学位論文要旨



No 117863
著者(漢字) 寺田,暁彦
著者(英字)
著者(カナ) テラダ,アキヒコ
標題(和) 画像解析による噴煙温度と水放出量の推定 : 三宅島火山噴煙への応用
標題(洋)
報告番号 117863
報告番号 甲17863
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4334号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,秀文
 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 助教授 鍵山,恒臣
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 姫路工業大学 教授 井田,喜明
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 噴煙として放出される火山ガスの量や組成,温度等を知ることは,噴火のメカニズムや火山体浅部におけるマグマと熱水系の発達等を議論するうえで重要である.しかし,これらの量を測定することは一般に困難なため,最高到達高度などを解析することにより噴出量等を間接的に見積もる手法が提案されてきた.しかし,従来の方法には以下の問題がある.第一に,噴煙観測方法が不適切である.噴煙活動の予測は一般に困難であること,噴火によって観測環境が刻々と変化すること等から,噴煙観測を行うには機動性と柔軟性が不可欠である.ところが,従来の観測システムの多くは大掛かりであるため,高い機能を有していても火山活動に対応することが難しい.第二に噴煙モデルの妥当性である.これまで,多くの数値モデルが提案され,そのいくつかは広く受け入れられている.ところが,これらの数値モデルの基礎となる重要な仮定が,実際の噴煙に成立しているか確かめられたことはない.第三に,周辺大気の影響が考慮されていない点である.これまでの数値モデルから,ある種の噴煙の運動は周辺大気の密度構造や水蒸気量に大きな影響を受けることが指摘されている(例えばWoods,1993).

 このような背景のもと,2000年7月以降,伊豆諸島三宅島火山では直径1.6kmに及ぶ陥没火口の形成やマグマ水蒸気爆発等の火山学的に重要な現象が発生した.そこで,本研究では(1)高い実用性を持つ噴煙観測システムを構築して三宅島火山噴煙の観測を行うこと(2)噴火活動の推移を記載すること(3)観測画像を元に従来のモデルの妥当性を検討すること(4)気象的要因と噴煙運動との関係を観測から明らかにすること(5)気象的要因を考慮した噴煙解析手法を開発すること(6)三宅島火山から噴煙として放出される水放出量の推定すること等を行った.

2.噴煙煙観測システム

 市販のWindowsマシンやデジタルスチルカメラ等を用いた安価で簡易な自動撮影システムを構築した.本システムは携帯電話等を通じて安全な場所へ画像を自動伝送するほか,自動時刻校正,遠隔操作等が可能である.また,小型軽量であるから,三宅島火山のような離島地域かつ噴火が頻発する悪条件下でも機動的に運用することができる.観測点の配置を図1に示す.爆発期と呼ばれる活動が開始した2000年8月10日の2日後には,島内にシステムの設置を終えて画像の伝送を開始した.その後,同9月4日に三宅島全島民の島外避難および入島規制が行われたが,同8月31日に三宅島火山から20km離れた御蔵島に新たなシステムを設置して,欠測することなく憩秒間隔で撮影を継続した.図2に撮影画像の例を示す.天候さえ良ければ,後に示す解析に十分な解像度を得られた.

3.三宅島火山噴煙の特徴

 自動噴煙撮影システムにより得られた画像から,三宅島火山噴煙の特徴が明らかとなった.本章では,5章以降で定量的な解析を行った2001年1月以降の白色噴煙について述べる.三宅島火山の噴煙は,その運動的特徴から陥没火口付近とその上空の2つの領域に分けられる.上空部分の噴煙は典型的なサーマルの特徴を持つ.すなわち,三宅島火山から数分間隔で概ね塊状の噴煙が現れる.多くの場合,これらの噴煙塊は上昇の過程で自己相似を保っている.また,噴煙塊の半径は高さに対して線形に拡大し,その拡大率は多くの場合0.15-0.25である(図3(a)(b)).このことは,従来の噴煙解析手法の基礎となっているエントレインメントの仮定(Morton et al.,1956)が,多くの場合,三宅島火山噴煙においても近似的に成立することを強く示唆する.一方,噴煙が大気の逆転層を通過する際に上下方向に変形する様子も見られる(図3(c)(d)).このことは,周辺大気の密度構造によってはエントレインメントの仮定が成立しない場合があることを示唆する.以上から,噴煙解析を行う際には周辺大気の密度構造を考慮する重要性が明らかとなった.

 次に,火口付近の噴煙について述べる.噴煙は複数の火口から噴出したガスが途中で合同することで形成されている.火山ガスの放出は非定常的で運動は非軸対象である.また,噴煙塊の大きさと上昇速度の間の相関関係は日によって様々である.これらの観察事実から,火口付近の噴煙運動は様々な要因が関わっていることが示唆される.このため,火口付近の噴煙運動をモデル化するにはより詳細な現象の観察が必要と考えられる.

4.気象的要因と噴煙高度との関係

 高温多湿の夏季に噴煙高度が高くなる傾向が見られた.この噴煙高度変動の傾向は,COSPECによる二酸化硫黄放出量の測定結果(風早他,2001)には見られない.また,朝夕と比較して,14時頃に噴煙高度が高くなる日変化も見られた.これらの噴煙高度の変動には周辺大気の水蒸気量等が関係していると考えられる.また,特に弱風時の三宅島火山噴煙の到達高度は,大気の逆転層の存在する高度とよく一致することがわかった(図4).以上から,三宅島火山程度の運動スケールを持つ噴煙の高度を,火山活動を評価する指標として用いることは著しく不適切であると言える.

5.三宅島火山噴煙のモデル

 観察事実を元に,三宅島火山噴煙の上空部分をエントレインメントの仮説に基づく1次元サーマルモデルとして定式化した(図5).本モデルは従来の噴煙運動解析手法にない特徴を持つ.例えば,水蒸気の凝結・蒸発にともなう潜熱を考慮していること,周辺大気の密度や温度,水蒸気量を計算に反映できること等である.ここで周辺大気は,三宅島火山から南南東に110km離れた気象庁八丈島高層大気観測データを使用した.一方,陥没火口付近の噴煙については,複雑な運動を考えずにエンタルピー保存や状態方程式を用いて,噴煙と周辺大気が混合した結果,ある半径の噴煙塊を形成するシンプルなモデルを構築した(図5).

 両モデルから,火口から噴出するガスの温度Tvと火山ガスの質量Fvを独立変数として,ある初期半径を持つ噴煙塊の初期上昇速度や到達高度,水滴の有無等を数値計算により求める.一方,噴煙観測システムによって噴煙塊の初期半径,初期上昇速度,水滴の有無および到達高度を測定できる.従って,計算値と観測値を比較すれば,火口から噴出するガスの温度Tvと火山ガスの質量Fvを見積もることができる.

6.解析結果と議論

 図6に2001年1月31日09時前後の噴煙を解析した結果を示す.図6(a)は噴煙高度を示す解曲線である.この日の09時前後の噴煙平均到達高度は2300mであるから,この高度を満たすTv,Fvの組が実際の三宅島の噴煙に対応する.図6(b)に計算された初期上昇速度を示す.以下で「初期」とは,陥没火口付近での噴煙の状態を指す.同時刻の初期速度観測値は7.5±1.6m/sであり,この日の到達高度をよく説明していることがわかる.さらに解を絞り込むために水滴の有無を考える.図6において青色網をかけた部分が,初期に水滴が存在する領域である.この日の噴煙画像から,火口壁付近で明らかに多量の水滴が存在していたことがわかるから,青色網をかけた部分が実際の噴煙に対応すると考えられる.従って,火口からの火山ガス放出量Fvは350-500トン,火口温度Tvは1000K以下と考えられる(図6(c)).この日の09時前後に,噴煙塊すなわちサーマルの出現率は1時間に71個であった.この出現率と火口の状態が1日を通して変わらないと仮定すると,日火山ガス放出量は350-500×71×24により60-85万トンと求められる.

 図7に,同様の解析を多くの事例について行った結果を示す.図7(a)は日水放出量の時間変化である.日水放出量は,2001年1-3月の40-80万トン/日から2002年3-5月には3-8万トン/日と約10分の1に減少した.図7(b)に,噴出温度の上限を示す.ここで,各日の噴出温度の下限は373Kに固定してある.噴出温度上限は900-1000K前後で,長期的に明瞭な変化は見られない.この結果は,熱赤外カメラによる火口周辺の温度測定結果と矛盾しない.図7(c)に,陥没火口壁頂部付近の初期状態における噴出質量と周辺大気質量の混合比を示す.大気-噴煙混合比は2001年1-3月では100倍前後であったが,2002年3-5月には200倍前後と長期的に増加する傾向が見られる.これは,噴煙の規模が小さくなったために,噴出した火山ガスが陥没火口内の大気と混合しやすくなったためと考えられる.図7(d)に,計算された上昇速度を黒,観測された上昇速度を赤で示す.赤印に示した赤棒線は,観測値の標準偏差を示す.計算値と観測値は多くのケースで一致しており,噴煙到達高度と初期上昇速度の両方をよく説明できていると考えられる.計算値と観測値が大きくずれた例として,2001年3月5日と2001年10月3日の例がある.図3(c)に示したように,2001年10月3日の噴煙塊は,その形状が上昇の過程で変形していた.このようなケースではエントレインメントの仮定が成り立たないために,本手法を適用しても適当な解を見つけることができないと考えられる.

 また,マグマから脱ガスした火山ガスと地下水の関わりを考察する上で重要な二酸化硫黄と水の放出質量比は5-20前後で,観測期間を通じて大きな変化が見られないことがわかった.

文献

・風早康平・平林順一・森博一・尾台正信・中堀康弘・野上健治・中田節也・篠原宏志・宇都浩三(2001)三宅島火山2000年噴火における火山ガス-火山灰の付着ガス成分およびSO2放出量から推測される脱ガス環境-,地学雑誌,110,2,271-279.

・気象庁火山課・三宅島測候所(2001)三宅島の火山活動-2000年6月〜2001年5月-,火山噴火予知連絡会会報,78,4-7.

・Morton,B.R.,Taylor,G.and Turner,J.S.(1956)Turbulent convection from maintained and instantaneous source. Proc.Roy.Soc.,Ser.a.,234,1-23.

・Woods,A.W.(1993)Moist convection and the injection of volcanic ash into the atmosphere.J.Geophys.Res.,98,17627-17636.

図1.三宅島火山周辺図と各観測点の位置.

図2.自動撮影システムにより撮られた三宅島火山噴煙の画像.2001年4月31日9時37分05秒.

図3.三宅島火山噴煙の高さに対する半径の変化.

(a)2001年1月31日に出現したそれぞれの噴煙塊の高さに対する半径.(b)2001年1月31日に出現した噴煙塊の高さ/半径のヒストグラム.(c)2001年10月3日の噴煙塊の高さに対する半径.(d)2001年1月31日に出現した噴煙塊の高さ/半径のヒストグラム.

図4.逆転層高度と噴煙高度との関係.

ここで逆転層とは,海抜1000m以上において大気の高さに対する温度勾配が正を取る値が観測された高度を表す.温度勾配が正をとる高度が続く場合は,もっとも低い高度を逆転層高度とする.黒丸および白三角は複数存在する逆転層のなかで最も低い逆転層を,黒三角印は2番目に低い逆転層を表す.エラーバーは,風向による噴煙高度測定の不確定の大きさを示す.大きな印は逆転層をはさむ気温勾配が10K/km以上の比較的強い逆転層を,小さな印は温度勾配が10-0K/kmの比較的弱い逆転層を示す.

図5.本研究で開発した噴煙解析手法を示す模式図.

(1)では火山ガスと陥没火口内郭の大気を混合させて半径r0のサーマルを形成するプロセスを,(2)はエントレインメントの仮定に基づいて周辺大気を混合しながら上昇するプロセスを示す.

図6.本研究で開発した噴煙解析手法を2001年1月31日の三宅島火山噴煙に適用した例.

初期直径(陥没火口壁付近の噴煙直径観測値)は180mである.青網掛け部分は初期状態(陥没火口壁付近)において水滴が存在する領域を示す.(a)噴煙到達高度を表す解曲線,ここで赤太線は2001年1月31日09時前後の噴煙平均高度を,赤網掛け部分は噴煙高度の標準偏差を示す.(b)噴煙初期上昇速度を示す解曲線.緑網掛け部分は2001年1月31日09時前後の噴煙初期上昇速度の観測平均値および標準偏差の範囲を示す.(c)噴煙高度と初期上昇速度の観測値を説明する解が存在する領域.

図7.三宅島火山噴煙の長期的変動.

(a)火口から放出される水量.(b)火口における火山ガス温度の上限.(c)陥没火口頂部付近における火山ガスと周辺大気との混合質量比.(d)陥没火口壁頂部付近における上昇速度の観測値と計算値との比較.

審査要旨 要旨を表示する

 論文提出者・寺田暁彦は,先ず,安価で機動性に富む自動噴煙撮影システムを開発した.次に,それを用いて,三宅島火山噴煙の画像を2年間にわたり自動収録した.更に,その画像から,2000年8月に起きた山頂噴火の特性について重要な情報を得,9月以降の噴煙を解析して,噴出される火山ガスの化学組成や温度を見積もった.これらの研究それぞれが,火山学における進歩に重要な貢献をするものと評価される.

 自動噴煙撮影システムは従来から存在し,いくつかの噴火で現実に運用されてきた.しかし,従来のシステムは大掛かりで高価であるため,高い機能を有してはいても,突発的な火山活動の変化に柔軟に対応することが難しかった.それに対して,論文提出者の開発したシステムは,市販のパソコン,デジタルスチルカメラ,携帯電話等を組み合わせたもので,安価に構築できる.また,小型軽量であるために,機動性に富む運用ができる.現実に,三宅島噴火が最も活発な時期に,連続的に画像データを取り続けたのは,論文提出者の噴煙撮影システムだけであった.個々の機能に新しい技術を加えたわけではないが,安価な機器とソフトウエアを組み合わせたことで,このシステムは構築が極めて容易であり,自然現象の映像観測に広く活用されることが期待される.既に,他の研究者からも利用したいとの要望がでている.

 三宅島火山噴煙の画像を2年間にわたり収録したことは,それ自体が火山活動の観測研究や防災に資するものである.収録された画像データはホームページを通して一般に公開され,三宅島島民を含めて,社会や防災関係者が火山の状態を認識するために広く活用された.この画像データの解析は,この博士論文でも重要な部分を構成するが,その研究だけで尽きるものではない.三宅島の火山活動や噴煙の性質に関する基礎データとして,論文提出者も含めて,多くの研究者が将来にわたって活用できるものである.

 本論文中で,噴煙の画像から火山学的な情報を取り出す研究は,二つの部分に分けられる.激しい山頂噴火が繰り返し起きた2000年8月のデータからは,噴出口の位置や噴煙の流れについて新しい知見が得られた.この部分の研究は既に重要な意味をもっているが,まだ定性的であり,今後の定量的な解析が待たれる.博士論文の中核をなすのはもう一つの部分であり,そこでは火山ガスが連続的に放出され続けた9月以降の噴煙が詳しく解析されている.

 噴煙データの処理においては,従来,大規模な噴火から卓越した熱エネルギーを供給されるものと,小規模で風にたなびくものについて,定量的な解析方法が知られていた.三宅島で2000年9月以降に見られた噴煙は中規模で,そのどちらでも扱えず,論文提出者はそれに適応できる新しい解析方法を開発した.画像データを詳しく調べてみると,噴煙は噴出直後には複雑に流れるが,上空ではまとまって球状の塊をつくり,サーマルとして間欠的に上昇する.この性質を基礎にして,質量やエネルギーの保存則などから,定量的な解析に用いる方程式系が導かれた.

 この方程式系を用い,噴煙が火口に噴出する温度と噴出量を仮定すると,サーマルとして浮上する浮力や温度,さらには最終的な到達高度が計算できる.その関係を見易く表現するダイアグラム上に,実際の到達高度や上昇速度等の観測量を当てはめることにより,噴煙の噴出量や初期温度を見積もることができる.実際に,三宅島の白色噴煙に適用して,水蒸気の日放出量と,それが時期とともに減少する割合が求められたが,それらの値は従来の見積もりより科学的な基礎がしっかりしており,信頼性の高いものである.

 この解析によって,中規模噴煙に一般的に当てはまる重要な知見もいくつか得られた.先ず,まわりの空気の取り込みに関するエントレインメント仮説が,中規模噴煙にもよく成り立っており,サーマルの大きさの変化から,エントレインメントの定数が求められた.次に,このような中規模噴煙の到達高度は,煙のもつ熱エネルギーばかりでなく,周辺大気の密度構造や水蒸気量に強く依存することが分かった.特に,周辺大気に温度の逆転層がある場合は,噴煙がそれに捉えられる可能性が大きいことが分かった.

 以上のように,本論文では自動噴煙撮影システムの開発,三宅島噴煙画像の2年間に及ぶ収録,噴煙画像の解析が成し遂げられ,それらはいずれも火山活動の観測研究における大きな貢献となっている.従って,本論文は,理学博士の学位に十分に値するものと評価される.

 なお,本論文第2章の一部(2.2)は,大湊隆雄・井田喜明・千木良康志・渡辺義宗との共同研究,第3章は井田喜明との共同研究であるが,いずれにおいても論文提出者が主体となって開発,観測,解析および検討を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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