学位論文要旨



No 117870
著者(漢字) 明谷,早映子
著者(英字)
著者(カナ) アケタニ,サエコ
標題(和) カテコールおよびフェノール型デオキシヌクレオシドの合成および核酸関連酵素反応への適用
標題(洋) Syntheses of catechol- and phenol-deoxynucleosides and their application to nucleic acid-related enzymatic reactions
報告番号 117870
報告番号 甲17870
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4341号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 梅津,喜夫
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 講師 後藤,敬
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 DNAの機能発現において、水素結合による核酸塩基対の相補的な認識が重要な役割を担っている。近年、遺伝子アルファベットの拡張を指向して、天然型塩基対の水素結合を非天然型水素結合、疎水性パッキング、金属錯形成に置き換えた人工核酸塩基対が注目されている。これらの中には、酵素により認識され鋳型鎖の人工核酸に相補的に取り込まれるものもある。

 人工核酸が酵素に認識されるケースとして、主に、(i)人工核酸の三リン酸化体が核酸合成反応の基質である場合(Fig.1(a))と、(ii)鋳型鎖に人工核酸が含まれているときの核酸伸長反応の場合(Fig.1(b))がある。このような遺伝子発現の基盤となる反応における人工核酸の役割と構造活性相関を明らかにすることは、遺伝子発現制御法の開発に重要な知見をもたらすであろう。

 本研究では、人工核酸の三リン酸化体がDNA合成反応に与える影響と、鋳型鎖に導入した人工核酸がDNA(RNA)合成に与える影響を評価した。さらに、共有結合により連結した新規金属錯形成型人工核酸塩基対の設計・合成に関して報告する。

【人工β-C-ヌクレオシド三リン酸がDNA合成に与える影響】

 本研究では、水素結合能および金属イオンヘの配位結合能を持つカテコール(Fig.2(a),(b))をヌクレオシドの核酸塩基部に導入し、その三リン酸化体1(Fig.3)がDNAポリメラーゼ反応に及ぼす効果について検討した。

 DNAポリメラーゼを用いたPCR法におけるDNA合成反応を電気泳動により評価したところ、カテコール型1はDNA鎖には取り込まれず、天然のヌクレオシド三リン酸化体dNTP(N=A, T, G, C)存在下で用量依存的な標的DNA合成阻害が見られた。そこで、阻害活性と水酸基の位置及び数の関係を詳細に調べるため、フェノール性水酸基を一つ持つ化合物2-4(Fig.3)と、水酸基を持たない化合物5をコントロールとして合成した。

 5種類のDNAポリメラーゼ(Ex Taq, LA-Taq, Pfu, Pyrobest, Z-Taq)に対する1-5の影響を調べたところ、1-4は用量依存的な阻害効果を示し、水酸基を二つ持つカテコール型1が最も強い阻害効果を示した(Table1)。また2-4は、水酸基の位置に関わりなく同程度の阻害を示し、水酸基を持たない5は16mMまで阻害効果を示さなかった。これらの結果から、カテコール型1の二つの水酸基が酵素反応の阻害に必須であることが明らかとなった。

 さらに、1-5と天然型基質の酵素による認識が同様か否かを確認するため、カテコール型1の存在下で、通常の6倍濃度のdNTPを添加しPCR反応を行った。その結果、1の存在下でDNA合成をほぼ完全に阻害する条件でも、過剰量のdTTP, dGTP, dCTPの添加により1による阻害を克服したDNA合成が見られた(Fig.4)。これは、天然型基質と1-4が競争的にDNA合成を阻害していることを示唆している。また、核酸塩基部に依存して競争反応における活性が異なるのは、基質との形状の類似度などに起因していると考えられる。

 以上のように、水酸基を二つ持つカテコール型人工核酸1がDNA合成を強く阻害することが明らかになり、その酵素による認識は天然の基質と類似していることが示唆された。

【鋳型鎖中の人工β-C-ヌクレオシドが核酸合成に与える影響】

 これまでの人工核酸をDNAの鋳型鎖に挿入した例においては、(i)DNAポリメラーゼの基質となり鋳型依存的なDNA鎖伸長反応を進行する場合と、(ii)人工核酸挿入位置でDNAポリメラーゼによる伸長反応が停止する場合が報告されている。本研究では、DNA鎖に導入した立体的にかさ高い人工核酸が、酵素によるDNA・RNA合成に与える影響を検討した。

 本研究では、核酸塩基部に3,4-dibenzyloxyphenyl基(X)を持つ立体的にかさ高いβ-C-nucleosideを合成し、34塩基長のオリゴマー中に導入して(Temp12X)(Fig.5(a))、Xが酵素による核酸合成に与える影響をゲル電気泳動により評価した。また対照実験は、同じ位置に天然の核酸塩基(G)を持つオリゴマー(Temp12G)を用いて行った(Fig.5(b))。

 まず、鋳型鎖中の人工核酸XがDNA合成反応に与える影響を評価した。Temp12Xとプライマー(17mer)を用いてKlenow fragment DNA polymeraseによるDNA合成反応を行ったところ(Fig.6(a))、伸長反応がXの一つ手前の位置で停止した産物(22nt)が得られた(Fig.6(b), lane1)。Xの位置でのDNA合成の停止は非常に位置特異的で、22nt以上の長さの産物は見られない。一方、Temp12Gを用いた対照実験では完全長(34nt)の産物が得られた(Fig.6(b), lane2)。この結果は、DNA鎖の任意の位置へのXの挿入により、求める長さのDNAオリゴマーが合成できる可能性を示した。

 次に、鋳型鎖中の人工核酸XがRNA合成反応に与える影響を評価した。Temp12Xとその相補鎖を用い、鋳型DNAの3'末端から転写反応を行うE. coli RNA polymerase core enzymeによるRNA合成反応を行った(Fig.7(a))。その結果、Temp12Xの3'末端からの転写反応がXの二つ手前の位置で停止したRNA産物TP1(21nt)と、相補鎖の3'末端からの転写反応がXの一つ手前の位置で停止したRNA産物TP2(11nt)が見られた(Fig.7(b), lanes1-4)。Xの位置でのRNA合成の停止は非常に部位特異的で、Xの向かい側の塩基の種類には依存しない。またXの位置にGを挿入したTemp12Gを用いた対照実験では、転写伸長反応は停止しなかった(Fig.7(b), lanes5-8)。

【新規人工核酸の設計および合成】

 これまで報告例のある金属錯形成型人工核酸塩基対は、[2+2]および[3+1]の配位形式で中心金属イオンに結合していた。そこで本研究では、共有結合で二つの核酸塩基を結んだサレン型核酸塩基対を設計・合成した(Fig.8)。サレン錯体は不斉触媒として、またヘモグロビンのような酸素運搬体のモデル化合物として注目されている。サレン型人工核酸の前駆体であるサリチルアルデヒド型核酸塩基は、フェノール型人工核酸(Fig.3,化合物4)にホルミル基を導入し合成することが出来た。また、サレン型人工核酸の構造は1H,13C-NMRにより決定し、サレン型人工核酸のNi2+, Mn3+錯体は質量分析により同定した。DNA二重鎖へのサレン型人工核酸の導入は現在検討中である。

【結論】

 本研究は、水素結合能を持つβ-C-ヌクレオシドがDNAポリメラーゼに及ぼす影響を調べた最初の例である。酵素反応を阻害する人工核酸は、抗がん・抗ウイルス剤として注目されているため、水素結合能を持つ人工核酸の核酸薬剤としての応用が期待できる。

 また、かさ高い人工核酸をDNA鎖に挿入することにより、DNA・RNA合成を任意の位置で精度よく制御可能であることが明らかになり、正確な配列のDNA・RNA鎖が必要とされる遺伝子工学の分野での応用が期待できる。

 さらに、触媒活性のある金属イオンを用いたサレン型人工核酸塩基対をDNA二重鎖内に導入することで、DNAの疎水的なグルーブのキラルな反応場としての利用が期待できる。

Fig. 1 Recogniton of nonnatural nucleosides

Fig. 2 Unnatural base-pairing by catechol-type nucleosides

Flg. 3 Nonnatural triphosphates 1-5 used in this study

Table 1 Inhibitory activities of 1-5 against DNA polymerases (lC50)

Fig. 4 Comparative activities of 1 with excess amount of natural dNTPS

Fig. 5 Template sequences used in this study.

Fig. 6 Termination of DNA synthesis.

Flg. 7 Termination of RNA synfllesis.

Fig. 8 DNA duplex including metallosalen-type nucleotide complex

審査要旨 要旨を表示する

 近年、遺伝子アルファベットの拡張を指向して、天然型塩基対の水素結合を、非天然型水素結合、疎水性パッキング、金属錯形成などに置き換える人工核酸塩基対の合成研究が盛んに行われている。これらの中には、酵素により認識され鋳型鎖の人工核酸に相補的に取り込まれるものもある。人工核酸が酵素に認識されるケースとして、主に、人工核酸のトリリン酸化体が核酸合成反応の基質である場合と、鋳型鎖に人工核酸が含まれているときの核酸伸長反応の場合がある。このような遺伝子発現の基盤となる酵素反応における人工核酸の役割と構造活性相関を明らかにすることは、遺伝子発現制御法の開発に重要な知見をもたらすであろう。

 本論文は、「序論」、「第一章」、「第二章」、「まとめ」からなる。

 序論には本研究の背景・位置付け・論文の概要が記述されている。

 第一章では、水素結合能を持つフェノール性水酸基を持つβ-C-ヌクレオシドトリリン酸化体がDNAポリメラーゼ反応に及ぼす効果についての検討が行われた。その結果、フェノール性水酸基を二つ持つ人工核酸トリリン酸化体はDNA鎖には取り込まれず、用量依存的な標的DNA合成阻害が見られた。そこで、より詳細な阻害活性と水酸基の位置及び数の関係を調べるために、フェノール性水酸基を一つ持つ基質と、水酸基を持たない基質がコントロールとして合成された。次に、数種のDNAポリメラーゼを用いてフェノール性水酸基を持つ人工核酸の影響を調べたところ、フェノール性水酸基を二つ持つカテコール型人工核酸が最も強い阻害効果を示すことが明らかになった。さらに、人工核酸と天然型基質の競争反応を行い、酵素による認識が同様であることを示した。

 以上のように第一章では、水酸基を二つ持つカテコール型人工核酸がDNA合成を強く阻害することが明らかになり、その酵素による認識は天然の基質と類似していることが示された。第一章の成果は、水素結合能を持つβ-C-ヌクレオシドがDNAポリメラーゼに及ぼす影響を調べた初めての例である。酵素反応を阻害する人工核酸は、抗がん・抗ウイルス剤として注目されているため、水素結合能を持つ人工核酸の核酸薬剤としての応用が期待できる。

 また第二章では、DNA鎖に導入された立体的にかさ高い人工核酸が、酵素によるDNA・RNA合成反応に及ぼす効果が記述されている。核酸塩基部に3,4-dibenzyloxyphenyl基(X)を持つ立体的にかさ高い人工核酸の合成法が記述され、オリゴマー中に導入した場合にXが酵素による核酸合成に与える影響が評価された。また対照実験は、同じ位置にグアニンを持つオリゴマーを用いて行われている。その結果、Xの位置でのDNA・RNA合成の停止は非常に位置特異的であることが示された。一方、対照実験では完全長の産物が得られた。この結果は、DNA鎖の任意の位置にXを挿入することより、求める長さのDNA・RNAオリゴマーが合成できる可能性を示した。

 以上のように第二章の成果は、かさ高い人工核酸をDNA鎖に挿入することで、DNA・RNA合成を任意の位置で精度よく制御可能であることを明らかにし、正確な配列のDNA・RNA鎖が必要とされる遺伝子工学の分野での応用が期待できる。

 まとめの章では、本論文の総括および、今後のこの研究の展望が述べられている。

 以上のように本博士論文では、フェノール性水酸基を持つ人工核酸が様々な核酸関連酵素反応に与える影響を評価し、水素結合及び金属配位結合をもつ人工核酸が医薬品、また任意の長さ・配列を持つ核酸を合成するツールとして活用することができる可能性を示した。

 なお、本論文の第一〜二章は、田中健太郎氏、平岡秀一氏、天花寺厚氏、城始勇氏、石浜明氏、山本兼由氏、Honghua Cao氏、および塩谷光彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。

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