学位論文要旨



No 117871
著者(漢字) 内山,洋介
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,ヨウスケ
標題(和) 高配位高周期15族元素を有する複素4員環化合物の合成、構造、および反応
標題(洋) Syntheses, Structures, and Reactions of Four-membered Heterocyclic Compounds Containing Highly Coordinate Group 15 Elements
報告番号 117871
報告番号 甲17871
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4342号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 市川,淳士
内容要旨 要旨を表示する

 周期表の15族の第5,6周期に位置するアンチモンおよびビスマスを含む有機化合物は,同族のリン化合物の高周期元素類縁体として類似の性質を示すのみならず,さらに独自の特徴的な化学的性質を示すことから,有機元素化学および有機合成化学の分野で注目を集めている化合物群である。例えば,リンイリドとカルボニル化合物の反応は生成物としてオレフィンを与え,Wittig反応として広く知られているが,アンチモンイリドの場合,安定イリドとカルボニル化合物の反応ではオレフィンが生成し,不安定イリドを用いるとオキシランが生成することが見出されている。また,ビスマスイリドの場合にはオキシランが生成することが報告されている。このように15族元素の周期によってイリドとカルボニル化合物との反応生成物が異なる理由として,経由する中間体の違い,あるいは中間体の分解経路の違いが考えられ,反応機構の観点から興味深い。しかし,置換基を簡略化した系の理論計算により反応機構を検討した例はあるものの,実験的に反応機構を解明した例はほとんど無い。そこで,本研究ではこれらの反応機構の解明を目的として,Wittig反応の中間体である1,2-オキサホスフェタンの高周期元素類縁体である1,2-オキサスチベタンおよび1,2-オキサビスメタンの合成および反応性について検討した。目的化合物は不安定であると予想されたので,高配位化合物の安定化に実績のあるMartin配位子を用いた。

1.5配位1,2-オキサスチベタンの合成および構造

【合成】

 i)n-BuTeCH2Li, THF, -78℃, 10min; ii)n-BuLi, -78℃, 10min; iii)R1R2C=O, -78℃〜r.t., 2h; iv)PhCH2MgCl, Et2O, 0℃, 2h; v)LiTMP, benzene, r.t.,12h; vi)Ph(F3C)C=O, r.t., 30min; vii)Br2, CHCl3, r.t., 1h; viii)NaH, THF, r.t., 2h.

 文献既知のクロロスチボラン1にn-BuTeCH2Liを作用させた後,Te-Li交換反応を行って発生させたカルボアニオンにヘキサフルオロアセトン(HFA)またはトリフルオロアセトフェノンを加えたところ,β-ヒドロキシアルキルスチボラン2aおよび2bが低収率ながら得られた。一方,フェニル体2cおよび2dは,クロロスチボラン1とべンジルマグネシウムクロリドから調製したベンジルスチボラン3に対し,ベンゼン中,室温でLiTMPを作用させ,トリフルオロアセトフェノンを加えることで合成した。2を臭素で処理すると、ブロモスチボラン4が得られ,続いて水素化ナトリウムで処理することにより,良好な収率で5配位1,2-オキサスチベタン5が得られた。X線結晶構造解析により,5aおよび5cはリン類縁体と同様に2つの酸素原子がアピカル位を占め,3つの炭素原子がエクアトリアル位を占めた少し歪んだ三方両錐構造をもつことが明らかになった(図1)。

 また,準安定イリドとカルボニル化合物の反応から付加環化体を得る目的で,ベンジルスチボラン3からブロモスチボラン6を得た後,AgOTfで処理することによりベンジルスチボニウムトリフラート7を合成した。種々の塩基による脱プロトン化を検討したところ,MesLiでは付加反応が起こり,LiTMPを用いた場合には脱プロトン化が進行することが分かった。さらに,LiTMP存在下7に対してHFAを加えると,低収率ながら1,2-オキサスチベタン5eが得られた。これは,1,2-オキサスチベタンがイリドとカルボニル化合物の反応の付加体であることを示唆する結果である。

 i)Br2, CHCl3, r.t., 1h; ii)AgOTf, THF, r.t., 2h; iii)LiTMP, THF, -78℃, 10min; iv)(F3C)2C=O, -78℃〜r.t. 4h.

2.5配位1,2-オキサスチベタンの反応

【5a,5bの反応】

 5配位1,2-オキサスチベタン5aおよび5bは,重キシレン中220℃でそれぞれ25時間および12時間加熱しても分解しなかった。そこで,FVPを行ったところ,5aはこの条件でも45%回収され,非常に高い熱安定性を示した。また,5aの分解はオキシラン9,オレフィン10,およびスチビン11を与えた。したがって,不安定イリドとカルボニル化合物の形式的[2+2]付加環化体である1,2-オキサスチベタンの熱分解によりオキシランが生成することが明らかになった。

【5cの反応】

 3-フェニル-1,2-オキサスチベタン5cの熱分解反応は,1,2-オキサスチベタン5bとは対照的に重キシレン中220℃で12時間加熱すると87%が分解し,3位のフェニル基は1,2-オキサスチベタンの熱的安定性を減少させることが明らかになった(entry1)。また,生成物は重キシレンおよび重アセトニトリル中いずれも立体化学が保持されたオキシラン12およびスチビン11であった(entry5)。さらに,それぞれの溶媒中,140℃で加熱した場合,分解生成物の収率に顕著な違いが認められ,オキシラン生成は極性溶媒中で速く進行することが明らかになった(entry2 and4)。したがって,12は5cから極性を帯びた遷移状態13を経由し,対称禁制のアピカル-エクアトリアルリガンドカップリングによって生成したと推察される。一方,臭化リチウム,ヨウ化リチウム,アンモニウムブロミド,およびアンモニウムヨージド存在下,重アセトニトリル中,140℃で加熱すると立体化学が反転したオキシラン14が生成した(entry6-9)。これらの条件の中で臭化リチウムを用いた場合に14の生成が最もよいことが明らかになった。これは,求核剤としてヨウ化物イオンを用いるより臭化物イオンを用いた場合の方が14の収率がよく,アンモニウム塩よりはリチウム塩を用いた方が14の収率がよいことから,リチウムイオンと臭化物イオンの両方が関与したときにもっとも効果的に5cのSb-O結合が開裂し,C-C結合の回転が起こり,15を経由して14が生成したと考えられる。

 また,アンモニウムブロミドおよびアンモニウムヨージドを用いた場合に微量のオレフィン16が生成したが,リチウム塩を用いた場合には,オレフィン16が全く生成しなかった。酸素原子と相互作用の小さいアンモニウム塩の場合には,ハロゲン化物イオンの求核攻撃による6配位アート型錯体17の形成が進行すると思われる。その結果,1,2-オキサスチベタン5cのsp2混成のSb-C結合がより弱い三中心四電子結合に変化し,Sb-C結合の解裂が容易に起こり,オレフィン16が生成したと考えられる。一方,リチウムテトラフェニルボラートを添加して熱分解を行ったところ,非常に高い収率でオレフィン16が生成することを見出した(entry10)。この場合の詳しいメカニズムについては,各種スペクトルでアンチモン部位を含む生成物の同定が困難であったため明らかでないが,FAB-MSスペクトルでフラグメントイオン18を観測していることから,フェニル基がホウ素上からアンチモン上へ転位しアート型錯体17を経由してオレフィンが生成したと考えられる。

3.5配位1,2-オキサビスメタンの合成検討

 Martin配位子を有するクロロビスムタン19に対して,Te-Li交換反応によって系中に発生させたジアニオン20を作用させ,水で処理したところ,オキシラン21,アルコール22,およびビスムチン23が生成した。1,2-オキサビスメタン24の生成を確認することはできなかったものの,21および23が生成していることから1,2-オキサビスメタン24の生成の可能性が示唆された。また,ビスムチン23は容易に加水分解され,難溶性固体を与えることが明らかになった。有機溶媒に対する溶解度を上げる目的でビスムチン25を用い,重ベンゼン中,加水分解を行ったところ定量的にジビスマスオキシドの二量体26が得られた。X線結晶構造解析を行った結果,分子間および分子内Bi-O相互作用を有するラダー型構造をしていることが明らかになった。また,分子量測定および種々のスペクトルにより,26は溶液中および気相中においても結晶中の構造を保持していることが示唆された。

 以上,アンチモンイリドおよびビスマスイリドとカルボニル化合物の反応を実験系より明らかにすることを目的として1,2-オキサスチベタンおよび1,2-オキサビスメタンの合成および反応を検討した。その結果,1,2-オキサスチベタンの合成に成功し,その分解反応により立体化学が保持されたオキシラン,立体化学が反転したオキシラン,およびオレフィンがそれぞれ異なる条件において選択的に生成することを見出した。また,1,2-オキサビスメタンの合成過程において,新規ラダー型有機ビスマス化合物の合成に成功し,X線結晶構造解析,分子量測定,および各種スペクトルから結晶中,溶液中,および気相中における構造を明らかにした。

i) n-BuTeCH2Li THF,-78 ℃, 10min; ii) n-BuLi,-78 ℃ 10mim; iii) R1R2C=O, -78 ℃〜r.t., 2 h; iv) PhCH2MgCl, Et20, O ℃, 2 h; v) LiTMP, benzene, r.t., 12 h; vi) Ph(F3C)C=0, r.t., 30 min; vii) Br2, CHCl3,r.t., 1 h; viii) NaH. THF,r.t., 2 h.

Fig. 1 ORTEP drawing of 5c

i) Br2, CHCl3,r.t., 1 h; ii) AgOTf, THF,r.t., 2 h; iii) LiTMP, THF, -78 ℃, 10 min; iv) (F3C)2C=0, -78 ℃〜r.t. 4 h.

FVP of 5a

Thermolysis of 5c

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり,第1章は序論,第2章は5配位1,2-オキサスチベタンの合成と構造,第3章は5配位1,2-オキサスチベタンの反応,第4章は5配位1,2-オキサビスメタンの合成検討,第5章はビスマス-酸素相互作用を有する新規なラダー型有機ビスマス化合物の合成と構造について述べられている。

 第1章では,アンチモンおよびビスマスを含むイリドとカルボニル化合物の反応について,イリドの発生法と共に同族の軽元素であるリンおよびヒ素を有するイリドとカルボニル化合物の反応と比較しながら説明している。本論文では,いまだ解明されていない前者の反応機構について,反応中間体としての挙動が予想される5配位1,2-オキサスチベタンおよび5配位1,2-オキサビスメタンの合成とその反応性を検討し,実験系からの反応機構の解明を研究目的とすることが述べられている。

 第2章では,5配位1,2-オキサスチベタン1の合成および構造について詳細に述べている。2通りの方法で1の合成に初めて成功している。1つは,β-ヒドロキシアルキルスチボラン2からの段階的環構築を行うものであり,もう一つは,Martin配位子を有するアンチモンイリド3とカルボニル化合物の反応からの直接的付加環化によるものである。Ar=4-t-Bu-C6H4 i)n-BuTeCH2Li; ii)n-BuLi; iii)R1R2C=O; iv)PhCH2MgCl; v)LiTMP; vi)Ph(F3C)C=O; vii)Br2; viii)NaH; ix)Br2; x)AgOTf; xi)LiTMP; xii)(F3C)2C=O. 得られた5配位1,2-オキサスチベタン1aおよび1cについて,溶液中および結晶中の構造をNMRスペクトルおよびX線結晶構造解析によりそれぞれ明らかにしており,少し歪んだ三方両錐構造をとっていることを見出している。

 第3章では,5配位1,2-オキサスチベタン1の熱分解反応を詳細に検討した結果について述べている。1aの場合,溶液中では220℃に加熱しても分解しなかったことから,FVP(500℃, N2flow, 10-1Torr)を行い,分解生成物の中にオキシランが存在することを見出している。一方,フェニル置換体1cについては,重キシレン中および重アセトニトリル中で熱分解を行い,立体化学が保持されたオキシラン9が得られることを明らかにしている。また,オキシラン9の生成速度に顕著な溶媒効果が認められたことから,9の生成は極性の遷移状態を経由するアピカル-エクアトリアルリガンドカップリングよるものであると結論づけている。一方,リチウムブロミドを用いた熱分解の場合には高い選択性で立体化学が反転したオキシラン10が生成し,リチウムテトラフェニルボラート・ジメトキシエタン錯体を用いた場合には選択的にオレフィン11が得られることを見出している。さらに,これらの生成機構について考察しており,立体化学が反転したオキシラン10の生成はアンチベタイン中間体を経由し,オレフィン生成は6配位1,2-オキサスチベタンを経由すると推定している。また,後者については別途実験より,上記の反応機構を支持する結果を得ている。

 第4章では,5配位1,2-オキサビスメタン12の合成検討の結果について述べている。モノクロロビスムタン13とジアニオン14の反応が行われ,アルコール15,オキシラン16,およびビスムチン17が得られている。このときオキシラン16は酸で処理しないと得られないことから,付加体18の酸処理によって生成したβ-ヒドロキシアルキルビスムタン19の脱アリール化が容易に進行し,5配位1,2-オキサスチベタン12を経由してオキシラン16が生成する機構が提案されている。

 第5章では,近年ビスマス原子のLewis酸性を利用した超分子の形成が注目されている中で,分子間および分子内ビスマス-酸素相互作用を有する新規有機ビスマス化合物の合成に成功したことと,その構造的特性について詳細に述べられている。Martin配位子のベンゼン環上にt-Bu基を導入した20の加水分解により定量的に21が生成することを見出し,X線結晶構造解析により,二分子のジビスマスオキシドが分子間と分子内でビスマス-酸素相互作用を介したラダー型構造をしていることを明らかにしている。分子量測定および各種NMRスペクトルによって溶液中においても結晶中と同様にビスマス-酸素間の相互作用が保持されていることが述べられている。さらに,FAB-MSスペクトルにより気相中でも二量体構造を保持していることが見出されており,ビスマス原子と酸素原子間の強い相互作用を示すとともにこの相互作用が新しい構造の分子を構築する上で有用であることが示されている。

 以上,5配位1,2-オキサスチベタンの合成に成功し,その分解反応により立体化学が保持されたオキシラン,立体化学が反転したオキシラン,およびオレフィンがそれぞれ異なる条件において選択的に生成するという興味深い反応性を見出している。また,新規ラダー型有機ビスマス化合物の合成に成功し,結晶中,溶液中,および気相中における構造を明らかにしている。前者は,新規超原子価化合物の合成および反応機構の解明という点のみならず,反応制御の観点から興味深く,後者は骨格形成の鍵要素として期待されるビスマス-酸素相互作用を見出したとういう点で意義深い。

 なお,本論文は川島隆幸・狩野直和との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって,博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

Ar = 4-t-Bu-C6H4 i) n-BuTeCH2Li; ii) n-BuLi; iii) RlR2C=0; iv) PhCH2MgCl; v) LiTMP; vi) Ph(F3C)C=0; vii) Br2; viii) NaH; ix) Br2; x) AgOTf; xi) LiTMP; xii) (F3C)2C=0.

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