学位論文要旨



No 117869
著者(漢字) 南川,卓也
著者(英字)
著者(カナ) ナンカワ,タクヤ
標題(和) ランタニドーキノン錯体の分子構造と物性
標題(洋) Molecular Structures and Physical Properties of Lanthanide-Quinone Complexes
報告番号 117869
報告番号 甲17869
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4340号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 教授 下井,守
 東京大学 講師 後藤,敬
内容要旨 要旨を表示する

 希土類金属錯体は特有の磁気的、光学的性質のために近年様々な新化合物が合成されている。しかしこれらの研究の妨げとなるのは、その分子構造の制御である。これは希土類金属においては様々な大きな配位数をとることや、ランタノイド収縮といわれる一連のイオン半径の変化のため、構造を推測することや制御することが難しいためである。しかしとくに分子磁性の分野ではスピン間の相互作用について調べるためにその分子構造を制御することは重要である。そこで本研究ではレドックス活性なキノン部位を有する新しい配位子を開発してLaからYbまで一連のほぼ同じ構造を持った希土類錯体を合成し、希土類金属錯体の中心金属の違いによる物性の変化がより明確になる系を構築することに成功した。また希土類金属のイオン半径による分子構造の変化について解析すると共に錯体とその還元体の磁気的性質について検討した。

 [合成]1,2-ジアミノナフトキノンにピリジン-2-アルデヒドトリフルオロメタンス

 ルホン酸塩を加え、トリエチルアミンで中和することにより配位子Lを収率65%で合成した(Scheme1)。そしてこの配位子とトリフルオロメタンスルホン酸ランタニドをアセトニトリル中で反応させることでLの希土類金属錯体[Ln(L)2(OTf)3](Ln=La, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Tm, and Yb; OTf=CF3SO3)を合成した。

 [構造]単結晶X線構造解析によりこれら全ての希土類金属錯体の構造を明らかにした。Figure1にDy錯体の構造を示した。すべての錯体においてDy錯体とほぼ同様の配位構造であることを明らかにした。中心金属周りの各結合長の平均値はイオン半径の減少に伴いLaからYbまですべてほぼ0.12Å減少した(Figure2)。しかしランタノイド収縮以外の要因による変化が二つあった。一つはPrからNdへの2つの窒素原子との結合長の変化であり、もう一つはErからTmへのトリフラート酸素原子との結合長の変化である。またこの二つの変化に伴い晶系も三斜晶系から斜方晶系、斜方晶系から単斜晶系へ変化しており、ここで分子構造に変化があることが分かった。

 La錯体とDy錯体の配位構造をFigure3に示す。ここでO2、O5、N5のなす三角形をplane1としO8、N3、O11のなす三角形をplane2とする。するとLa錯体ではこの二つの平面のなす角が開いているのでCASP形の配位構造であり、Dy錯体では平行なのでTTP形の配位構造をとっているといえる。この二面角の中心金属に対する変化をFigure4に示す。これによりNd錯体付近で配位構造がCASP形からTTP形に配位構造が変化していることが分かる。この変化を二つの配位子のうちねじれが大きい方の配位子のピリジン平面とナフトキノン平面のなす角度から検討した。それによるとこの錯体は配位子をねじることにより安定なTTP形の配位構造をとることができる。しかしLa,Pr錯体においては、イオン半径が大きいために配位子をねじってTTP形の配位構造をとることができず、CASP形をとっている。またイオン半径が小さくなると配位子同士の距離も縮まり、中心金属周りの立体障害が大きくなる。これによってEr錯体とTm錯体では分子構造が変化する(Figure5)。このように配位子に対して中心金属のイオン半径が大きい時は安定な配位構造をとれないことが、小さい時は立体障害が大きくなることが、分子構造をきめる要因となっていることが分かった。

 磁気的性質][Ln(L)2(OTf)3]をアセチルコバルトセンで還元することにより、それぞれの配位子が一電子ずつ還元された還元体[Ln(L')2(OTf)](Ln=La, Gd, Yb)を合成した(Scheme2)。還元体はセミキノン型であり,配位子上に有機ラジカルに由来する電子スピンを持っている。この電子スピンと希土類のf電子スピンとの相互作用についてESRを用いて調べた(Figure6)。[La(L)2(OTf)3]の250Kの測定においてg=2.00に鋭いシグナルが観測された。これにより配位子上に有機ラジカルのスピンが存在している事が分かった。この錯体は25〜30Kでg=4付近にシグナルが現れる。これは配位子間の相互作用による三重項に由来すると考えられる。また[Gd(L')2(OTf)3]のESRにおいてシグナルが低温においても幅広であることからGdのf電子スピンと配位子上のスピンの間に相互作用があると考えられる。これらの錯体の磁化率の測定を行った。[La(L')2(OTf)3]と[Gd(L')2(OTf)3]の300KにおいてのχTの値0.724,及び8.47(cm3Kmol-1)は錯体のスピンがそれぞれ独立な場合の値に近く、スピン間の相互作用が弱いことが分かった。300Kから温度を減少させると[La(L')2(OTf)3]のχTの値も減少する。これは分子内に強磁性的相互作用があることから、分子間の反強磁性的相互作用によるものであると考えられる。また[Gd(L')2(OTf)3]のχTの温度変化を[La(L')2(OTf)3]と比較すると、100K以下の温度領域において[La(L')2(OTf)3]にはない顕著なχTの減少が見られる。このことから配位子上のスピンとGdのf電子スピンとの間に反強磁性的相互作用がある事がわかった。

 [結論]アミノキノン系配位子Lを合成し、その希土類金属錯体[Ln(L)2(OTf)3](Ln=La, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Tm, and Yb; Otf=CF3SO3)を合成した。また単結晶X線構造解析によりこれらの錯体の構造を決定した。その結果、分子構造がイオン半径の減少によって変化した。これから配位子に対して中心金属のイオン半径が大きい時は安定な配位構造をとれないことが,小さい時は立体障害が立体障害が大きくなることが,分子構造をきめる要因となることを明らかにした。またこの錯体の還元体[Ln(L')2(OTf)](Ln=La, Gd, Yb)を合成しGd錯体においてスピン間に相互作用があることを明らかにした。

Scheme 1.

Figure 1. ORTEP drawing of [Dy(L)2(OTf3].

Trifluoromethanesulfonates are omitted except for coordinating oxygen.

Figure 2. Average lanthanide-oxygen and lanthanide-nitrogen (A) vs, f electronic configuration.

Figure 3. Coordination structure of [La(L)2(OTf3]

Figure 4. Dihedral angles vs felectronic configuration

Figure 5. Molecular structure changes from Er to Tm.

Scheme 2.

Figure 6. ESR spectra of [La(L')2(OTf)] at 250 K, [La(L')2(OTf)] at 4K, [Gd(L)2(OTf)3] at 242K, and

[Gd(L')2(OTf)] at 2K.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章には全体の研究の背景と目的、第2章にはランタニドーキノン中性錯体の合成と物性、第3章にはそれらの還元体の合成と物性について述べられている。また最後に全体の総括と展望について記されている。以下に各章の概要を記す。

 第1章では研究の背景として、希土類金属錯体及びキノン系配位子について述べている。まず希土類金属錯体について、錯体の構造を推測することや制御することが難しいこと、またこれらの錯体は構造の制御が困難ではあるが、磁気的、光学的に特有の性質を持っており、近年様々な錯体が合成され、これらの研究が発展段階であることを述べ、一方、近年研究されているキノン系錯体においては酸化還元および酸塩基によって錯体の物性を変化させることが出来るという特徴があることを示した。これらの背景から、本研究では希土類金属とアミノキノンの特性を生かし、新しい錯体系を構築し、希土類とキノンの相互作用について研究を行うことを目的としている。

 第2章では、ランタニドーキノン中性錯体の合成および物性の研究成果について述べている。まず、希土類金属の構造を制御することのできる配位子として新たにアミノキノン系配位子Lを設計・合成し、それを用いて希土類金属錯体[Ln(L)2(OTf)3](Ln=La, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Tm, and Yb; Otf=CF3SO3)を合成した。この配位子はN, N, Oの3つの原子で希土類金属イオンに二つ配位するように設計されており、アミノキノン部位の酸化還元および酸塩基に対する応答を用いて希土類金属の物性を制御でき、希土類金属錯体の中心金属の違いによるアミノキノン部位との相互作用の変化がより明確になる系を構築できる。配位子Lは2,3-ジアミノナフトキノンのアセトニトリル溶液中にピリジン-2-アルデヒドトリフルオロメタンスルホン酸塩を加え、トリエチルアミンで中和することにより合成し、さらに2当量のLとトリフルオロメタンスルホン酸ランタニドをアセトニトリル中で反応させることで錯体を合成した。つぎにこの中心金属と配位子Lとの反応において金属1つにつき、配位子が2つまでしか配位できないことを、金属イオン-配位子混合溶液のスペクトル解析により明らかにした。

 L錯体のX線結晶構造解析の結果、2つのLがピリジンのN原子、イミンのN原子、キノンのO原子で中心金属に配位し、3つのトリフレートが配位した9配位の構造となっていることを明らかにし、また、赤外および電子スペクトルの結果から中心金属を変化させても配位子の電子状態はほとんど変化しないことを示した。次にX線構造解析で解析された結果のうち配位子内の結合長について検討し、配位子そのものに比べ錯体ではキノン部位のC=O二重結合が長くなったことからキノン部位から中心金属に対して電子を供与していることを示した。金属中心まわりの結合長については、金属まわりの全ての結合長がランタノイド収縮に従ってほぼ同じ割合で減少いるが、ランタノイド収縮による一様なイオン半径の減少と異なり、急激に結合長が変化しているところが2箇所存在することを見出した。分子構造の解析の結果、配位子がねじれることによってこの錯体はTTP型の配位構造をとることができるが、ランタンやプラセオジムでは中心金属のイオン半径が大きく配位子をねじってより安定なTTP型の配位構造をとることができず、CASP型の配位構造をとったと考察した。また中心金属がErからTmに変化する際に、立体反発をさけるためトリフレート原子が回転し分子構造が変化すると考察した。

 中性錯体の物性として、プロトネーション挙動を明らかにするとともに、電気化学測定結果から希土類金属の電子求引効果によって配位子部分のセミキノン状態へ酸化還元電位が、正方向にシフトすることを示した。

 第3章では還元錯体の合成及び物性について述べている。[Ln(L)2(OTf)3]をアセチルコバルトセンで還元することにより、それぞれの配位子が一電子ずつ還元された還元体[Ln(L')2(OTf)](Ln=La, Gd, Yb)を合成した。還元体はセミキノン型であり,配位子上に有機ラジカルに由来する電子スピンを持っている。この電子スピンと希土類のf電子スピンとの相互作用についてESR、磁化率測定から、分子内には強磁性的相互作用があり、分子間には反強磁性的相互作用が存在すること、また[Gd(L')2(OTf)3]においては配位子上のスピンとGdのf電子スピンとの間に弱い反強磁性的相互作用があるという挙動を示すことを明らかにした。

 最後に、以上の結果を総括し、今後の研究展望を述べている。

 以上、本論文は、希土類錯体の構造制御した合成を行うとともに、金属fスピンと配位子ラジカルとの相互作用について新しい結果を記述しており、錯体化学、物性科学の研究におおきなインパクトを与えたオリジナルな研究として評価できる。なお、本論文第2,3章は西原寛、村田昌樹、水谷淳、渡邊雅之との共同研究であり、一部は既に学術雑誌として出版されたまたは出版予定のものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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