No | 117915 | |
著者(漢字) | 桑原,義和 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クワハラ、ヨシカズ | |
標題(和) | メダカ雄生殖細胞におけるγ線誘発ゲノム損傷排除機構の解析 | |
標題(洋) | Elimination mechanisms of γ-ray induced genomic lesions induced in male germ cells of medaka (Oryzias latipes) | |
報告番号 | 117915 | |
報告番号 | 甲17915 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4386号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 化学物質や電離放射線により生殖細胞に生じた突然変異は、子孫に疾患・奇形・個体死を誘発する可能性がある。特に、突然変異が精原幹細胞に生じた場合、その個体の一生を通じて子孫に伝達される可能性がある。従って、生殖細胞、特に幹細胞におけるゲノム損傷排除機構を解明することは重要である。嶋・島田は、生殖細胞系列における遺伝情報の維持機構を解明するために、メダカ特定座位実験系を十余年の歳月をかけて開発し、マウスの特定座位実験系では検出が困難な発生過程での致死を伴った特定座位突然変異率である総突然変異率という新しい指標を導入して研究を進めてきた。特定座位法とは、あらかじめ調べる遺伝子座を決めておき野生型遺伝子座に起こった突然変異を劣性同型接合体(テスター)と掛け合わせることによりF1で検出する方法である。その結果、精子期にγ線照射した場合の総突然変異率は、精原幹細胞期に照射した総突然変異率の30倍にも及ぶことが明らかとなった。このことは、γ線照射により精原幹細胞に生じたゲノム損傷はDNA修復により復原されたりあるいは細胞死により淘汰されるが、それらの機構を欠く精子に生じたゲノム損傷の大部分は淘汰されないことを示唆している。さらに、総突然変異率は生存突然変異率の10倍に及ぶことも明らかとなり、ゲノム損傷を持つ胚は受精後の発生過程で生じる優性致死(胚性致死)により淘汰されると考えられる。これらの結果から、γ線照射により雄生殖細胞に生じたゲノム損傷は(i)生殖細胞の細胞死とDNA修復、(ii)受精後の発生過程で生じる優性致死による2段階の淘汰を受けていると推測した。本研究は、(i)の雄生殖細胞、特にこれまで調べられていない精原幹細胞におけるγ線誘発ゲノム損傷排除機構の解明を主な目的として行った。 メダカ雄生殖細胞におけるγ線誘発致死高感受性細胞集団の同定とp53の関与 メダカの精巣では、精原幹細胞を含む全ての分化段階の生殖細胞を組織学的に明確に識別することができる。そのため、死細胞の分化段階を周囲の生細胞の様態から判定することが可能である。そこで、γ線照射後に誘発される細胞死を組織学的に調べ、γ線誘発致死高感受性細胞集団の同定を試みた。まず、核凝縮を起こした細胞を死細胞の指標とし、γ線照射後に誘発される精原幹細胞と分化型精原細胞の細胞死を、経時的に調べた。その結果、精原幹細胞および分化型精原細胞の細胞死頻度は、4.75Gy照射12-18時間後に最大になった。また、核凝縮を起こした細胞ではTUNEL法によりDNAの断片化が検出され、γ線で誘発される細胞死は、アポトーシスであることが示唆された。次に、γ線照射12時間後における線量効果関係を調べた。その結果、特に初期の分化型精原細胞がγ線に致死高感受性を示し、0.11Gyの線量でも統計学的に有意な頻度で細胞死が誘発された。一方、0.11Gyの線量では精原幹細胞に細胞死は誘発されず、閾値が存在した。さらに、0.64Gyの線量を0.95Gy/minの線量率で照射して細胞死を調べると、精原幹細胞では0.003Gy/minで照射した場合の9倍、初期の分化型精原細胞では3倍多く細胞死が誘発されることがわかった。このことから、精原幹細胞はDNA修復能の高いことが推察された。 次に、γ線で誘発されるマウス精原細胞の細胞死に関与していると考えられているp53タンパク質の発現を調べるために、坑メダカp53抗体を作製して、γ線照射後の精巣での発現を調べた。その結果、Westen blotting法によりp53タンパク質の発現は、4.75及び9.5Gyのγ線照射3時間後には上昇していることがわかった。そこで、9.5Gyのγ線照射6時間後におけるp53タンパク質の発現を免疫組織化学的に調べると、大部分の初期の分化型精原細胞と一部の精原幹細胞に発現が確認された。従って、少なくとも初期の分化型精原細胞の細胞死には、p53タンパク質が関与していることが示唆され、これらの細胞にはわずかなゲノム損傷をも感知し細胞死により淘汰する監視機構の存在が考えられる。 メダカ雄生殖細胞におけるγ線誘発DNA2本鎖切断再結合能の解析 γ線による主な細胞致死作用はDNAの2本鎖切断によると一般的に考えられている。本研究により精原幹細胞にはγ線誘発細胞死に関して閾値が存在し、分化型精原細胞に比べてγ線に耐性であることが示された。また、一般的に幹細胞はDNA修復能が高いことも示唆されている。このことから、精原幹細胞ではγ線で誘発されたDNAの2本鎖切断は効率よく再結合されるためアポトーシスを起こしにくいのではないかと推測した。そこで、DNAの2本鎖切断および再結合能を細胞単位で高感度に検出することの出来るneutral comet assayを用いて解析を試みた。Comet assayとは、単一細胞をアガロースゲルに封入し電気泳動することにより、切断されたDNAを細胞核から溶出分離する方法である。損傷の程度が大きいほど、核から溶出するDNA量は多くなる。 9.5Gyのγ線を照射後3時間以内に、精原幹細胞および分化型精原細胞と一次精母細胞に生じたDNAの2本鎖切断は再結合され、さらに精原幹細胞に生じた2本鎖切断は、分化型精原細胞と一次精母細胞にくらべてより速く再結合されることがわかった。従って、精原幹細胞はDNA修復能が高いことがさらに証拠づけられた。 メダカ雄生殖細胞におけるγ線誘発ゲノム損傷排除機構としての分化の促進 γ線照射を受けた細胞では、細胞周期の進行が停止しDNAの損傷を修復するが、分化期にある哺乳類の雄生殖細胞では顕著な細胞周期進行の遅延は生じないと一般的に考えられている。本研究により、精原幹細胞は分化型精原細胞や一次精母細胞に比べてDNA2本鎖切断再結合能が高いことが示されたので、分化段階にある生殖細胞とは異なり、精原幹細胞ではγ線照射後に細胞周期進行の遅延が生じるのではないかと推測した。そこで、精原幹細胞及び分化型精原細胞と一次精母細胞に関して、γ線照射後の細胞周期進行の遅延を、BrdUによる標識率により調べた。BrdUで標識される精原幹細胞の頻度は、γ線照射4-6時間後に線量依存的かつ統計学的に有意に減少したが、分化型精原細胞と一次精母細胞では、統計学的に有意な減少は認められなかった。この結果から、γ線照射を受けた精原幹細胞では細胞周期進行の遅延がおこるが、分化型精原細胞と一次精母細胞にはおこらないことが示唆された。 次に、4.75Gyのγ線照射後に分化型精原細胞と一次精母細胞をBrdUで標識し、標識細胞の分化段階を経時的に調べることで、アポトーシスでは排除されずに生き残った分化型精原細胞と一次精母細胞の精子形成に至る過程を解析した。その結果、標識細胞の90%以上が精子に分化するのには通常は14日を要するが、照射した場合には5日以内に精子へ分化することがわかった。一般に、雄生殖細胞の分化は放射線の影響を受けないと考えられていたが、本研究により、γ線照射を受けた分化型精原細胞期以降の細胞は、精子への分化が促進されることが示された。次に、死んだ精子はPI(propidium iodide)を取り込むことを利用して、精子の致死率を調べた。その結果、分化が促進された精子の致死率は増加し、異型精子が観察された。これらの精子は照射後およそ10日以内に排出され、さらに、精原幹細胞からの増殖分化はこの期間、停止しているため、精巣内の精子は一時的に枯渇した。しかし、およそ30日で精巣組織は非照射個体のそれと変わらない程度に回復した。 本研究のまとめ 本研究では、ゲノム損傷を誘発するために、主な細胞致死作用がDNAの2本鎖切断によると考えられているγ線を用いた。また、哺乳類では組織構築上判別が困難な精原幹細胞を含む全ての分化段階の雄生殖細胞を組織学的に容易に判別することの出来るメダカ(北日本集団由来近交系・HNI系統)を、モデル動物として用いた。 本研究の結果、精原幹細胞では、(1)γ線誘発アポトーシスに関して閾値が存在すること、(2)DNAの2本鎖切断は分化型精原細胞・一次精母細胞に比べてより速やかに再結合されること、および(3)細胞周期進行の遅延が生じることを新たに明らかにした。従って、精原幹細胞に生じたゲノム損傷は、まず修復されるが、修復しきれなかった細胞はアポトーシスにより排除されると考えられる。 一方、初期の分化型精原細胞では、(1)低線量γ線に致死高感受性を示すこと、(2)精原幹細胞に比べて、照射後の早い時期から細胞死を誘発すること、(3)照射後p53タンパク質の発現が上昇することを明らかにした。従って、γ線により生じたゲノム損傷の大部分はアポトーシスにより淘汰されると考えられる。 後期の分化型精原細胞期以降の細胞に生じたゲノム損傷は、まずアポトーシスにより排除され、さらに、生き残った細胞の大部分は精子への急速な分化により、個体から排除されると考えられる。 本研究により、γ線照射後に生き残った大部分の分化型精原細胞期以降の雄生殖細胞は精子へ急速に分化することにより精巣内から一掃され、そのあと、ゲノム損傷の少ない精原幹細胞からの分化が新たに始まるというリセット機能の存在が示唆された。本研究の結果は、化学物質や放射線が生殖細胞に及ぼす影響を評価する上で、基礎的知見を提供すると考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は4章からなり、第1章はメダカ雄生殖細胞においてγ線で誘発されるアポトーシス、第2章はγ線で誘発されるアポトーシスにおけるp53関与の検討、第3章はメダカ雄生殖細胞におけるγ線誘発DNA2本鎖切断再結合の解析、第4章はγ線照射による精原細胞の分化促進、について述べられている。 メダカの精巣では、精原幹細胞を含む全ての分化段階の生殖細胞を組織学的に明確に識別することができるため、死細胞の分化段階を周囲の生細胞の様態から判定することが可能である。そこで、γ線照射後に誘発される細胞死を組織学的に調べ、γ線誘発致死高感受性細胞集団の同定を試みた。まず、核凝縮を起こした細胞を死細胞の指標とし、γ線照射後に誘発される精原幹細胞と分化型精原細胞の細胞死を、経時的に調べた。その結果、精原幹細胞および分化型精原細胞の細胞死頻度は、4.75Gy照射12-18時間後に最大になった。また、核凝縮を起こした細胞ではTUNEL法によりDNAの断片化が検出され、γ線で誘発される細胞死は、アポトーシスであることが示唆された。次に、γ線照射12時間後における線量効果関係を調べると、特に初期の分化型精原細胞がγ線に致死高感受性を示し、0.11Gyの線量でも統計学的に有意な頻度で細胞死が誘発された。一方、0.11Gyの線量では精原幹細胞に細胞死は誘発されず、閾値が存在した。さらに、0.64Gyの線量を0.95Gy/minの線量率で照射して細胞死を調べると、精原幹細胞では0.003Gy/minで照射した場合の9倍、初期の分化型精原細胞では3倍多く細胞死が誘発されることがわかった。このことから、精原幹細胞はDNA修復能の高いことが示唆された。さらに、少なくとも初期の分化型精原細胞の細胞死には、p53タンパク質が関与していることが示され、これらの細胞にはわずかなゲノム損傷をも感知し細胞死により淘汰する監視機構の存在が示唆された。 γ線による主な細胞致死作用はDNAの2本鎖切断によると一般的に考えられている。本研究により精原幹細胞にはγ線誘発細胞死に関して閾値が存在し、分化型精原細胞に比べてγ線に耐性であることが示された。また、一般的に幹細胞はDNA修復能が高いことも示唆されている。γ線照射を受けた細胞では、細胞周期の進行が停止しDNAの損傷を修復するが、分化期にある哺乳類の雄生殖細胞では顕著な細胞周期進行の遅延は生じないと一般的に考えられている。本研究により、精原幹細胞は分化型精原細胞や一次精母細胞に比べてDNA2本鎖切断再結合能が高いことが示されたので、分化段階にある生殖細胞とは異なり、精原幹細胞ではγ線照射後に細胞周期進行の遅延が生じるのではないかと推測した。そこで、精原幹細胞及び分化型精原細胞と一次精母細胞に関して、γ線照射後の細胞周期進行の遅延を、BrdU標識率により調べた。その結果、γ線照射を受けた精原幹細胞では細胞周期進行の遅延がおこるが、分化型精原細胞と一次精母細胞にはおこらないことが示唆された。次に、4.75Gyのγ線照射後に分化型精原細胞と一次精母細胞をBrdUで標識し、標識細胞の分化段階を経時的に調べることで、アポトーシスでは排除されずに生き残った分化型精原細胞と一次精母細胞の精子形成に至る過程を解析した。その結果、標識細胞の90%以上が精子に分化するのには通常は17日を要するが、照射した場合には5日以内に精子へ分化することがわかった。一般に、雄生殖細胞の分化は放射線の影響を受けないと考えられていたが、本研究により、γ線照射を受けた分化型精原細胞期以降の細胞は、精子への分化が促進されることが示された。 本研究の結果、精原幹細胞では、(1)γ線誘発アポトーシスに関して閾値が存在すること、(2)DNAの2本鎖切断は分化型精原細胞・一次精母細胞に比べてより速やかに再結合されること、および(3)細胞周期進行の遅延が生じることを新たに明らかにした。従って、精原幹細胞に生じたゲノム損傷は、まず修復されるが、修復しきれなかった細胞はアポトーシスにより排除されると考えられる。本研究により、γ線照射後に生き残った大部分の分化型精原細胞期以降の雄生殖細胞は精子へ急速に分化することにより精巣内から一掃され、そのあと、ゲノム損傷の少ない精原幹細胞からの分化が新たに始まるというリセット機能の存在が示唆された。 なお、本論文第1章、第4章は、嶋昭紘・三谷啓志・島田敦子との共同研究であるが、論文提出者が主体となり分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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