学位論文要旨



No 117888
著者(漢字) 島田,忠之
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,タダユキ
標題(和) 分裂酵母Mei2タンパク質が形成するドット状構造の時間的空間的挙動
標題(洋)
報告番号 117888
報告番号 甲17888
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4359号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬淵,一誠
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 濡木,理
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

 分裂酵母Mei2Pタンパク質は、減数分裂の進行に必須の役割を持つタンパク質で、減数分裂前DNA合成及び、減数第一分裂の進行の二つのステップに機能していると考えられている。また、Mei2Pの細胞内の局在を観察すると、Mei2Pは減数第一分裂前期の核内にドット状の構造を形成しており、このドット形成が第一分裂に密接に関与していることが知られている。減数分裂前DNA合成から減数第一分裂前期にかけて、核は細胞内で伸長した形態を取りその形態からホーステール核と呼ばれている。ホーステール核は、高等真核生物の中心小体にあたる構造体の紡錘極体(SPB)に引っ張られる形で核内を往復運動する。Mei2Pドットの位置はこの往復運動する核の中で、常に前方の特定の位置に存在することが知られている。本研究では、このMei2Pが形成するドット状の構造体が核内のどのような位置に存在するかを明らかにすることを試みた。

 哺乳類培養細胞にMei2タンパク質と、Mei2Pと相互作用するRNA分子であるmeiRNAを共に発現した場合、核内のMei2Pは核小体内に集約するという知見があることから、まず、Mei2Pドットが核小体と相互作用している可能性について検証した。減数分裂期のホーステール核において、核小体に特異的に存在するタンパク質であるGar2Pでマークした核小体と、Mei2Pの位置関係を比較したが、Mei2Pドットは核小体内には含まれておらず、むしろ核小体とは一定の距離をおいて存在した。

 そこで、ホーステール核において、特異的に染色体配置が乱れる変異体を用いてMei2Pドットを観察したところ、染色体配置の乱れに応じて、Mei2Pドットの核内の位置が変化した。このことから、Mei2Pドットが染色体に依存してその局在位置を決定している可能性が示唆された。

 染色体に依存してMei2Pドットの局在が決定されているのかを確認するために、一倍体細胞に減数分裂を誘導するシステムを利用した。一倍体に強制的に減数分裂を誘導する場合、細胞が接合フェロモンのシグナルを受け取ったか否かで第一分裂の染色体分配様式が変化することが知られている。接合フェロモンを受容した場合、複製された二本の染色分体は同一極に分配されるが、受容しなかった場合、二本の染色分体は反対極に分配される。そこで、これらの二つの減数分裂誘導方法により一倍体を減数分裂させ、減数第一分裂後期の核が二つ観察される時期のMei2Pドットの局在を観察した。すると、Mei2Pドットは染色分体の分配と同じように、フェロモンを受容した場合は片方の極にだけ、受容しなかった場合には両方の極に分配された。そのため、Mei2Pドットは染色体と挙動を共にすることが明らかにされた。

 分裂酵母には3本の染色体が存在するため、Mei2Pドットがそのいずれかの染色体と特異的に挙動を共にしているかを調べることにした。特定の染色体をラベルした一倍体細胞に対し、フェロモン受容を伴う方法で減数分裂を強制的に誘導し、Mei2Pドットと高い頻度で同じ核に分配される染色体が存在するか確認した。その結果、二番染色体がMei2Pドットとほぼ100%同一極に分配されたため、Mei2Pドットは二番染色体と挙動を共にしていると考えられた。

 続いて、二番染色体上の定められた領域にMei2Pドットが局在するかを検討した。この検討では強制的に減数分裂を誘導した一倍体細胞ではなく、通常の二倍体細胞の減数分裂のホーステール期においても、Mei2Pが二番染色体と挙動を共にしているのかを確認を兼ねた。ホーステール核においては、染色体のテロメア領域がSPBに集まっていることが知られており、SPBからの物理的な距離が、テロメアからの遺伝学的な距離とほぼ対応していることも明らかにされている。そのため、まず二番染色体上のさまざまな領域を標識した細胞において、その標識部位とMei2Pドットの位置関係を調べることにした。その結果、Mei2Pドットはテロメアから400kbの地点を標識した場合に、その標識部位と近接して存在することが確認された。しかし、染色体の両端がSPB部分に存在するため、Mei2Pがどちらの染色体腕部に存在するかは判明しない。そこで、taz1の変異体を用いることにした。taz1変異体はホーステール核においてテロメアがSPBに集合しないという表現型を示す。そのため、核内の染色体配置がランダムになるのだが、二番染色体短腕のテロメアから400kbを標識した細胞では、常にMei2Pドットと標識部位が近接して存在していた。これに対し、長腕をマークした細胞ではMei2Pドットと標識部位の平均距離が大きく増大した。そのため、Mei2Pドットは二番染色体の短腕に局在すると結論された。

 二番染色体の短腕、テロメアから約250kbの地点にはsme2遺伝子座が存在する。sme2はMei2Pと相互作用するRNA分子であるmeiRNAをコードしており、sme2の過剰発現によりmei2の温度感受性変異株を抑圧できることが分かっている。このようにmei2とsme2には遺伝学的、物理的な相互作用が認められているため、Mei2Pドットとsme2コード領域の関係を調べた。

 すると、Mei2Pドットはsme2コード領域に依存した位置に形成されることが分かり、例えば染色体内のsme2コード領域の位置を変えると核内のMei2Pドットの位置も変化した。また、sme2破壊株ではMei2Pドットが形成されないことが明らかにされているが、ドットを形成するためには細胞内にsme2コード領域の配列が存在するだけでなく、そこからmeiRNAが転写されていることが必要であることも判明した。

 以上より、Mei2Pドットは二番染色体上のsme2コード領域にmeiRNAの転写活性に依存して形成されることが結論づけられた。

 接合から減数分裂に到るさまざまな過程の中でMei2Pドットが観察される時期がいつからいつまでなのかを明らかにすることを試みた。有性生殖過程の特異的な段階で停止する変異体を使用してそれぞれの最終表現型でMei2Pドットが観察されるか否かを確認した。

 その結果、Mei2Pドットは栄養源飢餓、フェロモンシグナルの受容の段階では形成されず、その後の、細胞同士が接着する前接合子形成の段階から観察された。また、Mei2Pドットは減数第一分裂の核分裂の進行に伴い消滅し、減数第二分裂開始前には観察されなくなる。ドットの形成は減数第一分裂の進行に関与すると考えられているにもかかわらず、ドット形成は接合段階から形成されているということになる。しかし、ドットを形成した前接合子が接合の段階をスキップして有性生殖過程を進行させてしまうようなことは観察されなかった。

 Mei2Pは栄養増殖時にはPat1キナーゼによりリン酸化され、このリン酸化が抑制されることで活性化することが知られている。そこで、リン酸化がドット形成に与える影響を調べた。Mei3Pは二倍体細胞に特異的に発現するPat1キナーゼの抑制因子であり、Mei3Pが発現することで脱リン酸化型Mei2Pが蓄積すると考えられている。そこで、mei3破壊株において、Mei2Pドットが形成されるかを確認したが、接合したmei3破壊株においてもMei2Pドットが観察された。つまり、少なくともMei3PによるPat1キナーゼの阻害は、ドット形成に必要な事項ではないといえる。また、meiRNAはMei2Pドット形成に必要であるが、前接合子形成の段階でのMei2Pドット形成にもmeiRNAの発現は必要であった。

 そこでmeiRNAがドット形成に与える影響を見るために、接合フェロモンを受容した段階、および前接合子形成の段階で有性生殖過程を停止する2種の変異体と野生型株のmeiRNAの発現を比較したが、フェロモンシグナルを受容して停止した細胞でもmeiRNAは接合後の野生型細胞と同様に発現していた。このことと、Mei2Pのドットは接合フェロモンを受容しただけでは形成されなかったことから、有性生殖過程に進行した細胞にmeiRNAが発現すればドットが形成されるとはいえない。これらの結果、Mei2Pドットの形成には前接合子形成の段階で何らかの未知のシグナルが細胞に伝達されることが必要であるということが示唆される。

 Mei2Pがどのようにして減数分裂過程を制御しているのかは不明であるが、複合体内に存在するRNAの転写に依存して染色体上にドット状の構造を作り出すという、今回明らかになったMei2Pドットの特徴と同様な性質を持つ核内小体が哺乳類培養細胞に存在する。これはCajal bodyと呼ばれており、主にスプライセオソームの構築やmRNAのキャッピングに関与するsnRNAの成熟に関与すると考えられている。哺乳類細胞以外にはCajal bodyは存在しないが、こういった似たような性質から、Mei2Pドットが減数分裂に特異的な遺伝子のスプライシングを制御することで減数分裂の進行を制御しているとも考えられる。Mei2Pがドットを形成することで果たす機能を解明する上で、Cajal bodyとの機能的な関連性を追求する価値があるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 分裂酵母Mei2pタンパク質は、減数分裂の進行に必須の役割を持つタンパク質である。Mei2pの細胞内の局在は、細胞質全体に加えて核内にドットとして観察され、このドット形成が減数第一分裂に密接に関与していることが知られている。減数分裂前期の核は、細胞内で伸長した形態を取り、中心小体に相当する構造体であるSPBを先頭に細胞内を往復運動する。Mei2pドットはこの核内の前方の一定の位置に存在する。本研究で学位申請者島田忠之は、減数分裂特異的な核内構造Mei2pドットの位置が、何によって規定されているかを明らかにしようと試みた。

 学位申請者はまず、Mei2Pドットが核小体内に存在する可能性について検討し、それを否定した。次に、減数分裂時の核内の染色体配置が乱れる変異体を解析し、染色体配置の乱れに応じてMei2Pドットの位置が変化することを発見した。Mei2Pドットの位置が染色体に依存している可能性が疑われたので、学位申請者は一倍体細胞に減数分裂を誘導して解析を進めた。一倍体に強制的に減数分裂を誘導する際、細胞が接合フェロモンを受容していると、複製された二本の染色分体は減数第一分裂時に同一極に分配され、受容しなかった場合は反対極に分配される。これら二つの場合のMei2pドットの局在を観察したところ、ドットはフェロモンシグナルの有無に応じて染色分体の分配と同じパターンを示した。Mei2Pドットは染色体と挙動を共にすると考えられたので、分裂酵母の3本の染色体のそれぞれを標識した一倍体細胞に対し、フェロモン受容を伴う減数分裂を誘導し、Mei2pドットと共に分配される染色体が存在するかを検討した。その結果、Mei2Pドットは二番染色体と強く連鎖していると思われた。

 続いて、二番染色体上のどの領域にMei2pドットが局在するかを検討した。減数分裂前期の核では、全染色体のテロメアがSPBに集まっており、SPBからの物理的な距離が、テロメアからの遺伝学的な距離とほぼ対応する。二番染色体上の様々な領域を標識し、標識部位とMei2Pドットの位置関係を調べた結果、Mei2Pドットは二番染色体短腕上のテロメアから約400kbの地点の近傍に局在すると結論された。

 この地点の周辺にはsme2遺伝子座が存在する。Sem2はMei2pに結合するRNA分子であるmeiRNAをコードしている。Sme2はmei2と遺伝学的にも相互作用が認められているため、sme2遺伝子座を染色体上で移動させてMei2Pドットとの関係を調べたところ、sme2コード領域が存在する位置にMei2pドットが形成されることが明らかとなった。ドット形成のためには、sme2コード領域のDNA配列があるだけでなく、そこからRNAが転写されていることが必要であった。以上より、Mei2Pドットは二番染色体上のsme2コード領域にmeiRNAの転写に依存して形成されると結論づけられた。

 学位申請者はさらに、接合から減数分裂に到る過程の中でMei2pドットが形成される時期を明らかにすることも試みた。有性生殖過程の特異的な段階で停止する変異体を用いて観察した結果、Mei2Pドットは栄養源飢餓やフェロモンシグナルの受容の段階では形成されず、前接合子形成の段階で初めて観察された。また、Mei2pドットは減数第一分裂の核分裂の進行に伴い消滅し、減数第二分裂期には観察されなかった。ドットの形成は減数第一分裂の進行に深く関わると考えられているが、ドットを形成した前接合子が接合を完了せずに減数分裂を進行させることはなかった。

 Mei2pは栄養増殖時にはPat1キナーゼによりリン酸化され、リン酸化が抑制されることで活性化することが知られている。リン酸化がドット形成に与える影響を調べるため、Pat1キナーゼの抑制因子であるMei3pの遺伝子mei3を破壊した株で観察したところ、Mei2pドットは観察された。つまり、Mei3pによるPat1キナーゼの阻害はドット形成には必須ではないと思われた。次にmeiRNAの発現とドット形成の相関を見るために、各種変異体株を解析した。フェロモンを受容して停止した細胞では、meiRNAは十分に発現していたがMei2pドットは形成されなかった。すなわち、meiRNAの発現はMei2pドット形成の十分条件ではなく、ドットの形成には前接合子形成の段階で生じる何らかのシグナルがさらに必要であると結論された。

 以上、島田忠之は分裂酵母の減数分裂制御因子Mei2Pが核内に作る特異的なドット構造の実体について理解を深め、その形成のための条件を明らかにした。ドット構造の機能についてはまだ謎が残されているが、本研究の成果は減数分裂の分子機構の解明に大きく寄与するものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は山下朗、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、島田忠之に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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