No | 117898 | |
著者(漢字) | 原田,裕子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハラダ,ユウコ | |
標題(和) | 概日時計発振系におけるマウスCryptochromeのリン酸化と機能制御 | |
標題(洋) | Mouse Cryptochromes are Phosphorylated and Functionally Regulated by Multiple Kinases in The Circadian Clock System | |
報告番号 | 117898 | |
報告番号 | 甲17898 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4369号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地球の自転に伴う約24時間周期の環境変化に適応するため、多くの生物は概日時計機能を持っており、自らの行動やホルモン分泌を調節している。概日時計は、約24時間周期で自律的に発振すると共に、外界の明暗サイクルに同調できるという特徴をもち、脊椎動物においては網膜・視交叉上杉などの中枢神経系に概日時計発振系(master clock)が存在する。これらmaster clockの他に、肝臓や心臓などの末梢器官にも概日時計発振系(peripheral clock)が存在するが、長期間におよぶ安定した発振のためには、master clockからの時刻シグナルを必要とする。近年、マウス視交叉上核や肝臓を用いた解析により、脊椎動物における概日時計発振系の基本骨格が明らかにされつつあり、master clockおよびperipheral clockはいずれも、同様の機構により発振していると考えられている。哺乳類の発振系においては、転写促進因子であるCLOCK/BMAL1ヘテロニ量体がmouse Period(mPer1,mPer2,mPer3)およびmouse Cryptochrome(mCry1,mCry2)の転写を促進する。産生されたmPER蛋白質およびmCRY蛋白質は核に移行し、自らの転写を抑制する。その結果、mPer/CcrymRNA量およびmPER/mCRY蛋白質量は増減を繰り返す。このような転写・翻訳を介した負のフィードバックループを基本骨格とする発振系が、24時間という周期で安定に振動するためには、転写・翻訳レベルでの制御に加えて、時計蛋白質の活性・局在・安定性などが翻訳後修飾によって巧妙に調節される必要があるが、その詳細な機構については未知の部分が多い。 私は、概日時計発振系が存在するウシガエル網膜においてMAPキナーゼ(MAPK)活性(リン酸化量)が明暗サイクル下および恒暗条件下で(主観的)夜に上昇し、(主観的)昼に低下するという日周変動を示すことを見出した。このようなMAPKのリン酸化リズムは器官培養した網膜においても継続することから、網膜に内在する時計発振系によって制御されていると考えられた。網膜は複数種の神経細胞から構成されており、その中のいずれの細胞においてMA服活性が日周変動しているかを明らかにするために、培養網膜を用いて免疫組織化学的解析を行った。その結果、MAPKは一日を通して常に網膜のほぼ余での細胞層に存在するのに対して、リン酸化型MAPKは一部のアマクリン細胞にのみ存在し、日周変動をすることが明らかになった。 さらに、概日時計システムにおけるMAPKの役割を調べるため、培養網膜にPD98059(MAPKの上流因子であるMEKに対する特異的阻害剤)を主観的夜に投与した。その結果、MAPKの一時的な活性阻害に伴って、概日時計の位相が4〜8時間も後退した(図1)。つまり、MAPKの時刻依存的なリン酸化はM服が担っており、MAPKの活性愛勤が概日リズムの形成に極めて重要な役割を果たしていると考えられた。以上の結果、(1)MAPKは発振系からの時刻シグナルによって制御され、(2)MAPKの活性変化は発振系の位相を制御する、という2点を考え併せると、時計発振系のコアループに対してMAPKはサブーループを形成し、時刻情報をコアループにフィードバックすることによって位相を巧妙に調節していると考えられた。 MAPK活性の概日リズムはマウス視交叉上核・肝臓などでも観察できることから、マウス時計蛋白質を用いて発振系コアループにおけるMAPKの作用点を解析した。その結果、哺乳類培養細胞内においてMAPKがmCRY1およびmCRY2と結合し、さらに、in vitoにおいてMAPKはmCRY1およびmCRY2をリン酸化することが判明した。In vitro kinase assayにおいてmCRY1のSer247をAlaに置換した変異体を用いた場合、およびmCRY2のSer267・Ser557をAlaに置換した変異体を用いた場合、MAPKによるリン酸化が顕著に低下することから、mCRY1のSer247およびmCRY2のSer265・Ser557がMAPKによるin vitroリン酸化部位であると同定できた。mCRY1のSer247およびmCRY2のSer265近傍のアミノ酸配列は完全に一致しており、この領域を用いて両者を認識するリン酸化特異的抗体(anti-pS247/S265-CRY1/2抗体)を作製した。mCRY1あるいはmCRY2と構成的活性型MEKおよびMAPKとをCOS7細胞において共発現させてanti-pS247/S265-CRY1/2抗体によってイムノブロットを行った結果、mCRY1 Ser247およびmCRY2 Ser265は楠乳類培養細胞内においてもMAPKの活性化に伴ってリン酸化が顕著に亢進することが明らかとなった。さらに、リン酸化によるmCRYの機能調節の可能性を検討するため、各リン酸化部位のAsp置換体(リン酸化状態を模倣する変異体)を作製してルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、野生型mCRY1およびmCRY2はCLOCK/BMAL1を介した転写活性化を抑制するのに対して、mCRY1(Ser247Asp)およびmCRY2(Se265Asp)変異体の転写抑制能は野生型と比較して顕著に低下することが判明した(図2)。 次に、mCRY2のSer557に対するリン酸化特異的抗体<anti-pS557-CRY2抗体>を作製し、マウス肝臓におけるSer557のリン酸化の変動を調べた。その結果、mCRY2Ser557のリン酸化量は、主観的夜の後半から主観的昼の前半にかけて上昇するという顕著な概日リズムを示した(図3)。肝臓において、mCRY2蛋白質の総量も顕著な日周変動を示したが、興味深いことに、mCRY2Ser557のリン酸化リズムはmCRY2蛋白質量の日周変動の位相よりも約4時間先行していた(図3)。一方、MAPK活性は主観的昼の後半に高く(図3)、mCRY2のリン酸化リズムとは位相が一致しなかった。また、COS7細胞にmCRY2を発現させた場合、MAPKの活性化または不滑性化にかかわらず、mCRY2Ser557のリン酸化レベルが変化しないことから、生体内においてはMAPKがmCRY557のリン酸化に関与しないと考えられた。 リン酸化リズムを示すSer557近傍のアミノ酸配列は、glycogen synthase kinase-3β(GSK-3β)のリン酸化コンセンサス配列<Ser/Thr-X-X-X-(phospho-Ser/Thr)>とよく一致し、COS7細胞において発現させmCRY2を免疫沈降したのちGSK-3βとインキュベートすると、実際にmCRY2はリン酸化されて電気泳動上の移動度が低下した。このリン酸化は、mCRY2(Ser557Ala)変異体では観察できなかったことから、GSK-3βはSer557依存的にmCRY2をリン酸化すると考えられた。また、COS7細胞において発現させたmCRY2を免疫沈降したのち脱リン酸化処理した場合には、GSK-3βによってリン酸化されなかった。これらのことから、mCRY2Ser557のリン酸化依存的にGSK-3βはmCRY2をリン酸化することが明らかになった。驚いたことに、COS7細胞にmCRY2とGSK-3βを共発現させても、移動度が低下したバンドが検出できないのに対して、培地中にMG132(26Sプロテアソーム阻害剤)登投与した場合には、mCRY2の低移動度のバンドを確認することができた(図4)。以上の結果、mCRY2は、Ser557のリン酸化に伴ってGSK-3βによってリン酸化され、その結果、プロテアソーム系によって分解されることが示唆された。 本研究の結果、mCRYはMAPKやGSK-3βなどの複数のキナーゼによってリン酸化されることにより、その機能・安定性が精密に調節されていることが明らかになった。ショウジョウバエのカゼインキナーゼIe変異体では、PER蛋白質のリン酸化・安定性が変化し、発振系の周期が著しく変化することが知られている。本研究で明らかになったmCRYのリン酸化による制御もまた、発振系が24時間という周期で駆動するために極めて重要であると考えられた。 〔図4〕mCRY2はGSK-3βによってリン酸化されプロテアソーム系によって分解される。 COS7細胞にプラスミドを共発現させたのち18時間後に、MG132を投与して12時間培養した。細胞懸濁液を作製し、anti-myc抗体によってmyc-mCRY2を検出した。MG132存在下ではGSK-3βによってリン酸化されたmyc-mCRY2が検出できる(レーン2)はGSK-3βによってリン酸化されていないmy-mCRY2を示している。 【図1】PD98059が概日時計の位相に与える影響。 ZT8から網膜の培養を開始し、ZT10-22(12時間)にPD98059あるいはコントロールとしてDMSOを投与した(1日目)。1日目のZT12から網膜を恒暗条件下に移し、2日目および3日目に網膜懸濁液を作製してanti-phospho-MAPK抗体(パネル1段目・3段目)あるいはanti-MAPK抗体(パネル2段目・4段目)によってイムノプロットを行った。 【図2】mCRYのリン酸化部位変異体の転写抑制能の比較。 mCRY1(Ser247Asp)変異体およびmCRY2(Ser265Asp)変異体は野生型と比較してCLOCK/BMAL1によるE-boxを介した転写活性化を榔制する能力が有意に低下する。(**p<0.01,***p<0.001,ANOVA) 〔図3〕マウス肝臓におけるmCRY2 Ser557およびMAPKのリン酸化リズム。 恒暗条件下において、各時刻にマウス肝臓懸濁液を作製した後、(A)anti-CRY2抗体によってmCRY2を免疫沈降し、anti-pS557-CRY2抗体あるいはanti-CRY2抗体によってイムノブロットを行った。(B)懸濁液に対して、anti-phospho-MARK抗体あるいはanti-panERK抗体によってイムノブロットを行った。 | |
審査要旨 | 本論文では、概日時計発振系におけるマウスCryptochromeのリン酸化とその機能制御機構について述べられている。 概日時計発振系は、転写・翻訳を介した負のフィードバックループによって構成される。具体的には、転写促進因子であるCLOCK/BMAL1ヘテロニ量体がマウスPeriod(mPer1,mPer2,mPer3)およびマウスCeyptochrome(mCry1,mCry2)の転写を促進し、産生されたmPER蛋白質およびmCRY蛋白質が自らの転写を抑制する。発振系が24時間という周期で安定に振動するためには、転写・翻訳レベルでの制御に加えて、時計蛋白質の活性・局在・安定性などが翻訳後修飾によって巧妙に調節される必要があるが、その詳細な機構については未知の部分が多い。本研究においては時計蛋白質の翻訳後修飾に着目し、蛋白質リン酸化を介した発振系の調節機構について解析している。 論文提出者は最初に、ウシガエル網膜MAPキナーゼのリン酸化量が恒暗条件下において日周変動することを見出した。MAPキナーゼのリン酸化リズムは培養したウシガエル網膜においても継続し、免疫組織化学的解析の結果、MAPキナーゼは一日を通して常に網膜のほぼ全ての細胞層に存在するのに対し、リン酸化型MAPキナーゼは一部のアマクリン細胞にのみ存在して日周変動をすることを明らかにした。さらに培養網膜にPD98059(MAPキナーゼの上流因子であるMAPキナーゼキナーゼに対する特異的阻害剤)を投与してMAPキナーゼの活性を一時的に阻害した結果、概日時計の位相が後退することを見出した。これらの結果は、MAPキナーゼのリン酸化リズムが網膜に内在する概日時計発振系によって制御されていると同時に、MAPキナーゼが概日リズムの形成において極めて重要な役割を果たしていることを示している。 以上の結果を踏まえて論文提出者は、次に発振系ループにおけるMAPキナーゼの作用点を検討した。その結果、哺乳類培養細胞内においてMAPキナーゼがmCRY1およびmCRY2と結合することを見出した。さらに、in vitroにおいてMAPキナーゼはmCRY1のSer247およびmCRY2のSer267・Ser557をリン酸化することが示された。mCRY1のSer247およびmCRY2のSer265近傍のアミノ酸配列は完全に一致しており、両者を認識するリン酸化特異的抗体を作製した。この抗体を用いてイムノブロットを行った結果、mCRY1Ser247およびmCRY2Ser265は哺乳類培養細胞内においてもMAPキナーゼによってリン酸化されることが示された。さらに、各リン酸化部位のAsp置換体(リン酸化状態を模倣する変異体)を用いたルシフェラーゼアッセイの結果から、mCRY1Ser247およびmCRY2Ser265のリン酸化に伴ってmCRY1およびmCRY2の転写抑制能が低下することが示唆された。 次に、mCRY2のSer557に対するリン酸化特異的抗体を作製し、マウス肝臓におけるSer557のリン酸化の変動を調べた結果、mCRY2Ser557のリン酸化量は主観的夜の後半から主観的昼の前半にかけて上昇するという顕著な概日リズムを示した。一方、MAPキナーゼ活性は主観的昼の後半に高く、mCRY2のリン酸化リズムとは位相が一致しなかった。また、COS7細胞にmCRY2を発現させた場合、MAPキナーゼの活性化または不活性化にかかわらず、mCRY2Ser557のリン酸化レベルが変化しないことから、生体内においてはMAPキナーゼがmCRY2Ser557のリン酸化に関与しないことが示唆された。さらに、Ser557近傍のアミノ酸配列はglycogen synthase kimse-3β(GSK-3β)のリン酸化コンセンサス配列と一致し、mCRY2Ser557のリン酸化依存的にin vitroにおいてGSK-3βがmCRY2をリン酸化することを見出した。また、哺乳類培養細胞内においてはGSK-3βによってリン酸化されたmCRY2は、プロテアソーム系によって分解されることが示された。 以上のように論文提出者は、mCRYがMAPキナーゼ、GSK-3βなどの複数のキナーゼによってリン酸化されることによって、機能や安定性が精密に調節されていることを解明した。本研究によって得られた結果は新しい知見を多く含み、概日時計の研究に寄与するところが多いと考えられる。 本論文のうち、ウシガエル網膜を用いたMAPキナーゼの役割についての解析は、真田佳門氏、深田吉孝氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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