No | 117872 | |
著者(漢字) | 大澤,崇人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオサワ,タカヒト | |
標題(和) | 宇宙塵と隕石の希ガス同位体組成並びに赤外吸収スペクトルの研究 | |
標題(洋) | Noble gas isotopic compositions and infrared transmission spectra of micrometeorites and meteorites | |
報告番号 | 117872 | |
報告番号 | 甲17872 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4343号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 黄道光に寄与している微細な粒子は惑星間空間に存在する最も主要な物質であり、太陽系形成初期から現在まで恒常的に地球に降り注ぎ続けている。その年間降下量は数万トン程と見積もられており、隕石よりも遥かに多量の宇宙物質を地球に供給している。このうち直径100ミクロン前後の塵が最も質量に貢献している。地球上での宇宙塵の採取は19世紀から行われてきたが、1980年代以降に成層圏と極地域において大規模な収集が試みられるようになった。日本でも60年代から様々な宇宙塵採取が行われてきたが、1996年以降南極にて本格的な宇宙塵の独自収集が開始された。1996年と1997年に南極ドームふじ基地で行われた宇宙塵収集は本格的宇宙塵収集に先立って行われた試験的な計画であったが、数百個の宇宙塵の回収に成功した。その後、やまと山脈裸氷域、とっつき岬でも宇宙塵採集が行われた。博士課程での研究はこれら宇宙塵試料を中心としたいくつかの独立した研究によって構成されている。それぞれの章ごとの要旨を第三章以降以下に示す。 第3章ドームふじ基地宇宙塵の希ガス 1996年と1997年に行われたドームふじでの宇宙塵採集によって持ち帰られた宇宙塵試料はコンソーティアム形式での包括的分析が行われ、希ガス分析もその一環として行われた。白金坩堝に入れた宇宙塵をレーザー加熱法を用いて一粒ずつ分析し、希ガス同位体組成に関しての多くの知見を得た。主な結果を列記する。(1)南極宇宙塵には大量の太陽起源の希ガスが含まれており、地球外起源であることが保証された。(2)高エネルギーの太陽風成分が卓越しており、大気圏突入時の加熱の影響が考えられた。(3)全ての試料が地球大気よりも低い40Ar/36Ar比を示し、最も一般的な隕石である普通コンドライトとは顕著な相違を示した。(4)重い希ガス組成においては始源的捕獲成分の影響が見られた。(5)希ガス組成は宇宙塵の起源として炭素質コンドライトが有力であることを示した。 第4章スフェルール中の希ガス スフェルールとは大気圏突入時の加熱融解によって球状になった宇宙塵と考えられている。しかしこれまで直径300μmを超える大きなスフェルールでは宇宙線生成核種(26Alなど)が確認されているものの、100μm程の小さい試料では検出感度の問題から地球外物質である決定的証拠が得られていなかった。今回31個の100μm程のスフェルールに対して希ガス分析を行ったところ、9個の試料において明確に地球外物質である証拠がネオンもしくはアルゴン同位体組成から得られた。これらの試料がそれらの内部に希ガスを保持していたことは明らかであり、融け残った部分が内部に存在していることが推測された。また、重い希ガスを含めて詳細な検討を行うと、それらは非溶融宇宙塵に似た組成を持っており、明らかに地球物質ではないことが希ガス組成から判定できた。この結果は比較的最近(年代は不明だが)のスフェルールはかなりの高確率で希ガスを保持していることを示している。 第5章やまと山脈宇宙塵の希ガスと鉱物組成 やまと山脈は大量の隕石が発見される地域であり、この地域の様々な地点で裸氷を溶かし、フィルター濾過することによって数千個の宇宙塵が回収された。この地点の氷の年代は約3万年ほど前と推定されているので、やまと山脈宇宙塵はここ半世紀以内に降ったドームふじ試料と比較してずっと古い試料である。新たに製作されたタンタル製サンプルホルダーに入れた宇宙塵一粒ずつをレーザー加熱法を用いて希ガス同位体組成を決定した。また13個の試料についてはX線回折によって鉱物組成を決定した。その結果、(1)ドームふじ試料と同様高エネルギー太陽風のヘリウムとネオンを多く含有していた。(2)ヘリウム濃度は統計的にドームふじ試料より低かった。(3)40Ar/36Ar比と40Arの濃度の間には相関が存在し、炭素質コンドライトの希ガスと地球大気との混合として解釈できた38Ar/36Ar比はQ成分(隕石中に存在する始原的成分)とSEP(solar energetic particles)の両方の寄与が示唆され、軽い希ガスと異なってアルゴンは隕石母天体の情報を保持していることが判明した。(4)クリプトンとキセノンにおける太陽希ガスの貢献を見積もると、クリプトンでわずか6%、キセノンではほとんど貢献はなかった。(5)希ガス濃度の分布は正規分布せず、対数正規分布に近くなっていたため宇宙塵種の間で濃度を比較する場合には幾何平均を用いるのが適していた。南極宇宙塵の希ガス濃度を成層圏宇宙塵の濃度と比較してみると、2桁以上低いことが判明した。この原因は、太陽風は宇宙塵の表面にしか射ち込まれないので、宇宙塵の重量あたりの表面積の大きさに関係していると推定された。鉱物組成から推定される加熱温度とヘリウム濃度の間には若干の相関が見受けられた。 第6章宇宙塵の赤外分光 赤外吸収スペクトルは分子の結合状態を知る上で有力な分析手法であり、隕石に応用した例も存在する。宇宙塵や隕石に対する赤外分光分析は主に鉱物の情報を与える。特に、含水鉱物中に存在する水の情報は惑星化学上重要である。宇宙塵ひとつひとつに対して赤外吸収スペクトルを測定することは試料が極めて小さいために困難だが、2枚のダイアモンドに挟んで潰して測定する方法(ダイアモンドプレス法と命名)によって、KBr錠剤を作って測定する従来の方法と遜色ないスペクトルが得ることに成功した。このダイアモンドプレス法は極微小試料のスペクトルを測定できるため、将来の小惑星サンプルリターン計画でも使用できる点で大きな進展だった。 宇宙塵は宇宙塵の主要構成鉱物である輝石とかんらん石に起因するSi-O伸縮の強い吸収が見られた。しかし3400cm-1付近にはほとんど吸収が無く、O-H伸縮が見られないことからほとんど水を含んでいないという結果が得られた。一方宇宙塵の起源物質と考えられているCMコンドライトには強いO-H伸縮振動が見られた。宇宙塵の脱水は大気圏突入時の加熱によるものと考えられたため、CMコンドライトを用いた短時間の加熱実験を行った。実際の宇宙塵の加熱時間も極めて短いためである。この結果、700℃から800℃の間で劇的に脱水することが明らかになった。すなわちほとんどの宇宙塵は800℃以上の強い加熱に晒されていることが判明した。 炭素を多く含有しているある特殊な宇宙塵において、有機物の存在を示すC-H伸縮振動(2900cm-1)が見られた。この塵は地球外起源の希ガスを有していたので、地球外有機物質の存在が推定された。 第7章赤外スペクトルを用いた炭素質コンドライトの分類法 炭素質コンドライトは宇宙塵の起源天体であるが、種類も様々である。様々な炭素質コンドライトの赤外吸収スペクトルを測定した結果、O-H伸縮振動のスペクトル形に顕著な違いが存在した。この違いは内部の水の存在状態に起因していた。特にCIコンドライトは3685cm-1に特徴的なピークを持っていた。一方含水鉱物を含むCM、CRコンドライトにはこのピークが見られず、結晶化度が低いことを示していた。この結果は隕石母天体形成時の水質編成の温度と深く関係があると思われた。CV、CO、CB、CH、CKコンドライトにもそれぞれスペクトル的特徴があり、赤外スペクトルを用いた炭素質隕石の分類方法を確立した。また、様々な粘土鉱物の赤外吸収スペクトルを測定して検討した結果、CIコンドライトが示す特徴的ピークが蛇紋石由来であること等が判明した。 第8章P-T境界堆積岩中の希ガス 約2億5千万年前のペルム紀-三畳紀境界は地球史上最大の生物の大量絶滅があった時期として知られているが、その原因に関しては未だに統一的見解が得られていない。この大絶滅の隕石衝突説を検証するためにP-T境界堆積岩に対して敢えて何の分離も行わずに希ガス分析を行った。その結果、堆積岩に関するいくつかの情報が得られたが、特に重要な情報としてヘリウム同位対比の異常が発見された。詳細に検討考察した結果、この異常は地球外起源物質の存在を示していたが、その異常を担っている担体に関しては不明であった。また、その担体が大量絶滅と何らかの因果関係があるのかも良くは分かっていない。ただ、このヘリウムの担体としては宇宙塵、もしくはガスリッチ隕石が有力な候補であることが推測された。 第9章ポリミクト角礫岩の希ガス組成 宇宙塵の起源をガスリッチ隕石母天体に求める議論は不可避だが、ほとんど全ての宇宙塵に多量の太陽希ガスが存在する事実がこの可能性を否定する。ガスリッチ隕石は隕石全体が太陽風起源の希ガスを持っているわけではないからである。宇宙塵が持っている太陽希ガスは地球へ落下する前の軌道運動中に射ち込まれたものであり、ごく最近の太陽風の情報を反映している。一方ガスリッチ隕石と呼ばれるような一部の角礫岩は大量の太陽風起源希ガスを持っているが、それは太陽系形成初期(約46億年前)に射ち込まれたものである。今回10個の試料の分析を行ったが、そのうちAsuka-87191という隕石に対して16段階の詳細な段階加熱実験を行ったところ、500℃で抽出される希ガスにおいて4He/20Ne比が約8000という木星大気の値(約6800前後)に匹敵する驚異的に高い値を示した。この初期太陽風成分の異常性は太陽がその進化過程において太陽風の組成を大きく変化させたことを示唆している。また650-900℃ステップにおいては別の希ガス成分が存在し、この成分(第二成分と命名)が通常の太陽風よりも高いヘリウム同位対比を示すことから、coronal mass ejectionの寄与が推測された。 | |
審査要旨 | 本論文は10章からなり、第1章は宇宙塵収集と研究の歴史が、第2章は研究の目的と実験方法の詳細とが述べられており、第3章から第9章までが本論となっている。第10章では研究全体のまとめが述べられている。 本研究は宇宙塵の希ガス同位体分析と赤外分光分析を中心に述べられている。宇宙塵とは惑星間空間に存在する微小な塵であり、数ミリメートル以上のサイズの隕石とは起源が異なるとも言われている。このような観点からも、年間降下量数万トン程と見積もられている宇宙塵は、惑星間空間に存在する重要な宇宙物質である。日本は1996年に、南極ドームふじ基地で行われた宇宙塵収集を皮切りとし、南極氷床で組織的な宇宙塵採集を始めた。本研究は、これら南極にて採取された宇宙塵試料の希ガス同位体分析と赤外分光分析による研究を中心としているが、宇宙塵中に検出された太陽風起源希ガスおよび水・有機物と始源的隕石やいわゆるgas-rich隕石中のこれら揮発性物質との関連についても研究の領域を広げている。 マイクログラム程度以下の個々の宇宙塵中に含まれる、HeからXeまで全希ガス元素の存在度と同位体組成を測定した例は皆無である。この様な分析を可能にするためには、個々の微粒子を的確に取り扱う技術と、極めて高感度かつ低バックグラウンドの質量分析装置を必要とする。論文提出者は、個々の宇宙塵粒子の光学顕微鏡・電子顕微鏡・X線回折などによるキャラクタリゼーションや秤量、超高真空中に置かれた試料のレーザービーム加熱溶解法による効率的ガス抽出、希ガス分析に於ける妨害イオンの除去および補正法などの分析技術の向上と開発をおこなった。これら一連の分析法の開発により、個々の宇宙塵に含まれる全希ガス同位体分析を可能とした。 第3章から第5章では宇宙塵の希ガス同位体組成について述べられている。南極で収集された宇宙塵試料はコンソーティアム形式で多方面からの包括的研究が行われ、希ガス分析もその一環として行われている。分析した宇宙塵は最近落下したドームふじ宇宙塵、約3万年前のやまと山脈裸氷域宇宙塵、希ガス検出の報告が全くなかったスフェルール(溶融して球状になった宇宙塵)など多岐・多数である。この研究により、宇宙塵が太陽風起源の希ガスを大量に含有していること、宇宙線照射年代が極端に短いこと、普通コンドライト的希ガス組成を持った試料がほとんど存在しないことなどが明らかになり、宇宙塵は地球に最も多数落下する隕石を起源とするものではなく、太陽系空間に連続的に塵として供給されていて、滞在時間が極めて短い粒子であることが明らかになった。 第6章と第7章では宇宙塵と炭素質コンドライトの赤外分光分析について述べられている。論文提出者は、個々の宇宙塵の赤外吸収スペクトルを得ることに成功し、宇宙塵の起源物質と考えられているCMコンドライトに見られるO-H伸縮振動が宇宙塵には検出されないことを見出した。これを大気圏突入時の加熱によるものと考え、CMコンドライトを用いた加熱実験により、宇宙塵は800℃以上の強い加熱を受けていることを示した。第6章では、赤外吸収スペクトルの特徴を用いた炭素質隕石分類の可能性を示している。 第8章では、地球史上最大の生物の大量絶滅があった時期として知られている約2億5千万年前のペルム紀-三畳紀境界における、大絶滅の隕石衝突説を検証する目的で、P-T境界堆積岩の希ガス分析を行った。境界直下で発見されたヘリウム同位体比異常が地球外起源物質よる可能性を示した。第9章は、宇宙塵が現在の太陽風の組成を示しているのに対して、太陽系形成初期の太陽風起源希ガスを多量に保持しているポリミクト角礫岩の希ガス組成を調べて、太陽風の進化を調べることを目的とした研究である。一部の隕石では、太陽の進化過程において太陽風の元素組成が変化した可能性を示唆する結果も得られている。 以上の研究は、太陽系を構成する物質の中で、その微小さ故に研究が進んでいなかった宇宙塵について、希ガス同位体組成および赤外吸収スペクトルを用いた研究を大きく発展させたもので、惑星物質科学の発展に寄与するところが大きい。 なお、第4章は茨城大学の野口高明博士との、第5章は九州大学の中村智樹博士との、第6章、第7章は東京大学の鍵裕之博士との、第8章は東京大学の角和善隆博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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