No | 117899 | |
著者(漢字) | 廣田,毅 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒロタ,ツヨシ | |
標題(和) | 哺乳類における末梢概日時計の同調機構の解析 | |
標題(洋) | Novel Resetting Mechanism of Peripheral Circadian Clock in Mammals | |
報告番号 | 117899 | |
報告番号 | 甲17899 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4370号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地球上のほとんど全ての生物は体内に概日時計を持っており、代謝や行動など様々な生理現象が約1日周期のリズムを示す。哺乳類において概日時計の発振系は、転写因子CLOCK-BMAL1によるPerおよびCry遺伝子の転写活性化を、PER.CRYタンパク質が自ら抑制するという、負のフィードバックループによって構成されている。この発振系は、行動リズムを支配する視床下部の視交叉上核だけでなく、肝臓や心臓など様々な末梢組織にも存在し、それぞれを中枢時計・末梢時計と呼ぶ。概日時計は自律的に発振するだけでなく、外界の環境変化に同調するという重要な特徴を持っており、中枢時計は網膜で受容された光シグナルを介して外界の24時間周期に同調する。一方、末梢時計は何らかの因子を介して中枢時計に支配されると考えられており、その研究モデルとしてrat-1細胞などの培養細胞が用いられている。というのも、rat-1細胞を血清で刺激するとPer1とPer2の発現量が急激に増加し、それに続いて時計遺伝子の発現量が概日リズムを示すからである。このPer1/2の一過的な発現上昇は、中枢時計の光同調においても見られ、概日時計のリセットにおいて重要な役割を果たすと考えられてきた。しかしながら、生体内における末梢時計の同調機構および同調因子の分子実体は未だ謎に包まれている。そこで私はrat-1細胞を用いて、哺乳類における末梢時計の同調機構の研究を行った。 ショウジョウバエやゼブラフィッシュにおいては、末梢時計が外界の明暗周期に直接的に同調するため、まず初めに明暗周期がrat-1細胞の時計遺伝子発現に与える影響を解析した。Rat-1細胞を明暗条件下でコンフルエントに達するまで培養し、その1日後に培地を無血清培地に交換して、4時間おきに細胞を回収した。各サンプルからRNAを調製し、定量的RT-PCR法によって時計遺伝子Bmal1の発現変化を解析したところ、意外なことに、培地交換後にBmal1発現量が概日リズムを示すことを見出した(図1、実線)。このリズムの位相は、明暗条件を逆転させた場合や恒暗条件においても変化しなかったことから、外界の明暗周期はrat-1細胞の末梢時計に影響を与えないといえる。 ここで、培地交換による概日リズムの誘導は食餌による栄養補給を連想させ、興味深いと思われた。というのも最近の研究から、中枢時計による支配よりも食餌のタイミングが末梢時計を強く同調させることが明らかにされたからである。そこで、Bmal1以外の時計遺伝子についても培地交換後の発現変化を解析したところ、Per2とDbpの発現量も顕著な概日リズムを示すことが判明した(図1、実線)。このリズムは血清刺激をした場合(図1、点線)と比較すると、位相が約4時間前進していた。しかも興味深いことに、血清刺激の場合とは異なり、Per1とPer2の発現量は培地交換の直後に増加せず、むしろ4時間後にかけて減少した。以上の結果から、培地交換によるリズム誘導は血清刺激の場合とは異なる新規の経路を介すると考えられた。実際、血清刺激によるリズム誘導において重要な役割を果たすERK/MAPKのリン酸化は、培地交換によるリズム誘導においては必須ではないことが判明した。 培地交換の操作は細胞に様々な影響を与えると考えられたので、次にPer1/2の発現低下を引き起こす原因を探索した。まず物理的な影響を調べるために、培地を他のディッシュ由来の使い古した培地と交換したが、Per1/2の発現量は変化しなかった。そこで培地の各成分である塩・グルコース・ピルビン酸・アミノ酸・ビタミンを個別に投与したところ、グルコースを投与した場合のみ、Per1/2の発現量がともに減少することを見出した。さらに、グルコースの投与がPer2・Dbp・Bmal1の発現リズムを誘導することを明らかにした。このリズムは培地交換後のリズムと波形が似ていたことから、培地交換によるリズム誘導の主な原因はグルコースの添加にあると考えられた。以上の結果は、食物の主成分のひとつであるグルコースが、mt-1細胞の末梢時計を同調させうることを示している。血中グルコース濃度が日内変動することや、制限給餌下でおこる食餌予知行動リズムの位相をグルコースがシフトさせるという知見をあわせると、in vivoにおいてグルコースが食餌時間を末梢時計に伝達している可能性が高いと考えられる。 そこで次に、グルコースがPer1/2の発現を低下させ、概日リズムを誘導する機構を解析しようと考えた。まず、グルコースの代謝の必要性を調べるために様々なグルコース類似物質を投与したところ、代謝可能なガラクトース・フルクトース・マンノースはPer1/2の発現を低下させたのに対し、代謝されないマンニトールや3-o-メチルグルコースは影響を与えなかった。この結果はグルコース代謝の重要性を示している。ここで、NADH/NAD+比はCLOCK-BMALのDNAへの結合を調節することから、この比の変化を介してグルコースがPer1/2発現を低下させる可能性が考えられた。しかし、ピルビン酸はPer1/2発現に影響を与えなかったことから、次にグルコースの効果が遺伝子の転写・翻訳を介する可能性を阻害剤を用いて検証した。その結果、タンパク質合成阻害剤およびRNA合成阻害剤の両者によってグルコースの効果が抑制されたため、グルコースは遺伝子の転写・翻訳を介してPer1/2の発現を低下させると考えられた。 そこで、Per1/2の発現低下を導くような因子を探索するため、グルコース投与によって発現量が変化する遺伝子をDNAマイクロアレイを用いて網羅的に解析した。グルコース投与の直前と投与の1時間後・4時間後に、各時刻4点ずつ計12点で解析を行った結果、8,800個のプローブセットの中からシグナル強度が3倍以上変化するものを176個(既知遺伝子140個、重複3個、機能未知EST43個)見出した。これらを発現量の経時変化に基づいて分類したところ、8個のクラスターに別れた。グルコース投与の1時間後にシグナル強度が増加する3個のクラスター(24個のプローブセット)の中には、2つ転写制御因子TIEG1とVDUP1が存在し、さらに、1時間後にシグナル強度が2.5倍に増加するものの中に転写抑制因子HES1を見出した。一方、視交叉上核において光誘導される一連の転写因子の発現量は、グルコースの影響をほとんど受けなかった。この結果からも、グルコースによるリズム誘導が新規のものであることがわかる。 Tieg1・Vdup1・Hes1遺伝子はPer1/2の発現低下に関与すると考えられたので、グルコース応答をRT.PCR法によって詳細に解析したところ、いずれの発現量もグルコース投与の1時間後にピークに達することが判明した。一方、代謝されない3-O-メチルグルコースを投与した場合、Tieg1とVdup1の発現量はほとんど増加しなかったが、Hes1の発現はグルコース投与の場合と同様の変化を示した。これらの結果から、Tieg1とVdup1の発現はグルコース代謝によって急激に上昇すると考えられた。Per1/2発現の低下もグルコース代謝に依存していたことから、Tig1・Vdup1遺伝子の重要な役割が示唆された。さらに、タンパク質・RNAの合成阻害剤を用た解析から、Tieg1とVdup1遺伝子はグルコース応答性の前初期遺伝子であることが判明した。 VDUP1はチオレドキシンの機能阻害分子であり、チオレドキシンは-SH基の還元反応を介して様々な転写因子とDNAやcoactivatorのCBP/p300との結合を促進する。CLOCK-BMAL1による転写の活性化もCBP/p300を介することから、VDUP1がチオレドキシンを阻害し、CLOCK-BMAL1を不活性化することにより、Per1/2の発現低下をひき起こす可能性が考えられる(図2)。一方、TIEG1はSp1配列に結合する転写抑制因子である。Per1やBmal1遺伝子の転写開始点付近にはSp1配列が存在することから、TIEG1が転写抑制をひき起こす可能性があるため(図3)、これをルシフェラーゼレポーターアッセイによって検証した。その結果、2.2kbのPer1プロモーターおよび2.8kbのBmal1プロモーターからの転写を、TIEG1が用量依存的に抑制することが判明した。Bmal1プロモーターに対するTIEG1の効果は強く、さらにSp1配列に依存していた。しかし、Sp1配列を含むSV40やCMVプロモーターからの転写は抑制されなかったことから、TIEG1の作用は特異的であると考えられる。 これまでBmal1遺伝子の転写調節機構は不明であったことから、TIEG1によるBmal1プロモーターの抑制は興味深く感じられた。そこで、マウスの肝臓におけるTieg1の発現変化を解析したところ、Per1リズムに近く、Bmal1リズムとは正反対の位相でリズムを示すことが判明したため、末梢時計の発振においてTIEG1がBmal1遺伝子の負の制御因子として働く可能性が考えられた。 以上の解析を通じて本研究では、食物の主要成分であるグルコースが末梢時計の同調因子として働く可能性を示すことができた。さらに、グルコースによる時計同調が新規の経路を介することを示し、この過程に関与する候補因子の同定に成功した。なかでもTIEG1は、Bmal1遺伝子の負の制御因子として、末梢時計の発振においても重要な役割を果たすことが示唆された。 図1.培地交換による新規の概日リズム誘導現象 実線:rat-1細胞をコンフルエントになるまで培養し、時間0に培地を無血清培地に交換した。点線:先行研究に従い、細胞を時間0から2時間血清刺激した後、培地を無血清培地に交換した。各時間に細胞を回収し、定量的RT-PCR法によって時計遺伝子の発現量を解析した。 図2.グルコースによる末梢時計の同調においてVDUP1が果たす役割(モデル)TRX,チオレドキシン 図3.グルコースによる末梢時計の同調においてTlEG1が果たす役割(モデル) | |
審査要旨 | 概日時計は約24時間の周期で自律的に発振するのみならず、自らの位相を外界の環境変化に応じて調節することができる。哺乳類において、肝臓や心臓などに存在する末梢時計の位相は食餌の時間に強く影響されるが、その分子メカニズムに関する知見は非常に乏しい。論文提出者は、末梢時計の位相同調機構を解明する目的で、rat-1細胞という末梢時計のモデル細胞系を用いて同調因子の探索を行った。本論文では、rat-1細胞における新規の位相同調現象の発見、およびその分子機構の解析について述べられている。 論文提出者は定量的RT-PCR法を用いることにより、rat-1細胞における位相同調因子の探索過程において、培地交換の操作が時計遺伝子Per2・.Dbp・Bmal1の発現リズムを誘導することを見出した。一方、主要な同調因子のひとつである光は、rat-1細胞の時計遺伝子発現に対して影響を与えなかった。興味深いことに、培地交換によるリズム誘導はPer1およびPer2遺伝子のゆるやかな発現低下を伴っていた。Rat-1細胞において概日リズムを誘導する因子は、血清を含めていくつか知られているが、これらはすべてPer1/2遺伝子の一過的な発現上昇を伴う。このことから、培地交換によるリズム誘導は新規の経路を介する可能性が示唆された。そこでPer1/2遺伝子の発現低下を導く原因が探索された結果、グルコースの添加がリズム誘導において重要な役割を果たすことが判明した。さらに、代謝可能な単糖はPer1/2遺伝子の発現を低下させたのに対し、代謝されない単糖やピルビン酸は影響を与えなかったことから、糖代謝の初期過程の重要性が明らかになった。 続いて、タンパク質およびRNAの合成阻害剤を用いた実験から、グルコースによるPer1/2遺伝子の発現低下には遺伝予の転写・翻訳が必要であることが示された。そこで、DNAマイクロアレイを用いてグルコース応答遺伝子が網羅的に探索された結果、グルコース投与の直後に発現量が急上昇する転写制御因子として、TIEG1.VDUP1.HES1が見出された。なかでも、Tieg1とVdup1遺伝子はグルコース代謝に依存したimmediate early geneであることが判明し、この2つの因子がグルコースによる位相同調において重要な役割を果たす可能性が考えられた。 TIEG1はZn finger型の転写抑制因子であり、そのDNA結合ドメインはSp1に類似している。Per1およびBmal1遺伝子の転写開始点付近にはSp1結合配列が存在することから、これらの遺伝子のプロモーターに対するTIEG1の作用が、ルシフェラーゼレポーターアッセイにより解析された。その結果、TIEG1は両プロモーターからの転写を用量依存的に抑制することが判明した。Bmal1プロモーターに対するTIEG1の抑制効果はPer1プロモーターに対する効果よりも強く、また、この効果はSp1配列に依存していた。 Bmal1遺伝子の発現量は概日リズムを示すにも関わらず、その転写調節機構は未だに不明である。TIEG1はBmal1プロモーターに対して抑制的に作用したことから、マウス肝臓におけるRieg1およびBmal1遺伝子の発現リズムが解析された。Tieg1遺伝子の発現量はBmal1リズムとは逆位相のリズムを示したことから、末梢時計の発振においてはTIEG1がBmal1遺伝子の負の制御因子として働く可能性が示唆された。 以上のように、論文提出者は本研究において、食物の主成分のひとつであるグルコースが末梢時計を同調させることを見出しただけでなく、この新規の同調過程に関与する分子の候補を同定した。さらに、候補分子の中からTIEG1の機能解析を行い、この転写因子がグルコース同調においてだけでなく、末梢時計の発振においても重要な役割を果たす可能性を示した。これらの発見は、末梢時計機構を理解する上で極めて重要な知見であり、今後の当該分野の研究発展に大きく寄与するものと期待できる。なお、本論文は岡野俊行氏・小亀浩市氏・池島裕子氏・宮田敏行氏・深田吉孝氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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