学位論文要旨



No 117893
著者(漢字) 香川,亘
著者(英字)
著者(カナ) カガワ,ワタル
標題(和) ヒトDNA組換えタンパク質Rad52の生化学的および構造生物学的研究
標題(洋) Biochemical and structural studies of the human DNA recombination protein Rad52
報告番号 117893
報告番号 甲17893
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4364号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 黒田,玲子
 理化学研究所 主任研究員 柴田,武彦
内容要旨 要旨を表示する

 DNAの二重らせんが切れてしまう二重鎖切断(Double strand break)と呼ばれる損傷は、細胞にとって致死的である。二重鎖切断は、放射線や抗癌剤などの外的要因に加え、DNAの複製エラーや活性酸素などの内的要因によって引き起こされている。二重鎖切断が修復されずに細胞分裂の段階に入ると、染色体DNAが正常に分離できなくなり、細胞の癌化の原因となる。生物は、二重鎖切断を修復するために、相同DNA組換え(homologous DNA recombination)および非相同DNA組換え(non-homologous end joining)の2つの修復経路を備えている。非相同組換えは、切断されたDNAの末端同士を再結合する機構で、修復されるDNAの塩基配列にエラーが導入されるリスクを抱えている。一方、相同DNA組換えは、切断されたDNAと相同な領域を無傷の染色体から見つけ出し、それを鋳型として正確に二重鎖切断部位を修復することができる。ヒトのゲノムは、約30億個の塩基対から構成されているが、この膨大なゲノムを相手に、相同DNA組換えは正確にそして速やかに行われる必要がある。

 相同DNA組換えは、マルチステップな反応である。この反応において、切断を受けたDNAと同じ塩基配列を持ったDNAを無傷の染色体の中から見つけ出す「相同的対合反応(homologous pairing reaction)」が中心的な反応である。原核生物では、この反応をRed51タンパク質が触媒する。一方、RecAの真核ホモログであるRad51タンパク質は、試験管内で相同的対合活性がRecAに比べ著しく弱いことが最近の研究から分かった。このことは、2つの可能性を示唆する。ひとつは、Rad51の活性を補助する因子が存在することである。もうひとつは、Rad51以外に相同的対合反応を触媒する酵素が存在することである。いずれにしても、真核生物では原核生物に比べてより多くの因子を相同DNA組換えにおいて必要とすることが考えられる。

 実際、高等真核生物において、遺伝学的な解析からRad52、Rad54、およびRad51と20-30%の相同性を持つRad51 paralogs(Xrcc2、Xrcc3、Rad51B、Rad51C、Rad51D)が相同的対合反応の過程で働くことが示された。これらのタンパク質の詳細な機能は明らかになっていないが、アミノ酸の配列からは、Rad51 paralogsはRecAの相似体であり、またRad54 はSNF2/SWI2 familyに属することが分かっている。しかし、Rad52は、類似したタンパク質がなく、その機能の予測が困難である。そこで今回、Rad52の生化学的解析およびX線結晶構造解析を行い、その相同的対合反応における分子機構の解析を行った。

 真核生物では、全長型Rad52とC末端側の領域が欠失した短縮型Rad52と2種類のタンパク質が産生されている。ヒトでは、Rad52遺伝子から全長型Rad52 (418アミノ酸〉とN末端側の領域を含むスプライシングバリアントである短縮型Rad52 (約200アミノ酸〉が転写されており、酵母では、短縮型Rad52は別の遺伝子(Rad59〉として存在している。われわれは全長型と短縮型Rad52の機能を明らかにするために、まずとトの全長型Rad52をリコンビナントタンパク質として大量精製し、このタンパク質の相同的対合活性を調べた。その結果、全長型Rad52は、単独で相同的対合反応を触媒することが明らかになった(図1A)。

 次に、その機能ドメインを同定するために、全長型Rad52のプロテアーゼによる限定分解を行ったところ、短縮型Rad52に対応するN末端側の237アミノ酸領域が、プロテアーゼに耐性であることが分かった。そこで、Rad521-237を全長型Rad52と同様にリコンビナントタンパク質として大量精製を行い、相同的対合活性を調べた。その結果、Rad521-237は、全長型Rad52と同レベルの相同的対合活性を有することが明らかになった(図1B)。これらの結果は、短縮型Rad52はRad52の相同的対合反応の触媒ドメインであり、プロテアーゼに耐性な高次構造を形成することを示した。

 Rad52の相同的対合ドメインの立体構造を決定するために、限定分解より同定されたRad521-237の結晶化を行い、シンクロトロン放射光施設(Spring-8)にて6-7A分解能のX線回折データを得た。さらに高分解能のデータを得るために、相同的対合活性を保持し、C末端が短縮されたRad52の変異体(Rad521-212)の結晶(0.3 x 0.2 x 0.1 mm程度)を作製し、Spring-8にて、多波長異常分散(MAD〉法よりその立体構造を2.85A分解能で決定した。その結果、Rad521-212は、11分子が集まったリング構造で、分子は回転対称の関係にあることが明らかになった(図2A)。直径が120A、内径が25A、高さが65AあるRad521-212のリング構造は、きのこの形に似ており、stem(茎)とdomed cap (傘)に対応する領域を持つ(図2B)。

 Stem領域では、3本のβストランドと1本のαヘリックスからなるβ-β-β-αフォールドがリング状に並んでいる(図2Aと2c)。この領域を形成するアミノ酸残基は、Rad52のN末端領域の中でもとりわけよく保存されている。βシートの上部では、βシート間の水素結合によってβバレル構造が形成されていることも分かった。このβバレル構造は、リング構造の安定化に重要であることが考えられる。Stem構造の上にかぶさるdomed up領域では、2本のアンチパラレルβストランドからなるヘアピンループが存在し、このモチーフとstemの間には溝が存在する。

 Rad521-212のDNA結合領域を同定するために、リングの表面電荷を計算したところ、正と負の電荷がはっきり分極していることが分かった(図3)。リングの上半分の表面は、負または中性の電荷を持つのに対し、リングの下半分の表面は全体にわたり正の電荷を帯びていた(図3)。特に、最も強い正の電荷を帯びた領域が、stemとヘアピンループの間にある溝であった。この溝の中には、複数の塩基性アミノ酸残基が側鎖を突き出しており、これらのアミノ酸残基がDNAと直接結合することが予想された。リングの中央に存在する穴は、直径が25Aあり、二重鎖DNAを収容できる大きさである。しかし、中央の穴には塩基性アミノ酸が存在しないため、Rad521-212の場合、中央の穴よりむしろstemの外周に巻きつける形でDNAと結合することが表面電荷の解析から推測された。

 そこで、Rad521-212リングのびた表面に存在する塩基性および芳香性アミノ酸残基をアラニンに置換した変異体を作製し、それぞれの変異体について単鎖DNA結合浩性を調べた。その結果、12種の変異体のうち5種(R55A、Y63A、K152 A、R153 A、R156 A〉は、単鎖DNA(50mer〉に対する結合活性が著しく低下していることが明らかになった(図4A)。これらの残基は、いずれもstemとヘアピンループの間にある溝の中に側鎖を突き出しており(図4B)、DNA結合に直接関与することが考えられた。これらの結果から、stemとヘアピンループの間にある溝は、DNA結合溝であることが明らかになった。そして短縮型Rad52が、DNA結合溝でstemの外周にDNAを巻きつける形で結合するモデルを提案した(図4C)。

 今回、短縮型Rad52が11量体構造を形成することを明らかにしたその一方で、全長型Rad52は7量体構造形成することが電子顕微鏡解析から推定されている。そこで、2種のリング構造の存在を確認するために、溶液中の全長型および短縮型Rad52の分子量を沈降平衡法により決定した。解析の結果、Rad521-212の溶液中の分子量は11量体に対応し、そして、全長型Rad52の溶液中の分子量も7量体に対応していた。興味深いことに、Rad521-212のリングの直径は、電子顕微鏡解析から推定されている全長型Rad52の直径とほぼ同じである(短縮型:120A、全長型:130 A)。そこで、Rad521-212の11量体構造を使って(図5A)、全長型Rad52のモデル構造を構築した(図5B)。この7量体のモデル構造においても、短縮型Rad52と同様にDNA結合溝がリングの外周に存在することが推測され、全長型と短縮型の間で同程度な相同的対合活性を示す生化学的解析結果と一致した。

 本研究では、Rad52の相同的対合活性を明らかにし、その触媒ドメインがN末端側の半分であることが分かった。そしてそのドメインが11量体のリング構造を形成することを合わせて明らかにした。このドメインは短縮型Rad52に対応し、11量体リングの外周には塩基性のDNA結合溝が存在し、リングの外周に巻きつける形でDNAと結合して相同的対合反応を触媒するメカニズムを示した。このメカニズムは、DNA上でフィラメント構造を形成するRecAやRad51と異なると考えられる。興味深いことに、RecAと相同性がない大腸菌のRecTタンパク質は、リング構造を形成し、相同的対合反応を触媒することが報告されている。このことからRad52とRecTは、RecAとは異なった相同的対合酵素のクラスを形成している可能性が考えられた。

図1:全長型と短縮型Rad52の相同的対合活性。

A:Rad52の相同的対合活性。B:Rad521-237の相同的対合活性。

図2: Rad521-212の構造。

A:Domed capの上から見たRad521-212の11量体構造。B:Stem(灰色)とdomed cap (青色と赤色)を持つrad521-212。C:対称軸から見たRad521-212単体の構造。

図3: Rad521-212の表面電荷。

正の電荷を赤色、負の電荷を青色で示す(-12kBT1から12kBT-1)

図4: Rad521-212のDNA結合領域。

A: Rad521-212変異体の単鎖DNA結合活性。B:単鎖DNA結合活性に欠損を示したアミノ酸残基の位置。C: Rad521-212と単鎖DNAとの複合体モデル。単鎖DNAを赤色のリボンで示す。

図5:全長型Rad52のモデル構造。

A:Rad521-212の11量体構造。B:Rad52の7量体モデル構造。

審査要旨 要旨を表示する

 Rad52は、真核生物の相同組換えによるDNA修復機構において中心的な役割を果たすタンパク質である。相同DNA組換え反応において、切断を受けたDNAと同じ塩基配列を持ったDNAを無傷の染色体の中から見つけ出す「相同的対合反応」が中心的な反応であり、Rad52はこの反応に関与することが示唆されている。本論文では、ヒトRad52の生化学的解析およびX線結晶構造解析を行い、Rad52の相同的対合反応における分子機構の研究を行っている。

 第2章ではRad52の相同的対合活性の生化学的解析について述べている。ヒトのRad52遺伝子からは、418アミノ酸からなる全長型およびC末端半分の領域が欠失したスプライシングバリアントである短縮型(226アミノ酸)の2種が転写されている。まず、全長型をリコンビナントタンパク質として大量精製を行っている。そして、試験管内組換え反応系(D-loop formation assay)を用て、全長型Rad52は、単独で相同的対合反応を触媒することを明らかにしている。次に、その触媒ドメインを同定するために、全長型のプロテアーゼによる限定分解を行っている。そして、短縮型に対応するN末端側の237アミノ酸領域がプロテアーゼに耐性であることを見いだしている。このフラグメントを全長型と同様に大量精製を行い、相同的対合活性を調べた結果、全長型と同レベルの活性を有することが明らかになった。これらの結果は、短縮型はRad52の相同的対合反応の触媒ドメインであり、そしてプロテアーゼに耐性な高次構造を形成することを示している。

 第3章では、Rad52の立体構造について述べている。論文提出者は、Rad52の相同的対合ドメインの立体構造を決定するために、Rad52の1番目から212番目のアミノ酸領域からなるフラグメントをデザインし、優れた単結晶を作成している。そして、セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法により、Rad521-212の立体構造を決定している。その結果、Rad521-212は、11量体のリング構造であった。次に、Rad521-212のDNA結合領域を同定するために、リングの表面電荷の計算を行っている。そして、DNA結合領域はリングの外周に存在する溝であることが推測された。実際、単鎖および二重鎖DNA結合に直接関与するアミノ酸残基をアラニンスキャニング変異導入法により同定を行っている。作成した12種の変異体のうち、5種はDNA結合活性が著しく低下していることが明らかになった。そして、これらの残基は、いずれもDNA結合に関与すると予想された溝の中に側鎖をつきだしていた。これらの知見から、論文提出者は、Rad52は溝においてリングの外周に巻き付ける形でDNAと結合して相同的対合反応を触媒するメカニズムを提案している。

 さらに、論文提出者は、電子顕微鏡解析および分子量を精密に測定できる沈降平衡法により全長型Rad52は7量体リング構造であることを示している。このように、同一遺伝子から作られる2っのタンパク質が7量体と11量体という異なった会合体を形成する例は初めてである。そこで、Rad521-212の単量体の立体構造を使って、全長型の7量体構造のモデルを構築している。そしてこのモデル構造においても、Rad521-212と同様にDNA結合に重要な溝がリングの外周に存在し、全長型と短縮型の間で同程度の相同的対合活性を有する生化学的解析結果と一致している。またこの7量体のモデル構造では、モノマー間におけるβシートの間隔が10A開き、実際の7量体リング構造では、C末端側の領域がモノマー・モノマーインターフェースの形成に関与することを考察している。

 なお、本論文は、東京大学大学院理学部の横山茂之教授、濡木理助教授、石谷隆一郎君、深井周也君、および理化学研究所の胡桃坂仁志研究員、柴田武彦主任研究員、井川粛子研究員との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク