No | 117896 | |
著者(漢字) | 土居,雅夫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ドイ,マサオ | |
標題(和) | 転写因子E4BP4を介した概日時計の位相制御メカニズム | |
標題(洋) | Role of bZIP Transcription Factor E4BP4 in the Chick Pineal Circadian Clock System | |
報告番号 | 117896 | |
報告番号 | 甲17896 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4367号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 概日時計の周期の長さは正確には24時間ではないため、地球上の明暗周期に対して概日時計の位相は進みすぎたり、遅れたりする。この位相の「ずれ」を補正するため、概日時計の位相は外界からの光刺激に応答して変化(シフト)する。この位相シフトには時刻依存性があり、本来昼にあたる時間帯(主観的昼)に光刺激を受けても概日時計の位相は殆どシフトしないのに対し、夜の始まり(主観的夜の前半)に光刺激を受けると位相が後退し、夜明け前(主観的夜の後半)に光刺激を受けると位相が前進する。このような時刻依存的な光位相応答は概日時計の重要な特性の一つであるが、その分子メカニズムは謎に包まれている。 申請者は、光位相制御を担う分子の実体に迫るため、概日時計機能と光受容能を合わせもつニワトリ松果体において時刻特異的に光誘導される遺伝子群を網羅的に探索した。具体的には、ヒヨコ松果体を実験材料にして、3つの時間帯、すなわち(i)主観的昼の初期、(ii)主観的夜の前半、及び(iii)主観的夜の後半において特異的に光誘導される遺伝子群をディファレンシャル・ディスプレイ(DD)解析により探索した。その結果、時刻特異的な光応答を示す複数のPCRバンドを検出することができた。そのうちで主観的夜の前半に強く光誘導された増幅断片をクローニングし、さらにRACE法を用いてコード領域全長を含むcDNA断片を単離して塩基配列を決定した。その結果、この遺伝子はhuman E4BP4(hE4BP4)に高い相同性を示すbZlP型の転写因子(chicken E4BP4)をコードしていることが判明した。先行研究においてhE4BP4は転写抑制因子として同定されていたが、概日時計機構におけるE4BP4の役割は不明であった。そこでまず、chicken E4bp4(cE4bp4)がニワトリ松果体の時刻発振機構や光同調機構において果たす役割を探るため、様々な時刻および光条件下においてcE4bp4 mRNAの発現パターンをRT-PCRにより解析した。その結果、DD解析において観察された通り、ヒヨコ松果体に発現するcE4bp4のmRNA量は主観的夜の前半に光刺激を与えた場合に最も高いレベルにまで上昇することが判明した。さらに、ヒヨコを恒暗条件下において飼育し、松果体に発現する。cE4bp4のmRNA量の日内変化を調べた結果、cE4bp4のmRNA量は主観的夜の初期にピークをもつ概日リズムを示すことが分かった。このことからcE4bp4の発現は外界からの光情報のみならず概日時計からの時刻情報によっても制御されていることが判明した。 ニワトリ松果体細胞において、転写因子CE4BP4は何らかのターゲット遺伝子の転写を光・時刻依存的に調節している可能性が考えられた。ここで申請者は、転写抑制活性をもつと考えられるcE4bp4の発現リズムが時計遺伝子cPer2の発現リズムとほぼ逆位相であることに着目し、cE4BP4がcPer2遺伝子の転写を抑制するのではないかと考えた。そこで、cPer2遺伝子のプロモータ領域を含む上流配列を単離し、その配列を用いて転写アッセイを行った。その結果、cPer2遺伝子の上流配列にはE4BP4の認識配列と高い相同性を示す配列が存在し、この配列を介してcE4BP4がcPer2遺伝子プロモータからの転写を抑制することを見出した。 以上の結果より、cE4BP4によるcPer2遺伝子の転写抑制を介して時計位相が制御される可能性が考えられた。そこで、cE4bp4の発現誘導が最も強く見られる主観的夜の前半に光刺激を与え、(i)cPer2遺伝子の発現が抑制されるか、そして(ii)その結果として概日時計の位相がシフト(後退)するかどうかを検討した。具体的には、明期を主観的夜の前半にまで延長して18時間とし、ヒヨコ松果体に発現する。cE4bp4・cPer2遺伝子のmRNA量の経時変化を追跡した(図1)。その結果、明期の延長期間中はcE4bp4のmRNA量は高いレベルに維持されるのに対し、cPer2のmRNAレベルは低く保たれた。そして、(おそらくその結果として)翌朝のcPer2mRNAレベルの上昇が対照群(明期を12時間とした場合)に比べて約2時間遅れた。その後、ヒヨコを恒暗条件下において飼育したところ、松果体に発現するcE4bp4とcPer2mRNA量の日周リズムの位相は対照群に比べて約2時間後退していた。つまり時計発振系の位相後退が確認された。以上の結果は、ニワトリ松果体においてcE4BP4が転写抑制因子としてcPer2遺伝子に作用していることを強く支持しており、このcE4BP4によるcPer2遺伝子の転写抑制が概日時計の位相後退において極めて重要な役割を果たすことを示唆している。 生体内においてcE4BP4がcPer2遺伝子の転写を抑制しているのであれば、cE4BP4蛋白質はcPer2の発現が抑制されている時間帯に強く発現しているはずである。そこで次に、cE4BP4蛋白質の動態を調べるため、特異的な抗体を作成してウェスタンブロット解析を行った。ヒヨコを様々な時刻および光条件下(明暗周期、恒暗条件ならびに明期延長条件)において飼育し、松果体に発現するcE4BP4の蛋白質量の経時変化を追跡した。その結果、いずれの条件下においてもcE4BP4の蛋白質量はcPer2のmRNA量が低い時間帯において増大し、一方でcPer2のmRNA量が高い時間帯にはcE4BP4の蛋白質量は低下していることが分かった。これらの観察結果は、cE4BP4の蛋白質量の増加と減少がcPer2の発現のタイミングを決める主要な要因の一つであるということを強く示唆している。さらに興味深いことに、cE4BP4蛋白質の動態を解析する過程で申請者は、cE4BP4蛋白質の電気泳動上の易動度が一日の時刻に依存して変化することを見出した。見かけの分子量が上昇したcE4BP4蛋白質はフォスファターゼ処理をすることによって本来の分子量を示すようになったことから、cE4BP4はリン酸化されておりリン酸化の有無によって易動度が変化することが判明した。以上の結果から、ヒヨコ松果体に発現するE4BP4は蛋白質の発現量ばかりではなくリン酸化の状態も時刻に依存して変動することが明らかとなった。 cE4BP4上のリン酸化部位を探るため、既知のキナーゼの標的となりうる部位を検索したところ、カゼインキナーゼ1(CK1)のリン酸化モチーフが連続して存在する領域を見出した(図2参照)。このような連鎖状のモチーフはCK1の標的蛋白質によく見られるもので、アミノ末端側の第一番目のセリン残基のリン酸化が後続のリン酸化を引き起こすと考えられている(図2)。そこでcE4BP4上に存在するCK1モチーフ中の第一番目のセリン残基をアラニン残基に置換した場合にcE4BP4の易動度がどのように変化するかを調べた。その結果、変異を導入した場合には、リン酸化修飾に伴って誘導される低易動度のcE4BP4が認められなくなった。このことから、cE4BP4のリン酸化にはCK1が関与している可能性が示された。 CK1ファミリーに属する一群のキナーゼの中でもCK1εは、ショウジョウバエやハムスターの遺伝学的な解析から概日時計の発振に必要な分子であることが知られている。そこで申請者は、CK1εがcE4BP4のリン酸化を触媒するキナーゼではないかと推測した。この可能性を検証するため、培養細胞においてCK1εとcE4BP4を共発現させたところ、CK1εのキナーゼ活性に依存してcE4BP4の蛋白質量が減少することを見出した。さらに、同様の実験条件下において培養細胞中のcE4BP4の転写抑制活性を測定したところ、cE4BP4の抑制活性はCK1εのキナーゼ活性に依存して低下することが分かった。これらのことからCK1εによるリン酸化は、cE4BP4の蛋白質量を減少させるばかりではなく、同時にcE4BP4の転写抑制活性も低下させることが判明した。これら一連の結果は、生体内における。E4BP4蛋白質の挙動と合致する。つまり、ヒヨコ松果体のcE4BP4はリン酸化を受けた後に蛋白質量が減少したことから、生体内においてもCK1εは。E4BP4の蛋白質量を負に制御することによって細胞内のcE4BP4の活性を調節している可能性が考えられた。 以上の結果から、ヒヨコ松果体におけるcE4BP4蛋白質の変動は、光・時刻に依存する。cE4bp4遺伝子の発現と、翻訳後になされるリン酸化を介した蛋白質の代謝によって形作られていると考えられた。こうして生み出されたcE4BP4蛋白質はcPer2遺伝子の転写を抑制すると考えられる。特に、明期の延長によって誘導されるcE4BP4蛋白質は、翌朝のcPer2遺伝子の発現を抑制することで概日時計の位相後退を誘導する可能性が高い。またさらに一歩踏み込むと、cE4BP4蛋白質の日周変動は、cPer2遺伝子の発現リズムの形成にも大きく寄与している可能性がある。つまりニワトリ松果体の概日時計システムにおいては、cE4BP4が時計の発振と光位相同調の両方に深く関与する重要な時計因子であると考えられた(図3)。 図1:明期延長に伴うcE4bp4とcPer2のmRNAの発現変化 明期を延長した場合(-O-)、光刺激によるcE4bp4の発現誘導と、翌朝のcPer2の発現上昇の遅れが観察される。さらにその後のcE4bp4とcPer2の発現リズムの位相は、対照群(-O-)に比べて約2時間の遅れが認められる。 図2:E4BP4蛋白質の一次構造 アミノ酸残基182番目から始まるセリン/スレオニンのクラスター配列は、CK1のリン酸化のコンセンサス配列(Sp/Tp-X1-3、S/T;S/TがCK1によってリン酸化されるセリンもしくはスレオニン。Spはリン酸化セリン、Tpはリン酸化スレオニン、X1-3は1から3個の介在アミノ酸残基を表す。)に一致する。おそらく182番目のセリン残基がリン酸化されることで後続のセリン/スレオニン残基がCK1によってリン酸化されるようになると考えられる。 図3:ニワトリ松果体の概日時計システム 時計発振系:促進因子であるCLOCKとBMAL1/2がPer2の転写を活性化し、その産物であるPER2が抑制因子として自分自身の転写を抑制する。その結果、PER2の発現量が減少すると、この抑制が弱まり、再びPer2の転写が活性化される。こうして約24時間周期のリズムが形成される。E4BP4はPer2の転写を周期的に抑制することによってPer2の発現リズムを増強または安定化する。E4BP4蛋白質の安定性は、CK1εによるリン酸化を介して制御される。光入力系光刺激によって誘導されたE4BP4がPer2の転写を抑制し、時計位相を後退させる。 | |
審査要旨 | 本論文では、bZIP型の転写因子E4BP4を介した概日時計の位相制御メカニズムについて述べられている。 概日時計の位相は、夜の始まりに光刺激を受けると後退し、夜明け前に光刺激を受けると前進する。このような時刻依存的な光位相シフトは概日時計の重要な特性の一つであるが、その分子メカニズムは謎に包まれている。本論文では、位相シフトの中でも特に位相後退を誘導する光情報の入力経路が解析されている。 論文提出者はまず、位相シフトを誘導するシグナル分子の実体に迫るため、概日時計機能と光受容能を併せもつニワトリ松果体を実験材料に、位相の前進時あるいは後退時に特異的に発現誘導される遺伝子を探索した。ディファレンシャルディスプレイ法を用いて約6000種のPCRバンドをスクリーニングした結果、位相後退時に特異的に発現誘導されるE4BP4遺伝子を同定した。bZIP型の転写因子をコードするE4bp4遺伝子は、ショウジョウバエの遺伝学的な解析から概日時計との関連が示唆されていたものの、時計システムにおけるE4BP4の作用メカニズムは不明であった。 E4BP4は松果体細胞において何らかのターゲット遺伝子の転写を光依存的に調節している可能性が考えられる。論文提出者は、時計発振系を構成する遺伝子がE4BP4のターゲットとなる可能性を検討した。この目的のために、ニワトリ松果体の時計遺伝子の一つであるcPer2遺伝子の上流配列を単離したところ、そのプロモータ配列上にE4BP4の認識DNAモチーフが存在することを見出した。さらに転写アッセイを行い、このモチーフを介してE4BP4がcPer2の転写を抑制することを証明した。生物個体(ヒヨコ)を用いた実験においても、松果体の時計位相が後退するような光刺激を与えた場合には、松果体細胞においてE4bp4の発現誘導がおこり、それに続いてcPer2の発現が抑制されることが分かった。これらのことから、生体内においてもE4BP4は転写抑制因子としてcPer2遺伝子に作用しており、このE4BP4によるcPer2遺伝子の転写抑制が概日時計の位相後退に重要な役割を果たしていると考えられた。 次に論文提出者は、ニワトリ松果体においてE4BP4の蛋白質の動態を調べるため、特異的な抗体を作成してウェスタンブロット解析を行った。その結果、cPer2遺伝子の発現が抑制される時間帯にE4BP4蛋白質が核内に蓄積していることが分かった。この結果は、生体内においてE4BP4がcPer2の転写抑制因子として働くことを支持する重要な証拠である。興味深いことに、この解析を進める過程で論文提出者は、E4BP4蛋白質の易動度が一日の時刻に依存して変化していることを発見し、さらにこの易動度の変化がリン酸化修飾によって誘導されることを明らかにした。このリン酸化に伴う易動度の変化は、E4BP4上に存在するカゼインキナーゼ1(CK1)のリン酸化モチーフに変異を導入した場合には消失したことから、E4BP4のリン酸化にはCK1が関与する可能性が示された。 CK1ファミリーに属する一群のキナーゼの中でもCK1εは、ハムスターの遺伝学的な解析から時計の発振に必要な分子であることが知られており、CK1εの基質蛋白質が時計機能に重要な役割を果たすことが予想されていた。論文提出者は、E4BP4がCK1εによってリン酸化されているのではないかと推測し、その可能性を検証するため培養細胞においてCK1εとE4BP4を共発現させた。その結果、CK1εのキナーゼ活性に依存してE4BP4の蛋白質レベルが減少し、それと同時に細胞内のE4BP4の転写抑制活性が減弱することを見出した。これらの観察結果は、生体内におけるE4BP4蛋白質の挙動と合致する。つまり、ヒヨコ松果体におけるE4BP4もリン酸化された後に蛋白質量が低下することから、生体内においてもCK1εはE4BP4の蛋白質量を負に制御することによって細胞内のE4BP4の活性を調節している可能性が考えられた。 以上のように、論文提出者は、独自の遺伝子スクリーニングにより同定したE4BP4の機能を解析することにより、概日時計の位相後退の分子メカニズムに迫った。この成果は、時計細胞内の先入力系と時計発振系の間を結ぶシグナル分子の実体を世界で初めて示した例として高く評価できる。またE4BP4蛋白質の性状解析から、E4BP4の機能がCK1εによるリン酸化を介して調節されている可能性が示された。現在のところ、生体内においてCK1εがE4BP4をリン酸化しているのかどうかは不明であるが、本論文の結果はこれまで謎の部分が多かったCK1εの作用メカニズムを理解するうえで非常に重要な知見といえる。 なお、本論文中のE4BP4の同定と機能解析は、中島芳人氏(東京大学大学院)、岡野俊行氏(東京大学大学院)、及び深田吉孝氏(東京大学大学院)との共同研究である。またE4BP4蛋白質の性状解析は、岡野俊行氏、Paolo Sassone-Corsi氏(仏国IGBMC)及び深田吉孝氏との共同研究である。いずれの研究についても、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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