学位論文要旨



No 117894
著者(漢字) 上西,達也
著者(英字)
著者(カナ) カミニシ,タツヤ
標題(和) リボソームタンパク質L11メチル基転移酵素のX線結晶解析
標題(洋)
報告番号 117894
報告番号 甲17894
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4365号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 横山,茂之
 お茶の水女子大学 教授 今野,美智子
内容要旨 要旨を表示する

 タンパク質のメチル化は,原核生物の走化性の制御や真核生物のクロマチンのリモデリングなど,細胞内の多様な局面で重要な役割を果たしている翻訳後修飾である.しかしながら,メチル基転移の多くのものについては,依然として生物学的意義や機能発現機構は知られておらず,近年の研究によりその詳細がようやく明らかにされ始めたところである.タンパク質生合成を担う細胞内小器官であるリボソームは,50以上のタンパク質を含んでおり,これらリボソームタンパク質のメチル化は,進化的に広く保存されている普遍的な現象である.大腸菌PrmAは,リボソームタンパク質のメチル化活性が認められている数少ない酵素の1つであり,Lys残基に富んだL11の特定の3カ所(N端のAla1およびLys3とLys39)のアミノ基に,補酵素S-adenosyl-L-methionine(AdoMet)からメチル基を転移する.また,他のAdoMet依存性メチル基転移酵素とは異なり,1つのアミノ基に対して3回までメチル化を行うため(通常は1回),最大で9つのメチル基が転移される.

 L11は多機能なリボソームタンパク質であり,特に,23SリボソームRNAの高度に保存されている領域と複合体を形成し,翻訳の延長因子EF-GおよびEF-TuのGTPase活性を制御していることから,長年にわたって重点的に研究が行われてきた.近年,この複合体のX線結晶解析が行なわれ,RNAと強固に結合するC端ドメインに対し,可動性の分子スイッチとして働くN端ドメインが,L11の機能発現に中心的であることが示唆された.一方,翻訳のトランスロケーションと呼ばれる過程において,L11とEF-Gとの間に架橋構造が形成されることが,低温電子顕微鏡法によって明らかにされており,リボソームの50Sサブユニットの結晶構造に含まれるL11の分子モデルから,PrmAによるN端のメチル化部位が,EF-Gに最も接近することが推測される.したがって,今までに報告はないものの,PrmAによるメチル化が,L11と延長因子との間の相互作用に重要な役割を果たしている可能性がある.

 本研究では,PrmAがL11の特定のアミノ基を特異的に認識し,トリメチル化する機構を明らかにする目的で,大腸菌PrmAとアミノ酸配列上で38%のidentityを有する高度好熱菌ホモログのX線結晶解析を,単体およびAdoMetとの複合体について行った.

 高度好熱菌PrmAの精製試料は,理化学研究所・構造プロテオミクス研究推進本部より供与を受けた.まず,ゲルろ過および放射性同位元素標識されたAdoMetを用いた測定法により,高度好熱菌PrmAが,L11に結合し,メチル基を転移することを,それぞれ確認した.

 次に,ハンギングドロップ蒸気拡散法により結晶化を試みた.硫酸アンモニウムを沈澱剤とする条件で予備的な多結晶が得られ,さらに1,6-hexanediolを添加剤として用いることにより,X線回折実験に適した単結晶を得た.Propylene glycolを抗凍結剤に用いて,シンクロトロン放射光施設Spring-8のBL44B2ビームラインで低温回折強度測定を行ったところ,この結晶は空間群C2に属し,格子定数は,a:81.75A,b=75.69A,c=61.93A,β=130.45°であった.

 Au誘導体結晶を用いた多波長異常分散法により得られた初期位相から,2.2Aの分解能で電子密度を求めたところ,アミノ酸残基の主鎖および側鎖を明確に識別することができた.続いて分解能50.0-1.9Aまでのnative結晶のX線回折データに移行し,最終的にはRworkおよびRfreeがそれぞれ23.2%および25.0%に収束するまで精密化を行った.次に,単体の結晶をAdoMet溶液に浸漬することにより複合体の結晶を作製し,単体と同様に回折強度測定を行った.単体の分子モデルを用いた剛体近似法により,AdoMet複合体の単位格子内での位置および配向を決定し,分解能50.0-2.3AまでのX線回折データを用いて構造を決定した(Rwork=20.4%,Rfree=25.8%).

 PrmAは〜40×40×80Aの伸展した結晶構造を有し,N端側とC端側は特徴的なαヘリックスによって連結されていた.アミノ酸配列から予測された通り,C端のドメイン(AdoMet結合ドメイン)は,AdoMet依存性メチル基転移酵素に典型的なフォールトを含んでいた.すなわち,7本のストランド(β1〜β7)によって構成される混成βシートを核に,その両側をαヘリックス(αX,αA,αBおよびαC,αD,αE)が3本ずつ裏打ちしており,逆平行のストランドβ7がβ5とβ6の間に挿入されている点を除けば,Rossmannフォールドと構造的に類似していた.実際に,浸漬法により作製したAdoMet複合体の結晶では,AdoMetに対応する電子密度を,このドメイン内に確認することができた.また,その位置は他のAdoMet依存性メチル基転移酵素とよく一致しており,高度に保存されたアミノ酸残基が,水素結合あるいは疎水性相互作用を介して,AdoMetの認識に関与していた.

 一方,PrmAタンパク質に特異的なアミノ酸残基とAdoMetとの間にも相互作用が見出された.すなわち,完全に保存されているPhe99が,AdoMetの正電荷を帯びた硫黄原子の近傍(4.2A)に存在し,cation-π相互作用をしていた.これにより,PrmA単体の結晶では電子密度に認められなかったGly96からThr101の6残基が,AdoMet複合体ではループとして安定化していた.この領域は,PrmAタンパク質に特異的かつ極めて保存性が高く,Phe99に因んで「F-loop」と名付けた.

 AdoMetとのcation-π元相互作用により,Phe99はHis104ともface-to-edgeのvan der Waals相互作用が可能な位置に存在しており,さらにHis104のイミダゾール環はTrp247のインドール環とも接触している.これによりAdoMetに隣接して作り出される,直径8〜9A,奥行き4〜5Aの空間は,非常に高度に保存されている7つのアミノ酸残基から構成されており,「基質結合ポケット」であると考えられた、詳細に見ると,PrmA単体の結晶では見出されなかった水分子が,ほぼ完全に保存されているAsn191およびLeu192と水素結合を形成することにより,この基質結合ポケット内で規則正しく配列していた.これらの水分子のうちの1つは,AdoMetの硫黄原子と転移されるメチル基とを結んだほぼ直線上に酸素原子を持ち,AdoMet依存性メチル基転移酵素に共通する触媒機構であるSN2の求核置換反応に,極めて適した位置と配向であるため,メチル基が転移される基質の標的原子を模していると考えられた.

 AdoMet依存性メチル基転移酵素フォールドでは,AdoMetのメチルスルフォニウム基と直接の相互作用は存在しないと考えられているが,PrmAの場合には,N端側に隣接してF-loopを有しており,Phe99がメチルスルフォニウム基を押さえ込むようにcation-π相互作用をしている.

 一方,メチル基を転移して生じるS-adenosyl-L-homocysteine(AdoHcy)は,硫黄原子上に正電荷を持たないため,このcation-π相互作用はメチル化反応後に消失すると考えられる.したがってF-loopは,1)Phe99のcation-π相互作用によりAdoHcyに対して選択的にAdoMetと結合し,2)正電荷を持つ硫黄原子と緊密に相互作用することにより,転移されるメチル基の配向を整え,3)メチル基が基質に転移されると,cation-π相互作用の分だけ相対的に,生成したAdoHcyを放出しやすくなると考えられる.前述したように,F-loopの構造安定化は,Phe99とAdoMetとのCation-π相互作用を介して,基質結合ポケットの形成と密接に関連しており,以上から,F-loopはPrmAの基質特異性やトリメチル化反応の全体を制御する,最重要なスイッチ構造であると考えられる.

 一方,N端側とC端側がヘリックスにより連結されることにより形成されるPrmAの分子表面は湾曲しており,全体が負電荷を帯びていた.PrmAの基質であるL11は,PIが〜10の塩基性タンパク質であり,PrmAの分子表面の特徴的な形状および電荷は,L11の結合に適していると考えられた.実際に,既知のL11の結晶構造を用いて形状および電荷に基づいて結合モデルの作成を試みたところ,L11のN端に存在するメチル化部位が,PrmAの基質結合ポケット近傍に位置することが強く示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

 リボソームタンパク質L11メチル基転移酵素(PrmA)は,リボソームタンパク質をメチル化する活性が認められている数少ない酵素であり,補酵素S-adenosyl-L-methionine(AdoMet)をメチル基供与体として,L11の3ケ所のアミノ基にそれぞれトリメチル化を行う.本論文では,高度好熱菌PrmAのX線結晶解析を行い,基質であるL11のアミノ基を特異的に認識する機構について,研究を行っている.

 第2章では,X線結晶解析に用いた高度好熱菌由来PrmAが,実際に報告がある大腸菌PrmAと同様に,L11に対する結合能およびメチル基転移活性を保持しているかどうか,ゲルろ過や放射性同位元素標識されたAdoMetを用いて検証している.

 第3章では,PrmAのX線結晶解析について述べている.硫酸アンモニウムを用いて得られた予備的な多結晶を,1,6-hexanediolを添加剤として用いることにより精密化を行い,構造解析に至っている.初期位相の決定は,KAuC14に浸漬した結晶を用いて多波長異常分散法により行っている.最終的には,1.9Aまでの分解能のnative結晶のX線回折データに移行し,構造を決定している.さらに,AdoMet複合体の結晶も浸漬法により得ており,単体の分子モデルを用いた剛体近似法により,単位格子内の分子の位置と配向を決定し,2.3Aまでの分解能で精密化を終えている.

 第4章では,PrmAの立体構造について詳細に述べている.論文提出者は,PrmAの結晶構造が伸展した形状をしており,C端のドメインが,アミノ酸配列から予測された通り,AdoMet依存性メチル基転移酵素ファミリーに共通のフォールトを含むことを見出している.また,AdoMet複合体の構造解析からは,この補酵素が実際にAdoMet依存性メチル基転移酵素フォールト内に結合しており,その認識には,ファミリーで高度に保存されているモチーフが関与していることを明らかにしている.さらに,論文提出者は,PrmAに特異的なアミノ酸残基とAdoMetとの間に相互作用を見出している.すなわち,Phe99とAdoMetの正電荷を帯びた硫黄原子の間のcation-π相互作用である.また,この特徴的な相互作用により,PrmA単体では電子密度に認められなかったGly96からThr101の6残基が,AdoMet複合体ではループとして安定化しており,さらにこれらのアミノ酸残基が,PrmAタンパク質で非常に高度に保存されていることから,Phe99に因んでこの領域を「F-loop」と名付けている.

 さらに,このPhe99がHis104およびTrp247と相互作用をすることにより,結合したAdoMetに隣接して,非常に高度に保存されているアミノ酸残基で取り囲まれた空間ができることから,この空間を「基質結合ポケット」だと結論付けている,実際に,この空間は,AdoMetからメチル基がSN2の求核置換反応により基質に転移されるのに適した位置に存在している.また,論文提出者は,さらにこのポケット内を詳細に検証し,Asn191およびLeu192と水素結合することにより固定されている水分子が,ちょうどAdoMetの硫黄原子と転移されるメチル基の炭素原子を結んだ直線上に存在することから,実際の基質も,同様の結合を介してメチル基転移反応に適した位置および配向に固定されると考察している.さらに,メチル基を転移することにより生成するS-Adenosyl-L-homocysteine(AdoHcy)では,硫黄原子の正電荷が失われることから,F-loopと補酵素との間の親和性が低下し,AdoHcyが放出されると考え,F-looPがPrmAのトリメチル化に中心的なスイッチ構造であると提唱している.

 また,既知のL11の結晶構造を用いて,分子表面の形状および静電ポテンシャルに基づいて結合モデルを作成している.これによると,PrmAのメチル化部位である,L11のN端は,PrmAの基質結合ポケットの近傍に位置する可能性を強く示唆している.

 なお,本論文は,東京大学の横山茂之教授,理化学研究所の白水美香子博士,大阪大学の倉光成紀教授,理化学研究所の真岡仲子氏,中川紀子博士,寺田貴帆博士,竹本(堀)千重博士,酒井宏明博士との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者め寄与が十分であると判断する.したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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