVコンドライト中のAOAの鉱物学的記載、加熱実験の結果が示されている。Reduced CVコンドライトEfremovka、Leoville、Vigaranoとoxidized CVコンドライトAllendeに含まれるAOAの鉱物学的研究を行い、reduced CVコンドライト中に含まれるAOAはoxidized CVコンドライト中のAOAに比べ2次的変成を殆ど受けておらず、極めて始原的であることを示した。本研究により新たに明らかになったAOAの特徴は、(1)AOAのバルク組成は平衡凝縮計算で凝縮する鉱物のトレンド上には乗らないこと、(2)AOAは中心から外側に向かって、±(Al,Ti-ディオプサイド+スピネル)→アノーサイト→Al-ディオプサイド→カンラン石という鉱物出現順序を持ち、この順序は、太陽系星雲ガスの平衡を保った冷却による鉱物凝縮順序(スピネル→ディオプサイド→カンラン石ディオプサイド→カンラン石→アノーサイト)とは異なること、(3)AOAのバルク組成はフォルステライトとアノーサイトを組成を結ぶ直線上に乗ること、(4)AOAには大規模に溶融した形跡は見られないが、カンラン石の1200結晶粒界に示される組織平衡に到達していること、である。従来のAOAに関する研究においては、AOAは太陽系星雲ガスの平衡凝縮物が、低温において層状ケイ酸塩を生成する温度まで星雲ガスと反応し続けたと考えられていたが、上記の研究結果により、AOAが単純な平衡凝縮過程により形成されたものではないことが明らかとなった。

 バルク組成がフォルステライトとアノーサイトの混合物の組成でありながら、その2者の中間にAl-ディオプサイドが存在する事実から、AOAの成因として、フォルステライトとアノーサイトの混合物が加熱により一部反応して準安定的にAl-ディオプサイドが形成されたという仮説をたて、その検証のため、加熱実験をおこなった。合成のフォルステライト、天然のカンラン石、アノーサイト、メリライトの混合粉末を出発物質とし、等温加熱実験及び冷却実験が行われた。フォルステライトとアノーサイト混合粉末の冷却実験において、AOAに見られる特徴と類似した両鉱物の境界にAl-ディオプサイドが存在する組織が得られ、化学組成も実際のAOAに近いことが示された。この実験結果とAOAの鉱物学的研究に基づき、AOAは凝縮物であるフォルステライトとアノーサイトの混合物が加熱により部分溶融し、Al-ディオプサイドが形成されたという新たなモデルを提唱した。さらに、実験産物とAOAに含まれる物質の結晶性を、電子後方散乱回折像法(EBSD)を用いて調べ、いずれも結晶質であることが示された。この手法の宇宙惑星物質への適用は世界で初めてのものであり、結晶度が問題となる宇宙物質のキャラクタリゼーションに、今後有効な手段となることを示した。

 第5章は、平衡凝縮過程による鉱物出現順序とAOAの鉱物学的層序に基づくAOAの形成過程についての考察、さらに、AOAとCAlおよびコンドリュールとの成因的関係についての考察である。AOA中の難揮発性鉱物の存在はAOAが高温で凝縮し、星雲内でのCAI形成領域にAOAの起源があることを示していることを論じた。それらはフォルステライトの凝縮後、星雲ガスより隔離され、低温での星雲ガスとの反応を被らなかったことを論じた。

 コンドライトの主要構成成分であるコンドリュールとの関係においては、Al-richコンドリュールがAoAと類似した構成鉱物、近いバルク組成を持つが、Al-richコンドリュールはAOAに比べ中揮発性元素の含有量が著しく高い値を持つことを示した。その結果、AOAの先駆物が星雲ガスから隔離されず、より低温まで星雲ガスと反応した物質が再加熱・部分融解したものがAl-richコンドリュールであることを論じた。

 第6章は、本論文の結論であり、AOA形成モデルが示されている。本研究から推測される形成モデルは、(1)太陽系星雲ガスからのスピネル、Al,Ti-ディオプサイドの凝縮、(2)フォルステライト及びアノーサイトの凝縮、(3)それら鉱物の集合体の形成、(4)星雲ガスからの分離による反応の遮断、(5)再加熱及び部分溶融によるAl-ディオプサイドの形成、(5)CVコンドライト母天体の形成、(6)2次的変成、である。

 以上のように、申請者は、始原的なreduced CVコンドライト中のAOAについての詳細な研究及び加熱実験を行うことにより、AOAの形成過程について新たなモデルを提案した。星雲ガスからの分離段階の差がコンドライトの構成成分であるCAI,AOA、コンドリュールという異なる物質のもととなったことを示し、太陽系星雲における鉱物形成とガスと固体の分離過程に関し重要な知見を与えた。また、EBSDが宇宙物質の結晶性の検証に有効であることを初めて示し、宇宙物質研究に新たな活路を開いた。

 以上の結果により、審査委員会は全員一致で論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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