学位論文要旨



No 117908
著者(漢字) 藤田,祐樹
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,マサキ
標題(和) 鳥類およびヒトにおける二足歩行の運動学的比較
標題(洋)
報告番号 117908
報告番号 甲17908
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4379号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,賛
 東京大学 教授 青木,健一
 東京大学 助教授 諏訪,元
 筑波大学 講師 足立,和隆
 東京都老人総合研究所  研究員 西澤,哲
内容要旨 要旨を表示する

 多くの鳥類とヒトは、ともに地上では下肢による二足歩行を行う。ヒトの歩行は、様々な分野で研究が行われているのに対し、鳥類の歩行の研究は極めて少なく、地上性の強い一部の種の歩行が研究されてきたのみであった。しかし、鳥類は形態、行動、生息環境などに多様性があり、歩行にも多様性が認められる。多様な鳥類の歩行を運動学的に比較することで、その実態を明らかにし、歩行と行動や環境要素などとの関係を考察することが、本論文の目的である。

首振り歩行の運動力学的機能

 本論文では、まず、ある種の鳥類に特徴的な首振り伴う歩行を運動力学的観点から解析した。歩行時の首振りは、歩行時に鳥が頭部を停止させる時期があるために生じることが知られていた。この首振り(頭部の固定)は視覚的な運動であり、歩行とは関係がないと考えられてきた。しかし、歩行時の首振りは特定のパターンで行われており、このパターンは視覚的機構からは説明できない。そこで、ドバトとコサギという形態の異なる2種の鳥類で、歩行時の重心移動を以下のような方法で調べ、首振りが特定のパターンで行われる原因を運動力学的観点から考察した。

 はじめに、死体を用いて首を屈伸させた場合の重心位置の変化を調べた。死体を矢状面内の異なる2点で吊るしてそれぞれ写真撮影を行い、2枚の写真から輪郭線を合成することで重心位置を求める。首を屈伸させながらこの作業を繰り返し、姿勢と重心位置の関係を一般化した。続いて、野外においてドバトおよびコサギの歩行を撮影し、その映像解析によって歩行姿勢の記録を行った。先の重心位置計測において得た一般則に基づき、歩行時の首伸展程度から重心位置の移動を推定した。

 結果として、首振りを構成する頭部の停止時期は、単脚期に重心が支持脚上に乗っている期間と一致していることがわかった。ドバトとコサギは形態が大きく異なるにも関わらずこのような一致が認められたことから、この一致に重要性があると考えられる。単脚期の静的安定な状態において頭部が静止していることは、内耳や視覚への情報入力を正確にし、単脚期の姿勢保持を行いやすくする効果があると考えられる。また、頭部の推進は両脚期で加速が大きいときに行われており、このようなタイミングはヒト歩行における上体の揺れのタイミングに類似していた。ヒト歩行時の上体の揺れは、歩行時の回転などを小さくして効率を高める働きがあると考えられているが、鳥類の首振りにも同様の機能があると考えられる。これらの運動力学的影響がどの程度重要であるかは議論の余地があるが、少なくとも歩行と関連した運動力学的に効果的なタイミングで首振りが行われていることが明らかになった。

渉禽類の首振りパターン

 一方、このような機構的あるいは機能的な原因の追求からは、首振りを行う鳥と行わない鳥がいる理由はわからない。このような、より究極的な首振りの理由を追求する方法のひとつとして、渉禽類における首振りパターンの行動学的観察を行った。渉禽類のいくつかの種では、首振り歩行と非首振り歩行の両方を行う場合があることが知られている。そこで、渉禽類がどのような理由によって両者を使いわけるのかを明らかにするため、ビデオ観察を行った。採食の有無、歩行速度、路面状況などと首振りの関係を調べた結果、サギ類では、採食行動を行っていないとき、あるいは速度が大きい場合に非首振りの歩行が認められ、採食行動を行っている場合には、基本的に首振りは行われていた。ハトでも高速では首振りを行わなくなることが知られており、これは運動学的制約の問題であると考えられる。行動学的観点から興味深いのは、首振り歩行が採食行動と関連していたことである。渉禽類や他の首振り歩行を行う鳥類は、一般に歩きながら探索と採食を行うといった採食行動を行うが、首振りに関して考えうる視覚的および運動力学的機能のいずれもこのような行動に適応的であると考えられる。したがって、首振りがこのような採食行動への適応であるという可能性が高い。

多様な鳥類およびヒトにおける歩行の運動学的比較

 上記のような首振りに関する仮説や、先行研究で言われている鳥類歩行の特徴の一般性を検証する方法として、多数種における比較が有効である。歩行を行う鳥類は、水鳥や渉禽類、飛翔性の強い鳥など極めて多様であるが、これまで歩行解析の対象とされてきた鳥類は、地上性の強いキジ目や走鳥類だけであった。そこで本研究では、先のような仮説を検証し、また、歩行の特徴と形態や行動などとの関連性を一般化する目的で、水鳥であるユリカモメとオナガガモ、渉禽類であるコサギとアオサギ、飛翔性の強いドバトとムクドリといった多様な種の歩行について基本的な歩行変数を比較し、ヒトの歩行との比較も行った。歩行変数の計測は、鳥類ではビデオ映像解析によって行い、ヒトは球形の赤外線反射マーカー認識型の三次元計測装置を用いて行った。

 結果として、鳥類の種間には、次のような特徴が認められた。まず、ドバトやムクドリ、アオサギ、コサギといった比較的よく歩行を行う鳥では、速度を高めるときに蹴り出しの角度を大きくしてストライド長を大きくする傾向が強かった。これに対して、ユリカモメやオナガガモでは、振り角が他の種よりも小さく、歩調を高める傾向が強かった。ドバト、コサギ、ムクドリの3種は歩行時に首振りを行っていたのに対し、ユリカモメとオナガガモは行っていなかった。首振りに歩行の安定性を高めるような運動力学的機能があるとすれば、歩行が安定することによってストライド長を大きくすることができるため、これらの傾向が説明できる。首の長いコサギで相対ストライド長が特に大きかったことと、アオサギの首を振らない歩行でコサギよりも相対ストライド長が小さかったことは、この可能性を支持するものと解釈できる。ただし、後者に関してはサイズの影響も否定できないため、今後詳細に検討していく必要がある。また、首振りを行う鳥では、duty factorが小さく両脚期の長さが相対的に小さかったが、これも、歩行が安定していることの傍証となる。これらの特徴は、いずれも首振りに歩行を安定させる運動力学的機能があると仮定することで説明できるため、この仮説は、今のところもっともらしい。

 このように、鳥類の歩行は、ストライド長の大きい首振りを行うドバトやムクドリなど地上採食性鳥類の歩行、首振りの特徴が強調された渉禽類の歩行、歩調の大きい水鳥の歩行というように分類できることが明らかになった。そしてそれは、首振りを行うか否かと関連している可能性が高い。

 また、これらの鳥類とヒトの歩行を比較した結果、先行研究でも指摘されているようにヒト歩行では脚の振り方が前後に対称的であるが、鳥類は蹴り出しの角度のみを大きくしていることが確認された。これに加えて、鳥類は歩行時に下肢を大きく屈伸させることによってストライド長を大きくするのに対し、ヒトは比較的伸展させた状態に保っていることがわかった。これらの鳥類とヒトの歩行特性の相異は、多様な鳥類と比較しても一般性が認められたことから、鳥類とヒトの根本的な相違点である歩行姿勢に起因するものであると考えられる。また、ヒトは鳥類に比較してdutyfaCtorが小さく、相対的に単脚期が長かったが、これはヒトと鳥類で足部の柔軟性が異なるためであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は序章および三つの章からなる。第一章は二足歩行研究における鳥類の位置づけについて述べ、第二章は首振りを伴う鳥の二足歩行特性の測定、第三章はさまざまな鳥類の分類群間とヒトとにおける二足歩行の運動学的比較を取り扱う。

 鳥類はヒトと同じく自然状態で地上二足歩行を行う。トリの二足歩行の研究はこれまで地上性の強い一部の種に片寄っており、多様性が充分論議されてきていない。本論文は多様な鳥類の野生の自然状態における二足歩行をヒトの歩行と運動学的に比較し、歩行運動の特徴と行動や環境要因などとの関係を考察することを目的とする。

 本研究はこれまでにない多くの種(全13種)を対象として、歩行時における大量の運動学的データを数量的に取扱って成果を出した。

 具体的にはまず第二章第二節において、ドバトとコサギという系統上の目、大きさ、プロポーションは異なるが共に首振り歩行を行う二種における運動力学的解析を行った。この際死体を用いて各種姿勢時の重心位置を測定し、これを野生状態のビデオ撮影による運動姿勢をあてはめた。この結果、いずれの種においても首振りを行うことにより生ずる頭部の静止時間が単脚支持期の重心支持期間と一致していることを見いだした。これまで首振り歩行は視覚情報と関連することが知られてきたが、本論文ではその視覚の固定と歩行運動の関連性、すなわち不安定である単脚支持期に頭部と視覚を固定するという安定性確保の作用のあることが具体的に示された。

 次いで第二章第三節においては、この首振り歩行を行う鳥と行わない鳥の違いを追求するため、近縁で行動の近い渉禽類2目9種をえらび、野生状態のビデオ撮影による運動学的観察を多数例行った。その結果、これまで例数の少ない観察結果では首振りを行わないとされていた種でも首振りを行うことのあることを発見した。そして、首振り歩行は採食行動に伴うものであることを見いだし、先の運動力学的結果より解釈を加えた。この生態学的結果は他の種についてもあてはまる可能性が高いといえる。

 第三章においては、さらにこれまで研究の行われたことのないものを含む5目6種の多様なトリとヒトとの二足歩行を、歩調、ストライド長、脚振り角、duly factorなど運動学的な実測により比較した。この結果、トリにおいては首振り歩行を行うときには、ストライド長が大きくなり、duly factorが小さい傾向をもち、歩行の安定度が高いことが示された。トリのなかば速度変化に対するこれら運動学的パラメーターの変化パタンで分類が可能である。またヒトの歩行は多様なトリの二足歩行と比較し、下肢の伸展度が高く、duty factorが小さい特徴をもつことが分かった。

 これらトリの歩行研究結果は野生状態で、すなわち種本来の環境における歩行行動の生態観察から導かれたものである。これまでに研究報告のない目・種など多数の種における、大量のデータの数量的取扱いにより、成果が出された。この成果にもとづき、野生状態で二足歩行を行うヒトとトリという二大集団の比較を行い、ヒトの二足歩行の特徴をこれまでよりより明確とした。

 これらの成果の一部は次々と国際誌に投稿され採択されている。

 なお本論文第二章第三節の一部は川上和人氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータの収集、分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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