学位論文要旨



No 117909
著者(漢字) 三橋,雅子
著者(英字)
著者(カナ) ミツハシ,マサコ
標題(和) カクレエビ亜科(甲殻綱:十脚目:テナガエビ科〉の系統分類学的研究
標題(洋) Phylogenetic Study on the Subfamily Pontoniinae (Crustancea:Decapoda:Palaemonidae)
報告番号 117909
報告番号 甲17909
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4380号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,正倫
 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 教授 太田,透
 琉球大学 教授 諸喜田,茂充
 東京大学 講師 上島,励
内容要旨 要旨を表示する

 テナガエビ科カクレエビ亜科のエビは、熱帯から温帯の浅海に棲息し、その大きさは5mm〜50mmほどである。現在、本亜科は450種以上からなり、多くの種は、海綿動物、刺胞動物、棘皮動物、脊索動物などの様々な動物と共生することが知られている。共生のために適応したと考えられる特異な形態をもつ種が多いことから、属が非常に細分化されている。現在までに86属が認められているが、その半分以上は1属1種で、属間の関係が不明な場合が多い。一方で、Periclimenes属は自由生活のものから様々な動物と共生する約160種を含んでおり、多様な形態をもつことから多系統であることが示唆されている。

 カクレエビ亜科のエビ類は共進化や種分化の研究のモデルとして興味深い分類群であるが、その系統関係について論じた研究はほとんどない。近年、Li and Liu(1997)が形態、生態および分布の80形質に基づき、カクレエビ亜科内の属単位での分岐分析を初めて試みた。しかし、この解析には相同性の不確かな形質が多く用いられているほか、同じ宿主に共生することによる形態的収斂が考慮されていないため、正しい系統関係が推定されたとは言い難い。

 そこで本研究では、まず、1)現時点において知られている全属の標徴、および各属間の相違の情報を整理し、直接標本を観察できた種については記載分類学的な研究を行った。次に、2)カクレエビ亜科ではほとんど報告がされていないが、高次の分類に有効とされている第1ゾエア幼生の形態を、できるだけ多くの種について観察し、記載・比較を行った。そして3)できるかぎり多くの種について分子系統解析を行い、現在使用されている属の妥当性および分類に用いられている形質の評価、幼生の形態および属間の関係についての考察を行った。

材料・方法

 標本は、おもに琉球列島のサンゴ礁域と伊豆半島周辺域で、素潜りもしくはスクーバダイビング採集を通して得た。種分類において重要とされる色彩パターンを記録するため、標本は新鮮なうちに写真撮影を行った。その後、99%エタノールで固定した。その他の標本は国内外の博物館および研究所から借用して、もしくは直接訪問して精査を行った。標本の観察はおもに実体顕微鏡で行い、微細な形態については生物顕微鏡、走査型電子顕微鏡を用いた。計測とスケッチには描画装置を使用した。

 第1ゾエア幼生は採集した抱卵雌を飼育して得た。幼生は孵化を確認した後、できるだけ速やかに実体顕微鏡下で色彩をスケッチし、5%フォルマリンで固定後、75%エタノールで保存するか、50%エチレングリコール溶液で固定保存した。幼生の標本の詳細な形態は生物顕微鏡を用いて観察した。

 分子系統解析には、ミトコンドリアDNAのCOI領域の一部と16SrRNA領域の一部を用いた。採集標本の卵または付属肢の筋肉から全DNAを抽出し、PCR法で各領域を増幅し、ダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定した。COI領域ではコドンを考慮してアライメントを行い、飽和が予想された第3コドンを除いた配列と翻訳したアミノ酸の配列で解析を行った。16SrDNA領域ではClustalXを用いてアライメントした後、変異の激しいギャップを含む配列を除いた。それぞれにおいて系統解析ソフトPAUP*4.0bで系統樹を作成した。

結果

(1)分類

 自らの採集と協力者によってもたらされた標本および研究機関の収蔵標本の調査から、模式標本を含む26属55種の標本を確認することができた。このうち、6つを未記載種と認め、Coralliocaris tridens Mitsuhashi et al.,2001,Coralliocaris sp.1, Coralliocaris sp.2,Hamodactylus sp.1,Periclimenes sp.1(Okuno and Mitsuhashi,in press),Philarius sp.1として記載した。また、模式標本を精査した結果、Coralliocaris venustaはC.nudirostrisの同物異名であることが明らかになり、シノニムの整理および再記載を行った。Jocaste lucina,Periclimenes lutescens,Philarius gerlacheiでは、生時の色彩や第1胸脚の形態に変異が観察されたことから、複数種が含まれていることが示唆された。これらの種については、今後さらに標本数を増やして、詳細な検討を行う必要があると結論された。

(2)幼生形態

 カクレエビ亜科の幼生形態は、現在までに5属9種が報告されているだけであったが、本研究において10属13種の第1ゾエア幼生を確認することができた。これら幼生の形態について、生時の色彩を含めて記載を行った。また、形態の比較のためにカクレエビ亜科と近縁とされるテナガエビ亜科のUrocaridellaの1種のゾエア幼生も確認記載を行った。

 本研究で確認された種は第1ゾエア幼生の形態に基づき、大きく2つに分けることができた(以下タイプ1、2と呼ぶ)(表1)。

 タイプ1には自由生活性のPericlimenellaspiniferaと、ミドリイシやハナヤサイサンゴと共生するPericlimenes lutescens、Philarius gerlachei、アザミサンゴと共生するIschnopontonia lophosが含まれた。

 一方、タイプ2にはいずれも共生性の種が含まれた:カイメンと共生するOnycocaris sp.1、主にミドリイシと共生するCoralliocaris属3種とJocastejaponica、アザミサンゴと共生するPlatycaris latirostris、イソギンチャクと共生するPericlimenes brevicarpalis、ウニと共生するTuleariocaris zanzibarica.

 テナガエビ上科のヨコシマエビ科の1種(Gnathophyllum americanum)とフリソデエビ科の1種(Hymenocera picta)は以前から第1ゾエア幼生の形態からカクレエビ亜科との近縁性が指摘されていた(Bruce,1986,1988)が、その幼生形態のタイプ2であることがわかった。一方、タイプ1は第1・3顎脚の特徴が本研究で調査したテナガエビ亜科のUrocaridella属の1種とGurney(1938)が報告したLeander tenuicornisに似ており、それらとの近縁性が予想された。

(3)分子系統

 COI領域についてはカクレエビ亜科12属20種、同じテナガエビ科で姉妹群とされるテナガエビ亜科2種、テナガエビ上科のフリソデエビ科1種の塩基配列、約640bpを決定した。

 16SrRNA領域についてはカクレエビ亜科19属39種と、テナガエビ亜科の2属5種、テナガエビ上科のフリソデエビ科1種の504〜547bpの塩基配列を決定した。

 カクレエビ亜科を含むテナガエビ上科内の分類には諸説があり、単系統性が明確ではないため、各解析の外群にはテッポウエビ上科、ヌマエビ上科の配列を用いた。

 解析の結果からは、カクレエビ亜科の明確な単系統性は示すことができなかったが、16SrRNA領域の解析結果は以下のクレードを高いブートストラップ値で支持した。

 ・ クレード1自由生活性のPericlimenella spinifera,Periclimenes tenuipes,Periclimenes sp.2,P ericlimenes sp.3:ミドリイシやハナヤサイサンゴと共生するPericlinenes lutescens,Philarius gerlachei,Philarius imperialis,Vir orientalis:アザミサンゴと共生するIschnopontonia lophos.

 ・クレード2ミドリイシやハナヤサイサンゴと共生するCoralliocaris graminea,Coralliocaris nudirostris,Coralliocaris superba,Coralliocaris taiwanensis,Coralliocaris viridis,Coralliocaris sp.1,Coralliocaris sp.2,Jocaste japonica,Jocaste lucina,Harpiliopsis beaupresii,Harpiliopsis depressa:アザミサンゴと共生するPlatycaris latirostris.

 ・クレード3二枚貝と共生するAnchistusmiersi:ヒトデと共生するPericlimenes soror:ナマコまたはウミウシと共生するPericlimenes imperator.

考察

 本研究からカクレエビ亜科には幼生形態の異なる2つのグループがあることがわかった。また、幼生の形態から、同じテナガエビ上科で独立した科とされているヨコシマエビ科の1種(Gnathophyllum americanum)とフリソデエビ科の1種(Hymenocera picta)はタイプ2の幼生を持つカクレエビ亜科の種に、テナガエビ亜科のUrocaridella属の1種とLeander tenuicornisはタイプ1の幼生を持つカクレエビ亜科の種に近縁であることが予想された。しかし、分子系統解析の結果ではこれらの科・亜科の種の分岐ははっきり示されなかったため、今後さらに検討が必要と考えられる。

 タイプ1の幼生形態をもつ種は全て分子系統解析で認められたクレード1に含まれ、単系統となった。このクレードには自由生活性の種とイシサンゴと共生する種が含まれており、カクレエビ亜科内で祖先的とされるVir orientalisとPericlimenella spniferaが含まれるほか、アザミサンゴのポリプの隙間に棲み、極端に側扁した体型をしているIschnopontonia Lophosが含まれた。同じくアザミサンゴの隙間に棲み、背腹に扁平な体型をしているPlatycaris latirostrisはミドリイシやハナヤサイサンゴと共生しているCoralliocaris属7種,Jocaste属2種,Harpiliopsis属2種を含むクレード2に属していた。クレード2に含まれる種は幼生形態がタイプ2であったことからも、これらのイシサンゴ共生性種はクレード1の種とは起源が異なることが明らかになった。

 Periclimenes属では両タイプの幼生形態が観察され、分子系統解析においても複数のクレードに分かれたことから、多系統であることが示された。クレード1に含まれるPericlimenes属の種はいずれも成体において第4胸節の腹板に長い棘を有していたことから、この形質がこれらの種を認識するうえで有用であることが示唆された。

 分子系統解析において二枚貝と共生するAnchistus miersiとConchodytes meleagrinaeはクレードを形成せず、前者はナマコまたはウミウシと共生するPericlimenes imperatorおよび、ヒトデと共生するPericlimenes sororとクレード3を形成した。このことから、二枚貝と共生する種は多系統であることが示唆された。

表1:観察された幼生形態のタイプとそれに含まれた種。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はテナガエビ科カクレエビ亜科(甲殻綱、十脚目)の系統分類学的研究の結果をまとめたものである。カクレエビ亜科は450種以上が知られており、その多くは海綿動物、刺胞動物、軟体動物、棘皮動物、脊索動物などさまざまな海産無脊椎動物と共生している。宿主への適応の結果と考えられる特異な形態をもつ種が多く、属の細分化が著しい。今日まで86属が認められ、その半分以上が1属1種である。

 本論文は3章からなり、第1章ではカクレエビ亜科の属種の記載分類、第2章では幼生の比較形態、第3種では分子系統解析の結果について述べられている。第1章においては、全属の表徴を整理して26属55種を確認した上、6新種を詳細な図とともに記載した。また、分類学上で混乱していた数種につき、模式標本を精査してシノニムの整理を行ったほか、生時の色彩や第1胸脚の形態の変異について検討し、分類学的形質としての重要性に触れた。第2章においては、10属13種の第1ゾエア幼生を得て、生時の色彩とともに比較、記載した。同じテナガエビ科のテナガエビ亜科の種についても、また、同じテナガエビ上科に属すヨコシマエビ科およびフリソデエビ科の種についても、比較のために第1ゾエアを調査した。その結果、ゾエア幼生は形態的に2型に分けられることを明らかににした。タイプ1には一部のサンゴ共生性の種のほかは自由生活性種が、タイプ2にはカイメン、サンゴ、イソギンチャク、ウニなどと共生する種が含まれた。ヨコシマエビ科、フリソデエビ科の幼生はいずれもタイプ2に属し、また、テナガエビ亜科には第1、3顎脚の形態がカクレエビ亜科のタイプ1に酷似する種が含まれていることが明らかになり、亜科間、およびヨコシマエビ科、フリソデェビ科の強い類縁関係が再確認された。第3章においては、COI領域についてカクレエビ亜科の12属20種、テナガエビ亜科の2種、フリソデエビ科の1種の塩基配列、約640bpを決定した。16SrRNA領域についてカクレエビ亜科19属39種、テナガエビ亜科2属5種、フリソデエビ科1種の504〜547bpの塩基配列を決定した。その結果、カクレエビ亜科の単系統性を明確にすることはできなかったが、16SrRNA領域の解析から4つのクレードが高いブーストラップ値で支持された。タイプ1の幼生をもつ種はクレード1に含まれ、単系統となった。このグループが祖先的と判断され、サンゴ類や二枚貝類と共生する種は派生的、多系統であることが示唆された。また、約160種を含むカクレエビ属Periclimenesは生態的にも多様であるが、幼生形態、分子分析の結果からも多系統であると判断された。

 なお、本論文の第1章には藤野隆博、武田正倫、奥野淳兒との共同研究が含まれているが、論文提出者が主体となって同定、記載を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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