学位論文要旨



No 117861
著者(漢字) 佐多,永吉
著者(英字)
著者(カナ) サタ,ナガヨシ
標題(和) 高圧力下のFexOに関する研究 : 準等温圧縮実験と地球の核への応用
標題(洋) High pressure studies on FexO : Quasi-isothermal compression experiments and applications to the Earth's core
報告番号 117861
報告番号 甲17861
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4332号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 船守,展正
 お茶の水女子大学 教授 浜谷,望
 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 八木,健彦
内容要旨 要旨を表示する

 地震学による地球内部の密度の観測は地球の核が純粋な鉄に比較して軽い物質からなることを示している。このことが地球の核にはいわゆる軽元素が含まれることの直接的な証拠である。軽元素としての最も基本的な条件は(1)鉄よりも軽い物質であること、(2)太陽系に十分存在することである。この制約条件から軽元素の候補は水素、炭素、酸素、硅素、硫黄に絞り込まれる。高温高圧実験の目的の一つは、地球の核に相当する圧力、温度での鉄の性質を調べるとともに、Fe3C、FeO、FeS3といった軽元素のホスト相の組成や性質を明らかにしていくことである。その結果を用いて、どの軽元素が地球の核に存在するのかを考察していくことができる。本研究では、軽元素の候補のうち、酸素についての研究を行った。はじめに、(1)地球科学の高圧実験でよく用いられる状態方程式を、常圧での体積のかわりに高圧下での適当な基準点の体積を用いる形に変形した。この結果を、レーザー加熱ダイヤモンドアンビルセル(DAC)と放射光X線を用いて求めた、室温におけるB2構造NaClの状態方程式に適用した。次に(2)レーザー加熱DACを用いて、FeOの高圧相の構造、転移圧、圧力と体積を求める目的の研究を行った。そして、(3)得られたFeOの状態方程式と文献のデータを組み合わせることにより、軽元素が酸素のみと考えた場合の地球の核での酸素の量を見積もった。この結果を現在知られているFe-FeO系の相図と比較した。

 (1)地球科学に関連した高圧実験ではバーチ・マーナガン状態方程式とユニバーサル状態方程式がよく用いられる。どちらの方程式も常圧での体積を基準として用いるが、高圧相の中には高圧下での構造を常圧で保てないものがあり、特にその構造が安定になる圧力が高い場合に問題となる。ここでは常圧での体積のかわりに、高圧下での任意の体積を基準とするような変形を行った。バーチ・マーナガン状態方程式は、体積Vが常圧での体積Voに近づく場合に、圧力Pは常圧に、体積弾性率Kとその圧力微分K'はそれぞれの常圧での値KoとK'oに近づくという条件で導出できる。ここでは、体積Vが基準点の体積Vrに近づく時、P、KとK'はそれぞれの基準点での値Pr、Kr、K'rに近づくという条件のもとに導出するという変形を行った。その結果、Pr、Kr、K'rを定数とし、体積Vの関数として、圧力Pと体積弾性率Kが次のように表される。ユニバーサル状態方程式については常圧での体積を無限大にとる変形を行った。結果はやはりPr、Krを定数として、体積Vの関数として、圧力Pと体積弾性率κは次のように表される。

 B1構造のNaClの状態方程式は30GPa以下の圧力で、圧力を測定するためによく用いられる。NaClはおよそ30GPaで構造相転移しB2構造をとるが、その性質は十分には調べられていない。ここでは、レーザー加熱を用いて試料の応力を緩和することによって、高圧下でのB2構造NaClの圧力と体積の関係をより正確に求める実験を行った。DACと放射光X線を組み合わせた高圧実験はアメリカ合衆国Argonne National LaboratoryにあるAdvanced Photon SourceのGSECARSにおいて行われた。レーザー加熱によって応力を緩和させることにより、より高い精度で圧力と体積の関係を求めることができた。得られた室温における圧力と体積の関係は、この研究で得られた変形した状態方程式に回帰した。基準点の体積をB1-B2相転移でのB2構造相の体積27.17A3にとり、その結果は、既知のPtの状態方程式によって圧力を求めたときは、変形した3次のパーチ・マーナガン方程式の場合、Pr=31.35±0.19GPa、Kr=137.2±0.42GPa、K'r=4.85±0.35、変形したユニバーサル状態方程式の場合、Pr=31.14±0.14GPa、Kr=143.5±0.6GPaが得られた。

 (2)FeOの高圧相の構造は外熱式DACを用いた実験によってすでに観察されている。その構造はB8構造で説明されている。一方、理論計算実験において通常のB8構造(nB8構造)は金属、鉄と酸素を入れ替えたB8構造(iB8構造)は絶縁体の性質を持つことがしめされている。しかし、外熱式DACの実験で観察されたB8構造はnB8構造とiB8構造を積み重ねた構造で説明されているので、金属であるかどうかははっきりとしていない。FeOは金属化によって溶融鉄への溶解度が増すことが予測されていて、FeOの高圧相の構造を調べることは酸素の軽元素としての可能性を調べる上で重要である。

 この研究ではレーザー加熱DACを用いたFe0.91OとFe0.95Oの準等温圧縮実験を行った。準等温圧縮実験の手順は次のようなものである。目的の圧力まで加圧し、その圧力で1500Kに試料を加熱、レーザーを遮断して室温に急冷、次の目的の圧力まで加圧。この手順を順にくり返す。単色光によるX線回折パターンを加熱前、加熱中、加熱後に観察した。圧力は加熱後に圧媒体兼断熱材に用いたB2構造NaClの状態方程式により決定した。Fe0.91Oの実験では1500Kにおいて、130GPaまではB1構造であることを観察し、137GPaにおいてB8構造の相が出現するのを観察した。逆転移を観察するため、同様の実験方法で減圧し、123GPaにおいてB8構造相が減少するのを確認した。このことから1500KにおけるB1-B8構造相転移は130±7GPaであると推定した。この相境界は外熱式DACで観察された菱面対称B1構造(rB1)とB8相との境界と衝撃圧縮実験で観測された密度不連続に比べて著しく高圧である。観察されたB8構造相は回折強度の考察からnormalB8構造で説明できる。このことは高圧相が金属の性質を持つことを支持する。Fe0.95Oの実験では1500Kにおいて147GPaまでB1構造のみが観測され、アンビルはこの圧力で破壊した。これらのことから、地球の内部でもマントル全体に相当する圧力までB1構造が安定であると考えられる。

 本研究と外熱式DACによる観察との食い違いの一つの説明は次のようなものである。FeOのすべての構造は鉄と酸素のシートの積み重ねで説明できる。そして、FeOのずれ弾性定数は他の鉄酸化物や同じ構造のMgOと比較して小さい。それに加えて、外熱式DACの中での応力状態は70〜85GPaという圧力まで直接加圧しているので、大きなずれ応力がかかった状態にあると考えられる。このずれ応力が鉄、酸素シートのずれによって解放されるとすれば、rB1構造相のなかに部分的なB8構造を作るものと予期される。かつ、この部分的なB8構造は、安定でずれ応力のかかっていないrB1構造よりも高いエネルギーを持つことができる。もしこのようなことがおきたと考えると、外熱式DACの実験で観察されたnB8構造とiB8構造を積み重ねた構造が説明可能である。

 (3〉本研究で求めたFe0.95Oの1500Kにおける圧力と体積の関係と、これまでに発表されている鉄の状態方程式と地震学で観察される地球の核の密度(PREM)から、地球の核での酸素の量を見積もった。

 鉄とPREMとの密度の差(ΔρPREM/ρFe)は地球の推定温度において次の式で見積もられる。鉄の融点から内核外核境界(ICB)での温度5300±1000Kと見積もった。内核の温度は一定であると仮定した。外核は断熱温度勾配を仮定し、その時にはStacey[1994]が見積もった鉄の熱膨張率αと比熱Cpを用いた。1500KにおけるFe-FeO混合物と純鉄と密度差(ΔρEOS/ρFe)を鉄とFe0.95Oの状態方程式から次の式で見積もった。ここでXは混合物中の酸素の原子数比をあらわす。純粋な鉄からの質量の差ΔV/VFeは本研究でのFe0.95Oの観察結果から次のように計算した。純粋な鉄からの質量の差Δm/mFeはΔV/VFeと同様に計算したが、この値は圧力依存性を持たない。

 PREMの密度とFe-FeO混合物の密度、それぞれの純粋な鉄からの密度差(ΔρPREM/ρFeとΔρEOS/ρFe)を同じである仮定して、地球の核の圧力での酸素の量Xを見積もった。その量はICBの外核側でおよそ27atomic%、内核側でおよそ15atomic%である。これらの結果は、これまでに衝撃圧縮実験から求めた圧力と密度の関係から推定した結果と調和的である。この計算における誤差は主に、地球の核の温度の見積もりの不確かさと、体積の見積もりの不確かさからくるものであり、Xにおいて±6atomic%と推定した。Ringwood and Hibberson[1990]が16GPaにおけるFe-FeO系の相図を観察している。この相図上ではFe-FeOは大きな不混和領域をもち、共融組成は7atomic%で、酸素は固体の鉄にはほとんど溶け込まない。もし地球の核の軽元素が主に酸素であるとすると、地球の核に相当する圧力で不混和領域がなくなること、また共融組成がおよそ27atomic%よりも多くなること、また固体の鉄への固溶量も15atomic%まで増大する必要がある。これらのことはFeOの高圧相の金属化によって達成されるかもしれない。しかしながら、現在の相図と比較するかぎり、地球の核の軽元素を主に酸素であるとして説明することは難しい。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章は「はじめに」、第2章は「高圧相の状態方程式」、第3章は「FeOの高温高圧相」、第4章は「地球コアヘの応用」、第5章は「まとめ」が述べられている。

 第1章では、過去の地震学および鉱物物理学の研究をレビューすることで、地球コアが鉄と軽元素の合金である可能性が高いこと、および軽元素の有力候補として酸素が挙げられることが示されている。本研究では、FeOの高温高圧下における振るまいに関して新しい知見を得ることでコアの軽元素に関する考察を行うことを目的としているが、これを遂行する手段としてレーザー加熱式ダイヤモンドアンビル装置と放射光の組み合わせによる高温高圧下その場X線回折実験を採用している。第1章では、実験の技術的側面についても簡単に述べられている。

 第2章では、本研究で使用した圧力スケールについて述べられている。高圧下その場X線回折実験では、圧力値はX線回折で決定した標準物質の格子体積から状態方程式を用いて算出するが、本研究では、圧力スケールとして使用するNaClの高圧相(B2構造)について、状態方程式の精密測定を行うところから始めている。高圧状態の試料(NaCl)の偏差応力を緩和するために、レーザーの照射による焼きなましを行った。また、B2構造のNaClのように高圧下でのみ存在する物質の体積と圧力の関係を表すのに適した形に状態方程式を変形した。これらにより、本研究で提案するB2構造のNaClの状態方程式は、過去の報告に比べ精度の向上が見られている。

 第3章では、高温高圧下におけるFeOの結晶構造と状態方程式について述べられている。実験は、40GPa-150GPa・1500Kの条件で行われた。FeOは、少なくとも130GPa程度まではB1構造を保持し、より高圧側でB8構造に相転移する可能性が示された。B8構造には、NiAs構造と同一のnomalタイプと、鉄と酸素のサイトを入れ替えたinverseタイプの2種類があるが、本研究で得られた回折パターンは、FeOの高圧相がnormalタイプのB8構造であることを示唆している。物性理論計算によれば、normalタイプは金属、inverseタイプは絶縁体であると報告されている。FeOの金属化は、鉄-酸素系の相関係に大きな影響を与える可能性がある。過去の研究では、B8構造への転移圧力は70GPa程度であり、normalタイプとinverseタイプを積み重ねたような構造であると報告されている。本論文では、過去の報告との矛盾について、過去の研究が偏差応力の影響を受けている可能性を指摘している。また、B1構造相について、1500Kにおける状態方程式を決定した。2次のバーチ・マーナガン状態方程式への回帰計算の結果として、OGPa・1500Kのパラメータとして体積12.62cm3/molおよび体積弾性率128.4GPaを得た。

 第4章では、本研究で測定したB1構造のFeOの状態方程式、過去の報告によるFeの状態方程式、および地震学によるコアの密度の情報を用いて、コアの組成に関する考察を行っている。得られた結果は、液体のouterコアと固体のinnerコアで、酸素量はそれぞれ27atomic%と15atomic%となった。現在までに報告されている20GPa程度までの鉄-酸素系の相関係からは、FeOの金属化が鉄-酸素系の相関係に大きな影響を与えない限り、大量の酸素が鉄に溶け込むことを説明することは困難である。したがって、現在までに報告された鉱物物理学的データからは、コアの軽元素を主に酸素であるとして説明することは難しいという結論に達した。

 第5章では、本論文の内容が簡潔にまとめられている。

 本研究は、第3章の過去の研究との食い違いに関して、(本研究の)正当性を立証できていない等の問題点を残している。しかし、150GPa領域までの実験を行うことは容易ではなく、したがって、データの公表は重要である。また、矛盾を説明するためのモデルの提案を行っており、博士論文としての最低基準はクリアしていると認められる。ただし、提案したモデルの正当性の検証など、過去の研究との矛盾を説明するため、今後、実験データを蓄積することを強く要請する。

 本論文第2章は、G.Shen、M.L.Rivers、S.R.Suttonとの共同研究、また、第3章は、G.Shen、M.L.Rivers、S.R.Sutton、L.Dubrovinskyとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上により、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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