No | 117882 | |
著者(漢字) | 水島,直 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミズシマ,タダシ | |
標題(和) | 多環状芳香族炭化水素を用いる光合成をモデルとした新しい光反応系の構築 | |
標題(洋) | Novel Photoreactions by Use of Polycyclic Aromatic Hydrocarbons Mimicking Photosynthetic System | |
報告番号 | 117882 | |
報告番号 | 甲17882 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4353号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 光合成は太陽光をエネルギー源とする高度に発達したエネルギー変換システムであるが、そのシステムはアンテナ色素による光捕集と反応中心における電子伝達に集約される。光捕集系では増感剤となる多数のクロロフィルが集積し、適切な位置、配向をとることによって効率の良い集光とエネルギー移動を行う。一方、電子伝達系では適切なエネルギーレベルを持つクロモフォアが適切な位置に配置されることによって、電荷分離とそれに続く多段階の電子移動を経てホールと電子が速やかに引き離される。このホールと電子はそれぞれ最終的に、水の酸化、二酸化炭素の還元に用いられる。現在、光合成をモデルとして、様々な視点から研究が行われている。筆者は博士課程において、上記のような光捕集、電子伝達のコンセプトに基づく新しい光反応系を比較的単純な構造を持つ芳香族炭化水素を増感剤として用いることによって構築することを試みた。まず、修士課程においてドナー/増感剤/アクセプター型の光誘起電子移動を用いて発生させる事に成功したカルベンラジカルアニオンの反応性について検討した。さらに、両親媒性分子が持つ自己集合能を利用して増感剤を集積化させた光捕集系の構築、および光エネルギーを化学エネルギーに変換する系としてベシクルを反応場とする光誘起電子移動反応について検討した。 1.ペリレンを増感剤とするジアゾ化合物の一電子的光還元反応 筆者は修士課程において、(p-ニトロフェニル)ジアゾ酢酸メチル(1)をMeCN-MeOH(9:1)混合溶媒中、N,N,N',N'-アーテトラメチル-p-フエニレンジアミン(TMPD)のような酸化電位の低いアミンを用いて、ペリレン(Pe)増感光分解を行った場合、アミンから励起一重項ペリレン、さらに1への電子移動によって1のラジカルアニオンが生成し、最終的にケトエステル(3)が生成することを明らかにした。この反応を詳細に検討した結果、脱窒素して生成したカルベンラジカルアニオン(2)が酸素と反応して3を生成することが明らかとなった(Scheme1)。2の構造をDFT計算(UB3LYP/6-31G(d))によって最適化すると、2は負電荷がニトロ基とメトキシカルボニル基のπ系に非局在化し、スピンが二価炭素に局在化する構造を持つことが分かった。特に、この二価炭素に局在化した不対電子はσラジカル性を持つことから、2が上記のような酸素と速やかに反応する構造をしていることが明らかとなった。 2.両親媒性ピレンの自己集積化を利用した光捕集系の構築 両親媒性分子が持つ水中での自己集合能を利用することによって、光合成アンテナ複合体のようなクロモフォアが集積化した光捕集系の構築を試みた。光吸収部位としてピレン骨格を有する両親媒性分子4-7を設計し(Fig.1)、それぞれピレンから数段階で合成した。以下、4-7を超音波で分散させた1mMの水溶液について、それぞれの自己集合能と光捕集系としての有用性を検討した。動的光散乱によって粒径の分布を測定すると、4と6では10nm以下に分布が見られたのに対し、5と7ではそれぞれ平均径164、235nmの比較的粒径の揃った集合体の形成が確認された。5について集合体のTEM観察を行ったところ、複雑に入り組んだ層状構造が観察された。一層の厚さは約5.0nmでこれは5の長さである5.6nmとほぼ一致し、集合体においては直線状の5が平行に配列していることが示唆された。4と5の紫外可視吸収スペクトルと蛍光スペクトルをFig.2に示す。4はピレン特有の振動構造を持つ吸収スペクトルを示し、蛍光スペクトルでは自己吸収によって0-0バンドが減少したモノマー発光、及び480nmに弱いエキサイマー発光が見られた。一方、5の吸収スペクトルでは、吸収帯の顕著な広巾化と波長のシフトが観測され、蛍光スペクトルでは、420nmに極大を持つ集合体由来と考えられる発光が観測された。これらの結果はアルキル鎖の伸長により、分子間相互作用が増大した結果、ピレン間に強い電子的な相互作用が形成されたことを示している。アミド結合を持つ6、7の場合も基本的には同様の傾向が見られ、6では単量体、7では集合体としての性質を示すが、7における吸収帯の波長シフトがより顕著であること、また発光が5よりも長波長にシフトし445nmに極大を持つことからアミドによる分子間の水素結合がクロモフォア間の相互作用を補うような役割をしていると考えられる。次に、これらの集合体における励起エネルギー移動について調べるためにlmMの4-7の集合体に約05mol%のべリレンを取り込ませてピレンを選択的に励起し、励起一重項ピレンからペリレンヘエネルギ一移動が進行するかどうか調べた。4、6の場合エネルギー移動は観測されなかったが、鎖長の長い5と7ではそれぞれ0.47、0.52の効率でエネルギー移動が進行し、ペリレンからの発光が観測された。この結果は、励起エネルギー移動にはピレンが配列された構造が必須であり、非局在化した励起状態は配列されたピレンを通して速やかにペリレンに移動することを示している。 3.ベシクルを反応場とする光誘起電子移動によるメチルビオロゲンの還元反応 ベシクルの疎水性二分子膜を通して内水相-外水相間で方向性を持った電子移動を行った場合、二つの相にそれぞれ異なるラジカルイオン種が分離して生成するため、逆電子移動を効果的に抑制することができる。これを利用して光誘起電子移動により正のΔGを持つ反応を進行させ、光エネルギーの化学エネルギーへの変換を行うことができる。筆者はこの反応の増感剤としてピレン誘導体が有効であることを見出した。さらに、光エネルギーを有効に利用するために、増感剤の構造と物理的性質が電荷分離状態の生成に及ぼす影響について検討した。 卵黄レシチンと各種ピレン誘導体8-13(Fig.3)を、アスコルビン酸ナトリウム(AscNa)を1.0M溶解させた1.0M Tris-HCl緩衝液(pH7.5)に懸濁させ、アルゴン下で60分間超音波を照射しベシクルを形成させた。この溶液からゲルろ過によってベシクル外水相のAscNaを除いた後、メチルビオロゲン(MV2+)を10mMになるように添加した。このようにして調製したベシクル内水相にAscNa、外水相にMV2+、ベシクル膜内に増感剤を含む溶液に360mmの光を照射し、反応を紫外可視吸収スペクトルで追跡した。増感剤に無置換あるいはアルキル鎖を持つピレン8-10を用いた場合、MV2+の還元反応は進行しなかった。一方、カルボン酸誘導体を用いた場合、1-ピレン酢酸(11)、1-ピレンプロピオン酸(12)では、光照射とともに内水相のAscNaから外水相のMV2+への電子移動が進行し(Fig.4)、メチルビオロゲンラジカルカチオン(MV+',λmax=396,604nm)がそれぞれ18.0x10-7、9.1x10-7Mmin-1の速度で生成したが、光物理的、電気的性質はほぼ等しいと考えられる1-ピレンブタン酸(13)を用いた場合には2.5xl0-7Mmin-1と著しく遅くなった。以上の結果は、MV2+の還元反応を効率良く進行させるためには、膜内における増感剤の位置が重要であることを示唆している。すなわち、親水性のカルボキシル基を持ちメチレン鎖の短い11と12は界面に比較的近い位置に存在し、水相に存在する分子との電子移動速度が速いため上記のような速度でMV+の生成が確認されたが、疎水性の高い無置換、およびアルキル置換、さらにカルボキシル基を持つがメチレン鎖の長い13では界面からの距離が遠いために電子移動が遅くなったものと考えられる。さらに、MV+生成の反応機構を明らかにするために、ピレンの蛍光の消光実験とMV+生成速度の光強度依存性について調べた。11-13における蛍光の消光速度はいずれもAscNaよりもMV2+による方が速かったが、反応系においてはAscNaの濃度がMV2+に比べて100倍高いことを考慮すると、反応はAscNaから励起一重項ピレンヘの一電子移動によって開始すると考えられる。また、光強度依存性からMV+は一光子過程で生成することが分かった。以上の結果は、MV+の生成機構を明らかにする情報を与えるとともに、効率よく電荷分離を引きおこす増感剤を設計するための指針を与えるものである。 4.結論 以上、筆者は光合成をモデルとして多環状芳香族炭化水素を増感剤として用いたいくつかの光反応系を構築するとともに、その反応において重要な因子に関する知見を得た。 Scheme l:Photodecomposition of 1 via carbine radical anion 2.(Ar=p-nitrophenyl) Fig.1:Structures of amphiphilic pyrenes. Fig.2:UV-Vis absorption and fluorescence spectra of 1 mM aqueous solution of 4(dotted line) and 5(solid line). Fig.3:Structures of pyrene derivatives. Fig.4:UV-Vis absorption spectra of MV+ formation in MV2+/11/AscNa vesicle system. | |
審査要旨 | 本論文は、光合成のコンセプトに基づいて設計された新規な光化学反応について述べたものである。本論文は5章(序論、本論3章、結論)からなり、第1章においては本研究の背景と概要が示され、第2章では新規な反応性中間体であるジアゾ化合物のラジカルアニオンの光化学的な発生、第3章では自己集積化した光吸収性分子の光化学的性質が述べられ、第4章では脂質二分子膜を反応場とする光化学的な電子輸送反応系の構築について記載されており、第5章で全体が総括されている。以下にそれぞれの章の概要を述べる。 第1章では、本論文の基盤となる生物の営む光合成の概要と、これまでの人工光合成に関する研究が概説されている。光合成の光化学的な意義は、光捕集と電荷分離であり、特に電子供与体-増感剤-電子受容体型の光誘起電子移動反応がその本質であることが強調されている。そのような理解に基づくと、新規な光化学反応の設計、あるいは光化学反応の高効率化が可能であることを指摘し、それを実現することが本研究の目的であると述べられている。さらに、光吸収性分子として多環状芳香族炭化水素に着目し、それを増感剤として用いることの利点が記述されている。 第2章では、ペリレンを増感剤とするジアゾ化合物の一電子的光還元反応について述べられている。電子受容性の高いジアゾ化合物を電子供与性の高いアミンの存在下で、ペリレンを増感剤として光分解すると、ジアゾ化合物が光励起されて得られるものとは異なった物質が生成物として得られることを見出している。これは、光励起されたペリレンを仲介としてアミンからジアゾ化合物へと一電子移動が進行した結果、ジアゾラジカルアニオンが発生して反応に関与したためと推定し、様々な測定によってその推定に説得力のある説明を与えている。これは第1章に述べた光合成の本質である、電子供与体-増感剤-電子受容体型の光誘起電子移動反応を用いることによって、新規な反応性中間体の発生が可能になったと捉えることができ、興味深い結果といえる。 第3章では、光合成光捕集系のモデル系の構築を直接的な目的として研究が展開され、両親媒性ピレンの自己集積化と生成した集合体の光物性を検討した結果が述べられている。末端に親水基を持つ長鎖アルキル基が置換した4種類のピレン誘導体を合成し、それらの水中における自己集合能を、動的光散乱法、および透過型電子顕微鏡によって検討したところ、アルキル鎖が十分に長い場合には層状構造を持つ集合体が形成されることが示されている。さらに、紫外可視吸収、および蛍光スペクトルの詳細な検討により、ピレン間に大きな電子的相互作用が存在することを明らかにしている。さらに、この集合体にペリレンを取り込ませると、ピレンからペリレンヘの効率のよいエネルギー移動が進行することを確認している。この結果は、自己集積化を利用して光吸収性部位を配列させた集合体は、良好な光捕集系として機能することを示しており、新たな光合成モデル系を開拓した意義を持つ成果である。 第4章では、ピレン誘導体を増感剤とするベシクル内水相から外水相への新規な電子輸送反応系の構築と、その反応機構的研究の結果が述べられている。まず、電子輸送反応の進行にはベシクル場が必須であることを明らかにし、次いで増感剤は疎水性二分子膜内に存在することを確認している。さらに、増感剤の置換基によって電子輸送効率が著しく異なることから、高い輸送効率を実現するためには短いアルキル鎖に連結した親水基の存在が有効であることを発見している。また、電子輸送効率が親水基を連結するアルキル鎖の長さに敏感に依存することに着目し、その理由を考察している。本研究の系は、光合成の本質である正の自由エネルギーを持つ電子移動反応を光によって駆動させるという現象を、生物が用いている光吸収性分子を利用することなく極めて一般化された形で実現したものであり、興味深い成果である。 第5章では、上記の結果を踏まえて、光合成の本質的理解に基づいた3種類の新しい光反応系の構築に成功したことを述べ、光合成をモデルとする光化学反応の研究における多環状芳香族炭化水素の増感剤としての有用性が総括されている。 以上、本論文は、論文提出者のアイデアと新しい物質の創製により新規な光反応系を構築したものであり、光化学反応論、および反応性中間体の研究において大きな成果であるとともに、人工光合成の研究にもインパクトを与える研究として評価できる。なお、本論文は、村田滋、門田剛、石井邦彦、浜口宏夫との共同研究であり、一部は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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