学位論文要旨



No 117864
著者(漢字) 冨川,喜弘
著者(英字)
著者(カナ) トミカワ,ヨシヒロ
標題(和) 極渦縁辺領域に捕捉された小規模波動擾乱
標題(洋) Small-scale waves trapped in the edge region of stratospheric polar vortices
報告番号 117864
報告番号 甲17864
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4335号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 助教授 松田,佳久
 東京大学 助教授 中村,尚
 東京大学 助教授 小池,真
内容要旨 要旨を表示する

 渦度、または渦位の移流によって位相を伝播させる波の場合、一般に擾乱の空間スケールが小さくなるほど擾乱の基本場に対する線形性が弱まり、純粋な波動として存在することが難しくなる。しかし、渦位勾配の充分大きな領域では線形性が強く、波動の伝播に適しているため、小さなスケールの擾乱も波として存在していると考えられる。本研究では、冬半球下部成層圏に大きな渦位勾配を持つ極渦境界領域に着目し、これまで知られていなかった東西波長2,000km程度の波動の存在を示し、その空間構造や力学的性質、および励起・増幅過程について詳細に調べた。

 解析には、欧州中期予報センター(ECMWF)の1979〜1993年の15年間の再解析データを用いた。再解析データでは、データの品質が全期間にわたってほぼ一定に保たれているため、大気現象の普遍的性質を調べるのに特に適している。

 まず、極渦縁辺領域における渦度の時間・空間スペクトルを調べたところ、波長2,000km程度、周期1日以下の波数・周波数領域に明瞭なピークが見られた。このピークはプラネタリ波等の空間スケールの大きな擾乱に伴うピークとは明らかに異なっていた。そこで、この短周期擾乱に着目し、周期2日のハイパス・フィルタを用いて抽出された短周期成分について以降の解析を行った。

 本研究では極渦縁辺領域に着目するため、極渦の端付近の風速や擾乱の振幅を的確に表現する必要があるが、極渦はしばしば極に関して非軸対称な構造を示すことから、通常の緯度、および帯状平均では極渦の端付近の構造を正確に表現することが出来ない。そこで、温位・等価緯度座標系でのラグランジュ平均を用いた。このような短周期擾乱の場合、基本場として帯状平均場を仮定することは適切でないため、そういう意味でも等価緯度を用いることは有効である。解析の結果、渦位勾配の極大にほぼ相当する両冬半球の極渦の境界付近で短周期擾乱が卓越することがわかった。

 次に、合成図解析を行い、短周期擾乱の空間構造を調べた。短周期擾乱は、東西方向には波長2,000km程度の波型、南北方向には幅1,500km程度の節なし構造を持っていた。また、位相が高さと共にあまり変化しない順圧に近い構造を持っていることがわかった。これらの構造は、どの月・経度帯でもほぼ同様であった。

 さらに、短周期擾乱の力学特性(位相速度・波長等)を調べるために、南半球の渦度擾乱のデータに対してラグ相関解析を行った。短周期擾乱の位相速度は、背景東西風と同様に冬(6〜9月)に極大となる季節変化を示すが、その変動幅は東西風の方が大きい。そのため、背景風に乗った系から見た位相速度は、冬季には西向きに5m/s以上の速度を持つのに対して、秋季(4・5月)・春季(11月)にはほぼ0m/sであった。また、位相速度の高度変化・緯度変化を調べたところ、位相速度は高度と共に速くなること、冬季に背景東西風の風速が極大となる緯度帯でのみ背景風から見た位相速度が西向きであることがわかった。同様にラグ相関を用いて短周期擾乱の東西波長・周期を求めたところ、東西波長は1,700〜2,000kmで1年を通じてほぼ一定、周期は12〜24時間の範囲で季節変動することがわかった。

 こうして得られた位相速度の大きさは、WKB近似下のロスビー波の分散関係から推定される位相速度と調和的であった。また、2次元スペクトルから推定される東西群速度と、分散関係から推定される東西群速度も、定性的には一致していた。

 これらの性質から、極渦縁辺領域に卓越する短周期擾乱は、その領域の渦位の大きな南北勾配によって南北方向に捕捉されたロスビー波であると推測される。

 次に、短周期擾乱の励起・増幅過程の1つの可能性として、中緯度対流圏界面付近に卓越する中間規模波動との関連について調べた。中間規模波動は、中緯度ジェットのやや極側の対流圏界面付近に卓越する東西波長2,000〜3,000kmの波動である。短周期擾乱と同程度の東西波長をもち、ほぼ同じ緯度帯に卓越することから、中間規模波動と短周期擾乱はお互いに影響を及ぼしている可能性がある。

 中間規模波動は、中緯度ジェット近傍の大きな渦位の南北勾配に捕捉された波動であると考えられている。短周期擾乱と中間規模波動はそれぞれ100hPa以上と200hPa以下の高度領域で固有の性質を示すが、これは極夜ジェットに伴う渦位勾配の極大と中緯度ジェットに伴う渦位勾配の極大が100〜200hPaの高度領域で明瞭に分離しているためと考えられる。

 両者の関係を明らかにするため、まず南半球における短周期擾乱と中間規模波動の水平分布について調べた。短周期擾乱は、4月から11月まで常に西半球よりも東半球で振幅が大きかった。中間規模波動についても、インド洋上を中心とする東半球で振幅が大きく、過去の研究結果と一致していた。一方で、短周期擾乱の卓越する緯度帯は、4〜9月は中間規模波動の卓越する緯度帯とほぼ一致するものの、10・11月は中間規模波動の卓越する緯度帯よりも高緯度側に位置していた。両者の水平分布の相関を調べたところ、5〜8月に高い正相関を示すことがわかった。一方で、10・11月には、短周期擾乱は渦位勾配の水平分布とより高い正相関を示していた。

 次に、3次元の波の活動度フラックスを用いて、短周期擾乱の水平伝播と、中間規模波動が短周期擾乱に及ぼす影響について調べた。まず、活動度フラックスの水平成分から推定される短周期擾乱の水平伝播は、常に東向きで南北成分は非常に小さく、南北に捕捉された波動であるという推測を裏付ける結果となった。活動度フラックスの鉛直成分は、400hPa付近から高度と共に減少し、50hPa付近より上ではほぼ0になる。そして、短周期擾乱が存在する50〜100hPaの高度領域では、短周期擾乱の卓越する経度帯の若干上流側に、活動度フラックスの鉛直成分の強い収束が見られた。

 このような上向きの活動度フラックスとその収束を作り出すプロセスの1例として、短周期擾乱と中間規模波動の傾圧的相互作用の事例を示した。その事例では、短周期擾乱と中間規模波動がそれぞれ下部成層圏と上部対流圏でほぼ順圧な構造をもち、東向きに伝播していた。短周期擾乱が中間規模波動よりも速い位相速度を持つため、当初中間規模波動の西側にあった短周期擾乱が時間と共に中間規模波動に近づき、最終的には追い越していた。その一連の過程の中で、短周期擾乱が中間規模波動の西側にあるときには100〜200hPaの高度領域に上向きの活動度フラックスが卓越し、東側にあるときには下向きの活動度フラックスが卓越していた。どちらの場合も、活動度フラックスの鉛直成分は50hPa付近でほぼ0になるため、50〜100hPaの高度領域にそれぞれ強い鉛直収束・発散が現れていた。さらに、この鉛直収束・発散と波の増幅・減衰が時間的によく対応していた。この事例は、対流圏・成層圏結合の新たな形態を提案するものである。ただし、このプロセスが実際にどの程度短周期擾乱の増幅に寄与しているのかは、今後の解析によって明らかにしていく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 下部成層圏には惑星スケールの惑星波動、東西波数4〜7の準惑星スケールの波動、水平スケール1000km以下の重力波が存在しており、その波動は熱、運動量、物質を輸送して成層圏の大気の中で重要な役割をはたしている。一方、水平スケール2000km程度の波動はこれまであまり調べられていない。論文提出者はこれまで無視されてきた、この波動を研究している。

 1章の序説、2章のデータや平均場を記述したのち、3章においては2000kmスケールの擾乱について詳しい解析をおこなっている。この波動は秋から春にかけての成層圏に存在する極渦縁辺領域に存在することを示し、時間空間スペクトルをまず調べている。その結果、波長2000km程度、周期は1目以下の領域に明確なピークを見つけている。他の擾乱とは明確に異なるので、この短周期擾乱に着目し、周期2目のハイパスフィルターを用いてこの擾乱成分を解析している。

 極渦縁辺領域に着目し、極渦の端付近の風速や擾乱の振幅を適格に表現する必要があり、極渦はしばしば軸に関して非軸対称の構造を示すため帯状平均ではなく、温位/等価緯度座標系でのラグランジュ平均を用いている。その結果、渦位勾配の極大にほぼ相当する両冬半球の極渦の境界付近でこの短周期擾乱が卓越することを示している。

 次に、合成図解析をおこない、短周期擾乱の空間構造を調べている。その結果、東西方向には波長2000km程度の波型、南北方向には幅1500km程度の筋無しの構造であった。また位相が高さと共にほとんど変化しない順圧構造をもっていることを示している。

 さらに、短周期擾乱の力学特性を調べるために、ラグ相関解析をおこなっている。その位相速度は、背景東西風と同様に冬に極大となる季節変化を示すが、変動幅は東西風の方がおおきい。そのため、背景風からみた位相速度は、冬季は西向きに5m/s以上の速度をもち、秋や春はほぼ0m/sであった。位相速度の高度変化をみると、位相速度は高度とともに速くなることを示している。こうして得られた位相速度の大きさはロスビー波の分散関係と調和的であることも示している。

 これらの結果から、極渦縁辺領域に卓越する短周期擾乱は、この領域の渦位のおおきな南北勾配によって南北方向に補捉されたロスビー波と推測している。

 4章では、短周期擾乱の励起/増幅過程の有力候補として、中緯度対流圏界面に卓越する中間規模波動との相互作用を調べている。中間規模波動は2000km-3000Kmの水平スケールで短周期擾乱と同程度の水平スケールでなんらかの関係があると予想されている。そこで南半球の水平分布を調べると、短周期擾乱は東半球で振幅が大きく、中間規模擾乱はインド洋を中心とする東半球で大きい。相関を調べると、5-8月に大きな正相関を示している。波活動度を調べると、短周期擾乱が存在する50-100hPaの高度領域では若干上流側に、活動度フラックスの鉛直成分の強い収束が見られる。短周期擾乱と中間規模波動の傾圧的相互作用の事例をしめし、仮説として中間規模擾乱がこの短周期擾乱に重要な役割を果たしていることを提出した。

 以上のような結果は、気象の研究に重要な貢献をするものと思われ、気象学に新しい知見をあたえ、気象学の発展に大きく寄与したと判断する。

 なお、本論文は佐藤薫との共同研究であるが、論文提出者が主体になって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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