学位論文要旨



No 117865
著者(漢字) 野田,暁
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,アキラ
標題(和) スーパーセル型積乱雲に伴う竜巻の発生過程とその構造に関する数値的研究
標題(洋)
報告番号 117865
報告番号 甲17865
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4336号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松田,佳久
 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 住,明正
内容要旨 要旨を表示する

 強い竜巻はほとんどがスーパーセル(Browning,1964)と呼ばれる特殊な積乱雲によって発生する。スーパーセルの特徴は、その内部に鉛直渦度が0.01s-1以上で水平スケール数kmのメソサイクロンと呼ばれる低気圧性循環も伴うことにあり、竜巻はメソサイクロンの近傍で発生する。近年、特別に開発された車載型レーダーなどを用いて竜巻を観測する努力が続けられているが、その水平スケールは数100mと小さく、寿命も10数分と短いため、十分な観測データを得ることは依然難しい。このため、スーパーセルに伴う竜巻の発生・発達機構や竜巻自身の3次元構造などは、現在もほとんどわかっていない。

 本研究では、これらの問題を数値的に解明するために水平方向70m、鉛直方向は地面付近で最高の10mというこれまでにない高解像度によるスーパーセルの数値シミュレーションを行なった。その結果、これまで断片的に存在するドップラーレーダー観測のデータと整合的なスーパーセル、及び、これに伴い発生する現実的な竜巻渦を再現することに成功し、ストームスケールの運動から竜巻発生、そして竜巻の衰弱に至る過程を明らかにすることが出来た。また、風速場、気圧場、温度場などの3次元的な竜巻渦の構造とその維持機構を明らかにした。

 本研究で明らかになった竜巻の発生過程は以下の通りである。

 ストームが発生して20分位経つと、ストーム内部でメソサイクロンを伴ったスーパーセルの気流構造が形成されてくる。これに伴い高度2km付近では上昇流の北東側で水平風の鉛直シアの方向もそろってくる。このため、50分後頃より水平風の鉛直シアと上昇流との相互作用で気圧の低下が高度2km付近で起こり、この層の下で上昇流が強化される。これにより60分後頃から高度1km付近で水平渦度の立ち上げと引き伸ばしが起こり下層のメソサイクロンが形成されていく。下層メソサイクロンの回転で生じた気圧の低下によって、地表面近くの上昇流が加速される。

 一方、地面付近においては、ストーム内部の降水域での降水粒子の蒸発などによって冷気流が発生し、これがストーム前方から流入する環境場の暖湿な空気とぶつかることでガストフロントと呼ばれる突風前線を形成している。前線付近では水平シアも強化されており、前線に沿って鉛直渦度が帯状に分布している。この帯状に分布した鉛直渦度の大きな領域では更に複数個の一段と渦度の大きな領域があり、70分後頃よりこの内の一つが下層メソサイクロンによる上昇流によって引き伸ばされて竜巻となる。すなわち、意外にも、竜巻の渦度の源はメソサイクロンの渦度ではなく、地面近くのガストフロントの鉛直渦度にあることが明らかになった。

 興味深いことは、このとき竜巻にまで発達した鉛直渦以外にも竜巻となり得るような強い鉛直渦がガストフロントに沿っていくつも存在していたことである。Burgess(1997)によればメソサイクロンが観測されても実際に竜巻を発生させる確率はたかだか20%程度でしかないという。このことは竜巻の発生の要因がメソサイクロンの発達だけではないことを示唆している。この観測事実と本研究結果とを照合すると、竜巻が発生するためには、竜巻渦となりうる鉛直渦がメソサイクロンの発達時にタイミング良くその下の地面付近に存在するかどうかということが重要となると考えられる。

 次に、数値シミュレーションにより発生した竜巻渦の構造について以下のことが明らかになった。

 竜巻渦に伴う鉛直渦度は0.85s-1を越え、竜巻渦の直径は地表付近で400m、高度1kmで600mというように高度とともに広がっていた。竜巻渦に伴う風速は、地表付近のストームの外側に相当する竜巻渦の東側で最も大きく40ms-1を越えた。そして、竜巻渦の中心軸上においては高度500m、1.2km、1.6kmにおいて風速が弱い領域が存在した。

 気圧の低下は竜巻渦の軸上で大きく、地面付近で最大の27hPaを越えた。この回転による気圧低下とストームスケールで起こる冷気によって渦内部の地面付近から高度300mにかけて8度以上の温度の低下が起こっていた。竜巻渦はメソサイクロンの東側に存在し西に傾斜しているために、上空に行くほど渦は西に位置することになる。このため、竜巻渦の下面に相当する西側では上向きの気圧傾度力が働き上昇流を強め、東側では逆に下向き気圧傾度力が働いていた。この渦自身が作りだす下向き気圧傾度力が基となり、竜巻渦は最終的に衰弱した。竜巻渦は鉛直渦度や気圧分布で示される様に軸対称に近い構造を持つ一方で、風速分布や鉛直流分布などで示される様に非軸対称な構造も同時に持っていることがわかった。

 特に興味深いことに、竜巻渦は一旦発達を始めると渦は上昇流域と下降流域との間で形成される。竜巻が上昇流と下降流の境目にできることは古くから観測より指摘されてきたがこの様な鉛直流の構造の下でなぜ竜巻が同心円状の鉛直渦度となる構造を維持できるのかは明らかになっていなかった。シミュレートされた竜巻渦の渦度収支を調べたところ、以下のことがわかった。最盛期における高度5mの竜巻渦は、その南半分が上昇流域で北半分が下降流域になっていた。鉛直渦内部における水平渦の立ち上げや鉛直渦度の鉛直移流は小さい。このため渦度収支はほぼ水平面内における鉛直渦度の移流と鉛直流による引き伸ばしによって決まっていた。引き伸ばし項は上昇流側にあたる南半分の正で、下降流側に当たる北半分で負になっている。移流項はこれとは、丁度、逆の分布を示していた。従って、竜巻渦は上昇流域(下降流域)で引き伸ばしによって強められた(弱められた)鉛直渦度を低気圧性循環によって下降流域(上昇流域)へと輸送することでその同心円状の鉛直渦度分布を保っていることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

 竜巻は強い渦度が、狭い範囲に集中している極めて特異な気象現象である。なぜ、このような特異な構造が生成されるのか、未だに明確には理解されていない。本論文は数値実験の手法によりスーパーセル型積乱雲に伴う竜巻の発生過程とその構造を研究したものである。

 竜巻は水平スケールが数百m、寿命も十数分と短いために、観測によって得られるデータからその発生と構造を解明することは困難である。また、水平スケール数十kmの親雲であるスーパーセルとはスケールがかなりかけ離れており、数値モデルにより両者を同時に分解することは、今まで困難であった。そのため、竜巻の形成過程は未解明の状態に留まっていた。しかし、最近の計算機の性能の向上により、この困難が克服されつつある。本研究はその先駆けと考えられる。つまり、この研究では、水平方向に70m、鉛直方向には最小10mの格子間隔をとることが出来、これが本研究の成功の一つのポイントになっている。

 本研究の数値実験結果によると、竜巻の発生過程は以下のようである。先ず、ストームが発生してから20分位で、メソサイクロンを伴ったスーパーセルが形成される。50分後頃より気圧の低下が高度2km付近に起こり、これより下で上昇流が強化される。さらに、60分後頃から下層のメソサイクロンが形成され、その回転で生じた気圧の低下により地表面付近の上昇流が加速される。他方、地面付近では冷気流と温暖で湿った空気がぶつかることによってガストフロント(突風前線)が形成される。この前線に沿って、鉛直渦度が帯状に分布しているが、この領域の中にいくつかのさらに渦度が大きい部分があり、70分後頃よりこのうちの1つが下層メソサイクロンによる上昇流によって引き延ばされて、竜巻となる。この研究が明らかにしたことは、竜巻の渦度の源泉がメソサイクロンの渦度ではなく、ガストフロントの鉛直渦度である、ということである。

 竜巻に発達出来そうな強い鉛直渦がガストフロントに沿っていくつも存在しているという数値実験結果とメソサイクロンが観測されても竜巻が発生する確率は20%以下であるという観測事実に基づいて、申請者は竜巻が発生するためには、竜巻になる鉛直渦がメソサイクロンの発達時にうまくその下の地面付近に存在するか否かが重要である、と推論している。

 さらに申請者は、数値実験結果に基づき、竜巻の構造について詳しい解析を行った。それにより色々なことが明らかにされたが、特に興味深いのは竜巻の渦度の維持機構である。竜巻は上昇流域と下降流域の間で形成されるが、本研究の計算結果によると、竜巻の南半分で上昇、北半分で下降となっている。この時の渦度収支は鉛直渦度の水平移流と鉛直流による引き延ばしによって決まっている。数値実験結果によって、両者がそれぞれ、バランスして同心円状の鉛直渦度分布が維持されていることが分かった。

 以上述べたように、本研究は竜巻の発生過程及び維持機構について、従来にない新しい知見を加えることが出来た。勿論、本研究のみによって竜巻の本質が完全に究明されたわけではない。メソサイクロンが発生しても必ずしも竜巻が発生するわけではないことは、観測より知られている。本論文では、竜巻が発生した事例しか取り上げていないが、この発生の蓋然性の本質を究明することは重要であろう。さらに、本研究が使用した数値モデルにおいては、基本場だけではなく擾乱に関しても、地面境界条件をfree-slipとしたことは大変不自然である。しかし、このような将来の課題を別にしても、本論文の竜巻の研究に対する寄与は画期的であり極めて大きく、学位論文として十分の価値を有する。

 なお、本論文は東京大学海洋研究所新野助教授との共同研究であるが、論文提出者が中心となって、計算、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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