学位論文要旨



No 117905
著者(漢字) 久保,葉子
著者(英字)
著者(カナ) クボ,ヨウコ
標題(和) テロメア特異的レトロトランスポゾンのORF2の構造と機能
標題(洋) Structure and Function of Open Reading Frame 2 (ORF2) of Telomere-Specific Retrotransposon
報告番号 117905
報告番号 甲17905
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4376号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤原,晴彦
 東京大学 助教授 嶋田,透
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 廣野,雅文
 東京大学 講師 大坪,久子
内容要旨 要旨を表示する

 多くの真核生物のテロメア(染色体末端)は、テロメア反復配列と呼ばれる繰返し配列から成る。線状DNAは、複製の度に末端が短縮してしまうが、テロメラーゼと呼ばれる酵素が、染色体の末端にテロメア反復配列を付加することで、テロメア長は維持される。しかしショウジョウバエではテロメア反復配列が存在せず、染色体が短くなると特定のnon-LTR型レトロトランスポゾン(別名LINE)が染色体の末端に転移して、テロメアを伸長するといわれる。レトロトランスポゾン(以下レトロポゾンと略)は転移因子の一つで、いったんRNAに転写されたのち、核内での逆転写を経てホストゲノム中に挿入される。ショウジョウバエでは、ある種のレトロポゾンがテロメラーゼの代わりをしているといえる。

 一方これまでの研究から、カイコはショウジョウバエと異なり、テロメア反復配列(TTAGG)nは存在するものの、その間に数千コピーものnon-LTR型レトロポゾンが挿入されていることを明らかにした。これらのレトロポゾンは、(TTAGG)nに挿入されている場所と方向性から、TRASとSARTの2種類のファミリーに分類されたが、これまで完全な転移ユニット構造が判明していたのは、TRASlとSART1の2配列のみであった。non-LTR型レトロポゾンは、殆どの真核細胞に存在する、最も主要な転移因子であるにも関わらず、その転移機構は殆ど判っていない。なぜTRASやSARTがテロメアを標的に転移できるのかを解明することで、カイコのテロメア維持機構に迫ることができるのではないかと考えた。同時にその成果は、未解明なLINEの転移機構に新たな知見を与えることも期待された。

 そこで、TRASファミリーをカイコゲノム及び他種の昆虫から枚挙し、それらの構造比較解析を行い、転移に重要な役割を果たしているORF2(open reading frame2)前半部の機能ドメインの予測を行った(第一部)。更に、in vivo転移系を利用して、転移に必須なORF2の機能ドメインを(特に逆転写酵素領域近辺に着目して)限定化するとともに、逆転写酵素のin vitroアッセイ系の構築を試みた(第二部)。

(第一部)

 網羅的検索の初段階として、カイコゲノムからTRAS1以外の5つのTRASファミリーの5'端、3'端配列を決定した。またTRAS1以外に、新たにTRAS3の完全長配列を決定した。TRASファミリーは全て(TTAGG)n配列のTTとGGの間に挿入されていた。また、同じTRASファミリー同士の5'端及び3'端構造は保存性が高いが、異なるTRASファミリー間ではそれほど保存性は高くなかった。Non-LTR型レトロポゾンでは、逆転写の鋳型となる自身のRNAの3'端配列を認識し、逆転写が進むと考えられている。異なるTRASファミリー同士の3'端構造が似ていないという事実から、TRASの酵素タンパク質は、自身のRNAを認識し転移させるが、他のTRASファミリーの転移には有効に作用しない可能性が考えられる。また、non-LTR型レトロポゾンでは、5'端が欠損したレトロポゾンが多数見つかっているが、TRASファミリーでは完全長の配列が(TTAGG)n内に挿入されていた。テロメアでは遺伝子変換や組換えが頻繁に起こっているため、完全長のTRASが維持されるのかもしれない。

 ところで、殆どのレトロポゾンはゲノム中にランダムに挿入されるのに対し、転移先の標的配列が定まっているものも知られている。TRASも後者に属し、テロメア反復配列(TTAGG)nだけに転移する。TRASにはORFが2つ存在し、ORF2にはEN(エンドヌクレアーゼ)ドメイン、RT(逆転写酵素)ドメインなどが存在する。一般にエンドヌクレアーゼは標的配列を認識し、そこを切断する活性(切断箇所が転移箇所となる)を持つので、TRASの標的配列特異性にはENドメインが関与すると予想された。

 そこでTRASの標的配列特異性を決定する構造を探索する目的で、ENドメインからRTドメインまでの領域をPCRで増幅し、カイコを含む鱗翅目昆虫3種から、新たに7つのTRAS類似配列を決定した。系統樹を作成したところ、今回同定したTRAS類似配列は全てカイコのTRAS1と単系統群を形成し、TRASファミリーの配列であることが明らかとなった。

 これら7種のTRAS配列と他のレトロポゾンを比較し、TRASファミリーだけに特徴的な配列を探索した結果、保存性の高い領域が4箇所見つかった。そのうちENドメインとRTドメインの間に見つかった1箇所はMyb-DNA結合モチーフに類似していた。ENドメインとRTドメインは約0.6kb離れているが、この領域に機能ドメインが見つかったのは、今回が初めての報告である。Mybモチーフは酵母やヒトのテロメア結合タンパク質にも存在し、このドメインがテロメア反復配列に特異的に結合することが報告されている。TRASがテロメア反復配列に挿入される機構にも、今回同定したMybドメインが関与している可能性が考えられる。

(第二部)

 Non-LTR型レトロポゾンの転移機構の解析が進んでいない理由の一つに、転移アッセイ系がこれまでヒトのL1因子以外に構築されていなかったことがある。当研究室ではこの欠点を解消するため、テロメア特異的レトロポゾンの転移をin vivoで解析する系を確立した(高橋,藤原2002)。この系ではカイコと同じ鱗翅目昆虫であるヨトウガの培養細胞(Sf9)と、バキュロウイルスを利用する。まず強力なポリヘドリンプロモーターの直下にTRASやSARTを組み込んだ組換えバキュロウイルスを作成する。このウイルスをSf9に感染させると、細胞内でTRASやSARTのRNAとタンパク質が合成され、Sf9のテロメア反復配列への転移が起こる。転移したTRASやSARTはカイコ由来の配列であり、ヨトウガの配列とは区別できるので、これを利用してTRASやSARTの内部の配列とテロメア反復配列に相補的なプライマーでPCRを行う。転移が起こっていれば、目的のサイズのバンドが検出されるという手法である。

 そこで、第一部で示したENドメインからRTドメインの間の領域やRTドメインとその近傍領域が転移に必須であるか、上記のin vivo転移系を利用して調べた。まずTRAS1のORF2内のドメインに一アミノ酸置換を入れ、実験を行った。TRAS1のEN,RT,RNaseHドメインの重要なアミノ酸に変異を入れたときは全く転移がおこらなくなった。しかしTRAS1は転移頻度が低く、転移の判定が困難であった。一方SART1では、発現すれば確実に(TTAGG)nへの転移が確認できたので、SART1について解析を進めることにした。TRASとSARTの全体的な構造(二つのORF構造、長さ、ドメインやその配置など)はよく似ている。ただし、TRASファミリーではMybドメイン類似配列が見つかったが、SART1ではMybドメインの明確な同定はできなかった。RTドメインの上流配列を欠損したSARTl(下図a)や、RTのC米側を欠損したSART1(b-e)を作成し、転移実験を行った。また、RTドメイン内で保存性の高いアミノ酸11箇所(下図の↑部分)を、それぞれ一アミノ酸置換したSART1の転移状況についても調べた。

 一アミノ酸置換の実験では、D609A(ORF2の609番目のアミノ酸DをAに置換)、D699VのSART1は、転移できなくなった。これらのD(アスパラギン酸)は活性中心を構成しており、予想と矛盾しない結果となった。またK548A,G775Aでは転移頻度が低下したことから、逆転写酵素活性に何らかの役割を果たしていると考えられた。しかし興味深いことに、他の7つのアミノ酸置換変異体では、変異の入っていないintactSART1と同程度の転移を示した。この結果から、保存性の高いアミノ酸のうち、機能に関与するアミノ酸は限られていることがわかった。

 一方、領域欠失実験において、RTの上流あるいはC米領域を欠損したSART1の全て(a-e)は転移できなくなった。これらの変異SART1を2種類同時に発現させる「トランス相補実験」を行ったところ、図中のbとD699V,aとbの組み合わせでは転移が検出できたが、aとD699Vの組み合わせでは転移が検出されなかった。テロメラーゼでは、逆転写酵素タンパク質はオリゴマー化するために、RTドメインのN末側領域とC末側領域で結合しているという報告がある。今回の実験から、non-LTRレトロポゾンの逆転写酵素タンパク質においても、RTドメインのN末側領域とC末側領域間で何らかの相互作用をしていることが示された。

 更に、in vivo転移系の結果を検証するため、SART1の逆転写酵素活性を測定する系の構築を試みた。まず、変異SART1を発現させたSf9から細胞粗抽出物を回収し、ここに合成した鋳型RNAとDNAプライマー、dNTPを加え、人為的に逆転写反応を起こさせた。その後、合成された。DNAをPCRで増幅して検出するという方法を考案した。逆転写酵素活性を測定したところ、intactSART1では濃いPCRバンドが検出され、転移できない変異体であるD699Vでは、ネガティブコントロール(ORF1、酵素タンパク質をコードしない)程度の薄さのバンドしか出現しなかった。この結果は、D699Vでは逆転写酵素活性が確かに消失したことを示す。このin vitroアッセイ系の構築により、in vivo転移系と組み合わせることで、逆転写酵一素ドメインの詳細な機能解析が可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章ではカイコのテロメアで見つかったnon・LTR型レトロトランスポゾンがテロメアヘ特異的に挿入するために関与している領域の探索を試み、第2章では、non・LTR型レトロトランスポゾンが転移するときに必須な酵素タンパク質をコードするOpenReadingFrame2(ORF2)を、逆転写酵素ドメインを中心に機能解析を試みた。

 レトロトランスポゾンの殆どは、ゲノム上にランダムに転移するが、カイコのテロメアで見つかったnon・LTR型レトロトランスポゾンTRASとSARTは、テロメア反復配列(TTAGG)nに特異的に転移する特徴を持ち、転移の標的配列を限定している稀なレトロトランスポゾンである。論文提出者はTRASとSARTの研究を行い、詳細なメカニズムが未解明であるnon-LTR型レトロトランスポゾンの転移機構の解明を目指し、研究を行った。

 第1章ではカイコのテロメアからTRAS1以外のTRAS配列を同定し、これらを5'-UTRや3'-UTRの配列で分類し、TRASは最低6種類、SARTは少なくとも2種類のファミリーが存在することを明らかにした。non-LTR型レトロトランスポゾンは、逆転写が自身のRNAの3'-UTR側から始まることから、一般に5'側の欠損した配列がゲノム中に挿入されていることが多いが、TRASは、全て転写開始点からテロメアに挿入されていた。テロメアでは遺伝子変換や組換えが頻繁に起こるため、完全長のTRASが維持されている可能性が考えられた。次にTRASの進化的起源を探るため、カイコ以外の昆虫にTRASが存在するかどうか、ゲノムサザンハイブリダイゼーションを行ったところ、カイコ以外の昆虫目にも幅広くTRASが存在することがわかった。おそらく昆虫が多くの種に分岐する以前から、昆虫のゲノム中にTRASが存在していたと考えられる。次に、TRASがテロメア反復配列に特異的に挿入するのに関与する領域を探索するため、カイコ以外の昆虫からもTRAS配列同定を試み、カイコを含む鱗翅目昆虫3種から、新たに7種のTRAS配列を同定した。これらをTRAS以外の標的配列特異的レトロトランスポゾンと配列を比較した結果、TRASファミリー間で保存性の高い領域4箇所を同定でき、このうち1つはMybというDNA結合モチーフに類似することがわかった。TRASが属するタイプのnon・LTR型レトロトランスポゾンでMybドメインが見つかったのは、今回が初めての報告である。またMybドメインは、テロメア結合タンパク質でも、テロメアに結合するためのドメインとして機能しており、TRASで見つかったMybドメインも、TRASのテロメアベの挿入に関与する可能性が考えられた。

 第2章では、解析が進んでいないnon-LTR型レトロトランスポゾンの転移機構を解明する目的で、酵素タンパク質がコードされているORF2ドメインを、逆転写酵素ドメインを中心に解析を行った。SART1の逆転写酵素ドメイン内で保存性の高いアミノ酸11箇所に、一アミノ酸置換を導入したSART1を解析した結果、D609A,D699Vの変異SART1が転移できなくなっていた。これらのD(アスパラギン酸)は活性中心を構成するため予想と矛盾しない結果だったが、K548A,G775Aでも転移頻度の極端な低下が見られた。これらのアミノ酸でも逆転写酵素活性に何らかの役割を果たすと考えられた。興味深いことに、他の7箇所の変異は、転移への影響が見られなかった。この結果から、保存性の高いアミノ酸のうち、機能に関与するアミノ酸は限られていることがわかった。次に、逆転写酵素ドメインの近傍領域の、転移における機能を探るため、逆転写酵素ドメインの上流領域及びC米領域を欠損したSART1を作成したところ、これらの欠損SART1は全て転移できなくなり、近傍の領域も何らかの機能を持つことが示唆された。上流欠損SART1とC末欠損SART1を同時に発現させると転移できたことから、逆転写酵素ドメインを含むORF2タンパク質はダイマー以上で機能し、その際逆転写酵素ドメインの上流とC末の領域が同時に必要なことが示唆された。可能性の一つとして、これら2つの領域が相互作用することで、ORF2タンパク質はダイマー以上のマルチマーを形成すると考えられる。non・LTR型レトロトランスポゾンのORF2タンパク質が、マルチマーを形成するとの報告は今回が初めてである。さらに論文提出者は、in vivo転移系で逆転写酵素ドメインの解析を詳細に検討するには、逆転写酵素活性のアッセイ系が必要であると考え、この系を今回新しく構築した。この系を用いて、加える鋳型RNAの配列を変えることで、RNAのどのような配列あるいは構造が逆転写に重要かを調べることができ、non・LTR型レトロトランスポゾンの更なる機能解析に強力な系を構築したと言える。

 なお、本論文は藤原晴彦、岡崎聡、安西智宏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行っており、その寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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