学位論文要旨



No 117887
著者(漢字) 吉田,将之
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,マサユキ
標題(和) オキシム窒素原子上での置換反応 : 含窒素環状化合物の新しい合成法
標題(洋)
報告番号 117887
報告番号 甲17887
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4358号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 奈良坂,紘一 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 尾中,篤
 東京大学 講師 後藤,敬
内容要旨 要旨を表示する

 生理活性物質や医薬品の多くは含窒素環状化合物であり、また工業化学の分野でも含窒素環状化合物は重要な役割を占めている。従って、その簡便な合成法の開発は有機合成化学の重要な課題の一つである。筆者はこの点を踏まえて、簡単に入手でき、しかも安定で取り扱いも容易なオキシム誘導体を含窒素化合物の合成に用いることを考え、オキシム窒素原子上での置換反応を利用する含窒素環状化合物の合成法の開発について研究を行った。

1.オキシムの異性化

 我々の研究室では、オキシム窒素原子上でSN2型の求核置換反応が進行することを見出している。しかし、オキシムには二種の幾何異性体が存在するため、オキシム窒素原子上でSN2型の分子内求核置換反応を行うと、脱離基と求核部位がantiの異性体しか反応しない問題があった。筆者は、オキシムの異性化を伴いながら環化反応を行わせれば、オキシムの両異性体を利用できると考え、まずオキシムの異性化について研究を行った。

 その結果、オキシム類の異性化の機構について次のような知見を得ることができた。オキシム自身は、トリフルオロメタンスルホン酸のように求核性の低い酸を作用させても容易に異性化する。この異性化はニトロソ化合物を経由していると考えられる。

 一方、酸素原子上が置換されているO-アルキルオキシム誘導体やO-アセチルオキシム誘導体は、求核性の低い酸を作用させただけでは異性化しないが、反応系中に求核剤が共存する場合は異性化を起こす。この異性化は、オキシムの二重結合のプロトン化と求核剤の付加脱離によって進行している。

 また、O-トリフルオロアセチルオキシムのような活性なアシル基をもつオキシム類は、アシル基の交換を伴って異性化を起こすこともわかった。おそらく、アシル交換によって生じるオキシムの段階で異性化が起こるのであろう。

2.オキシム窒素原子上での求核置換反応による含窒素環状化合物の合成

 第一章でオキシムの異性化に関する知見を得ることができたので、これをもとに、オキシムの異性化を伴うオキシム窒素原子上での求核置換反応について研究を行った。その結果、β-アリールケトンオキシムにトリフルオロ酢酸無水物と4-クロラニルを作用させると、キノリン誘導体を合成できることを見出した。この反応条件では、オキシムの異性化と環化反応がともに進行し、オキシムの両異性体からキノリン誘導体を得ることができる。

 また、フェニル基に代わって、分子内求核部位としてオレフィン部位を有するO-メトキシアセチルオキシム誘導体にメトキシ酢酸を作用させると、O-トキシアセチルオキシ基の導入された環状イミンが得られることを見出した。この反応では、オレフィン部位のオキシム窒素原子への求核攻撃とカルボン酸のオレフィンヘの求核攻撃が協奏的に進行していると考えられる。

3.オキシムの一電子還元による活性化を利用するラジカル環化反応

 上述の式5の研究過程において、O-アシルオキシム誘導体に酢酸を加えて加熱すると、アシルオキシ基以外に水素が導入された環状イミンが少量生成した。この環状イミンは、オキシム酸素-窒素結合の均等開裂によるラジカル環化反応によって生じることがわかった。反応条件をさらに検討した結果、O-アセチルオキシム誘導体に触媒量の1,5-ナフタレンジオールと酢酸、1,4-シクロヘキサジエンを添加すると、ラジカル環化反応が促進され、ジヒドロピロール誘導体が収率良く得られることを見出した。

 さらに、ラジカル受容部位としてアセチレン部位を持つオキシム誘導体を同様に反応させると、ラジカル環化によって生成したアルキリデンジヒドロピロールが、酸によって異性化してピロール誘導体を与えることがわかった。

4.酸素-窒素結合の開裂を伴うオキシム窒素原子のオレフィンヘの付加反応

 前述のラジカル環化反応の研究過程で、O-メチルオキシム誘導体を三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体と触媒量のピリジンフッ化水素酸塩で処理すると、オキシム酸素-窒素結合の開裂を伴うオキシム窒素原子の分子内オレフィンヘの求核攻撃が起き、収率良く5-6員環の環状イミンが得られることを見出した。通常、オキシム窒素原子がオレフィン部位に求核攻撃を行うとニトロンが生成するが、この反応では酸素-窒素結合が開裂し、環状イミンを得ることができる。

 従来、オキシムは、Beckmann転位やNeber反応などを起こし易く、オキシム窒素原子上で置換形式の反応を行った例はほとんど報告されていなかった。今回筆者は、まずO-置換オキシムの異性化について検討し、異性化に必要な条件を見出した。これに基づいて、簡単な操作で、しかも穏やかな条件で求核置換反応を行い、β-アリールケトンオキシムやγ,δ-不飽和ケトンオキシムの両異性体からキノリンやジヒドロピロールを合成する手法を開発した。

 また、この研究過程で触媒的なラジカル環化反応を見出し、γ,δ-不飽和ケトンオキシム誘導体からのジヒドロピロールやピロールの合成法として確立した。さらに、酸素-窒素結合の開裂を伴うオキシム窒素原子のオレフィンヘの付加反応を利用して、5、6員環の環状イミンを収率良く得ることができた。

 これらの反応は、簡単なオキシム誘導体の両異性体から、一般的な試薬を用いるだけで効率よく含窒素環状化合物を得ることができ、含窒素複素環骨格の新しい構築法として利用できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、オキシム窒素原子上での置換反応を開発した結果について、四章にわたって述べたものである。

 従来、オキシムはBeckmann転位やNeber反応などを起こし易く、オキシム窒素原子上で置換形式の反応を行った例はほとんど報告されていなかったが、最近当研究室では、この型式の求核置換反応が収率良く進行することを見出している。

 しかし、この反応ではsyn体のオキシムを望みの環化体へと変換することはできない。そこで筆者は、オキシムを異性化させながら環化反応を行わせれば、この問題を解決できると考え研究を行っている。

 第一章ではオキシム類の異性化について述べている。オキシム自身は酸性条件で容易に異性化するが、オキシム酸素原子上を置換したオキシム誘導体の異性化についてはこれまでほとんど報告例がなかった。そこでオキシム類の異性化について検討を行った結果、次のようなオキシム誘導体が異性化する条件を見出している。

 オキシム自身は、トリフルオロメタンスルホン酸のように求核性の低い酸を作用させるだけで容易に異性化する。

 一方、酸素原子上が置換されているO-アルキルオキシム誘導体やO-アセチルオキシム誘導体は、求核性の低い酸を作用させただけでは異性化しない。しかし、反応系中に求核剤が共存する場合は異性化することを見出した。この異性化はオキシムの二重結合のプロトン化と求核剤の付加脱離によって進行している。

 また、O-トリフルオロアセチルオキシムのような活性なアシル基をもつオキシム類は、上述した付加脱離機構以外にも、アシル基交換によって生じるオキシムの段階で異性化が起こることも明らかにしている。

 第二章では、オキシムのsyn-anti異性化を伴うオキシム窒素原子上での求核置換反応の開発について述べている。第一章で見出したオキシムの異性化条件に基づき、β-アリールケトンオキシムにトリフルオロ酢酸無水物を作用させると、オキシムの異性化を伴いながら、フェニル基が求核種となりオキシム窒素原子上で求核置換反応が進行することを明らかにした。生じたジヒドロキノリンは同時に加えた4-クロラニルで酸化され、オキシムの両異性体からキノリン誘導体が収率良く合成できる。

 また、フェニル基に代わって、分子内求核部位としてオレフィン部位を有する第γ,δ-不飽和ケトンO-メトキシアセチルオキシム誘導体にメトキシ酢酸を作用させると、5員環イミン類が得られることを見出している。

 第三章ではオキシムの一電子還元によるラジカル環化反応について述べている。上述の研究過程において、O-アセチルオキシムに酢酸を加えて加熱すると、オキシム酸素一窒素結合の均等開裂によるラジカル環化反応が起こることに気付いた。この知見に基づき、O-アセチルオキシムに触媒量の1,5-ナフタレンジオール、酢酸、1,4-シクロヘキサジエンを添加すると、触媒的なラジカル環化反応が起こり、ジヒドロピロール誘導体が収率良く得られることを明らかにしている。

 さらに、ラジカル受容部位としてアセチレン部位を持つオキシム誘導体を同様に反応させると、生じるアルキリデンジヒドロピロールが酸によって異性化して、ピロール誘導体を与える。

 第四章では酸素-窒素結合の開裂を伴うオキシム窒素原子のオレフィンヘの付加反応について述べている。O-メチルオキシム誘導体を三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体と触媒量のピリジンフッ化水素酸塩で処理すると、オキシム酸素-窒素結合の開裂を伴うオキシム窒素原子の分子内オレフィンヘの求核攻撃が起き、収率良く5-6員環の環状イミンが得られることを見出した。通常、オキシム窒素原子がオレフィン部位に求核攻撃を行うとニトロンが生成するが、この反応では酸素-窒素結合が開裂し、環状イミンを得ることができる。

 このように、筆者はO-置換オキシム誘導体の異性化条件を見出すとともに、オキシム窒素原子上での置換型式の反応により、キノリン類、ジヒドロピロール類、ピロール類、テトラヒドロピリジン類といった、様々な骨格を持つ含窒素環状化合物の簡便かつ実践的な合成法を開発している。

 以上述べたように、オキシム窒素原子上での置換反応による含窒素環状化合物の新しい合成法に関する本研究業績は、有機合成化学の分野に貢献するところ大である。なお、本研究は北村充、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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