学位論文要旨



No 117892
著者(漢字) 石谷,隆一郎
著者(英字)
著者(カナ) イシタニ,リュウイチロウ
標題(和) tRNA修飾酵素アーケオシンtRNAグアニントランスグリコシラーゼの機能・構造解析
標題(洋)
報告番号 117892
報告番号 甲17892
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4363号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 助教授 堀越,正美
内容要旨 要旨を表示する

 tRNA、rRNA、snRNA等の機能を持つRNAには多種多様の修飾塩基(ACGU以外のヌクレオチド残基)が見出されているが、生命現象におけるその意義が近年ようやく明らかにされつつある。例えば真核生物のrRNAに非常に多く見出されるシュードウリジンなど、多くのRNA修飾の役割は不明であったが、近年の研究からこれらの修飾塩基の一部はRNAの高次構造の形成と安定化に重要であることが明らかになってきた。

 RNAの構造を安定化している修飾サイトは、通常、RNAのドメイン間の相互作用など、高次構造的な相互作用(tertiary interaction)に関わっており、その結果これらの修飾サイトはRNAの高次構造に埋もれて存在している。このようなRNAの高次構造的な相互作用は、比較的小さく単純な構造を持つtRNAにも多く存在している。特に、バリアブル・ループ、Dアームの一部で構成される、tRNAのL字型構造の中心部分(コア;1図)には、高次構造的な相互作用が形成されており、多くの修飾塩基がこの「コア」に埋もれている。従って、これらの高次構造を補強する修飾を行うtRNA修飾酵素は、最終的な折り畳みとは異なる構造を持つ、標的サイトが露出した状態のtRNAを認識して修飾を行っていると推測される。

 アーケオシン(7-formamidino-7-deazaguanosine;図2)は、古細菌のtRNAのDループ上15位に存在する修飾塩基である。Dループ上の15位はバリアブル・ループ上の48位と塩基対を形成し、さらにTΨCループ上の59位とスタックしている(図1)。そのため、アーケオシンはこれら3つのループ間の相互作用を補強する楔のような役割をしていると考えられている。

 アーケオシンtRNAグアニントランスグリコシラーゼ(ArcTGT)は、このアーケオシンのtRNAへの導入に関わっている修飾酵素である。ArcTGTはヌクレオチド残基の塩基部分のみをすげ替える「塩基交換反応」により、tRNA15位グアニル酸残基のグアニンとアーケオシン前駆体preQ0塩基を入れ替える(図2)。さらに、tRNA上に導入されたpreQ0にアンモニアが付加することで、アーケオシンが完成する。ArcTGTの標的サイトはtRNAのコア構造に埋もれており(図1)、通常のL字型状態のtRNAでは、ArcTGTは標的サイトにアクセスすることが出来ない。そのためArcTGTは何らかの構造変化を起こしたtRNAに結合し、preQ0塩基を導入していると推測される。tRNAの変異体解析の結果から、ArcTGTによるtRNA認識には正規のL字型の構造は必要ではなく、高次構造の一部が形成できないようなtRNA変異体でも効率よく認識されることが分かっている。また、ArcTGTはtRNAの配列に関係なく、位置特異的にDループ上の15位を認識して修飾を導入すると推測されているが、これらの具体的なメカニズムは不明であった。

 このような構造変化を起こしたRNAを位置特異的に認識するシステムは、ArcTGTに限らず、他のRNA修飾システムにも存在する。例えば、真核生物の核小体においてrRNA、snRNAの修飾に携わるsnoRNP複合体は、最終的な高次構造とは異なる構造を取ったrRNA、snRNAを認識し、標的サイトを修飾する。さらに、snoRNP複合体は位置特異的に標的サイトを認識することで、1つのシステムにより、rRNA、snRNAに非常に多く存在する標的サイトに同様に修飾を導入することが出来る。ArcTGTによるRNA認識メカニズムの解明は、このようなRNA修飾システムの理解のための構造生物学的な基盤を与えるものと考えられる。

 本論文では、まず、リガンド・フリーArcTGTあるいは小分子リガンドとの複合体のX線結晶構造解析を行い、ArcTGTによるグアニン等の小分子リガンドの認識機構を解明した。さらに、ArcTGT・tRNA複合体のX線結晶構造解析を行い、「tRNA修飾酵素による構造変化したtRNAの認識機構」および、「蛋白質による位置特異的な核酸認識の機構」を立体構造に基づいて明らかにした。また、リガンド・フリーArcTGT、小分子リガンドとの複合体、tRNAとの複合体それぞれの触媒サイトの構造を比較することで、塩基交換の反応機構についても議論した。

 まず、非常に熱安定で構造解析に有利な超高度好熱性古細菌Pyrococcus horikoshii由来ArcTGTの大量調製と結晶化を行った。大腸菌内で大量発現させたArcTGT(発現系は東工大・生命理工・岡田研究室より恵与)を熱処理と3段階のカラムクロマトグラフィーにより精製したうえで、結晶化を試みた。その結果、シンクロトロン放射光(Spring-8 BL44XU)を光源として最高で2.0A分解能程度まで回折する結晶を得ることに成功した。この結晶は空間群P43212に属し、格子定数はa=b=99.28、c=363.74Aであった。さらに、ArcTGTセレノメチオニン置換体の大量調製と結晶化を行い、多波長異常分散法による位相決定を行った。最終的には、分解能2.2 Aまでの反射を用いてRwork=22.7%(Rfree=26.1 %)まで構造精密化を行うことができた。また、ArcTGTの結晶にグアニン、preQ0、グアノシン、デオキシグアノシン類似体(東京医科歯科大・杉山弘先生より恵与)をそれぞれ浸潤させることで、各々のリガンドとの複合体の結晶構造を決定した。その結果、リガンド・フリーArcGTの構造では触媒部位付近の残基97-106がdisorderしていたが、小分子リガンドが結合することで構造変化が起こり、残基97-106はαヘリックスを形成することが明らかになった(図3)。また、ArcTGT・リガンド複合体の構造とQueTGT・preQ1、複合体の構造と比較することで、ArcTGTとQueTGTのリガンド認識の違いがArcTGTに特異的なヘリックスα9により引き起こされていることを突き止めた。さらに、上記のリガンドとの複合体に加え、さらにグアノシン、デオキシグアノシン類似体との複合体の構造とも比較することで、求核触媒残基であると考えられてきたAsp95が、塩基交換反応において酸塩基触媒どして働いている可能性を示唆した。

 一方、P.horikoshii由来tRNAvalUACを、T7RNAポリメラーゼを用いたin vitro転写反応とゲル精製により大量調製し、ArcTGTと複合体を形成させ結晶化を試みた。その結果、シンクロト穏ン放射光(Spring-8 BL41XU)を光源として分解能3.3Aまで回折する結晶を得ることに成功した。この結晶は空間群R32に属し、格子定数はa=b=230.8 A, c=269.3 A(α=β=90°, γ=120°)であった。さらに上記のリガンド・フリーArcTGTの構造をモデルとした分子置換法により位相決定を行った。最終的には、分解能3.3 Aでの反射を用いてRwork=22.5% (Rfree=28.8%)まで構造精密化を行うことができた(図4)。

 複合体の構造解析の結果、Arc TGTは大きく構造変化を起こしたtRNAに結合することが明らかになった(図5)。この構造変化したtRNAは、単に変性してしまうのではなく、修飾の標的部分が露出するようにtRNAの2次構造、3次構造が組み変わった「オルタナティブ」なL字型構造をとっていた。このオルタナティブ型tRNAでは、Dアームの構造が完全に破壊されU8位からU22位がtRNA本体から飛び出し、そのうちU8位からU17位がArcTGTに認識されていた。一方、正規のL字型tRNAではDアームを中心にコア構造が構成されているが、オルタナティブ型tRNAでは、元Dステムの一部とバリアブル・ループにより新たなステム構「VDステム」が形成され、新たなコア構造を形成していた。さらに、ArcTGTによる配列非特異的かつ位置特異的なtRNA15位の認識は、tRNAバックボーンの糖と燐酸を1残基ずつ認識することで達成されていた。すなわち、ArcTGTのC末端ドメインはtRNAのアクセプター・ステムのバックボーンを正確に認識し、飛び出したDアームの付け根の部分U8位を酵素に対して正確に位置づけていた。さらにArcTGTは、U8位からA14位の(一本鎖になったRNAの)バックボーンを1残基ずつ認識し、ポリヌクレオチド鎖の長さを測ることで、正確にG15位を触媒部位に位置づけていた。ArcTGTのC末端ドメインは真核生物・古細菌のRNA修飾酵素に広く見出されるPUAドメインを含んでいる。PUAドメインの機能は未知であったが、本論文の構造解析の結果から、位置特異的なtRNA認識において、アクセプター・ステムを酵素に対して正確な位置に結合させるという重要な役割を担っていることが明らかになった。ArcTGTのPUAドメインはrRNA、snRNAのシュードウリジン化に関わるsnoRNPの触媒コンポーネントであるCbf5pのPUAドメインと特に相同性が高く、Cbf5pのPUAドメインも同様にRNAステムを認識することで位置特異的なRNA認識に関わっている可能性が示唆される。一方、tRNAとの複合体におけるArcTGTの触媒部位の構造から、保存されたAsp249残基が求核触媒残基である可能性が示された(図6)。変異体の活性測定の結果や、他の類似の反応を触媒する酵素の触媒部位の構造などからも、Asp249残基が求核触媒残基である可能性が強く示唆された。

図1:tRNAコアの構造

図2:ArcTGTが触媒する塩基交換反応と、修飾塩基アーケオシンの化学構造

図3:リガンド・フリーArcTGT(上図)とpreQ0との複合体(下図)における触媒サイトの構造

図4:ArcTGT・tRNA複合体の全体構造

図5:ArcTGTに結合したtRNAの構造変化

図6:ArcTGT tRNA複合体における触媒サイトの構造

審査要旨 要旨を表示する

 tRNA修飾酵素はtRNAにACGU以外の修飾塩基を導入する役割を持つ酵素群である。tRNAの修飾はコドン・アンチコドン認識の多様性をもたらすだけでなく、tRNAの折り畳みを助け、構造を安定化させる役割を持っている。これらのtRNA修飾は、完成した折り畳みであるL字型tRNAでは、高次構造に埋もれたサイトに位置している。そのため、tRNAは何らかの高次構造変化を起こした上で修飾酵素に認識され、修飾されると考えられる。tRNA修飾酵素、アーケオシンtRNAグアニントランスグリコシラーゼ(ArcTGT)は、tRNAの15位に修飾塩基アーケオシンを導入する反応にかかわる酵素である。ArcTGTの標的サイトも他の修飾サイトと同様にtRNAのコア構造に埋もれており、通常のL字型状態のtRNAでは、ArcTGTが標的サイトにアクセスすることが出来ない。そのためArcTGTは何らかの構造変化を起こしたtRNAに結合し、修飾を導入していると推測されるが、どのような構造変化を起こしているかは不明であった。またさらに、ArcTGTはヌクレオチド残基の塩基部分のみをすげ替える「塩基交換反応」という特徴的な反応により、tRNA15位グアニル酸残基のグアニンとアーケオシン前駆体preQo塩基を入れ替えるが、その機構の詳細は不明であった。論文提出者は、超好熱性古細菌Pyrococcus horikoshii由来ArcTGT、ArcTGT・リガンド複合体、ArcTGT・tRNA複合体のX線結晶構造解析によって、「tRNA修飾酵素による構造変化したtRNAの認識機構」と「塩基交換反応の反応機構」に関する研究を行った。本論文では、その研究の成果が述べられている。

 本論文は5章からなる。第1章は、研究の背景と概要について述べられている。第2章は、ArcTGT単独の結晶構造決定と、各種リガンド(グアニン、preQo、グアノシン、デオキシグアノシン類似体)との複合体の構造決定までの過程について述べられている。論文提出者はまず、ArcTGTの大量調製と結晶化を行い、さらにセレノメチオニン置換体の大量調製と結晶化、多波長異常分散法による位相決定を行い、分解能2.2Aで酵素単独の結晶構造を決定することに成功している。また、ArcTGT・各種リガンドの複合体の結晶構造も、分子置換法により決定している。第3章ではこれらの構造に関する議論が行われている。すなわち、リガンド・フリーArcTGTとリガンドとの複合体の構造を比較し、触媒サイトがリガンドの結合により大きな構造変化を起こすこと等を見出している。

 第4章は、ArcTGTとtRNA複合体の構造決定までの過程について述べている。論文提出者は、まず、P. horikoshi由来tRNAValを試験管内転写反応により大量調製し、ArcTGTと複合体を形成させたうえで結晶化し、さらに分子置換法により位相決定を行い、分解能3.3?で構造決定している。さらに第5章では、ArcTGT・tRNA複合体の結晶構造についてが、議論されている。ArcTGTは大きく構造変化を起こしたtRNAに結合しており、その構造変化したtRNAは、単に変性してしまうのではなく、修飾の標的部分が露出するようにtRNAの2次構造、3次構造が組み変わった「オルタナティブ」なL字型構造をとっていた。さらに、論文提出者は、ArcTGTによる配列非特異的かつ位置特異的なRNAの認識についてもその機構を解明している。一方、これらの認識モデルを検証するための変異体解析も行っており、その結果についても議論されている。

 第6章では、本論文で解明された結晶構造に基づき、総合的な議論が展開されている。まず、ArcTGTとリガンド、ArcTGTとtRNAとの複合体の触媒部位の構造から、Asp249残基やAsp95残基の塩基交換反応における役割を議論している。またさらに、論文提出者は、ArcTGTによるtRNA認識機構と、真核生物の核小体において、rRNAやsnRNAの修飾に関わるsnoRNP複合体におけるRNA認識との関連性などについても議論している。また、構造変化したオルタナティブ型tRNAと、ミトコンドリアに存在する異常なDアームを持つtRNAとの関連性についても議論されている。

 なお、本論文は、東京大学の横山茂之教授、濡木理助教授、深井周也博士(現スタンフォード大)、理研GSCの行木信一研究員、東工大・生命理工の岡田典弘教授、関根光雄教授、渡邉正勝助手、雉元禎哉君、萬有製薬つくば研究所の西村邁名誉所長、近藤久雄博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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