学位論文要旨



No 117879
著者(漢字) 冨田,直輝
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,ナオキ
標題(和) DNA結合性フラーレンを用いた遺伝子導入法に関する研究
標題(洋) Studies on DNA-binding fullerenes for gene delivery
報告番号 117879
報告番号 甲17879
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4350号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 講師 小澤,岳昌
 東京大学 講師 後藤,敬
内容要旨 要旨を表示する

 細胞に対する外来遺伝子の導入(トランスフェクション)は、近年の分子生物学における重要な技術である。トランスフェクション技術の鍵となるのは遺伝子を運ぶ優れたベクターの開発である。これまで、正電荷脂質とよばれるカチオン性の残基を持つ脂質がベクターとして種々開発されてきたが、遺伝子導入効率や適用範囲の点で多くの問題が残されている。高い効率で広範に適用可能なトランスフェクション技術の開発に向け、新たな構造と物性を有するベクターの開発が必要である。

 筆者の所属する研究室では最近、ジアミン側鎖を有するフラーレン1がDNAと結合し、DNA・フラーレン複合体を形成することが見いだされた。そこで筆者は、フラーレン1を初めとした種々のDNA結合性フラーレンの、ベクターとしての機能を検証した。その結果、DNA結合性フラーレン1が特に高い効率でトランスフェクション活性を示すことを見いだした。

 初めにDNA結合性フラーレン1を用いたトランスフェクションの条件の最適化を行った(Fig.1)。緑色蛍光タンパク(GFP)の遺伝子を持つプラスミドDNAとフラーレン1を混合し、DNA・フラーレン複合体を調製した。COS-1細胞(猿の腎細胞)に対しその複合体を添加し、無血清培地中で培養した。数時間後血清を含む培地に交換し、数日培養すると蛍光を持つ細胞が観察された。蛍光を持つ細胞の数を全細胞数で割ることでトランスフェクション効率とした。試薬とDNA塩基対のモル比(R値)、DNA量、二段階の培養時間(トランスフェクション時間、インキュベーション時間)に関し条件の最適化を行った結果、最高14%の効率でトランスフェクションに成功した。トランスフェクション効率はR値に特に大きく影響され、R=10というベクター過剰な条件が最適であった。これはDNA・フラーレン複合体が正電荷を帯びていることが重要であることを示しており、従来の正電荷脂質と同様、細胞膜との親和性に影響していると思われる。DNA量とトランスフェクション時間は、細胞への傷害とのバランスによりそれぞれ4μg、6時間が最適であった。インキュベーション時間の検討では、5日間のインキュベーション時間の後に発現が最大となった。従来の正電荷脂質によるトランスフェクションにおいては通常2日後に最高の発現が見られることが知られている。この違いは、フラーレン1では複合体からDNAが数日かけて徐々に放出されていることによる思われ、従来の正電荷脂質ベクターとは異なるフラーレンの性質であると考えている。

 従来の正電荷脂質を用いたトランスフェクションでは、血清の存在下でのトランスフェクションが困難であることが知られており、血清の阻害を受けにくいベクターの開発が望まれている。そこで、フラーレン1を用いた血清の存在下でのトランスフェクションの検討を行った(Fig.2)。トランスフェクション時間における血清の濃度を種々変えて検討を行った結果、フラーレン1をベクターとして用いた場合、血清の存在により若干の効率低下が認められるものの、30%の血清存在下でもトランスフェクション可能であることが分かった。それに対し、正電荷脂質であるリポフェクチン2を用いた系では10%の血清の存在によりトランスフェクションが著しく阻害された。このことから、フラーレン1は脂質に比べ血清の阻害を受けにくいベクターであることがわかった。

 フラーレン1をベクターとして用いたトランスフェクションが血清の阻害を受けにくいということ、また導入遺伝子の発現が5鷺経っても持続するということから、フラーレン1の結合によりDNAが外部から保護されていることが示唆される。そこで、フラーレン1のDNA保護効果について検証した(Fig.3)。プラスミドDNAに対しフラーレン1を加え複合体を調製した後、制限酵素Pst Iを作用させた。電気泳動により分析した結果、試薬を侮も加えなかったDNAは完全に切断されたのに対し、フラーレン1を加えたDNAは全く切断されなかった。参照物質としてリポフェクチン2を加えた系では、その保護効果は弱く大部分のDNAが切断された。このことから、DNA結合難フラーレンは商いDNAの保護効果をもつことがわかった。

 フラーレン1が優れたDNAベクターであることがわかったため、異なる構造を持つDNA結合性フラーレンを合成し構造溝性相関を検証することにした。これまでに種々のフラーレン・アミン複合体が合成されているが、遺伝子導入ベクターとしての活性評無は全くなされていなかった。そこで、既知のフラーレン・アミン複合体6、7、8に加え、フラーレンの光アミノ化反応を新たに開発して新規ア蕊ノ化フラーレンフラーレン4、5、9を合成した(Fig.4)。また連結部制御による二重現化付加を応用して1の親水性類縁体3を立体選択的に合成した。フラーレン1の親水性類縁体3を合成した。これらのDNAとの結合能を臭化エチジウムの競合結合実験で検証した結果、いずれのフラーレン・アミン複合体も03-2.8μMという低いC50値を示した。この値はDNAに強く結合することが知られるスペルミン10のC50値(1.6μM)に近く、ここに示したDNA・アミン複合体は全て高いDNA結合能を持つことがわかった。そこでフラーレン・アミン複合体のトランスフェクション能力について検証した。COS-1細胞あるいはNIH 3T3細胞(マウス胎児細胞)に対するトランスフェクションの結果、フラーレン1が最も高い効率を示した。フラーレン3、4、5がわずかな活性を示したものの、多くのフラーレン・アミン複合体はトランスフェクション活性を全く示さなかった。詳しい機序は不明だが、フラーレン・アミン複合体が高い遺伝子導入能を持つには、DNAに対する結合力だけでは不十分であり、アミン残基の構造や空間配置が重要であることが示唆された。

 筆者はDNA結合性フラーレンの遺伝子導入ベクターへの応用を検討し、フラーレン誘導体がDNAベクターとしての機能を示すことを初めて見いだした。詳細な条件検討の結果、DNA結合性フラーレン1が正電荷脂質2より高い効率を示すことを明らかにした。1は正電荷脂質では困難な血清の存在下でのトランスフェクションにも有効であった。この高い効率や血清に対する耐性はDNA結合性フラーレンの高いDNA保護効果によるものであることが示唆された。また種々のフラーレン・アミン複合体を用いた構造活性相関を行い、フラーレン・アミン複合体が高いDNA結合能を示すことや、DNA結合能は遺伝子導入効率と必ずしも相関しないことなどを明らかにした。DNA結合性フラーレンは、全く新しいDNAベクターとしてin vivoでの使用などさらなる応用が期待される。

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章でのフラーレン誘導体の生物学的応用から第6章の総括と展望にわたり、フラーレンによる遺伝子導入法について述べている。

 細胞に対する外来遺伝子の導入(トランスフェクション)は、近年の分子生物学における重要な技術である。トランスフェクション技術の鍵となるのは遺伝子を運ぶ優れたベクターの開発である。これまで、正電荷脂質とよばれるカチオン性の残基を持つ脂質がベクターとして種々開発されてきたが、遺伝子導入効率や適用範囲の点で多くの問題が残されている。高い効率で広範に適用可能なトランスフェクション技術の開発に向け、新たな構造と物性を有するベクターの開発が必要である。

 中村研究室では最近、ジアミン側鎖を有するフラーレン1がDNAと結合し、DNA・フラーレン複合体を形成することが見いだされた。そこで、フラーレン1を初めとした種々のDNA結合性フラーレンの、ベクターとしての機能を検証した。その結果、DNA結合性フラーレン1が特に高い効率でトランスフェクション活性を示すことを見いだした。

 初めにDNA結合性フラーレン1を用いたトランスフェクションの条件の最適化を行った(Fig.1)。緑色蛍光タンパク(GFP)の遺伝子を持つプラスミドDNAとフラーレン1を混合し、DNA・フラーレン複合体を調製した。COS-1細胞(猿の腎細胞)に対しその複合体を添加し、無血清培地中で培養した。数時間後血清を含む培地に交換し、数日培養すると蛍光を持つ細胞が観察された。蛍光を持つ細胞の数を全細胞数で割ることでトランスフェクション効率とした。試薬とDNA塩基対のモル比(R値)、DNA量、二段階の培養時間(トランスフェクション時間、インキュベーション時間)に関し条件の最適化を行った結果、最高14%の効率でトランスフェクションに成功した。トランスフェクション効率はR値に特に大きく影響され、R=10というベクター過剰な条件が最適であった。これはDNA・フラーレン複合体が正電荷を帯びていることが重要であることを示しており、従来の正電荷脂質と同様、細胞膜との親和性に影響していると思われる。DNA量とトランスフェクション時間は、細胞への傷害とのバランスによりそれぞれ4μg、6時間が最適であった。インキュベーション時間の検討では、5日間のインキュベーション時間の後に発現が最大となった。従来の正電荷脂質によるトランスフェクションにおいては通常2日後に最高の発現が見られることが知られている。この違いは、フラーレン1では複合体からDNAが数日かけて徐々に放出されていることによる思われ、従来の正電荷脂質ベクターとは異なるフラーレンの性質であると考えている。

 従来の正電荷脂質を用いたトランスフェクションでは、血清の存在下でのトランスフェクションが困難であることが知られており、血清の阻害を受けにくいベクターの開発が望まれている。そこで、フラーレン1を用いた血清の存在下でのトランスフェクションの検討を行った(Fig.2)。トランスフェクション時間における血清の濃度を種々変えて検討を行った結果、フラーレン1をベクターとして用いた場合、血清の存在により若干の効率低下が認められるものの、30%の血清存在下でもトランスフェクション可能であることが分かった。それに対し、正電荷脂質であるリポフェクチン2を用いた系では10%の血清の存在によりトランスフェクションが著しく阻害された。このことから、フラーレン1は脂質に比べ血清の阻害を受けにくいベクターであることがわかった。

 フラーレン1をベクターとして用いたトランスフェクショが血清の阻害を受けにくいということ、また導入遺伝子の発現が5日経っても持続するということから、フラーレン箕の結合によりDNAが外部から保護されていることが示唆される。そこで、フラーレン1のDNA保護効果について検証した(Fig.3)。プラスミドDNAに対しフラーレン1を加え複合体を調製した後、制限酵素PST Iを作用させた。電気泳動により分析した結果、試薬を何も加えなかったDNAは完全に切断されたのに対し、フラーレン激を加えたDNAは全く切断されなかった。参照物質としてリポフェクチン2を加えた系では、その保護効果は弱く大部分のDNAが切断された。このことから、DNA結合性フラーレンは高いDNAの保護効果をもつことがわかった。

 フラーレン1が優れDNAベクターであることがわかったため、異なる構造を持つDNA結合性フラーレンを合成し構造活性相関を検証することにした。これまでに種々のフラーレン・アミン複合体が合成されているが、遺伝子導入ベクターとしての活性評価は全くなされていなかった。そこで、既知のフラーレン・アミン複合体6、7、8に加え、フラーレンの光アミノ化反応を新たに開発して新規アミノ化フラーレンフラーレン4、5、9を合成した(Fig.4)。また連結部制御による二重環化付加を応用して1の親水性類縁体3を立体選択的に合成した。フラーレン1の親水性類縁体3を合成した。これらのDNAとの結合能を臭化エチジウムの競合結合実験で検証した結果、いずれのフラーレン・アミン複合体も0.3-2.8μMという低いC50値を示した。この値はDNAに強く結合することが知られるスペルミン10のC50値(1.6μM〉に近く、ここに示したDNA・アミン複合体は全て高いDPNA結合能を持つことがわかった。そこでフラーレン・アミン複合体のトランスフェクション能力について検証した。COS-1細胞あるいはNIH 3T3細胞(マウス胎児細胞〉に対するトランスフェクションの結果、フラーレン笈が最も高い効率を示した。フラーレン3、4、5がわずかな活性を示したものの、多くのフラーレン・アミン複合体はトランスフェクション活性を全く示さなかった、詳しい機序は不明だが、フラーレン・アミン複合体が高い遺伝子導入能を持つには、DNAに対する結合力だけでは不十分であり、アミン残基の構造や空間配置が重要であることが示唆された。

 本研究ではDNA結合性フラーレンの遺伝子導入ベクターへの応用を検討し、フラーレン誘導体がDNAベクターとしての機能を示すことを初めて見いだした。詳細な条件検討の結果、DNA結合性フラーレン1が正電荷脂質2より高い効率を示すことを明らかにした。1は正電荷脂質では困難な血清の存在下でのトランスフェクションにも有効であった。この高い効率や血清に対する耐性はDNA結合性フラーレンの高いDNA保護効果によるものであることが示唆された。また種々のフラーレン・アミン複合体を用いた構造活性相関を行い、フラーレン・アミン複合体が高いDNA結合能を示すことや、DNA結合能は遺伝子導入効率と必ずしも相関しないことなどを明らかにした。DNA結合性フラーレンは、全く新しいDNAベクターとしてin vivoでの使用などさらなる応用が期待される。なお、本稿は本学医学部岡山研究室との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験、分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って博士(理学)の学位を授与できると認める。

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

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