No | 117880 | |
著者(漢字) | 生井,勝康 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナマイ,ヨシミチ | |
標題(和) | 非接触原子間力顕微鏡及び走査トンネル顕微鏡によるCeO2(111)表面の原子レベル構造と酸素欠陥構造に関連した動的挙動に関する研究 | |
標題(洋) | Atom-Resolved Structures and Dynamic Behaviors Relevant to Oxygen Defect Structures on CeO2(111) Surfaces Studied by Noncontact Atomic Force Microscopy and Scanning Tunneling Microscopy | |
報告番号 | 117880 | |
報告番号 | 甲17880 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4351号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 二酸化セリウム(CeO2)は、CeO2とCe2O3間に多くの不定比酸化物(CeO2-x)が存在し、気相中の酸素濃度に応じて、自身への酸素吸収、及び、反応活性点への酸素供給を行なえる「酸素のリザーバー」としての特異な性質を持つものと考えられている。特に、自動車排ガス浄化触媒が担う複数の酸化・還元反応を同時に進行させるためには微妙な酸素濃度の制御を必要とし、助触媒として用いられる二酸化セリウムは「酸素のリザーバー」として機能することで反応条件のウィンドーを広げる役割を果たしていると考えられている。触媒以外の用途として、精密機械用の研磨剤や、最近では、固体酸化物燃料電池(SOFC)における電解質材料としても応用が進められている。いずれの場合も酸素の動きが非常に重要な鍵要素である。これまでに、マクロスコピックな表面分析手法を用いた研究により、Ceカチオンは容易に酸化状態を変えられることが示されてはいるものの、「酸素のリザーバー」としての特異な性質の本質については未だ明らかになっていない。そこで、原子・分子レベルの空間分解能を持つ手法による酸化・還元状態での局所構造、酸素原子の動的挙動の理解が必要不可欠となる。本研究では、非導電物質にも適用可能で、近年では走査トンネル顕微鏡(STM)に匹敵する空間分解能を持つことが実証されてきた非接触原子間力顕微鏡(NC-AFM)を用いて、科学量論組成では絶縁体であるCeO2の酸素欠陥構造変化と酸素原子の核酸挙動、及びその表面反応性について検討した。また、CeO2は酸素欠陥の導入によりある程度導電性を持つようになるためSTMと併用し、さらなる理解に務めた。 図1(a)は、1173Kで60秒間アニールして作製した化学量論組成に近いCeO2(111)表面の原子分解能NC-AFM像である。このような絶縁性基板の原子分解能NC-AFM観察は、これまで世界でも数例しか報告例がない。0.38nm間隔でhexagonalに並ぶ輝点がはっきりと解像されている。(111)表面のバルク終端構造モデル(図1(b))からセリウム原子の場合は、4配位であるのに対して、酸素原子の場合は7配位であることから、酸素原子が最表面である方が安定であると考えられる。実際に、それぞれの終端表面の表面エネルギー計算からも酸素原子が最表面のときの方が安定であることが示唆されている。図1(a)の左上で観察された暗いスポットは、真空下、高温でのアニールにより形成される酸素点欠陥であるものと考えられ、観察された輝点が最外層の酸素原子であることを支持する。このときの酸素欠陥密度は(7.9-17)×1011cm-2であった。 1173Kでのアニール時間の増加により、酸素欠陥密度の増加が見られ、240秒間アニールした表面では、隣接した酸素原子が線状や三角形状に抜けた多原子欠陥が形成された。単純化したモデルを用いたエネルギー計算によって、2つの孤立した酸素欠陥よりも隣接した2つの酸素欠陥の方が、わずかにエネルギー的に有利であることが示唆されており、酸素欠陥密度の多い表面では、多原子欠陥の方が優先的に形成されるものと考えられる。実際的には、酸素欠陥密度が、1012cm-2以下のときは単原子欠陥のみが観察されるが、1013cm-2(表面酸素欠陥の割合 1.3%)以上になると、多原子欠陥が観察されるようになることが明らかになった。図2は、線状欠陥の原子分解能NC-AFM像で、多原子欠陥を取り囲む酸素原子が欠陥から離れた酸素原子よりも明るく(0.05-0.08nm高く)観察された。このときの酸素欠陥密度は、(1.7-3.6)×1013cm-2であった。多原子欠陥に隣接する酸素原子は表面平行方向にもずれており、バルク終端の酸素原子の位置から0.05nmもしくは0.1nmそれぞれ多原子欠陥側へずれていた。一方、その周囲の原子は測定精度内では平面内のずれは観察されなかった。よって、局所的な再構成により多原子欠陥に隣接する酸素原子が明るいコントラストとして観察されたものと考えられる。三角形状の欠陥の場合も同様に、隣接する酸素原子の欠陥への変位が観測され、局所的再構成が起きていると考えられる。二酸化セリウムは酸素欠陥量が多くなると導電性を持つようになり、低トンネル電流を用いたSTMにより線欠陥の観察を起こったところ同様の再構成構造が確認された。両手法によりほぼ同様なtopographyが得られたことから、原子位置の変位がこのような像の主な起源であると結論した。さらに、NC-AFMおよびSTMによる詳細な構造解析により、多原子欠陥構造には、このような再構成を伴うものと隣接原子の再構成を伴わないものの2種衣類が存在することを見いだした。 様々な酸素欠陥構造が形成された表面の同一部分の連続NC-AFM観察を行ったところ、再構成していない多原子欠陥が観察された表面では、室温でも表面酸素原子が移動するという新たな現象が観察された。図3にその例を示す。図3(a)、(b)は、1画像91秒毎に得られたもので、図中の白丸は酸素欠陥の位置を表している。(a)で観察されている灰色の丸で示された3つの酸素原子は、(b)で、酸素欠陥が見られた位置に移動しており、酸素原子の表面サイト間の移動が室温でも観察された。単原子欠陥のみの表面、及び、図中Lと示した再構成した多原子欠陥位置では、このような移動は観察されないことから、再構成しない多原子欠陥が室温での表面酸素原子の移動を促進していると考えられる。このことは、CeO2の大きな特徴である反応活性点への酸素供給において、反応中に形成され再構成されない多原子欠陥も関与していることを示唆する結果といえる。ここで、酸素原子の拡散の詳細について検討するため、温度依存性について検討した。酸素欠陥密度が10%程度の表面の同一部分を室温、350K、400Kの各温度において連続STM観察を行ったところ、酸素原子の移動は温度により活性化された。このことから、再構成しない多原子欠陥における酸素原子の移動は熱によって活性化される表面サイト間ホッピングであるものと考えられる。 続いて、酸化セリウムの反応特性について明らかにするため、メタノールを反応分子として導入し、NC-AFMにより検討を行った。図4(a)-(c)は、室温、1.0×10-6Paでメタノールを導入しながらCeO2(111)表面の同一部分を連続観察したときの原子分解能非接触AFM像である。(a)-(c)は、メタノールを導入してから、それぞれ、546秒後、728秒後、819秒後に観察されたものである。メタノール導入前の表面では、周りの酸素原子よりも0.03-0.04nm高くなっている表面酸素原子に吸着した水素原子(表面水酸基)であると思われるprotrusion(L)のみが観察された。また、メタノール導入後には、周りの酸素原子よりも0.06-0.08nm高くなっている新たなprotrusion(H)が併せて観察された。これは、露出量とともに増加しており、酸素欠陥サイトに吸着したメトキシと考えられる。メトキシ種の吸着サイトは最表面の酸素原子に対してそれぞれ、on-topサイトとbridgeもしくはthree-fold siteの存在することが分かった。Aと示した部分では、酸素欠陥ではないバルク終端の表面酸素原子の位置(a)でも、メトキシの吸着が見られることが分かった((b)、(c))。これらの周りには、多原子欠陥が形成されており、以前にわれわれが報告した再構成しない多原子欠陥の形成された表面では室温でも酸素原子が表面サイト間を移動するという現象によって、表面酸素原子が移動して、新たに酸素欠陥が形成された部分にメトキシが吸着したものと考えられる。 また、Bと示した部分では、(a)、(b)で、メトキシの吸着が見られているが、(c)では、4つの酸素原子が抜けたと思われる酸素欠陥の形成が突如観察された。(a)で3つのメトキシの吸着のみが見られているが、(b)では新たに吸着水素原子が観察されており、表面上を拡散しているものと思われる。新たな酸素欠陥の形成は、メトキシの吸着サイトの近接部分で起こっていることから、メタノールが表面上を拡散しているような酸素原子、もしくは、格子酸素のいずれかによって、室温でも酸化されて、表面水素基を形成し、これらが、不均一であると思われる特異なサイトで反応して、水として脱離することで、新たな欠陥サイトが形成されたものと現段階では考えている。 以上より、NM-AFMにより原子分解能像観察に成功し、さらにCeO2(111)清浄表面及び酸化状態に依存した酸素欠陥構造、それぞれの酸素欠陥構造に依存した表面酸素原子の動的挙動を明らかにすることに成功した。本研究で明らかになった多原子欠陥構造の形成によって室温で酸素原子が移動するという現象は、酸素のリザーバーとして機能するCeO2の役割の本質を理解する上での重要な手がかりとなるものと考えている。 図1:化学量論組成に近いCeO2(111)表面の(a)原子分解能NC-AFM像と(b)そのモデル。(4.5×2.0nm2、ΔA〜6nm、VS=-0.17V、Δf〜171Hz.) 図2: CeO2(111)表面での多原子欠陥構造の(a)原子分解能NC-AFM像と(b)そのモデル。(4.5×2.0nm2、ΔA〜6nm、VS=-0.17V、Δf〜171Hz.) 図3(a、b)再構成していない多原子欠陥の形成された CeO2(111)表面の同一部分の連続NC-AFM像と(c、d)その拡大図。(5.8×5.8nm2、ΔA〜6nm、VS=-0.17V、Δf〜171Hz.) 図4(a-c)メタノール共存下での(1.0×10-6Pa)でのCeO2(111)表面の同一部分の連続非接触AFM観察と(d)(111)表面のバルク終端構造及び(c)で観察された酸素欠陥構造のモデル。(6.82×6.828nm2、ΔA〜6nm、VS=-0.677V、Δf〜197Hz.)図中の白丸で囲まれた部分は、酸素欠陥の位置、灰色の丸はメトキシの吸着を示す。 | |
審査要旨 | 第1章では、本研究の目的と意義およびCeO2について述べ、第2章では、NC-AFMの原理、装置、試料調製について述べている。 第3章では、化学量論組成に近いCeO2(111)表面の原子分解能NC-AFM像観察に関する解析と考察をまとめた。このような絶縁性基板の原子分解能NC-AFM観察は、これまで世界でも数例しか報告例がない。酸素点欠陥の原子分解NC-AFM像からCeO2(111)表面の最外層は酸素原子面であると結論している。1173Kでのアニール時間の増加により、隣接した酸素原子が線状や三角形状に抜けた多原子欠陥が形成される。この時、各酸素原子位置の再構成が起こることを見いだし、その構造モデルを提出した。また、NC-AFMおよびSTMによる詳細な構造解析により、多原子欠陥構造には再構成を伴うものと隣接原子の再構成を伴わないものの2種類が存在することを見いだした。 第4章では、表面酸素原子や欠陥構造の動的挙動を原子分解観察した結果をまとめた。様々な酸素欠陥構造が形成された表面の同一部分の連続NC-AFM観察を行ったところ、再構成していない多原子欠陥が観察された表面では、室温でも表面酸素原子が移動するという新たな現象が観察された。一方、単原子欠陥のみの表面では酸素移動は見られなかった。CeO2の大きな特徴である反応活性点への酸素供給において、反応中に形成され再構成されない多原子欠陥も関与していることを示唆する結果といえる。さらに、酸素原子の拡散の詳細について検討するため、温度依存性について検討した。酸素欠陥密度が10%程度の表面の同一部分を室温、350K、400Kの各温度において連続STM観察を行った結果から、酸素原子の移動は温度により活性化され、その活性化エネルギーは約30kJlmol-1であり、熱によって活性化される表面サイト間ホッピングであると結論した。 第5章では、メタノールをプローブ分子としてCeO2表面の反応特性についてNC-AFMにより調べている。メタノール分子に露出させると新たな酸素欠陥が出現することを観察し、反応中のその場観察から欠陥サイトの形成は、吸着メトキシの近接部分で起こり、格子酸素により室温でも酸化されて表面水酸基を形成し、これらが反応して水として脱離することで新たな欠陥サイトが形成されること、さらにメタノールと格子酸素との反応は均一に進行するのでなく、連鎖的に次々と酸素欠陥を通して進行していくことを見いだした。 第6章では、本研究で得られた結果を総括し、今後の課題について述べた。 以上、本論文ではNC-AFMにより原子分解能像観察に成功し、さらにCeO2(111)清浄表面及び酸化状態に依存した酸素欠陥構造、それぞれの酸素欠陥構造に依存した表面酸素原子の動的挙動を明らかにすることに成功した。これらの成果は物理化学、特に触媒科学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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