学位論文要旨



No 117891
著者(漢字) 足達,俊吾
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,シュンゴ
標題(和) 新規β-catenin結合因子B9Lの単離及びその機能解析
標題(洋)
報告番号 117891
報告番号 甲17891
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4362号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 宮島,篤
内容要旨 要旨を表示する

 Wntシグナル伝達経路は、線虫からヒトにいたるまで広く保存されたシグナル伝達経路であり、発生、形態形成に重要な役割を果たしている。さらに、種々のヒト腫瘍でWntシグナル伝達経路構成因子であるβ-cateninやWntシグナル伝達経路の負の制御因子APCの変異が見出され、Wntシグナル伝達経路の異常が細胞癌化に関与していることが明らかになっている。変異のおきたβ-cateninは安定化して細胞内に蓄積し、核内に移行してTCFと複合体を形成し転写を活性化する。このようなβ-catenin/TCFを介した転写の異常な活性化が癌化の一因となると考えられている。我々は、β-cateninの機能による癌化の機構をさらに明らかにするためにβ-catenin結合因子を検索し、B細胞リンパ腫で活性化している癌遺伝子Bc19と相同性のある新規遺伝子B9L(Bcl9 like protein)を同定した。B9L及びBc19の機能を比較解析した結果、B9Lはβ-cateninに結合してβ-catenin/TCFを介した転写を亢進する活性をもつことが明らかになった。B9LのC末端領域を欠損させた変異体B9LΔCterは転写活性化能を持たず、全長のB9しに対してドミナントネガティブとして働く事が明かにした(図1)。B9Lによるβ-catenin/TCFの転写の活性化はβ-cateninの安定化によるものではく、またB9L単独では転写活性化能が持たない事を明らかにした。以上の事から、B9LC末端にはβ-cateninの持つ転写活性化能を助ける未知の転写活性化補助機構が存在することが考えられた。さらに、B9LはXenopus初期胚に二次軸を誘導する活性をもつこと、変異β-cateninによるRK3E細胞の軟寒天上でのコロニー形成を促進する活性をもつことが明らかになった。B9LのC末端領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体B9LΔCterは、β-cateninによるコロニー形成を顕著に減弱させた(図2)。一方、BCl9はβ-catenin結合能はもっているが、転写活性化能、二次軸誘導能のいずれも示さなかった、これらの結果より、B9Lがβ-cateninによる細胞癌化に関与している事が明らかとなった、なお、最近ショウジョウバエのleglessという遺伝子がBcl9のショウジョウバエホモログとして同定され、Wntシグナル伝達経路に必須な因子である事が明らかになった。しかし、B9L及びBcl9に高度に保存されているC末端領域が、leglessには保存されておらず、また機能上もC末端領域が必要無いと奮う事が示されている。これらの事実からC末端領域に関わる機能は進化上、脊椎動物以降に新たに得られた機能であると考えられる。

 ルシフェラーゼアッセイの結果、B9Lにはwnt1によるβ-catenin/TCFを介した転写活性化を増強する活性がある事が確かめられた。また、C末端領域を除いたB9Lは全長B9Lに対してドミナントネガティブとして働く事を示した。

 安定型β-cateninによって軟寒天内に形成されるコロニー数に対してB9L全長及びC末端欠損変異体が与える影響ついて検討した、その結果、B9L全長にはコロニー数を増加させる活性があり、逆にC末端欠損変異体にはコロニー形成を減少させる働きがある事が明かとなった。

図1:B9Lによるβ- catenin/ TCFを介した転写活性の増強

図2:細胞癌化におけるB9Lの役割

審査要旨 要旨を表示する

 本編は新規β-catenin結合因子B9Lの単離及びWntシグナル伝達経路におけるB9Lの役割の解析結果について述べたものである。

 Wntシグナル伝達経路は、線虫からヒトにいたるまで広く保存されたシグナル伝達経路であり、発生、形態形成に重要な役割を果たしている。さらに、種々のヒト腫瘍でWntシグナル伝達経路構成因子であるβ-cateninの安定化さらにβ-catenin/TCFを介した転写の異常な活性化が見つかっておりWntシグナル伝達経路が癌化にも深く関与する事が明らかとなっている。

 本論文には以下の5点について示されている。

1、β-catenin結合因子としてB9L及びBcl9を同定

 β-cateninの機能による癌化の機構をさらに明らかにする事を目的としてtwo-hybridスクリーニング法を用いて新規のβ-catenin結合因子を検索し、B細胞リンパ腫で活性化している癌遺伝子Bcl9と相同性のある新規遺伝子B9L(Bcl9 like protein)を同定した。さらにB9LだけでなくBcl9もβ-cateninに結合する事を見い出した。

2、β-catenin/TCFを介した転写におけるB9Lの役割

 B9Lのβ-catenin/TCFを介した転写における機能を調べるためにTCF結合配列をエンハンサー領域に持つレポーターベクターを用いることにより、B9Lがβ-cateninに結合してβ-catenin/TCFを介した転写を亢進する活性をもつことを明らかにした。さらにB9LのC末端領域を欠損させた変異体B9LΔCterは転写活性化能を持たず、全長のB9Lに対してドミナントネガティブとして働く事を明らかとした。以上の事から、B9LC末端にはβ-cateninの持つ転写活性化能を助ける未知の転写活性化補助機構が存在すると考えられる。

3、β-catenin/TCFが関わる現象におけるB9Lの役割

 B9LはXenopus初期胚に二次軸を誘導する活性をもつことを明らかにした。また、細胞癌化におけるB9Lの役割を解析する事を目的として、安定型β-cateninによって軟寒天上でコロニー形成能を獲得する事が知られているRK3E細胞を用いた実験を行った。B9Lが安定型β-cateninによるコロニー形成に与える影響について調べた結果、全長B9Lはβ-cateninによるコロニー形成能を亢進させる働きがあり、C末端領域を欠いたB9LのC末端領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体B9LΔCterはβ-cateninによるコロニー形成能を顕著に減弱させる働きを持つ事を明らかにした。この実験によりB9Lがβ-cateninによる細胞癌化に関与している事が明らかとした。

4、B9LとBC19の活性の違い

 B9Lと相同性を持つBC19はβ-catenin結合能はもっているが、転写活性化能、二次軸誘導能のいずれも示さなかった。これらの結果により、B9L及びBcl9はアミノ酸配列上高度に保存された領域をもつが、両者の活性には違いが存在する事を示した。

5、B9L及びBcl9のショウジョウバエオルソログ1eglessとの機能の相違

 最近ショウジョウバエの1eglessという遺伝子がBcl9のショウジョウバエオルソログとして同定され、Wntシグナル伝達経路に必須な因子である事が明らかになった。しかし、B9L及びBcl9に高度に保存されているC末端領域が、leglessには保存されておらず、また機能上もC末端領域が必要無いと言う事が示されている。これらの事実からC末端領域に関わる機能は進化上、脊椎動物以降に新たに得られた機能であると考えられる。

 以上、本論文は新規β-catenin結合因子B9Lを同定し、β-cateninを介した転写活性化及び細胞の癌化に重要な役割を果たす事を明らかとした。本研究は今後β-catenin/TCFの関わる生命現象の解明や発癌のメカニズムの解明において重要な基礎になると考えられる。よって、審査員一同は本論文が博士(理学)の学位論文として価値あるものと認めた。

 なお、主論文は小川文昭、河府和義、繁健次郎、秋山徹との共同研究であるが、論文提出者が主体になり研究、解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク