学位論文要旨



No 117867
著者(漢字) 吉田,晶樹
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,マサキ
標題(和) プレート運動を伴う地球マントル対流のダイナミクスに関する数値シミュレーションによる研究
標題(洋) Numerical Studies on the Dynamics of the Earth's Mantle Convection with Moving Plates
報告番号 117867
報告番号 甲17867
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4338号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本多,了
 東京大学 助教授 小河,正基
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 瀬野,徹三
内容要旨 要旨を表示する

はじめに(1章)

 地球のマントル対流はプレート運動に支配される流れのモードを持つことが特徴である.本論文では,プレート運動の振る舞いを自発的に再現させるレオロジーを考慮したマントル対流の数値計算モデルを用いて,マントルダイナミクスに関する幾つかの問題について考察する.

I.プレート運動を伴うマントル対流パターンとレジームダイグラム(2,3章)

 本研究では,マントル物質のレオロジーを決定する粘性率を温度,圧力,"破壊の程度"(ω)に非線形に依存させる.ωは,対流運動による粘性散逸が大きい領域で増大し,温度に依存する代表的な時間で回復するものとする.このとき,ωに対して応力の関係が履歴を持つことにより,流体はωが充分に小さい場合における高粘性率・低応力の状態と,ωが充分に大きい場合における低粘性率・高応力の状態に分岐する.

 マントル対流層のモデルは,アスペクト比5,側面反射境界,下面一定加熱の二次元矩形を仮定する.アセノスフェアの粘性率で定義されるレイリー数は2.52×108とする.粘性率の温度依存性の程度(E)とマントルの内部発熱量(HR)を系統的に変化させると,EとHRの関係によって対流パターンが三つのレジームに分類されることが判った.HRの大きさに関わらずEが充分に小さい範囲では,低温の上面熱境界層(リッド)がマントルの上面・下面熱境界層から発生するプルームによって頻繁に破壊される"weak plate regime",EとHRが充分に大きい範囲では,リッドがプルームによっても破壊されない"stagnant lid regime"の対流パターンが発生する.一方,Eが中程度で稀がある値を超えない範囲では,リッドが低粘性率の"プレート境界"領域と,それに囲まれた高粘性率の"プレート"領域に自発的に分離し,地球のマントル対流パターンに似た"plate-like regime"が発生する(図1).

II.マントル対流におけるプルームが運ぶ熱流量と熱収支モデル(4章)

 マントルの上昇プルームによってマントル深部から地表に運ばれる熱流量を知ることは,マントルの熱収支モデルヘの重要な制約条件となる.これまで,プルームが運ぶ熱流量は,観測されるホットスポットスウェルの規模から推定される熱量(約2TW)[例えば,Sleep,1990],及びCMBでの熱流量と同程度であるという前提から,プルームはCMB上の熱的境界層から発生するとされてきた.つまり,マントル対流層の下面熱流量は内部発熱量と比較して遥かに小さい,いわゆる"全マントル対流モデル"が現在まで広く受け入れられている[例えば,Davies,1999].しかし,最近の地震学的観測から,マントル深部において化学的に異なる安定な層が存在するモデル("enriched layerモデル")が指摘されており,その層は多くの放射性熱源を有する始原的物質からなることが予想されている[Kellogg et al.,1999].本研究では,これら二つの熱収支モデルについてプルームが運ぶ熱流量の観点から考察する.

 プルームが運ぶ熱流量はIの計算結果を用いて対流層中央の深さにおけるプルームテイルの熱輸送量の時間的平均から見積もる.plate-like regimeの対流パターンが発生するHRの範囲で解析を行った結果,プルームが運ぶ熱流量と対流層下面境界での熱流量との比は,せいぜい1/3程度以下であることが判った.これは,プルームが運ぶ熱流量はマントル対流の下面熱流量に比べて遥かに小さいことを意味する.本結果を地球マントルに適用すると,対流層の下面熱流量は内部発熱量と同程度かそれ以上(>20TW)であることから,地球のマントル対流はenriched layerモデルの熱収支モデルと調和的であることを示唆する(図2).さらに,ホットスポットスウェルから見積もられるプルームの熱流量は,実際にプルームが運ぶ熱流量よりかなり小さいことが判った.これは,リッド下に水平方向に拡がるプルームの熱が考慮されていないためであると推測される.

III.相転移がプレート運動を伴うマントル対流パターンに及ぼす影響(5章)

 マントルの相転移はマントルプルームの振る舞いに影響を与える.これまでの数値計算は,相転移の効果はマントルの粘性率変化の程度が非常に小さい場合で研究されてきたが,永続的なプレートの沈み込みが存在する対流パターンに及ぼす影響については調べられていない.本研究では,代表的な相転移の効果として,深さ410kmと660kmにそれぞれαオリビン→β-スピネル,γ-スピネル→ペロブスカイト+マグネシオウスタイト相転移による密度の増加による効果とエントロピーの変化による潜熱の発生・吸収の効果を考慮する.

 高温高圧実験で見積もられている660km相境界面のクラペイロン勾配χ660の範囲において,対流パターンの違いによる効果を調べるため系統的な計算を行った結果,χ660の程度がplate-like regimeに与える影響はweak plate regimeに比べて大きいことが判った.このとき,上部マントル中に発生する上昇プルームは,(1)マントル深部からの能動的なプルームが潜熱を獲得して相境界面を突破したプルーム,(2)沈み込むスラブの受動的な補償流によって,下部マントル最上部から潜熱を獲得して相境界面を突破したプルーム,(3)リッド下の二次的下降プルームに起因する上部マントル内の小規模な対流セルの発達に伴って相境界面から上昇する二次的プルーム,の三タイプに分類されることが判った.このうち,(1)と(2)のプルームは始原的同位体成分からなるOIBを地表にもたらすホットスポットプルームの候補と考えられる.(1)のプルームは410km相転移面の吸熱反応による負の浮力により相転移層で水平方向に大きく拡がる.これは,IIでホットスポットスウェルから見積もられるマントル深部からのプルームの熱流量が実際より小さく見積もられる原因の一つとして考えられる.

IV.プレート運動による水平粘性不均質がジオイドパターンに及ぼす影響(6章)

 マントルの粘性率構造を決定する手段の一つとして,マントルの適当な密度異常モデルを仮定し,解析的に得られたマントルの流れ場から計算されるジオイドと観測ジオイドが整合するような粘性率構造を求める研究が行われてきた[例えば,Hager and Clayton,1989].しかし,この研究手法を用いた結果の解釈の問題点として,マントル全体に現実的な密度異常モデルを仮定すると,沈み込み帯付近における観測ジオイドの正の異常を説明するためにはマントル深部の粘性率は少なくともアセノスフェアの103〜104倍程度必要である.これは後氷期隆起運動から独立に推定されるマントルの平均粘性率に比べて非常に大きい.また,計算手法の制約上,決定される粘性率モデルは球対称構造にほぼ限定され,粘性率の水平不均質(LVV)がジオイドに及ぼす影響についてはこれまで明らかにされていない.

 本研究では,Iで得られた計算結果から得られるジオイドと,温度(密度)場は共通だが,LVVを除去するために粘性率を水平方向に調和平均したモデルを用いて再計算した流れ場から得られるジオイドとを比較した.その結果,plate-like regimeでは本来粘性率が高く速度が小さい沈み込んだプレートが,LVVを除去することにより粘性率が低く速度が大きくなる.このとき,地表面の地形が沈み込み帯付近で押し下げられ,長波長ジオイドの振幅を大きく下降させることが判った.これは従来の球対称粘性構造モデルにおいて推定されるマントルの深さ方向の粘性率変化を大きく見積もり過ぎていることを説明する.一方,下降プルームと周囲のマントルとの粘性率変化が小さいweak plate regimeでは,LVVを除去するとジオイドの振幅は小さくなるものの,正負に影響するほどの変化は見られない.つまり,地球のマントル対流において観測ジオイドからマントルの粘性率構造を推定する際,対流モデルにプレート運動に起因するLVVを考慮することが不可欠であることを強く示唆する.

V.プレート運動を伴うマントル対流パターンの三次元モデル(7章〉

 マントル対流の数値モデリングにおける最終目的は,三次元空間において実際の対流パターンやプレート運動を自発的に再現することである.本研究では,応力の履歴に依存するレオロジーを持つアスペクト比3の三次元箱型モデルを用いて,Plate-like regimeの対流パターンが三次元空間においても存在するかどうかを調べる.

 まず,対流層を下面断熱とし内部発熱のみで対流を駆動させる.統計的平衡に達した解を初期状態として,次に,能動的な上昇プルームの元となるプルームの種"を対流層下面中央に与える.その後の時間発展を追うと,初期状態のレジームに関わらず円筒状の上昇プルームによってリッドに"プレート境界"に相当する局所的な低粘性率領域が発生し,高粘性率の"プレート"部分が剛体的に運動する.その結果,統計的に非常に安定なplate-like regimeの対流パターンが三次元空間においても存在することが判った.マントル対流層内部ではプレートの沈み込みにより,実際の沈み込みスラブと調和的なシート状の下降流が観察される(図3).

本論文の結論(8章)

 本論文の結果から,plate-like regimeの対流パターンでは,熱収支モデルの決定やマントルプルームの振る舞い,及び地表面観測量の解釈に対して,従来のweak plate regimeの対流パターンとは異なる重要な制約を与えることが明らかになった.

図1:

(左)破壊の程度"ω"に対する応力(赤線),粘性率(青線)の関係."応力の履歴"は,"intact branch"(ω<ωI)と"damaged branch"(ω>ωD)の二つのbranchの間で発生する.(右)EとHRを変化させた場合の対流パターンのレジームダイアグラム;weak plate(青丸),plate-like(赤丸),stagnant lid(緑丸)regime.

図2:マントル対流の二つの熱収支モデル.

(a)"whole mantle convection"モデル[例えば,Davies,1999].下面加熱の寄与は内部発熱に比べて遥かに小さい.(b)本結果で支持される,"enriched layer"を下部マントル深部に持つマントル対流モデル[例えば,Kellogg et al.,1999].下面加熱の寄与は内部発熱と同程度かそれ以上.

図3:三次元箱形対流計算で,plate-like regimeに属する対流パターンの一例.

(左)対流層上面における粘性率(カラーコンター)と速度場(矢印)の分布.高粘性率の"プレート"領域(紫色)と低粘性率の"プレート境界"領域(黄色).(右)対流層内部の各深さにおける水平平均からの等温度異常面(紫色は高温,緑色は低温).

審査要旨 要旨を表示する

 地球マントルで起こっている最も重要な地球科学的現象は対流(マントル対流)である。しかし、このマントル対流と地表面で見られる現象、すなわちプレートテクトニクスとの関係は、必ずしも明確ではない。本論文は、プレート運動が自然に生じる数値対流モデル(自己完結的対流モデル)を構築し、プレート運動を考慮する事によりマントル対流の性質が、どのように変化するかを調べた論文である。本論文は8章からなり、それぞれの内容は以下の通りである。

 第一章では、問題の背景や、これまでの同種の研究に関して紹介されている。

 第二章では、自己完結的なマントル対流モデルの構築や、その他、本論文において使用された手法について述べられている。本研究において用いられた自己完結的マントル対流を構築する手法は、damage parameterと呼ばれる、いわば、プレートが破壊した時の強度低下および、強度の回復過程をモデル化したパラメータを導入する手法である。

 第三章では、第二章で述べられた自己完結的モデルを用いて、プレートの粘性、内部加熱源の大きさによって、どのような対流形態になるかについて述べられている。その結果、weak plate regime、plate-like regime、stagnant lid regimeが存在する事が示され、それが存在する領域が明確にされている。Weak late regimeでは、表面プレートが弱いため、しばしば破壊される。また、stagannt lid regimeでは表面プレートは破壊されず、その下の対流部分と切り離され、ほとんど動かない。この中間領域のplate-like regimeでは、プレート運動のように、表面では剛体的に振る舞う。

 第四章では、第三章の結果を踏まえ、各regimeで対流の下部熱境界層から生じる、プルームによって運ばれる熱流量の推定を行なっている。その結果、plate-like regimeでは、プルームが運ぶ熱流量は、表面から出る総熱流量の9〜29%程度である事が示されている。この結果を用いて筆者は、観測から推定されているプルームが運ぶ熱流量との比較、核から放出されている熱流量についての議論を行ない、観測にはかからないプルーム熱流量の存在、マントル下部の不均質の存在を示唆している。

 第五章では、マントル内に存在すると考えられている相変化が自己完結的モデルに与える影響について述べられている。その主な結果の一つは、plate-like regimeで、三種類のプルームを識別した事である。すなわち、下部マントルのプルームに密接に関係しているプルーム、プレートによって励起された大規模流れの反流に関係しているプルーム、そして、上部マントルに閉じた小規模対流に関連したプルームの三種類である。

 第6章では、plate-like regimeの流れがジオイドに与える影響について考察されている。従来の水平方向に粘性変化のないモデルでは、固い表面プレートの存在下で沈み込み帯付近のジオイド異常を説明すると下部マントルの粘性が高くなりすぎると言う問題があった。しかし、本研究の結果によれば、プレートの粘性が高いモデルであっても、沈み込み帯近傍の正のジオイド異常が、地球深部の粘性構造に関する他の推定と矛盾なく説明される。

 第7章では、三次元の自己完結的モデルを用いて、上昇プルームと固いプレートの相互作用が調べられている。本モデルでは、プルームによるプレートの破壊がプレート運動を引き起こす重要な要因である。二次元問題では、プルームがシート状になる為に、プルームによってプレート境界が作られる。しかし、三次元においては、この事は明白ではない。この点を調べるために本章では、円柱状のプルームを発生させ、それがプレートを破壊しプレート境界が形成される事を確認した。

 第8章は、上に述べた結果のまとめが述べられ、プレート運動を生じるメカニズムがマントルダイナミクスに重要な役割を果たす事が主張されている。

 このように本論文は、プレート運動を自然に生じるマントル対流の数値モデルを構築し、プレート運動が生じる場合のマントル対流の性質を解明し、プルームを中心とした様々な地球科学的現象への応用を行ない、プレート運動を生じるメカニズムの重要性を明らかにした。審査員全員は、本論文は、地球内部のダイナミクスの理解へ、重要な寄与を与えたと言う点で意見が一致し、博士(理学)の学位にふさわしいものと判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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