No | 117913 | |
著者(漢字) | 長船,健二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オサフネ,ケンジ | |
標題(和) | 未分化細胞を用いた腎臓形成に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on in vitro generation of kidney from undifferentiated cells | |
報告番号 | 117913 | |
報告番号 | 甲17913 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4384号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、発生生物学の進歩により哺乳類の全能性未分化細胞である胚性幹(Embryonic Stem,ES)細胞をはじめとする幹細胞より特定臓器の前駆細胞をin vitroで形成した後や、臓器特異的な体性幹細胞をin vitroで増殖させた後に、生体内に移植することで疾患によって機能不全に陥った臓器の再生を行う治療法の開発研究が多くの臓器で行われている。腎臓は生命維持に不可欠な臓器であり、本邦においても進行性の腎疾患により透析療法を必要とする末期腎不全患者が増え続けており、患者の生活の質を低下させるのみならず、医療費の高騰を招いているにも拘らず有効な治療法がない。よって腎臓再生医療の開発は医学的のみならず社会的、経済的な面からも求められているが、幹細胞より腎臓前駆細胞を形成することも、腎臓特異的幹細胞を単離することも未だ成功した報告がない。本研究の目的は将来的に腎臓再生医療を開発するために、未分化細胞よりin vitroで腎臓を形成することである。 (第1章)両生類未分化細胞よりの前腎導管の形成 未分化細胞より腎臓を形成することは前述のごとく哺乳類においては未だ成功していないが、両生類においては多能性未分化細胞であるアフリカツメガエル卵動物極細胞(アニマルキャップ)をアクチビンとレチノイン酸で処理することにより初期の腎臓である前腎のネフロンのうち腎管(尿細管)がin vitroで形成されることが我々の研究室で見出された。更にこの系において前腎糸球体も形成されることが示された。そこで今回私は前腎の3つのコンポーネントの内、in vitroで形成可能であるかどうかが唯一不明であった導管(集合管)の形成について調べた。アクチビンとレチノイン酸の共処理を行ったアニマルキャップ内には導管特異的抗体4A6陽性で、導管の遺伝子マーカーであるGremlin,c-retを発現する管構造が高頻度に形成され、それらは電顕上、正常胚の導管と微細構造が同じであった。よってアニマルキャップをアクチビンとレチノイン酸で処理することにより前腎導管が高率に誘導され、両生類においては未分化細胞よりin vitroにおいて導管も含め前腎ネフロンのすべてのコンポーネントが形成可能であることが示された。 (第2章)哺乳類腎臓前駆細胞を単離、同定するためのin vitro及びin vivo系の確立 後腎ネフロンのうち糸球体と尿細管に分化しうる前駆細胞の集合体であるマウス11.5日胚の後腎間充織を個々の細胞に解離した状態にしてから増殖あるいは分化させるin vitro及びin vivoの系の確立を試みた。in vitro増殖系としてマウス後腎の尿管芽由来のcell lineであるUB cellをfeederとして、その上で解離した後腎間充織細胞を培養することにより上皮細胞と間質細胞のマーカー(Pax-2,Sall1)を発現する細胞集団と血管内皮及び血球細胞のマーカー(Flk-1,VE-cadherin,PECAM-1/CD31,CD45)を発現する集団を増殖させることができた。前者の細胞集団は後腎間充織細胞のうち最終的に糸球体と尿細管の上皮細胞に分化する上皮系前駆細胞と間質細胞、後者は糸球体の血管内皮とメサンギウム細胞に分化する内皮系前駆細胞と考えられる。in vitro分化系として解離間充織細胞を再び塊とし古典的器官培養法を用いて胎生マウス脊髄と共培養することで糸球体と尿細管を含む腎臓様構造に分化させることができた。更に少数のGFPトランスジェニックマウスやROSA26マウス由来の細胞を野生型の間充織細胞に加えてこの塊を作成することにより単一細胞レベルでの分化における挙動が追跡観察できる。In vivo分化系として新生マウスの腎臓に解離した後腎細胞を移植する方法を考案し、移植した細胞が少なくとも糸球体のボーマン嚢上皮細胞と尿細管細胞に組み込まれていることを確認した。これらの系は解離細胞を増殖あるいは分化させられるため将来的にES細胞、神経幹細胞、骨髄細胞等の未分化幹細胞より細胞表面マーカーを用いたフローサイトメトリーによって選別される腎臓前駆細胞を単離、同定するための系として活用できる。 (第3章)哺乳類未分化幹細胞よりの腎臓前駆細胞の形成 ES細胞、神経幹細胞、骨髄細胞より腎臓前駆細胞形成の可能性について調べた。まず、腎臓前駆細胞である未分化な後腎間充織に発現するSall1をマーカーとして利用するためShall1-GFP knock-inES細胞をIV型コラーゲン上で中胚葉組織に分化させた。5日間の培養後、Flk-1+/Sall1+,Flk-1-/Sall1+,Flk-1-/Sall1-の3つの細胞集団が出現し、この内フローサイトメトリーにて選別されて純化されたFlk-1+/Sall1+の細胞集団及びそれらを更に4日間分化させたものは後腎発生期の腎臓のマーカー遺伝子を発現していた。これらの結果より未分化ES細胞から分化して得られるFlk-1+/Sall1+の細胞集団は腎臓前駆細胞を含む可能性が示唆され第2章で述べた系を用いてそれらを単離、同定をすることを今後行う予定である。次に神経幹及び骨髄細胞が腎臓前駆細胞に分化する可塑性を調べるため、これらの細胞を第2章のin vivo分化系を用いて新生マウスの腎臓に移植したところドナー由来の細胞がホストの尿細管に生着していることが確認された。今後、ドナーとホストの細胞が融合している可能性を否定し、機能的にホストのネフロンに統合されていることを示す予定である。 | |
審査要旨 | 長船健二氏は「未分化細胞を用いた腎臓形成に関する研究」においていくつかの優れた結果を得ている。 現在多くの臓器において発生生物学の知見に基づき、基礎生物学的及び応用生物学的な臓器再生の研究が盛んに行われている。しかし、この研究が始まる前の段階では、未分化細胞より哺乳類の腎細胞を形成する研究は全く成果が得られていなかった。長船氏は両生類の未分化細胞より試験管内で初期の腎臓である前腎の一部が形成される系の研究から着手し、哺乳類の未分化細胞より腎臓を形成する研究に展開した。 長船氏の成果は第一に、アフリカツメガエル受精卵の未分化細胞塊であるアニマルキャップをアクチビンとレチノイン酸で処理した外植体の中に前腎の導管が形成されることを示したことにある。この系において前腎ネフロンの内、腎管と糸球体が形成されることが既に示されていたが、導管が形成されているかどうかは不明であった。長船氏は免疫染色にて処理した外植体内に腎管特異的抗体3G8と導管特異的抗体4A6で別個に染まる管構造が含まれていること、この3G8及び4A6抗原の発現は正常胚と同じ時間的パターンを呈すること、さらにアニマルキャップを0.6・0.7mm角の大きさに切除したもの、あるいは腹側半球より切除したものでは90%以上の高頻度で4A6陽性の管構造が形成されること、などを示した。また、電子顕微鏡による微細構造の観察から処理した外植体内に正常胚の導管の特徴である管腔側に絨毛をまばらに有する管構造が存在すること、そしてin situ hybridizationにて外植体内に腎管には発現せず導管にのみ発現するマーカー遺伝子であるGremlin及びc-retを発現する管構造が存在することを示した。長船氏の実験からアニマルキャップをアクチビンとレチノイン酸で処理することにより試験管内で前腎の導管が高頻度に形成されること、そして両生類においては未分化細胞より腎管、糸球体のみならず導管も加え前腎ネフロンのすべてのコンポーネントが形成されうることが明らかとなった。 また、第二の成果は、将来的に哺乳類の胚性幹(ES)細胞などの未分化細胞より腎細胞を形成する目的にて、マウス後腎の上皮系前駆細胞のみが選択的に増殖あるいは尿細管や糸球体上皮に分化するin vitro及びin vivoの系を確立したことにある。尿細管や糸球体に最終的に分化する未分化細胞の集団であるマウス胎生11日の後腎間充織を個々の細胞に解離し、マウス後腎の尿管芽由来のcell lineであるUB cellをfeeder layerとして培養することにより、胎児ウシ血清存在下では間充織に含まれる前駆細胞の内、Flk-1,VE-cadherin陽性の内皮系前駆細胞が、無血清ではPax-2,Sall1陽性の上皮系前駆細胞が選択的に増殖するin vitro系を確立した。また、尿細管に分化可能な上皮系前駆細胞の存在をin vitroで確認する方法として、解離した後腎間充織の細胞塊にGFP等で追跡可能とした細胞を含ませ器官培養条件にてトランスフィルター上で胎児脊髄と共培養することで、この細胞がGFP陽性の尿細管に分化することを確認できる系を確立した。また、糸球体や尿細管上皮に分化可能な上皮系前駆細胞の存在をin vivoで確認する方法として、生後0-3日目の新生マウス腎に移植した細胞がホストのネフロンの中で尿細管及び糸球体上皮に分化することを確認できる系を確立した。以上の3つのin vitro及びin vivoの系はいずれも上皮系前駆細胞が単一細胞レベルより増殖あるいは糸球体や尿細管の上皮に分化することが確認できるため、フローサイトメトレーにて選別される単一の細胞にも適用可能である。よってES細胞等の未分化細胞の中より腎臓の上皮に分化しうる前駆細胞を単離する目的に用いることが可能である。 このように長船氏の行った研究は、両生類においては未分化細胞より試験管内で前腎ネフロンが形成されうることを示し、そして哺乳類の未分化細胞より腎細胞を形成する基礎となる、前駆細胞を選択的に単離そして増殖させる系を確立した研究であり学問上大きな価値がある。 したがって、本審査委員会は博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。 | |
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