No | 117910 | |
著者(漢字) | 荒川,正行 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アラカワ,マサユキ | |
標題(和) | 抗生物質を用いたナンセンス突然変異の正常化 | |
標題(洋) | Restoration of the nonsense mutation by antibiotic treatment | |
報告番号 | 117910 | |
報告番号 | 甲17910 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4381号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 抗生物質はバクテリアに対する抗菌作用があり、その作用機序の一つはタンパク質合成の阻害であるといわれている。アミノグリコシド系抗生物質は、原核生物のタンパク質合成の過程において、rRNAに作用し、その構造を変化させることが知られている。その結果、同抗生物質はタンパク質合成の阻害や翻訳忠実度の低下、または、終止コドンの読み越えを起こすことが知られている。アミノグリコシド系抗生物質には、ストレプトマイシンをはじめ、カナマイシン、ゲンタマイシン、パロモマイシン、G418などがある。 真核生物を対象とした研究は、1978年にWilhelmらが行い、ヒトKB培養細胞に、パロモマイシンを投与すると翻訳忠実度が低下することを報告した。Burkeら(1985)は、COS7細胞にcoding領域内に終止コドンを有する遺伝子を導入し、その細胞にG418またはパロモマイシンを投与すると、終止コドンの読み越えが起きることを報告した。これらの研究報告から、真核細胞においても、アミノグリコシド系抗生物質は終止コドンの読み越え活性を有することが証明された。一方、Howardら(1996)は、嚢胞性線維症(CF)の原因であるCystic Fibrosis Transmembrane Conductance Regulator(CFTR)遺伝子内にナンセンス突然変異を有する患者由来の細胞を用いた研究で、ゲンタマイシンが終止コドンの読み越えを引き起こし、CFTRタンパク質の全長が発現されたことを報告している。これらの研究は、培養細胞系での研究であるが、アミノグリコシド系抗生物質がナンセンス突然変異を有する遺伝子病に治療効果を有することを示唆している。 疾患動物モデルを用いた研究では、Barton-Davisら(1999)が、X連鎖型遺伝子病であるデュシャンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)のモデルでジストロフィン遺伝子のナンセンス突然変異体であるmdxマウスに、ゲンタマイシンを投与し、ジストロフィンを発現させることに成功したことを報告した。Howardら(2002)は、ナンセンス突然変異を導入したヒト線維芽細胞に、各種アミノグリコシド系抗生物質を投与し、その作用がナンセンス突然変異の種類、そして終止コドンとその周辺配列が読み越え活性に影響を及ぼすことを報告した。また、Duら(2002)は、CFTR proteinをコードする遺伝子に終止コドンを組み込んだトランスジェニックマウスを作成し、ゲンタマイシンあるいはトブラマイシンを投与したところ、CFTRタンパク質が合成され、その症状も改善したことを報告している。最近では、ナンセンス突然変異を有するCFやDMD患者に対してアミノグリコシド系抗生物質を用いた臨床研究も始まりつつある。 しかし、アミノグリコシド系抗生物質は大量・長期間投与すると耐性菌の出現や、聴力・腎障害等の強い副作用が問題となる。また、アミノグリコシド系抗生物質は生体内における吸収効率が悪いことも知られている。 本研究では、アミノグリコシド系抗生物質以外の既知抗生物質の中に、終止コドンの読み越え作用をもち、副作用が少ない物質を探索し、その作用機序を検討することを目的とした。文献調査の結果、私は、(財)微生物化学研究会微生物化学研究所の浜田ら(1970)により、放線菌から発見され、グラム陰性菌に有効なジペプチド系抗生物質ネガマイシン(Negamycin)が大腸菌由来無細胞翻訳系において、アミノグリコシド系抗生物質と類似した終止コドンの読み越え作用があると報告している論文を見出した(1)。しかし、これまで真核生物に対してネガマイシンによる終止コドンの読み越え活性を示す報告はない。私は、このネガマイシンが分子量248で、アミノグリコシド系抗生物質と比較しても低分子であり、分子構造も異なるために、生体内における吸収効率の良さが予想される点に着目した。 そこでmdxマウス、そのマウス由来培養骨格筋細胞、さらに、筋ジストロフィー患者由来骨格筋細胞を用いて、ネガマイシンによるナンセンス突然変異の読み越え作用を細胞生物学的、免疫組織化学的手法によって検討した。また、マウスにおける毒性、ネガマイシンとrRNAのA-siteに対する分子間相互作用についても検討した。 材料と方法 mdxマウス(4〜8週齢♂)に2または4週間、NM(1.2×10-5mol/kg)を連日皮下投与を行い、抗ジストロフィン抗体による骨格筋、心筋(心室)組織の蛍光抗体染色、投与終了後にエバンスブルー生体染色色素(EB)による変性筋線維の定量、イムノブロットによるジストロフィンの検出と分子量の測定を試みた。副作用の検討のために、ネガマイシンやゲンタマィシン投与における体重変化と聴力障害の有無を調べた(2)。 次に、温度感受性SV40-T遺伝子を導入したmdxマウス由来骨格筋由来準株化細胞を作成し、その細胞にネガマイシンを7日間投与して、ジストロフィンの検出を試みた。また、ジストロフィンを最適条件下で検出できる培養条件の検討を行った(2)。 次に、終止コドンの読み越えの作用機序を解明するために、飛行時間型質量分析計(Time-of-Flight Mass Spectrometer:TOF-MS)を用いて、rRNA(A-site:27mer)との分子間結合を調べた。 結果と考察 ネガマイシンをmdxマウスに皮下投与すると骨格筋において正常レベルの最大10%のジストロフィンの蓄積を認めた。従って、ネガマイシンは哺乳類においても大腸菌に対する場合と同様に、ナンセンス突然変異における終止コドンの読み越え活性が有ることが明らかとなった。また、筋細胞膜の透過性の指標であるEB色素を用いて、変性筋線維数を調べた所、変性筋線維数が未投与群に比べ減少し、ジストロフィンが機能していることが明らかとなった。マウスにおけるネガマイシンの副作用を検討するため、効果があった濃度の50倍以上を投与したところ、体重の減少が見られたが聴力障害はおこさなかった。同時にネガマイシンを100倍量(1.2×10-3mol/kg)投与すると、体重の減少は認められるものの死亡するマウスはいなかった。それに対し、ゲンタマイシンを同分子数投与すると、4時間以内に投与された全てのマウスが死亡した(2)。 筋細胞におけるネガマイシンの効果を検討するために、mdxマウス由来骨格筋準株化細胞を作成した。その細胞にネガマイシンを投与した結果、ジストロフィンの発現が認められた(2)。筋管形成におけるジストロフィンの発現効率を上げるために、培養の最適条件の検討を行った。まず、細胞外基質とビタミンC添加による影響を調べた。その結果、100μMビタミンC存在下でネガマイシン投与によってジストロフィンの発現が上がる傾向が示された。 さらに、レポーター遺伝子の途中に終止コドンを挿入した遺伝子を導入したNIH3T3細胞にネガマイシンまたはゲンタマイシンを投与したところ、ネガマイシン投与の方がゲンタマイシン投与に比べて、高い読み越え活性を有することが明らかとなった。 ネガマイシンの作用機序を解明するために、TOF-MSを用いた分析を行い、ネガマイシン分子がrRNA(A-site)に結合することが明らかになった。このことは、ネガマイシンがrRNA(A-site)の構造変化を起こし、終止コドンの読み越えを生じる可能性を示唆している。 これらの結果からネガマイシンは真核細胞において終止コドンの読み越え作用を有することが初めて示された。ネガマイシンはゲンタマイシンよりも毒性が低く、ナンセンス突然変異型の遺伝子病の治療薬として有効であると考えられる。 参考文献 1.Hamada,M.,Takeuchi,T.,Kondo,S,.Ikeda,Y.,Naganawa,H.,Maeda,K.,Okami,Y.,and Umezawa,H.(1970)A new antibiotic,negamycin.J.Antibiot.(Tokyo)23:170-171. 2.Arakawa,M.,Nakayama,Y.,Hara,T.,Shiozuka,M.,Takeda,S.,Kaga,K.,Kondo,S.,Morita,S.,Kitamura,T.,andMatsuda,R.(2001)Negamycin canrestoredystrophin in mdx skeletal muscle.Acta Myologica 20:154-158 | |
審査要旨 | 本論文は3章からなり、第1章は、翻訳過程を干渉する抗生物がDuchenne型筋ジストロフィーのモデル動物であるmdxマウスに及ぼす影響、第2章は抗生物質が及ぼす培養mdx骨格筋細胞に対する影響、第3章はネガマイシンとリボソームRNAとの結合について述べられている。 アミノグリコシド系抗生物質は、原核生物のタンパク質合成の終了過程において、rRNAと結合し、その構造を変化させる。その結果、同抗生物は、タンパク質合成の阻害や翻訳忠実度の低下、または、終止コドンの読み越えを起こすことが知られている。培養細胞系を用いた先行研究において、アミノグリコシド系抗生物質がナンセンス突然変異を有する遺伝子病への治療の可能性を示唆されている。 本研究では、アミノグリコシド系抗生物質以外の既知抗生物質の中に、終止コドンの読み越え作用をもち、副作用が少ない物質を探索し、その作用機序を検討することを目的としている。申請者は、(財)微生物化学研究会微生物化学研究所の浜田ら(1970)により、放線菌から発見され、グラム陰性菌に有効なジペプチド系抗生物質ネガマイシンが大腸菌由来無細胞翻訳系において、終止コドンの読み越え作用があると報告している論文を見出した。 そこでDuchenne型筋ジストロフィーの原因遺伝子ジストロフィンのナンセンス突然変異体であるmdxマウス、そのマウス由来培養骨格筋細胞を用いて、ネガマイシン投与によるナンセンス突然変異の読み越え作用を細胞生物学的、免疫組織化学的手法によって検討した。また、マウスにおける毒性、飛行時間型質量分析計(Time-of-Flight Mass Spectrometer:TOF-MS)を用いてネガマイシンとrRNA(A-site)の分子間相互作用についても検討した。 その結果、第1章において、ネガマイシンをmdxマウスに皮下投与すると骨格筋や心筋において全長のジストロフィンの蓄積を認めた。従って、ネガマイシンは哺乳類において、終止コドンの読み越え活性が有ることが明らかとなった。また、EBに染まる変性筋線維数を調べた所、変性筋線維数が未投与群に比べ減少し、ジストロフィンが機能していることが明らかとなった。マウスにおけるネガマイシンの副作用を検討したところ、亜急性毒性、聴覚毒性ともにネガマイシンはゲンタマイシンよりはるかに低いことが判明した。 第2章では、筋細胞におけるネガマイシンの効果を直接検討するために、mdxマウス由来骨格筋準株化細胞を作成し、その細胞にネガマイシンを投与した結果、ジストロフィンの発現が認められた。さらに、レポーター遺伝子の途中に終止コドンを挿入した遺伝子をマウスNIH3T3細胞に導入した細胞にネガマイシンまたはゲンタマイシンを投与したところ、ネガマイシン投与の方が高い読み越え活性を有することが明らかとなった。 第3章では、終止コドン読み越えの作用機序を解明するために、TOF-MSを用いて、分子間相互作用を調べた結果、ネガマイシン分子がrRNA(A-site)に結合することが明らかになった。このことは、ネガマイシンがrRNA(A-site)の構造変化を起こし、終止コドンの読み越えを生じると推定される。 これらの結果からネガマイシンは真核細胞において終止コドンの読み越え作用を有することが初めて示された。申請者は、ネガマイシンは、ナンセンス突然変異型の遺伝子病の治療薬として有効であると結論した。 なお、本論文の第1章は、原孝彦、中山由紀、森田純代、武田伸一、北村俊雄、塩塚政孝、加我君孝、近藤信一、松田良一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。 | |
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