学位論文要旨



No 117912
著者(漢字) 伊藤,敬
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タカシ
標題(和) 出芽酵母ミオシンMyo2のミトコンドリア分配に関わる機能の同定と制御機構の解析
標題(洋) Identification and characterization of Myo2 pathway on mitochondrial distribution in Saccharomyces cerevisiae
報告番号 117912
報告番号 甲17912
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4383号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 西田,生郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

 生物界には様々な形の細胞が存在する.細胞はそれぞれの形をつくり出し保つために,必要な物質やオルガネラを輸送し細胞表面を局所的に成長させる機構を持っている.この機構は細胞内極性の確立と,それに従った輸送の二つの機構にわけることができる.出芽酵母は出芽によって娘細胞をつくり出すので,表層成長が芽(娘細胞)に特異的におこること,オルガネラが母細胞から芽に分配されることが必要である.そのため,母細胞において細胞内極性の確立,極性に従ったアクチン骨格の配向がおこなわれ,アクチン骨格依存的に分泌小胞やオルガネラが芽に運ばれている.この輸送機構について現在までに様々な解析がおこなわれている.分泌小胞や,液胞,late Golgi,ペルオキシソームなどのオルガネラはV型ミオシンであるMyo2によって運ばれていることが明らかになっている.紡錘体の方向性を決定する細胞質微小管の芽の方向への伸長誘導はアクチン骨格に依存しており,Myo2が関与している.ミトコンドリアもアクチン骨格依存的に芽に分配されるが,その詳細な機構は明らかでない.

 Myo2はN末端から,アクチンケーブルおよびATPと結合しモーター活性を持つモータードメイン,モーター活性を調節するIQモチーフ,二量体形成に必要なコイルドコイルドメイン,そしてC末端にテイルドメインを持つ.Myo2はテイルドメインでオルガネラに存在する標的タンパク質に結合し,オルガネラを輸送すると考えられている.しかし,Myo2の輸送するオルガネラは上記のように複数存在し,それぞれのオルガネラの標的タンパク質も同定されておらず,Myo2の輸送制御にテイルドメインが重要なはたらきをしていると推定されるものの詳細な機構は不明である.

 私は修士課程において,Myo2のテイルドメインと結合し,Myo2の機能を高進させる因子としてYpt11を同定した.Ypt11がMyo2のテイルドメイン機能の制御をになう因子だと考え,Ypt11が細胞内のどのような現象に関わるのかということを中心に解析を進めた.

結果と考察

1,Ypt11はMyo2との結合を介してミトコンドリア分配に関わる.

 ypt11破壊株は野生株とくらべて生育に顕著な差が見られないが,YPT11の過剰発現は生育を阻害する.この生育阻害は,Myo2のテイルドメインとの結合が必要であり,Myo2を介しておこなわれることを明らかにした(修士課程).したがって,YPT11過剰発現時において,Myo2機能にかかわりのある核,液胞,アクチン,の観察をおこなったが,野生株とくらべて顕著な差は見られなかった.しかし,ミトコンドリアの分配に関して異常が観察された.野生株のミトコンドリアは母細胞が出芽すると,小さな芽の時期から芽に入り込み,芽の成長とともにほぼその細胞体積に比例した量のミトコンドリアが存在するように分配される.しかし,YPT11を過剰発現させた細胞では,娘細胞に過剰にミトコンドリアが存在している像が得られた.さらに,ypt11破壊株を観察すると,小さな芽の時期においてミトコンドリアの芽への分配が行われていない細胞の割り合いが多くなっていた.また,Myo2の関わるその他のオルガネラ分配に関しては液胞,核,ゴルジ体に関して異常は観察されず,アクチン骨格にも異常は観察されなかった.これらの結果より,Ypt11はミトコンドリア分配特異的に,促進的な機能を持つことが明らかになった.

 次に,Ypt11のミトコンドリア分配機構に関してMyo2との結合が必要であるか調べた.myo2-338変異はYPT11の過剰発現による生育阻害を解除するmyo2変異株として単離した.テイルドメインに変異を持ち,Ypt11とMyo2のtwo-hybrid法による結合が見られない.このmyo2-338株の中でYPT11を過剰発現すると,野生株の場合には観察される.芽に過剰にミトコンドリアが分配されている細胞の比率は極端に減少し,YPT11の過剰発現はミトコンドリアの分配に影響をおよぼさなかった.この結果からYpt11のミトコンドリア分配機能はMyo2との結合を介していることが示唆される.

ミトコンドリア分配に欠損を示すmyo2変異株

 私は修士課程でypt11破壊株と合成致死を示すmyo2変異としてmyo2-573変異を単離しており,myo2-573株のミトコンドリア分配について調べてみた.すると,myo2-573細胞が生育できる25℃においても,ミトコンドリアが芽に分配されず,母細胞の芽から離れた部位に蓄積していた.この時,アクチン骨格は野生株と同様に極性を持っていた.さらに,Myo2の関わるオルガネラ分配のうち,核,液胞,分泌小胞,ゴルジ体について調べてみたが,そのどれにも異常は観察されなかった.これらのことから,myo2-573変異によるMyo2機能の欠損は,ミトコンドリア分配に特異的なものであると考えられる.このMYO2の一遺伝子性の変異によってミトコンドリア分配に欠損を生ずるということは,今までに報告されてきたMyo2の機能とは別に,Myo2がミトコンドリア分配に機能を持つことを示している.

Mtm1はミトコンドリア分配に関わる.

 Ypt11とMyo2によるミトコンドリア分配機構に関わるその他の因子を単離する目的で,ミトコンドリア分配に特異的に欠損を持つmyo2-573変異株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子MTM1を単離した.MTM1は機能未知遺伝子であった.この遺伝子がミトコンドリア分配に機能を持つかを調べるために遺伝子破壊株を作成し,ミトコンドリア分配を調べた.細胞内のミトコンドリアを染色し観察すると,mtm1破壊株は出芽して間もない小さな芽の細胞においてミトコンドリアの芽への分配に欠損があることが分かった.MTM1を過剰発現してみると,ミトコンドリアが芽に過剰に分配される細胞が観察された.これらより,MTM1がミトコンドリアの分配に関与していることが示唆された.また,mtm1破壊はmyo2-573株の制限温度を下げず,myo2-573細胞のミトコンドリア分配の欠損はMTM1の有無によって影響を受けなかった.これらの遺伝学的解析より,MYO2とMTM1はミトコンドリア分配に関して同一の経路で働いている因子であると考えられる.破壊株および過剰発現の表現型はYPT11とMTM1で酷似しているので,YPT11とMTM1の関係を調べるために二重破壊株を作成したところ,致死であった.この二重破壊株の表現型を調べる目的で制御可能なプロモーター下で発現するMTM1遺伝子を,二重破壊株に導入し,MTMl枯渇下で生育をとめる株を作成した.MTM1の発現をとめた細胞は24時間後に成長を停止し始めるが,それより早い時期(3時間後)において,ミトコンドリア分配に欠損が見られた.この時,ミトコンドリアは芽に分配されずに母細胞の芽から離れた部位に蓄積していた.この時点において核移行,液胞,分泌小胞の輸送や,アクチン骨格,Myo2の局在に関して異常は観察されなかった.これらの結果から,Ypt11とMtm1は共にミトコンドリア分配に機能しているが,その関与の仕方は並列的であり,片方が機能しない時はもう片方の機能によってミトコンドリア分配がおこなわれ,両方が欠損するとミトコンドリア分配がおこなわれなくなり生育をとめてしまうと考えられる.

Ypt11とMtm1の局在.

 Ypt11とMtm1の細胞内での局在を間接蛍光抗体染色法により調べた.Ypt11のN末にHAタグをつけたHAYpt11と,Myo2のC末にGFPをつけたMyo2GFPを細胞内で同時に発現させ,抗HA抗体により検出した.HAYpt11はMyo2GFPと共局在を示し,芽の成長時には芽の先端に,細胞質分裂時には芽の頚部に局在していた.また,GFPタグをN末につけたYpt11をmyo2-338株の中で発現させると,芽の先端にも蛍光は観察されたが,核の周りや,細胞表層全体にも蛍光が観察された.これらの結果から,Ypt11の局在には,Myo2との結合が必要だと考えられた.また,Mtm1のC末にHAタグをつけたMtm1HAを抗HA抗体により検出すると,芽の先端にドット状やライン状の蛍光が観察された.そこで,DAPIでDNAを染色してみるとMtm1HAの蛍光とミトコンドリアDNAの蛍光とが重なる,もしくは非常に近くに存在している細胞が観察された.この観察結果はMtm1がミトコンドリアに存在することを示唆している.さらに興味深いことに,Mtm1の局在は芽に存在するミトコンドリアで強く観察された.この極性を持った局在はMtm1のミトコンドリア分配における機能を知る上で重要であると考えている.

まとめ

・ミトコンドリア分配にのみ欠損を示すmyo2変異株を単離し,今まで報告されていなかったMyo2の機能であるミトコンドリア分配に関わる機能を同定した.

・Myo2のミトコンドリア分配機能を特異的に促進するMyo2テイルドメイン結合因子Ypt11を同定した.

・Ypt11と同様な活性を持つと考えられる因子としてYlr190wを同定した.

・YPT11とYLR190Wの二重破壊株が致死になったこと,二重破壊株はミトコンドリア分配特異的な欠損を持つことから,ミトコンドリア分配機構の必須な経路を明らかにした.

・今後,Myo2,Ypt11,Ylr190wの詳細な局在,ミトコンドリアの時間経過的挙動の解析をすすめることによって,ミトコンドリア分配機構のさらなる解明を行えると考えている.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、出芽酵母を実験材料として、ミトコンドリアを娘細胞に分配する機構を解明したものである。第一章では、ミトコンドリアの分配にV型ミオシン(Myo2)が関与することを見い出し、ここで低分子量GTPase Ypt11がミトコンドリアとMyo2を仲介する因子であることを発見した。第二章では、ミトコンドリアの分配に関わる新奇遺伝子を発見し、MTM1と命名し、その機能を解析した。この研究により、ミトコンドリアの分配は二つの独立の経路によって行われていることが明らかになった。以下に、各章の概要を記す。

 第一章ミトコンドリア分配に関わるMyo2の新奇機能の発見

 野生株のミトコンドリアは母細胞が出芽すると,小さな芽の時期から芽に入り込み,芽の成長とともにほぼその細胞体積に比例した量のミトコンドリアが存在するように分配される.しかし,YPT11を過剰発現させた細胞では,娘細胞に過剰にミトコンドリアが存在している像が得られた.さらに,ypt11破壊株を観察すると,小さな芽の時期においてミトコンドリアの芽への分配が行われていない細胞の割り合いが多くなっていた.ypt11はミトコンドリア分配特異的に,促進的な機能を持つことが明らかになった.

 次に,Ypt11のミトコンドリア分配機構に関してMyo2との結合が必要であるか調べた.myo2-338変異はYPT11の過剰発現による生育阻害を解除するmyo2変異株として単離した.テイルドメインに変異を持ち,Ypt11とMyo2のtwo-hybrid法による結合が見られない.このmyo2-338株の中でYPT11を過剰発現すると,野生株の場合には観察される,芽に過剰にミトコンドリアが分配されている細胞の比率は極端に減少し,YPT11の過剰発現はミトコンドリアの分配に影響をおよぼさなかった.この結果からYpt11のミトコンドリア分配機能はMyo2との結合を介していることが示唆される.

 第二章Mtm1とYpt11はMyo2のテイルドメインに結合してミトコンドリア分配を制御する。

 Ypt11とMyo2によるミトコンドリア分配機構に関わるその他の因子を単離する目的で,ミトコンドリア分配に特異的に欠損を持つmyo2-573変異株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子YLR190Wを単離した.ylr190w破壊株は出芽して間もない小さな芽の細胞においてミトコンドリアの芽への分配に欠損があることが分かった.YLR190Wを過剰発現してみると,ミトコンドリアが芽に過剰に分配される細胞が観察され,これらより,YLR190Wがミトコンドリアの分配に関与していることが示唆された.YLR190WをMTM1と命名した。YPT11とMTM1で酷似しているので,YPT11とMTM1の関係を調べるために二重破壊株を作成したところ,致死であった.この二重破壊株の表現型を調べる目的で制御可能なプロモーター下でMTM1を発現する二重破壊株に導入し,Mtm1枯渇下で生育をとめる株を作成した.MTM1の発現をとめた細胞は24時間後に成長を停止し始めるが,それより早い時期(3時間後)において,ミトコンドリア分配に欠損が見られた.この時,ミトコンドリアは芽に分配されずに母細胞の芽から離れた部位に蓄積していた.これらの結果から,Ypt11とMtm1は共にミトコンドリア分配に機能しているが,その関与の仕方は並列的であり,片方が機能しない時はもう片方の機能によってミトコンドリア分配がおこなわれ,両方が欠損するとミトコンドリア分配がおこなわれなくなり生育をとめてしまうと考えられる.

 Ypt11とMtm1の細胞内での局在を間接蛍光抗体染色法により調べた.Ypt11はMyo2と共局在を示し,芽の成長時には芽の先端に,細胞質分裂時には芽の頚部に局在していた.一方、Mtm1はミトコンドリアに存在すること、さらに興味深いことに,Mtm1の局在は芽に存在するミトコンドリアで強く観察された.

 以上の成果は出芽酵母ミトコンドリアの分配機構を解明したものであり、今後、他の生物種でのオルガネラ分配機構研究に強いインパクトを与えるものと予想される。本論文の一部は指導教官との共同研究であるが、ミトコンドリアの分配に関する現象の発見とそれに関する遺伝子の機能解析は申請者が行ったものである。審査委員全員一致で、申請者が博士(理学)を受けるに相応しいことを認めた。

UTokyo Repositoryリンク