No | 117859 | |
著者(漢字) | 岡本,敦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オカモト,アツシ | |
標題(和) | 角閃石固溶体からみた三波川変成帯の上昇過程の解析 | |
標題(洋) | QUANTHATIVE ANALYSES OF AMPHIBOLE SOLID SOLUTION AND EXHUMATION PROCESS OF THE SANBAGAWA METAMORPHIC BELT | |
報告番号 | 117859 | |
報告番号 | 甲17859 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4330号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | プレートの収束境界では物質が地下深部にまで沈み込み、再び上昇するという現象がしばしば起こってきた。その履歴は現在地上に露出している高圧変成岩によって記録されている。本研究は典型的な高圧変成帯の一つである三波川変成帯を対象に、沈み込み帯深部における物質の運動を明らかにすることを目的とする。物質の運動に制約を与えるためには、個々の岩石の温度圧力経路と歪み速度履歴を定量的に評価し、その空間分布を知ることが必要である。本研究では塩基性片岩(玄武岩質変成岩)中の角閃石という一つの鉱物に着目する。角閃石は、(1)非常に広い温度圧力領域で安定であること、(2)顕著な成長の組成変化の履歴(組成累帯構造)を残していること、また(3)変形組織(マイクロブーディン組織)を持つことから本研究に非常に適している。三波川変成帯川は、変成度の低いほうから緑泥石帯、ザクロ石帯、曹長石黒雲母帯、灰曹長石黒雲母帯の4つの鉱物帯に分けられる。研究地域である四国中央部別子地域では、それらの4つの鉱物帯が連続的に露出しており、塩基性片岩が広く分布するという特徴を持つ。 本研究では主に岩石のマトリックスに存在する角閃石を分析した。その組成はCa角閃石とNa-Ca角閃石である。累帯構造は高変成度の曹長石黒雲母帯ではバロア閃石→ホルンブレンド→(→ウィンチ閃石)らアクチノ閃石、低変成度の緑泥石帯ではウィンチ閃石→アクチノ閃石を示した。ザクロ石帯は両者の中間的な組成経路を示す。 角閃石の組成累帯構造から個々の岩石の温度圧力経路を熱力学的な解析によって推定した。解析はSiO2-Al2O3-Fe2O3-FeO-MgO-CaO-Na2O-H2Oの8成分、角閃石-緑簾石-緑泥石-斜長石-石英-水という6相(熱力学的な自由度=4)について行った。この鉱物組み合わせば、三波川変成帯の角閃石が成長する時期に常に存在していたと考えられる。角閃石は様々な結晶サイトで複数の陽イオンの置換が起こる非常に複雑な固溶体である。本研究では角閃石をtremolite-edenite-tschermakite-glaucophane-magneseoriebeckite-ferroactinolite-orderedtremoliteの7つの成分からなる固溶体に近似した。熱力学的な自由度よりも角閃石の組成変数が多いことより、角閃石の組成変数を4つ与えれば、その他の示強変数(温度、圧力、共生鉱物の組成)をすべて求めることが出来る。実際の計算は、独立な各反応の熱力学的平衡の条件と各固溶体の化学量論的束縛条件を微分形式で表し、逆問題として解いた(ギブス法)。 角閃石固溶体を熱力学的に解析する際の最大の問題点はその固溶体モデルが確立されていないことである。本研究では活動度の理想部分に関してはMixing on sites model、また非理想部分には正則溶液モデルを用いて近似した(Holland and Powell 1993)。7つの端成分から角閃石固溶体には21個の非理想パラメータ(マーグラスパラメータ;Wij)が必要である。しかし、今までに実験的に推定されているものは一つ(Wtr-ts=20kJ/mole)である。本研究ではまずマーグラスパラメータのセットを500個の天然の角閃石平衡組成と既存の熱力学データセットを用いて最適化した。ギブス法によって、温度、圧力、緑簾石、緑泥石、斜長石の組成および、角閃石の1成分が計算される。この解のうち、温度と角閃石の1成分については、ほかに手法により独立に得ることが出来るために、それぞれの差が小さくなるように最小自乗法を用いて最適化した。最適化した結果、92%の資料の温度差が30度以内に、87%の資料の角閃石の組成XAl.T1の差は0.05以内に収まった。 得られた角閃石の活動度モデルを用いて三波川変成帯の塩基性片岩の各角閃石組成から温度圧力条件を推定した。曹長石黒雲母帯の最高温度圧力条件(520-550℃,1.0-1.1GPa)はEnami et al.(1994)で推定された値とほぼ一致する。塩基性片岩に一般的に存在するアクチノ閃石、ホルンブレンド、ウィンチ閃石、バロア閃石の安定な温度圧力領域の関係はOtsuki and Banno(1990)による予想と調和的な結果が得られた。各岩石の角閃石の組成変化を温度圧力条件に置き換えることにより連続的な温度圧力経路を推定した。高変成度と低変成度で一般的な2つの組成累帯構造バロア閃石→ホルンブレンド→アクチノ閃石とウィンチ閃石→アクチノ閃石はどちらも三波川変成帯の上昇期の履歴を記録していることが明らかとなった。また、曹長石黒雲母帯の温度圧力経路は2つのステージが認められた。高温領域(500度以上)では等温減圧に近く、低温領域ではより小さいdP/dTを示した。30kmで500度以上に達するような沈み込み帯の温度構造は三波川変成帯の形成が若いスラブの沈み込みと関連していたと考えられる。また、高温領域における高いdP/dTは深部においてウェッジマントルの熱的影響を示唆する。 角閃石は岩石中でしばしば剛体として振る舞い、結晶の長軸に垂直な方向に脆性破壊し、長軸方向に引き離されている(マイクロブーディン組織)。また、その離れた隙間を後に成長した角閃石によって埋めている。粒子の破壊直後の角閃石組成を分析した結果、アクチノ閃石-ホルンブレンドまたはアクチノ閃石-ウィンチ閃石の組成境界付近で割れて、アクチノ閃石の成長と歪みの蓄積の時期が対応することが明らかとなった。粒子の破壊時期の温度圧力条件は0.3-0.7GPa,400-500℃であり、ブーディンに見られる引き延ばし変形は変成帯の上昇の後期の運動に対応している。Strain Reversal Method(Ferguson 1981;Masuda 1990)を用いて、この間に蓄積された岩石の歪みを推定すると数%から90%であった。 角閃石の伸びから岩石全体の変形を議論するためには、多数の粒子について統計的解析することが望ましい。しかし、実際には明瞭なブーディン組織は塩基性片岩中に非常に乏しい。そこで、岩石全体の変形を考えるために、同時期の反応との関連性について調べた。 ブーディン組織が発達したのはほぼアクチノ閃石の成長した時期に対応している。結晶内の元素の拡散が非常に遅いような条件(500℃以下)にも関わらず、塩基性片岩では鉱物組み合わせと全岩組成がほとんど変わらないまま反応が進む。このことから、固溶体の前の段階の組成を消費することによって後の組成部分が成長するという過程が予想される。 第1次近似的な後退変成反応の進行度の指標としてXact(=アクチノ閃石組成の量/角閃石全体の量)をEPMAの組成マップから測定した。角閃石成長の最終段階のアクチノ閃石以外の部分をコアと呼ぶ。コアの組成は黒雲母帯では主にホルンブレンドであり、緑泥石帯では主にウィンチ閃石である。各岩石について、100-200個の角閃石粒子の平均値をもってXactとした。 非常に簡単な系に近似した場合のマスバランスの関係を解くことにより、アクチノ閃石が成長する時期の反応とその進行度を推定した。計算は最終的なアクチノ閃石ステージのモード、各鉱物の組成、アクチノ閃石部分の成長量を与えることにより、角閃石コアと他の鉱物のモード変化と岩石のSiO2,Fe2O3,H2Oの変化量を推定した。解析結果より、測定したXactはdMcore/M0core(反応に関与した角閃石コアの量/反応前に存在した角閃石コアの量)とほぼ対応することが明らかとなった。また、曹長石黒雲母帯とザクロ石帯の塩基性片石では明瞭な吸水反応であるのに対して、緑泥石帯では反応は吸水量が非常に少ないという違いが認められた。 反応a(曹長石黒雲母帯、ザクロ石帯) 反応b(緑泥石帯) 角閃石以外の固溶体の組成変化はそれほど大きくないため、鉱物増減関係は角閃石のコアとマントルの間の組成ベクトルの方向によって主に決められる。また、曹長石黒雲母帯とザクロ石帯ではほぼ同じ反応経路を示すため、Xactは反応の進行度の指標としての意味を持つ。角閃石のブーディンから推定される岩石の歪みの増分とアクチノ閃石を生成する反応の進行度の関係を調べると、全体として反応が進むにつれて岩石の歪みが大きくなる傾向にあることが明らかになった。 反応進行度(Xact)は四国別子地域において、ザクロ石帯および曹長石黒雲母帯の中のザクロ石帯との境界部において急激に高くなる。この空間分布から、三波川変成帯上昇期の後期において、ザクロ石帯および曹長石黒雲母帯の中のザクロ石帯との境界部が非常に変形が進行したことが明らかとなった。ザクロ石帯はWallis(1998)で提唱された2つのナップのうちの一つ大歩危ユニットの底に対応しており、少なくとも三波川変成帯上昇後期に2つのナップの間の速度勾配が非常に大きかったことを示唆する。 | |
審査要旨 | 本論文は大きく4つの内容からなる。1-2章は三波川変成帯および解析を行った塩基性片岩と鉱物の記載、3-6章は熱力学的な解析、6-9章は変形解析、10章はテクトニクスに対する制約である。 第一章では、三波川変成帯および四国中央部別子地域の概略を述べ、第二章では、研究地域に含まれる鉱物、特に角閃石の鉱物化学的性質をまとめている。角閃石の組成はcalc amphiboleとsubcalcic amphiboleの領域に入ることを示した上で、NaM4とAlT1により定義される組成領域では高変成度がバロア閃石-ホルンブレンド-アクチノ閃石、低変成度ではウィンチ閃石-アクチノ閃石という組成変化が一般的であることを明らかにしている。 第三章では、熱力学的な関係式を微分形式で書き下して解くという手法(ギブス法)をSpear(1993)に基づき導出し、それを、変数を各サイトの陽イオンのモル分率によって書き表すことおよび、基準となる条件を適切に選び、すべての組成についてそこからの差として計算するという工夫によって、三波川変成帯の塩基性片岩の角閃石の組成累帯構造に適用している。 第四章では、熱力学的な解析に用いる角閃石固溶体の活動度モデルを定式化している。角閃石の7成分について理想部分はMixing on Sites model、非理想部分は最も単純な正則溶液モデルをPowell and Holland(1993)に基づき書き表し、さらに、ギブス法に組み込むために、陽イオンのモル分率で書き下したことが述べられている。 第五章では、第三章と第四章の結果に基づいて、角閃石の活動度モデルの21個の非理想パラメータ(マーグラスパラメータ、Wij)を天然の角閃石組成と既知の端成分に関するデータセット(SO,VO)を用い、三波川変成岩のデータに基づいて、最小二乗法によって最適化している。 第六章では、得られたWijのセットを用いて角閃石の各組成点から温度・圧力・共生鉱物の組成を計算している。多数の角閃石の組成をP-T上にプロットすることにより、ホルンブレンド、アクチノ閃石、ウィンチ閃石、バロア閃石の安定領域を明確にし、個々の角閃石の組成変化から得られた連続的な温度圧力経路から、マトリックスに存在する角閃石はどの変成度の岩石についても温度・圧力が減少する温度圧力経路を示すことを明らかにした。 第七章では、角閃石粒子のマイクロブーディンを用いて粒子の歪みの増分と均質なマトリックスを仮定した場合の岩石の伸びが、自然対数歪みで0-1.0であると述べている。割れた隙間を埋めている角閃石の組成から割れた時期を推定し、400-500℃,0.3-0.6GPaの値を得、この事から、角閃石の変形が変成帯の上昇の後期に集中していることを明らかにした。 第八章では、ブーディン組織が発達した時期の反応を特定し、その進行度を画像解析から測定している。このデータを用いて、曹長石黒雲母帯とザクロ石帯ではXact(角閃石中でアクチノ閃石が占める割合)を反応の進行度の指標として用いることで、構造上の下位(ザクロ石帯、曹長石黒雲母帯中のザクロ石帯との境界部)でより反応が進行していることを明らかにした。第九章では、マイクロブーディンから得られる歪みの増分とアクチノ閃石生成反応の進行度との関係を検討している。反応が進むにつれて、ブーディンに記録される歪みは大きくなる傾向にあり、角閃石のコアの細粒化はその後の反応の進行と強い関係があることを指摘している。 第十章では、沈み込み帯の温度構造と変成帯の運動に対する制約を議論している。本研究で得られた温度圧力領域と熱計算を比較すると、比較的若いプレートの沈み込みと関連している必要があることを述べ、高いdP/dTから、高温領域では、比較的速い速度で上昇したと議論している。さらに、角閃石ブーディンによる歪み解析から、変成帯上昇の後期(0.6GPa以下)で高変成度部分と低変成度部分が異なる地質体として運動した可能性を指摘している。 本研究で、筆者は世界で初めて多成分系インバージョン(ギブス法)の角閃石固溶体への適用に成功した。これにより、これまで定性的にしか議論できなかった角閃石組成を定量的な温度圧力条件の推定に使えるようになった。複雑な角閃石固溶体の非理想性の評価を天然の組成を用いて、限界精度での解析を行った本研究のアプローチは、実験データの乏しい他の複雑な鉱物の活動度モデルの構築にも役にたつと期待できる。また、一つの鉱物の成長、変形組織に着目して、個々の岩石から温度圧力と変形量についての履歴(時間変化)をそれぞれ定量化し、組成履歴を用いて明瞭に対比するという点で本研究は非常に独創性に富んでいる。以上述べたように、本論文は、その斬新性・独創性の点から非常に評価できる。よって本審査委員会は、全員一致で本論文が本学の博士(理学)の学位を授与するに値するものと認定した。 なお、本論文第3章から5章は、鳥海光弘氏(東京大学新領域創成科学研究科)との共同研究であるが、論文提出者が主体となってサンプル採集・化学分析・解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 | |
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