学位論文要旨



No 117901
著者(漢字) 中名生,幾子
著者(英字)
著者(カナ) ナカノミョウ,イクコ
標題(和) 管状要素分化誘導に関わる活性酸素発生機構の研究
標題(洋) Studies on the Mechanism of Reactive Oxygen Species Generation Involved in Tracheary Element Differentiation
報告番号 117901
報告番号 甲17901
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4372号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 助教授 西田,生郎
 東京大学 助教授 園池,公毅
 東京大学 助教授 杉山,宗隆
内容要旨 要旨を表示する

序論

 高等植物の道管は、根から吸収した水分や塩類を運搬するために、極めて特殊な形態的分化を遂げる。細胞表層では、水の強い陰圧に耐えられるようにリグニン化した二次細胞壁が形成され、細胞内では核をはじめとする細胞内容物が完全に消火し空洞の筒を作る。このように、一つの細胞で二次細胞壁形成、リグニン化、ブログラム細胞死等の一連の事象が時間的空間的に秩序だって起こるためには、それらを統率するシグナルの存在が不河欠であると考える。あることが分かっているが、それらを受容する仕組みや、その後のシグナリングについては現在のところほとんど明らかになっていない。そこで本研究では、近年、細胞のシグナル分子としての働きを担っていることが近年明らかになりつつある活性酸素に着目し、ヒャクニチソウin Vitro管状要素分化系を用いて、管状要素分化における活性酸素の役割を解明するとともに、その発生機構を明らかにすることを目的として行った。

結果と考察

(1)in vitro管状要素分化で生じる活性酸素に関する解析

 植物の維管束組織で活性酸素の発生が盛んに起こっていることは広く知られている。そこで、この活性酸素の管状要素分化に関わる役割を知るために、ヒャクニチソウin vitro管状要素分化系を用いて以下の実験を行った。まず、分化の過程でどのよう活性酸素種がどのようなタイミングで発生しているのかを調べた。nitro blue tetrazolium(NBT)は活性酸素の中でもO2を検出し、青色の不溶性色素のブルーホルマザンがO2発生部位に沈着する。この試薬を用いて培養細胞を染色した結果、管状要素分化条件で培養した細胞で特異的に細胞の先端が染色された。この染色は管状要素分化初期に一過的にみられ(図1)O2スカベンジャーであるMCLAにより阻害された。この)ことから、この染色がO2の発生によるものであり、管状要素分化初期に細胞先端にO2-を発生する細胞が存狩することが示された、またNBTの染色はNADPHOxidaseの阻害剤であるdiphenyleneiodonium(DPI)で阻害された。このことより、O2-はNADPHoxidase様の酵素によって生じることが示唆された。一方、細胞H2O2をdiaminobenzidine(DAB)を用いて検出したところ、培養開始48時間目以降、H2O2は細胞全体に存在しており、NBT染色で見られたような局存性はなかった。このことは、局所的に発生するO2-がリグニン合成の基質であるH2O2の前駆物質として発生されるものでないことを示唆している。

 次に、この局所的な細胞表層のO2-と二次細胞壁形成との関連を、各種蛍光標識レクチンとNBTの二重染色により調べた、そのうちFITC-WGAで認識される部位がO2-発生領域に一致した(図2)。

 FITC-WGAは、管状要素二次壁形成初期に細胞先端の二次壁を認識する。これらの結果から、O2-発生と二次細胞壁沈潜開始部位が一致することが明らかとなった。O2-の機能を調べるために、1μMDPIを二次細胞壁形成前に培地に添加しO2-発生を継続して培養を継続したところ、分化が著しく阻害された。この時、WGAで認識される初期二次細胞壁形成も阻害されていた(図3)。一方、二次細胞壁形成開始後に与えたときには、二次細胞壁形成そのものも(図3)、その後におけるリグニン沈着も阻害しなかった。次に、この現象を遺伝子レベルで解析した。二次細胞壁形成を阻害するタイミングでDPIを与え、道管及び木部柔細胞で発現しリグニン合成の鍵酵素と考えられるフェニルアラニンアンモニアリアーゼ遺伝子PAL1と、未成熟な道管に特異的に発現し細胞死に関連するシステインプロテアーゼ遺伝子ZCP4のmRNA量を調べた。すると、DPI添加によりPAL1mRNA蓄積は培養60時間目では抑制されたもののその後はほとんど抑制きれなかったが、ZCP4mRNAの蓄積は抑えられた。これらの結果から、NADPHoxidase様の酵素の活性は、二次細胞壁形成と細胞死の両方の過程のイニシエーションに必要であるがリグニン合成そのものには必要ないことが示唆された。

(2)管状要素分化特異的Rec small GTPaseに関する解析

 植物の細胞膜NADPHoixdeseは動物の食細胞の細胞膜NADPHoxidaseと非常に似た性質を持ち、過敏感反応でのオキシデーティブバーストに関わっていることが様々な植物で明らかになってきている。また、NADPHoxideseは膜タンパク複合体でRac small GTPaseを制御因子とすることが知られている。そこで、管状要素二次細胞壁形成初期に見られるO2-発生に関わると考えられるNADPHoxidase複合体の活性制御機構に迫るため、ヒャクニチソウ管状要素分化特異的に発言するRac small GTPaseの単離を試み、最終的に2クロ一ンの単離に成功した。単離した二つのRac small GTPaseはアミノ酸レベルで82.1%の一致度を示し、植物のRac small GTPaseの系統樹の中では別々のサブグループに属していた。二つの遺伝子がコードするタンパクが実際にsmall GTPaseの特性を有しているか確かめるために、大腸菌によりリコンビナントタンパクを作成しGTP結合活性、GTP加水分解活性を測定した。その結果ZeRAC1,ZeRAC2ともにGTP結合活性、GTP加水分解活性を有する事が明らかとなった。

 次に、GFP融合タンパクを用いて細胞内局在を調べた。Wild typeのZeRAC1のN末にGFPを融合させたものは、細胞質、細胞膜など細胞によって様々な局在を示したが、17番目のグリシンをバリンに変えたconstitutive active型のZeRAC1にGFPを融合させたタンパクの局在を調べたところ、ほとんどの細胞で細胞膜に局在していた。一方、wild typeのZeRAC2のN末にGFPを融合させたタンパクは細胞膜に局在した。このことから、ZeRAC1は活性型になって初めて細胞膜に局在するが、ZeRAC2は基本的に細胞膜に局在することが示された。また双方とも、C末端のゲラニルゲラニル化シグナルを欠損させると細胞質にとどまったことから、細胞膜への局在はC末端に修飾されたゲラニルゲラニル基を介して起こることが示された。

 In vitro管状要素分化系でのZeRAC1およびZeRAC2mRNAの発現を経時的に調べたところ、ZeRAC1は60時間目をピークに、ZeRAC2は48時間目をピークに、双方とも管状要素分化培地でのみ二次細胞壁形成初期に一過的な発現がみられた(図4)。また、植物物体でのZeRAC1,ZeRAC2 mRNAの蓄積パターンをin situ hybridizationにより調べた。その結果、ZeRAC1は木部柔細胞、未成熟な道管、師部細胞に強く発現し、ZeRAC2は道管に隣接する柔細胞、未成熟な道管、師部細胞に強い発現がみられた。これらの結果から、ZeRAC1,ZeRAC2はともに維管束細胞に強く発現し、管状要素形成過程では二次細胞壁形成や細胞死などの形態変化に先立って一過的に発現することが明らかになった。この発現のタイミングは局所的O2-発生のタイミングと一致することから、これらRac small GTPaseがNADPHoxidase複合体の活性制御を介してO2-の発生に関与している可能性が考えられた。

 そこで、これらRac smallGTPaseが実際に二次細胞壁形成に先立つ局所的O2-発生の制御に関与しているかどうかを明らかにするために、それぞれZeRAC1の22番目、ZeRAC2の20番目のスレオニンをアスパラギンに変えるdominant negative型のZeRAC遺伝子をパーティクルボンバードメント法により管状要素培養細胞に導入し、NBT染色を行った。導入のコントロールとしてGFP遺伝子をco-transformし、GFPが発現している細胞のうちNBTで染色される細胞の割合を比較した(図5)。その結果、dominant negative型ZeRAC2を導入したものはGFPのみを導入したものと比較してほとんど変わりなかったがdominant negative型ZeRAC1を導入したものは、NBTで染色される細胞の割合が減少していた。このことから、ZeRAC1が二次細胞壁形成に先立つ局所的なO2-発生にNADPHoxidase複合体の活性制御を介して関与していることが示唆された。

 次に、ZeRAC1により制御されるNADPHoxidase遺伝子の単離を試みた。まず、ヒャクニチソウESTライブラリーを用いたマイクロアレイで二次細胞壁形成初期特異的に発現が見られるNADPHoxidaseの部分配列を有する5個のクローンを見出した。これらの配列をもとに全長のNADPHoxidasecDNAの単離を試み、二つの全長cDNA,Zerboh1およびZerboh2を単離した。それらの塩基配列を解析したところ、ESTより見出された5クローンはすべてZeboh2に由来するものであった。このことより、活性酸素発生系システムのコンポーネントであると考えられるZeRAC1とZerboh2が局所的O2-発生のタイミングと一致して発現することが明らかとなった。

図1 培養細胞NBTによる染色

(A)分化誘導培地(D medium)と対照培地(Cp medium)で培養した細胞をNBT染色液(250μM NBT,10μMDDC,1mM NaN3,50mMリン酸カリウム緩衝液pH7,8)で10分染色し洗浄後顕微鏡下で先端が青く染まる細胞の割合を測定した。(B)同培養での管状要素分化率(C)分化誘導培地で培養開始48時間目にNBT染色した細胞,(D)対照培地で培養開始48時間目にNBT染色した細胞。

図2 FITC-WGAとNBTによる二重染色

培養開始48時間目の細胞を2μg/mlFITC-WGAにより10分間染色し、さらにNBT染色液で10分間染色した細胞を蛍光顕微鏡により観察した。bar=20μm

図3 NADPH oxidase阻害剤による管状要素二次壁形成開始の阻害

(A)(B),(C)の培養のDPI無添加条件での管状要素分化率。(B)培養開始後40,44,49,52時間目にそれぞれ1μM DPI(DPI)あるいは100μM NaN3(NaN3)を培地に添加し培養を継続し、72時間目の管状要素分化率を計測した。controlはDPI無添加。(C)培養生かし後40時間目に1μM DPIを培地に添加し培養を継続し、56時間目にThodamine-WGAで染色される細胞の割合を計測した。controlはDPI無添加。

図4 ZeRAC1およびZeRAC2の経時的RNAゲルブロット解析

(A)分化誘導培地(D medium),対照培地(Cp medium)での図に示した時間における各遺伝子の発現量を比較した。最下段にエチジウムプロミドによるゲル染色像を示した。(B)同培養での管状要素分化率

図5 dominant negative型ZeRAC1およびZeRAC2コンストラクトの導入によるO2-発生への影響

培養間始40時間目の細胞にGFPコンストラクトのみ(GFP alone),dominant negative型ZeRAC1コンストラクトとGFPコンストラクト(GFP+ZeRAC1DN),dominant negative型ZeRAC2コンストラクトとGFPコンストラクト(GFP+ZeRAC2DN)をそれぞれ導入し培養を継続し、65時間目にNBT染色を行った。GFPで光っている細胞のうち、先端がNBTで青く染まっている細胞の割合を計測し、GFPコンストラクトのみ導入した時のその値を100として相対値を表した。培養細胞全体のうち先端がNBTで青く染まっている細胞の割合はどの培養でも有意差はなかった。結果は独立した5回の実検での値の平均値で表した。errorbarは標準偏差。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章では、管状要素分化過程で一過的かつ局所的に発生するスーパーオキシドの発見とその管状要素分化における働きについて、第2章では、管状要素分化過程でのスーパーオキシド発生の分予機構について述べられている。

 ヒャクニチソウのin vitro分化系は単離葉肉細胞が単細胞のまま管状要素へと分化するもので、高等植物の優れた細胞分化のモデル系として広く使われてきている。この細胞分化過程では、葉肉細胞が未分化な細胞へ、未分化な細胞が維管束前駆細胞へ、維管束前駆細胞が管状要素へと運命づけられていくことが明らかになってきたが、それらの過程を制御する細胞内シグナルについては現在のところほとんど分かっていない。論文提出者は、近年細胞内シグナルとして注目されつつある活性酸素に着目し、管状要素分化過程での活性酸素の発生と分化への関与につて解析した。その結果、管状要素前駆細胞での局所的に発生するスーパーオキシドの存在を見いだし、スーパーオキシドの管状要素分化シグナルとしての可能性を提唱した。また、このスーパーオキシド発生に関連して、NADPHoxidase複合体のサブユニットgp91phox homologue遺伝子に加え、2つのrac smallGTPase遺伝子を単離し、その発現と機能を解析した。

 まず、第1章では、管状要素分化過程において、スーパーオキシドが細胞先端に一過的かつ局所的に発生することをNBT染色法により見出した。このスーパーオキシドの発生は、細胞膜に存在するNADPHoxidase様酵素の働きによるものであり、WGAで認識される二次壁形成の開始部位と一致した。それに対して、細胞表層の過酸化水素は管状要素分化に伴ってそのレベルは増加するものの、その発生は細胞全体で起こった。これらの結果から、管状要素では形態形成に先立って細胞極性が成立し、その細胞極性とスーパーオキシドが関連していることが明らかになった。また、スーパーオキシドの発生を阻害すると、管状要素分化の二次壁形成と細胞死の過程がともに阻害されることを見いだした。これらの結果は、NADPHoxidase様酵素による局所的なスーパーオキシドの発生が二次壁形成、細胞死を含む管状要素形態形成のイニシエーションに関与する可能性を示している。本内容は、管状要素分化におけるスーパーオキシドの局所シグナルとしての可能性を強く示唆したもので、新規の知見として高く評価される。

 第2章では、第1章で見いだされた局所的なスーパーオキシドの発生を担うと考えられるNADPHoxidase複合体の活性サブユニットであるgp91phox homologue遺伝子Zerboh2と、調節サブユニットであるrac smallGTPase遺伝子ZeRAC1,ZeRAC2の全長cDNAの単離に成功した。これらはいずれも、管状要素を含む維管束に特異的に発現し、in vitroにおいては管状要素のスーパーオキシド発生時期に一過的に発現することを見いだした。続いて、ZeRAC1,ZeRAC2タンパク質の細胞内局在をGFPとの融合タンパク質を用いて解析し、ZeRAC1はその活性状態に応じ、不活性型では細胞質、活性型では細胞膜に存在し、ZeRAC2は定常的に細胞膜に局在することを示した。さらに、ドミナントネガティブ型ZeRAC1を細胞に導入し、内在性ZeRAC1の働きを抑えると、局所的なスーパーオキシドの発生が阻害されるが、ZeRAC2ではその効果がないことを見いだした。このことから、ZeRAC1は管状要素で起こる局所的なスーパーオキシド発生のポジティブエフェクターであることを明らかにした。これらの結果は、ZeRAC1とZerboh2が管状要素における局所的なスーパーオキシド発生担うと考えられるNADPHoxidase複合体の構成員であることを強く示唆した。本内容は、NADPHoxidase複合体の構成要素が維管束形成過程で転写レベルの制御を受けていること、さらに局所的スーパーオキシド発生には維管束細胞特異的なZcRAC1の活性化が必要であること、を初めて見いだしたもので、高く評価される。

 なお、本論文第2章は、Benedikt Kost,Nam-HaiChua、福田裕穂氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、中名生幾子提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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