学位論文要旨



No 117885
著者(漢字) 山田,泰之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヤスユキ
標題(和) ピリジン型人工DNAを用いたDNAの高次構造制御と金属イオンの集積化
標題(洋) Control of Higher-Order Structure Formation of DNAs and Metal Assembly with Pyridine-Bearing Artificial Nucleosides
報告番号 117885
報告番号 甲17885
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4356号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 錦織,紳一
 東京大学 助教授 島田,敏宏
 東京大学 講師 小澤,岳昌
内容要旨 要旨を表示する

 DNAは遺伝情報の貯蔵・伝達を担う生体高分子である。その遺伝情報は、ビルディングブロックであるヌクレオチドの配列としてDNA高次構造内に記述されている。これらの高次構造形成の基本原理は、核酸塩基間の水素結合、および塩基対間のスタッキング相互作用であることが知られている。一方、遷移金属錯体はd電子に由来する融通性のある電子状態をもち、その多様な電子配置に由来する興味深い物性を有している。本研究では、DNA高次構造形成の基本原理の一つである核酸塩基間の水素結合を、ピリジン型人工核酸塩基を利用して「金属配位結合」に置き換えることを考えた。DNAはヌクレオチドを逐次的に縮合・伸長させることにより、任意の長さや配列を持つシークエンスを合成することが可能であるため、この金属配位型人工核酸塩基をDNAシークエンス中へ導入することにより、金属錯形成により二重鎖や三重鎖等の高次構造を形成する人工DNAの構築が期待できる。さらに、導入する人工ヌクレオチドの位置および数により、多彩な金属イオン集積体の構築が期待できる。筆者は、ピリジン型ヌクレオシドPを用いて、金属イオンによる人工DNA二重鎖および三重鎖構造の熱的安定性の制御、および人工DNA内部への金属イオンの集積化について検討した(Fig.1)。

【ピリジン型人工核酸塩基対のDNA二重鎖への導入】

 2-デオキシ-D-リボースより誘導したリボノラクトンaに、3-リチオピリジンを付加することにより化合物bを得た。続いて化合物bの1'位をBF3-OEt2を用いて還元的に閉環し、脱保護を経て、目的とするβ型のピリジン型人工ヌクレオシドPを合成した(Scheme1)。

 DNA自動合成機を用いて、ホスホロアミダイト法により、ピリジン型人工ヌクレオシドPを導入したオリゴヌクレオチド1-9を合成し、金属錯形成による人工DNA二重鎖の熱的安定性の変化について検討した。ピリジン型ヌクレオチドを21merのシークエンスの中心に導入した二重鎖1-2に対してAg+イオンを加えた融解実験をUV吸収スペクトル測定により行った。人工DNA二重鎖に対してAg+イオンを添加していくと、Ag+イオンの濃度の上昇にともなって融解曲線は徐々に高温側にシフトし、3当量のAg+イオンを加えた状態でTmは41.0℃となった。これに対して、天然型A-T二重鎖3-4では、Ag+イオンを添加しても、二重鎖の安定性はほとんど変化しなかった(Fig.2)。さらに、人工DNA9を用いた1H-NMRスペクトル測定の結果により、DNA9の自己相補型二重鎖(9-9)の形成がピリジンとAg+イオンとの錯形成により誘起されることが明らかになった。以上の結果により、ピリジン型塩基対を含む人工DNA二重鎖にAg+イオンを添加すると、P-Ag+-P直線型塩基対が形成されて二重鎖が安定化されることが分かった。また、添加する金属イオンとして、Ni2+, Pd2+, Pt2+, Cu2+, Cd2+, Hg2+, Hg+イオンについてもそれぞれ人工DNA二重鎖1-2の融解温度に及ぼす影響を検討したが、融解温度はほとんど変化しなかった(|ΔTm|<0.6℃)。したがって、ピリジン型人工DNA二重鎖1-2の安定化はAg+イオンに特異的に起こることが明らかになった。

 DNAの大きな特徴の一つに、任意の配列を持つシークエンスを合成する手法が確立されている点があげられる。二重鎖1-2、3-4に加えて、中央に2つのピリジン型塩基対を含む二重鎖5-6と両端に2つのピリジン型塩基対を含む二重鎖7-8を合成し、それぞれピリジン型塩基対に対して等量のAg+イオンを加えた融解実験を行った。この結果、ピリジン型塩基対を導入したいずれの二重鎖においてもAg+イオンの添加により融解温度が上昇し、P-Ag+-P型塩基対の形成が示唆された(Table 1)。このように、DNA合成の手法を用いれば、位置及び数を制御した人工核酸塩基対の配列化が可能である。

【ピリジン型人工核酸塩基対のDNA三重鎖への導入】

 ピリジン型人工ヌクレオシドPをシークエンスの中央に導入したホモチミンオリゴマー1およびホモアデニンオリゴマー2からなる人工DNA三重鎖1-2-1にAg+イオンを加えた融解実験を行ったところ、二段階の融解プロセスを示す融解曲線が得られた。人工DNA三重鎖1-2-1に対して1当量のAg+イオンを添加することにより、三重鎖から二重鎖への解離温度(Tm1)は2.3℃上昇し、二重鎖から一本鎖への解離温度(Tm2)も同様に2.2℃上昇した。一方、天然の核酸塩基のみからなる三重鎖3-4-3はAg+イオンによる安定化の効果はほとんど見られなかった(Fig.3)。この結果は、人工DNA二重鎖1-2の場合と同様に人工DNA三重鎖1-2-1においても、Ag+イオンがピリジン部位との錯形成により塩基対を形成して三重鎖構造が安定化されたためであると考えられる。これらの結果より、ピリジン型人工ヌクレオシドPを導入したDNA三重鎖の熱的安定性は、Ag+イオンの添加という外部刺激によって制御できることが明らかになった。

【人工DNAを用いた金属イオンの集積化】

 二核の隣接したピリジン型人工核酸塩基対の構造について詳細に検討するとともに、より一般的な金属イオンの集積化法の開発を目指して、天然の核酸塩基を含まない完全人工型DNA10(Fig.4)を用いた金属イオンの集積化について検討した。過塩素酸水銀(II)を10に対して徐々に添加していき、水銀二核錯体10-2Hg2+(Fig.4)の形成をUVスペクトル測定により追跡した。その結果、ピリジン部位のπ - π*遷移に由来する260nmにおける吸収帯の吸光度は、10に対して2当量のHg2+イオンを添加するまで等吸収点を通りながら直線的に変化した(Fig.5)。この結果により、人工DNA10のピリジン部位はHg2+イオンとP-Hg2+-P直線型錯体を形成していることがわかった。また、1H-NMR滴定実験およびESI-TOF MSスペクトル測定の結果から、10-2Hg2+の形成を示唆する結果が得られた。このように、ピリジン型人工DNAを用いれば、DNA二重鎖内にHg2+イオンのようなカチオンを集積化できることが明らかになった。

【結論】

 筆者は、核酸塩基としてピリジン型人工ヌクレオシドPを導入した人工DNAを合成し、これらの人工DNAの二重鎖構造や三重鎖構造といったDNA高次構造の熱的安定性を、Ag+イオンと人工DNAのピリジン部位との錯形成によって制御できることを明らかにした。さらに、ピリジン型人工塩基対を利用すれば、Ag+イオンやHg2+イオンのようなカチオンをDNA内部に集積化できることを明らかにした。このように金属錯体を位置および数を制御して配列化できる手法は他に類をみない。今後、ピリジン型人工DNAを用いた更なるDNA高次構造の構築および金属イオンの集積化に展開したい。

Fig. 1

Scheme 1.

(i) 3-bromopyridine (1 equiv), nBuLi (1 equiv), Et2O, -78℃, 2 h, 59%; (ii) Et3SiH (5 equiv). BF3-OEt2 (5 equiv), CH2Cl2, -50℃, 40 h, 19%; (iii) nBu4NF (3 equiv). THF, room temperature, 1.1 h, 88%.

Fig. 2 UV-melting curves (λ= 260 nm) of the duplexes 1-2 (a-d) and 3-4 (e, f) with different concentrations of AgNO3, [1-2] = [3-4] =1.2 μM in 10 mM Mops, 100 mM NaN03, pH 7.0 with [Ag+] = (a), (e) 0μM, (b) 1.2μuM, (c) 2.4 μM, and (d), (f) 3.6 μM. Inset, effect of Ag+ concentration on ΔTm

Table 1:ΔTm values of vanous DNA duplexes.

Fig. 3:UV-melting curves (λ= 260 nm) of the triplexes 1-2-1(a, b) and 3-4-3 (c, d), [triplex] = 1.2μM in 10 mM Mops, 100 mM NaNO3, pH 7.0 with [Ag+] = (a), (c) 0μM, (b), (d) 1.2μuM.

Fig. 4

Fig. 5:Effect of Hg2+ ions on UV absorption of 10. [10] = 30 μM in H20. Inset, effect of Hg2+ ion concentration on absorption of 10 at 260 nm.

審査要旨 要旨を表示する

 近年、DNA高次構造形成の基本原理の一つである核酸塩基間の水素結合を、人工核酸塩基を利用して「金属配位結合」に置き換える研究が盛んに行われている。DNAはヌクレオチドを逐次的に縮合・伸長させることにより、任意の長さや配列を持つシークエンスを合成することが可能である。このため、「金属錯体型人工核酸塩基対」の手法をもちいることにより、金属イオンの数および配列を自在に制御してDNA内部に配列化できる可能性がある。本研究では、ピリジン型人工塩基を用いた、金属錯体型核酸塩基対による人工DNA二重鎖および三重鎖構造の構築、および人工DNA内部への金属イオンの集積化が行われた。

 本論文は全5章からなり、第1章では、本研究の目的、背景が記述されている。

 第2章では、ピリジン型人工塩基対のDNA二重鎖中への導入方法について記述されている。まず、ピリジン型人工ヌクレオシドの有機合成法、およびDNA自動合成機を用いたDNAシークエンス中へ導入法が示されている。まず、ピリジン型塩基対を導入した二重鎖を用いて、金属錯体型核酸塩基対が人工DNA二重鎖の熱力学的にどのような効果を及ぼすかについて検討が行われた。ピリジン型ヌクレオチドPをシークエンスの中央に導入した二重鎖に対してAg+イオンを加えたDNAの融解実験をUV吸収スペクトル測定により行ったところ、人工DNA二重鎖に対してAg+イオンを添加していくと、Ag+イオンの濃度の上昇にともなって二重鎖が熱的に大きく安定化されることが示された。これに対して、ピリジン型塩基対を含まない、天然型A-T二重鎖では、Ag+イオンを添加しても、二重鎖の安定性はほとんど変化しなかった。この結果は、ピリジン型塩基対を含む人工DNA二重鎖にAg+イオンを添加すると、P-Ag+-P直線型塩基対が形成されて二重鎖が安定化されたものであると考察されている。さらに、ピリジン型塩基対を含む二重鎖の熱力学パラメーターおよび、1H-NMRスペクトル測定の結果についても報告されている。また、添加する金属イオンとして、Ni2+, Pd2+, Pt2+, Cu2+, Cd2+, Hg2+, Hg+イオンについてもそれぞれ人工DNA二重鎖の融解温度に及ぼす影響について検討も行われたが、融解温度の変化はAg+イオンに特異的に起こることが明らかになった。

 第3章では、ピリジン型人工核酸塩基対のDNA三重鎖への導入が報告されている。中央に一つのピリジン型人工塩基対を有する人工DNA三重鎖に対してAg+イオンを添加することにより、三重鎖から二重鎖への解離温度および二重鎖から一本鎖への解離温度がともに上昇した。一方、天然の核酸塩基のみからなる三重鎖では、Ag+イオンによる安定化の効果は見られなかった。この結果は、人工DNA二重鎖の場合と同様に人工DNA三重鎖においても、Ag+イオンがピリジン部位との錯形成により塩基対を形成して三重鎖構造が安定化されたことを支持した。

 第4章では人工DNAを用いた金属イオンの集積化について記述されている。中央に2つのピリジン型塩基対を含む二重鎖と両末端付近に2つのピリジン型塩基対を含む二重鎖を合成し、Ag+イオンを加えた融解実験を行った。この結果、ピリジン型塩基対を導入したいずれの二重鎖においてもAg+イオンの添加により融解温度が上昇し、P-Ag+-P型塩基対の形成が示唆された。このように、DNA合成の手法を用いれば錯体型塩基対を二重鎖の様々な位置に導入が可能であり、二重鎖の安定性を制御できることがわかった。また、より一般的な金属イオンの集積化法の開発を目指した、天然の核酸塩基を含まない完全人工型ヌクレオチドを用いた金属イオンの集積化法が確立された。その結果、ピリジン型人工DNAを用いれば、Ag+やHg2+二核錯体が合成可能であることがNMR、UV-Vis、ESI-TOF Msスペクトル測定の結果により明らかにされた。

 第5章では、本論文の総括および、今後のこの研究の展望が述べられている。

 以上のように、本博士論文では、核酸塩基としてピリジン型人工ヌクレオシドを導入した人工DNAの合成法、および金属錯体型塩基対による人工DNAの高次構造の熱的安定化効果が明らかにされ、さらに、ピリジン型人工塩基対を用いる金属イオンの集積化への道が拓かれた。

 なお、本論文の第2〜4章は、田中健太郎氏、塩谷光彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。

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