学位論文要旨



No 117917
著者(漢字) 高橋,芳光
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヨシミツ
標題(和) ユビキチン様タンパクSUMO結合経路の分子生物学的研究
標題(洋) Molecular Biological Studies on Ubiquitin-like SUMO Protein Conjugation System
報告番号 117917
報告番号 甲17917
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4388号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 梅田,正明
内容要旨 要旨を表示する

序論

 ユビキチンは基質タンパクに結合しプロテアソームによる分解へと導くことが知られている。出芽酵母Smt3はユビキチンと18%相同性を有し、増殖に必須なタンパクであり、哺乳類のSUMO-1(small ubiquitin-related modifier)のホモログである。SUMO/Smt3はさまざまなタンパクと可逆的に共有結合し、多くの生命現象を制御している新しいタイプの翻訳後修飾システムと考えられる。C末端のプロセッシングを受けた成熟型Smt3/SUMO-1は、ユビキチン化経路と同様に、E1活性化酵素(Uba2/Aos1)によってATP依存的に活性化され、E2結合酵素(Ubc9)によって基質のτKxEのリジン残基にイソペプチド結合し、結合体(conjugates)を形成する。SUMO-1の標的タンパクとしてRanGAP1,PML,Spl00,IKB,p53などが同定されているが、出芽酵母ではSmt3の標的タンパクは報告がなく、機能解析には至っていなかった。私は修士課程においてSmt3の基質がセプチンCdc3であることを初めて同定し、さらに基質よりSmt3をはずす酵素との関連について研究を行った。博士課程において、セプチンのSmt3化に必須なE3SUMOリガーゼを同定した(図1)。そのE3は哺乳類の転写因子STATの阻害タンパクとして知られていたPIASファミリーの一員であった。その後E3依存的SUMO化反応のin vitro再構成系を開発し、ポリ化反応の意義やE3の制御機構について考察した。

結果と考察

1、セプチンのSUMO化に関わる因子の同定

 Smt3/SUMO-1化経路にはユビキチンリガーゼに相当するE3因子が存在しないと考えられてきた。それはin vitro系において、E1とE2のみでSUMO-1化できるからである。Smt3をbaitとしたtwo-hybridスクリ-ニングで単離されたNfi1はSmt3の基質Cdc3とも相互作用することがわかった。結合ドメインはCdc3のP-loopを含む領域であった。さらにNfi1はSmt3結合酵素であるUbc9とも相互作用した。しかし、E1酵素であるUba2、ハイドロラーゼであるUIp1,Smt4とは相互作用がみられなかった。NFI1は酵母から哺乳類まで広く保存されていて、出芽酵母にはYDR409Wというホモログが存在する(図2、図3)。NFI1,YDR409W両遺伝子の破壊株は生育可能であるが、二重破壊株の生育率は低かった。Nfi1は間接蛍光抗体法やGFPを用いた観察によりおもに核に局在した。それはC末端にNLSが存在することによると思われる。一方、Ydr409wは間接蛍光抗体法で染色したところ、M期に細胞質分裂面に局在した(図4)。これらの破壊株のなかでセプチンCdc3の修飾をみたところ、YDR409wが破壊された時にCdc3の修飾が検出されなかった(図5A)。YDR409Wはユビキチンリガーゼによくあるモチーフであるリングフィンガー様のドメインを有しており(図3)、そのドメインのシステイン残基に変異(C377S)を入れると破壊株同様、Cdc3がSmt3によって修飾されなくなった(図5B)。またセプチンのもうひとつの構成因子Cdc11も同様であった(図5C)。このことによりYdr409wはSmt3を基質Cdc3やCdc11に結合させる因子であり、リングフィンガー様のドメインに依存していることがわかった。そこで、ULL1(ubiquitin-like protein ligase)と名づけた。また、Ull1はM期にリン酸化をうけている(図6)。さらに、これらのin vivoの結果が直接的にUll1が関わっているという証明をするために、Smt3、E1酵素(Uba2,Aos1)、E2酵素(Ubc9)、E3(Ull1)、基質(Cdc3)を大腸菌発現系やバキュロウイルス発現系により調製しin vitro再構成系を開発した(図7(安田らとの共同研究))。そして実際にin vitroで結合反応を再構成することに成功した。このことより、Ull1はSmt3化を促進するE3ライゲースであることが証明された。これはすべての生物種で初めてのSUMO E3ライゲースの報告となった。

2、in vitro SUMO結合反応再構成系

 すべてのタンパクを大腸菌発現系より精製し(図9)さらに効率のよいin vitro系を開発したところ、しばしばSmt3にSmt3がイソペプチド結合したものが観察された(図10、11)。これはSmt3自身が標的認識配列を持つためである(図8)。ポリユビキチンはプロテアソームによる認識標識になると考えられているが、ポリSmt3化の生物学的意義については分かっていないので、ポリ化サイトの同定を試みた。Smt3のN末に3つ存在するコンセンサスサイト(K11,Kl5,K19)の3つのリジン残基を同時にアルギニン残基に変換したものを作製し大腸菌発現系によって精製した(図9)。この精製蛋白質を用いて反応を行なうとSmt3のポリ化がおこらなくなった(図12)。さらにK11,K15,K19それぞれの単独変異体を作ったところK15Rの変異では(K11R,K15R,K19R)同様、ポリ化がおこらなくなっていた。よって、主に15番目のリジン残基を介してポリ化が行なわれている。これらのポリSmt3化サイトを欠いたSmt3をsmt3破壊株で発現させた株について表現型の観察を行なったが、現在のところ、野生型と比べて違いは見い出されなかった。今後さらなる解析が必要であろう。

 Ull1のホモログであるNfi1はin vivoでの基質がわからないため、E3として証明できていなかったが、大腸菌より精製したタンパクを用いてin vitroでの活性を調べてみた(図13)。基質としてはUll1の基質であるCdc3を用いた。図13にあるようにCdc3のSmt3化はNfi1の量に依存して促進され、Ull1同様に、Nfi1もE3活性を有していることが明らかとなった。in vivoではCdc3を基質とできないにもかかわらずin vitroでE3となりうることは、in vitro反応系のみで基質を特定できないことを示している。今後はin vivoでどのような基質をもっているかが焦点になる。またNfi1やUbc9自身もSmt3によって修飾されていることがわかった(図10、14)。Nfi1の複数あるバンドは複数のサイトにSmt3が結合していて、Smt3にSmt3が結合するポリ化によるものではないことが、Smt3(K11R,K15R,K19R)変異体タンパクを用いることによって明らかとなった(図14)。このような自己修飾はユビキチンのE2s(Ubc)やE3s(ユビキチンライゲース)でもしばしば観察されており、なんらかの制御を行なっている可能性がある。

3、E3の制御機構

 Ull1の制御機構のひとつとして局在の制御が考えられる。Ull1はM期になるとバッドネックに局在しセプチンをSmt3化する。このバッドネック局在はUll1のC末端440a.aを削ることによって失われ、核に蓄積した。それと同時にCdc3のSmt3化もみられなくなった(図15)。しかし、このC末端を削ったUll1(△C440)を大腸菌で発現させるとin vitro系でCdc3のSmt3化を促進した。このことより、C末端を欠いたUll1(△C440)はE3活性は有しているが、in vivoではCdc3をSmt3化できないことがわかった。これはUll1の局在化の制御がなされていないためと考えられる。

図1 SUMO/Smt3経路における新たなES因子

SUMO/Smt3はハイドロラーゼによって成熟型になり、そのC末グリシン残基がUba2/Aos1ヘテロダイマーによって活性化され(Uba2のシスアイン残基とチオエステル結合をつくる)、次に、Ubc9とチオエステル結合し、E3(Ull1/siz1)の助けをかりて基質(セプチン)のリジン残基にイソペプチド結合する。

図2 Ull1とNfi1の模式図

リングフィンガー様ドメインは青色で示す。

図3 Ull1(ubiquitin-like protein ligase)のリングフィンガー様ドメイン

Ull1/Siz1及びそのホモログのリングフィンガー様ドメインのアミノ酸配列。重要なシステイン残基とヒスチジン残基は赤で示してある。注意すべきところは、このファミリーではいくつかのシステインがセリンまたはアスパラギン酸に置き換わっているところである。

図4 Ull1はバッドネックでCdc3と共局在する。

A.ノコダゾールによってM期に同調させた細胞を間接蛍光抗体法によって染色した。スケールバーは10μm。B.非同調な細胞を間接蛍光抗体法によってUll1の局在を調べた。矢印はUll1のネック局在を示す。

図5 Cdc3のSmt3化はuil1の破壊株で起こらない

出芽酵母uli1,nfi1単独破壊株およびuli1nfi1二重破壊株より細胞抽出液を調製し、SDS-PAGEした後,Cdc3を抗HA抗体で検出した。B,C野生型Ull1を発現させるとCdo3のSmt3が回復する。しかしリングフィンガードメインの変異(C377S)は相補できない。抗PSTAIRE抗体でCdc28を検出してタンパク量が一定であることを示している。

図6 Ull1はM期にリン酸化される

A.α-ファクターによってG1期、ハイドロキシウレアによってS期、ノコダゾールによってM期に同調させた細胞より抽出液を集めUll1をHA抗体によって検出した。B.37℃1時間Phosphatase処理によってバンドシフトする。Phosphatase阻害剤によってシフトは起こらない。

図7 in vitro Smt3結合反応

A.使用したタンパクのクーマシー染色、矢印はそれぞれの蛋白質の位置を示す。星印は分解産物によるバンドを示す。B.それぞれ+で示したものを混ぜて25℃40min反応させた。GはGSTをSはトロンビン処理のSmt3を示す。

図8 Smt3化コンセンサスサイト

Smt3,Cdc3,Cdc11,Shs1のSmt3化サイトを示す。赤で示したリジンが予想される結合サイトである。

図9 in vitroで用いたタンパク

大腸菌より精製した蛋白質をそれぞれ3μgずつSDS-PAGEにより分離後クーマシー染色した。

図10 in vitro Smt3化

大腸菌より精製したUba2/Aos1,Ubc9,Smt3をATPとともに37℃90min反応させ抗His抗体によってSmt3を検出した。Ubc9は抗Ubc9抗体で検出した。レーン1とレーン3、レーン2とレーン4は同じサンプルである。

図11 in vitro Smt3化反応の経時変化

図10同様Uba2/Aos1,Ubc9,Smt3をATPとともに37℃90min反応させ抗His抗体によって検出した。10minごとにサンプリングした。レーン11は一晩反応させた。

図12 ポリSmt3化サイトの同定

大腸菌より精製したUba2/Aos1,Ubc9,Smt3(レーン1-5,11-15)またはSmt3(K11R,K15R,K19R)(レーン6-10,16-20)をATPとともに37℃90min反応させ抗His抗体によって検出した。Ubc9,Uba2/Aos1の蛋白質をそれぞれ変化させた。

図13 Nfi1はin vitroでCdc3のSmt3化を促進する

大腸菌より精製したUba2/Aos1,Ubc9,Smt3またはSmt3(K11R,K15R,K19R)をATPとともに37℃90min反応させ、Cdc3を抗Cdc3抗体、Smt3を抗Smt3抗体によって検出した。Nfi1の蛋白質を変化させた。レーン1とレーン7は未反応サンプルである。

図14 Nfi1はin vitroで複数のサイトがSmt3化される

上段は反応前後のNfi1のバンド。下段はNfi1の量を変えて上段同様の反応を行った。レーン1,2,3は野生型、レーン4,5,6はK11R,K15R,K19RのSmt3を用いている。

図15 Ull1(△C440)はin vivoでCdo3をSmt3化できない

ull1破壊株にそれぞれ野生型、C377S、△C440のUll1を発現させた細胞をM期に同調させ、抽出液を集めた。SDS-PAGE後、抗HA抗体によってCdc3を検出した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章は、出芽酵母SUMO/Smt3タンパク質結合経路における新規因子の発見、第2章は、SUMOリガーゼの同定、第3章は、2種のSUMOリガーゼについてin vivoとin vitro反応の比較について述べられている。

 ユビキチンは基質タンパクに結合しプロテアソームによる分解へと導くことが知られている。出芽酵母Smt3はユビキチンと18%相同性を有し、増殖に必須なタンパクであり、哺乳類のSUMO-1(small ubiquitin-related modifier)のホモログである。SUMO/Smt3はさまざまなタンパクと可逆的に共有結合し、多くの生命現象を制御している新しいタイプの翻訳後修飾システムと考えられる。成熟型Smt3/SUMO-1は、ユビキチン化経路と同様に、E1活性化酵素によってATP依存的に活性化され、E2結合酵素によって基質の〓KxEのリジン残基にイソペプチド結合し、結合体を形成する。本論文ではセプチンのSmt3化に必須な新規PIASファミリーのSUMOリガーゼを発見した。また、E3依存的SUMO化反応のin vitro再構成系を開発し、ポリ化反応の意義やリガーゼの制御機構について考察した。

第1章、セプチンのSUMO化に関わる因子の同定

 Smt3をbaitとしたtwo-hybridスクリーニングで単離されたNfi1はSmt3の基質Cdc3とも相互作用することがわかった。さらにNfi1はSmt3結合酵素であるUbc9とも相互作用した。NFI1は酵母から哺乳類まで広く保存されていて、出芽酵母にはUll1/Siz1というホモログが存在する。Nfi1はおもに核に局在したが、Ull1/Siz1はM期に細胞質分裂面に局在した。これらの破壊株のなかでセプチンCdc3の修飾をみたところ、ULL1が破壊された時にCdc3の修飾が検出されなかった。Ull1/Siz1はユビキチンリガーゼによくあるモチーフであるリングフィンガー様のドメインを有しており、そのドメインのシステイン残基に変異(C377S)を入れると破壊株同様、Cdc3がSmt3によって修飾されなくなった。また、Smt3、E1酵素(Uba2,Aos1)、E2酵素(Ubc9)、E3(Ull1)、基質(Cdc3)を大腸菌発現系やバキュロウイルス発現系により調製しin vitro再構成系を開発した。そして実際にin vitroで結合反応を再構成することに成功した。このことより、Ull1はSmt3化を促進するE3ライゲースであることが証明された。これはすべての生物種で初めてのSUMOE3ライゲースの報告となった。

 第2章、in vitro SUMO結合反応再構成系

 すべてのタンパクを大腸菌発現系より精製しさらに効率のよいin vitro系を開発したところ、しばしばSmt3にSmt3がイソペプチド結合したものが観察された。15番目のリジン残基を介してポリ化が行なわれていることが分った。また、cdc3を基質としてNfi1もE3活性を有していた。Nfi1の複数あるバンドは複数のサイトにSmt3が結合していて、Smt3にSmt3が結合するポリ化によるものではないことが、Smt3変異体タンパクを用いることによって明らかとなった。

第3章、E3の制御機構

 Ull1の制御機構のひとつとして局在の制御が考えられる。Ull1はM期になるとバッドネックに局在しセプチンをSmt3化する。このバッドネック局在はUll1のC末端440a.aを削ることによって失われ、核に蓄積した。それと同時にCdc3のSmt3化もみられなくなった。しかし、このC末端を削ったUll1(△C440)を大腸菌で発現させるとin vitro系でCdc3のSmt3化を促進した。このことより、C末端を欠いたUll1(△C440)はE3活性は有しているが、in vitroではCdc3をSmt3化できないことがわかった。これはUll1の局在化の制御がなされていないためと考えられる。

 なお、本論文第2章は、華表友暁、安田秀世、東江昭夫、菊池淑子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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