学位論文要旨



No 117919
著者(漢字) 平谷,伊智朗
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタニ,イチロウ
標題(和) オーガナイザーにおけるLIMホメオドメイン型転写因子Xlim-1の機能ドメインと活性調節機構に関する研究
標題(洋) Study of the functional domains and the regulatory mechanisms underlyng the transcriptional activity of the LIM homeodomain transcription factor Xlim-1 in the Spemann organizer
報告番号 117919
報告番号 甲17919
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4390号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 朴,民根
 東京大学 教授 野中,勝
内容要旨 要旨を表示する

 シュペーマン・オーガナイザーは脊椎動物の初期形態形成において中心的役割を担う。オーガナイザーは中胚葉に対しては背側の組織を、外胚葉に対しては神経組織を誘導するが、この誘導因子の実体はBMP、Wnt、Nodalといったシグナル分子に対する複数の分泌性阻害因子であることが近年明らかになりつつある。これらの因子をコードする遺伝子の発現を司るのがオーガナイザー特異的に発現するいくつかの転写活性化因子であり、その一つがLIMホメオドメイン(LIM-HD)型転写因子Xlim-1である。アフリカツメガエル(Xenopus laevis)においてXlim-1は正の制御因子Ldb1(LIM-domain-binding protein 1)と協調的にgoosecoid、chordin、Otx2といったオーガナイザー特異的遺伝子を活性化し、2次体軸を誘導するなどのオーガナイザー活性を示す。一方、マウス・オーソログLim1のノックアウト・マウスは前脳・中脳の頭部構造を完全に欠失するという劇的な表現型を示す。以上のようにXlim-1/Lim1は種を越えてオーガナイザーにおいて重要な役割を担う因子であるが、表現型に至るまでの作用機序あるいはその活性調節機構に関しては不明な点が多い。そこで私はXlim-1の活性調節機構に焦点を当てアフリカツメガエル胚を用いて解析を行い、オーガナイザーの分子基盤の一端を明らかにすることを目指した。

第一部:Xlim-1のC末側領域の機能ドメインの解析

 これまで解析が不十分だったXlim-1のホメオドメインのC末側領域(amino acisds(aa)239-403;以下、CT239-403)に注目し、その詳細な機能ドメイン解析を行った。CT239-403を進化的保存性をもとに5つの領域CCR1-5(C-terminal conserved regions)に分けて種々のCCR変異体を作製し、2次軸形成能を指標に各領域の役割を検討した。まず、CCR1(aa239-260)欠失変異体及びCCR2(aa275-295)欠失変異体を調べたところ、両者はLdb1非存在下で高濃度(1ng/胚)で2次軸誘導活性を示した。野生型Xlim-1はLdb1の非存在下においては2次軸誘導活性をほとんど示さないことからCCR1及びCCR2が負の制御領域であることが示唆された。

 Ldb1との共発現によりXlim-1は低濃度(0.25ng/胚)でも高率で2次軸を誘導する。この活性に必要な領域を欠失変異体を用いて検討した結果、最大活性にはCCR2とCCR4が必要であった。一方、Ldb1存在下ではCCR1の欠失による影響はほぼ見られなかった。またCCR2の欠失、あるいは驚くべきことにCCR2の保存された5つのチロシン残基のアラニンへの置換により活性がほぼ消失した。さらにCCR2及びその近傍領域を含むaa261-315領域(CT261-315)をホメオドメインのC末側につないだXlim-1(1-240/261-315)は全長Xlim-1に匹敵する活性を示したことから、CT239-403の持つ活性の大部分はCT261-315に依存することが示された。CCR2の重要性は、Xlim-1とLdb1の複合体形成を模倣した融合蛋白質Llb-Xlim1を用いた解析でもほぼ同様に示されたことより、CCR2はXlim-1とLlb1との相互作用には関与せず直接Xlim-1の転写活性に関わっていることが示唆された。

 同定した種々の機能ドメインを他の転写因子GAL4のDNA結合ドメイン(GAL4DBD)と融合させても同様に機能するか否かを検討するために、アフリカツメガエル胚を用いたUAS-GAL4のone-hybridレポーター・アッセイを行った。その結果、2次軸誘導実験の結果と同様にCT261-315はチロシン残基依存的な転写活性化ドメインとして機能した。CCR1はこの系においても負の制御ドメインとして機能し、主にCCR2による活性を抑制することが示唆された。またGSTプルダウン・アッセイの結果、既知のコアクティベーターCBP、SRC-1、TIF2とCT261-315との相互作用は認められず、これら以外の未知のコアクティベーターの存在が示唆された。

 以上の結果からCT239-403には過去にほとんど報告がないチロシン残基依存的な転写活性化ドメイン(CCR2を含むaa261-315領域)が存在するだけでなく抑制的に働く領域CCR1及びCCR2が存在することが明らかになり、CT239-403と相互作用してその転写活性に影響を与える様々な転写共役因子の存在が示唆された。これらの結果をもとに「Ldb1非存在下においてCCR1-CCR2には何らかの抑制補助因子が結合しており、Ldb1が存在することでこれらがXlim-1からはずれ、CCR2に何らかのコアクティベーターが結合することでXlim-1が活性型に移行する」という一つのモデルを想定している。

第二部:RINGフィンガー蛋白質XRnf12によるXlim/Ldb1の活性調節機構:XRnf12によるXlim-1/Ldb1の量比制御の可能性

 LIM-HD蛋白質Lhx3/Lim3の新規の抑制性の制御因子としてRINGフィンガー蛋白質Rnfi2/RLIMが報告された(Bach et al.,1999,Nat.Genet.22,394-9)。Rnf12は同じLIM-HD蛋白質であるXlim-1の制御因子の有力な候補と考えられたため、アフリカツメガエル・オーソログXRnf12を同定しXRnf12、Xlim-1、Ldb1の機能的相互作用を検討した。XRnf12とLdb1の発現は酷似しており両者は原腸胚期の外・中胚葉に一様に発現していた。この時期Xlim-1は背側中胚葉に強く発現しており、3者は背側中胚葉において共発現していることになる。mRNA顕微注入実験により、XRnf12はXlim-1とLdb1による2次軸形成をRINGフィンガー依存的に抑制することが示された。またXRnf12は背側帯域への過剰発現により頭部形成をRINGフィンガー依存的に阻害した。これはオーガナイザーにおけるXlim-1の標的遺伝子と考えられるgoosecoid、chordinの発現量の減少を伴っており、内在性Xlim-1の活性を抑制した結果と考えて矛盾しない。一方、近年多くのRINGフィンガー蛋白質がユビキチン・リガーゼ活性を持ち、特異的な基質のプロテアソーム依存的分解を引き起こすことが明らかになってきた。そこでXRnf12による蛋白質分解の可能性を検討したところ、XRnf12はRINGフィンガー依存的にユビキチン・プロテアソーム経路によるLdb1蛋白質の分解を引き起こした。しかしXlim-1の分解は引き起こさないことより、XRnf12がLdb1の分解を介してXlim-1の活性を抑制することが示唆された。

 一方、興味深いことに高濃度のXlim-1の共発現により、XRnf12によるLdb1の分解が抑制されることを見い出した。この抑制にはXlim-1のLIMドメインとLdb1のLIM結合ドメインが必要であり、Ldb1はXlim-1と結合することでXRnf12による分解を免れることが示唆された。これはオーガナイザーにおいて必要と考えられるXlim-1/Ldb1の活性がXRnf12の存在下でどのように保証されているかを上手く説明すると思われた。では、Ldb1の分解を引き起こすXRnf12がLdb1と共発現することの意義は何であろうか?そこで私は2つの可能性を検討した。1つは、Xlim-1がないもしくは少ないと考えられる側方から腹側中胚葉においてLdb1がXRnf12によって特異的に分解され、背側から腹側にかけてLdb1の濃度勾配ができている可能性である。一方、Xlim-1とLdb1は、Ldb1のホモ2量体を介して4量体を形成し転写を活性化させると考えられている。ショウジョウバエのLIM-HD蛋白質ApterousとLdb1オーソログChip/dLDBの場合では、4量体形成に際し両者の適切な量比が4量体形成に重要であるという知見が報告されている。そこで2つ目として、XRnf12がXlim-1と未結合の余剰のLdb1蛋白質を分解することでオーガナイザーにおけるXlim-1とLdb1の適切な量比の制御を行っている可能性を考えた。

 まず、抗Ldb1抗体を用いて背腹のLdb1蛋白質の発現量をウエスタン・ブロットと免疫染色で比較したところ、mRNA分布同様ほぼ均一にLdb1蛋白質の発現が認められたことから第1の可能性は否定された。次に第2の可能性について検討したところ、Xlim-1/Ldb1による2次軸誘導活性はXlim-1の発現量を固定した条件下でLdb1の発現量を増大させると量依存的に減少し、またXlim-1の発現量を上げることで活性が回復したことから、余剰のLdb1がXlim-1/Ldb1の量比を乱すことで活性に対して抑制的に働くことが示唆された。さらに、Ldb1は背側帯域への過剰発現によりgoosecoid、chordinの発現を強く抑制し、この抑制はXRnf12の共発現によってRINGフィンガー依存的に回復した。これはXRnf12によるLdb1の特異的分解による結果と考えられ、第2の可能性、すなわちXRnf12がX1im-1に未結合の余剰のLdb1を分解することでXlim-1/Ldb1の適切な量比及び活性の制御を行っていることが示唆された。腹側でもLdb1蛋白質の発現が認められた点に関しては、側方・腹側中胚葉においても何らかのLIMドメイン蛋白質によってXRnf12によるLMb1の分解が阻害されていると予想している。その候補としては最近単離されたLIMドメイン蛋白質XLIMO4の存在が考えられる(Gomez-Skarmeta,J.L.、私信)。

 これまでLIM-HD/Ldb1による4量体形成に重要と考えられるLIM-HD蛋白質とLdb1の量比制御に関する解析はほとんどない。XRnf12とLdb1は胚発生の時期を通して類似の遺伝子発現を示すことからXRnf12による制御が他のLIM-HD型転写因にも一般化できる可能性も示唆され、興味深い。

 以上Xlim-1の活性調節機構に焦点を当てて解析を行った結果、Xlim-1はオーガナイザーに特異的に発現するがその活性はさらに様々な共役因子によって蛋白質レベルで厳密に制御されている可能性が示めされた。この結果はオーガナイザーの分子基盤の一端を明らかにすると共に、LIM-HD型転写因子の活性調節に関する重要な知見をもたらすと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章ではオーガナイザーに特異的に発現する転写因子Xlim-1のホメオドメインのC末側領域の詳細な機能ドメイン解析の結果について述べている。第2章ではXlim-1の制御因子の候補と考えられたXRnf12を単離しXlim-1、Ldb1との機能的相互作用を検討した結果について述べている。

 シュペーマン・オーガナイザーは脊椎動物の初期形態形成において中心的役割を担う。Xlim-1/Lim1は種を越えてオーガナイザーに特異的に発現し重要な役割を担う転写因子であるが、その作用機序および活性調節機構に関しては不明な点が多い。本論文はXlim-1の活性調節機構に焦点を当てアフリカツメガエル胚を用いて機能解析を行い、オーガナイザーの分子基盤の一端を明らかにすることを目的としている。

 第1章ではこれまで解析が不十分だったXlim-1のホメオドメインのC末側領域(amino acids(aa)239-403;以下、CT239-403)を進化的保存性をもとに5つの領域CCR1-5(C-terminal conserved regions)に分けて種々のCCR変異体を作製し、活性型Xlim-1の持つ2次軸形成能を指標に各領域の役割を検討した。その結果、CCR1及びCCR2が負の制御領域であること、C末側領域の最大活性にはCCR2とCCR4が必要であり活性の大部分はCCR2を含む領域CT261-315に依存するζとが示された。Xlim-1とLdb1の複合体形成を模倣した融合蛋白質Ldb-Xlim1を用いた解析でもほぼ同様の結果を得、また同定した複数の機能ドメインは他の転写因子GAL4のDNA結合ドメインと融合させても同様に機能した。さらにCCR2を含む領域CT261-315に関しては既知のコアクティベーターCBP、SRC-1、TIF2との相互作用は認められなかったことから、CT239-403と相互作用してXlim-1の転写活性に影響を与える複数の未知の転写共役因子の存在が示唆された。

 第2章ではXlim-1の制御因子の候補としてLIMホメオドメイン蛋白質(以下、LIM-HD蛋白質)Lim3の新規の制御因子として報告されたRINGフィンガー蛋白質Rnf12/RLIMに注目し、そのアフリカツメガエル・オーソログXRnf12を同定しXlim-1、Ldb1との機能的相互作用を検討した。Xlim-1、Ldb1、XRnf12のmRNAは原腸胚期の背側中胚葉で共発現していた。さらにXRnf12が過剰発現によりXlim-1とLdb1による2次軸形成をRINGフィンガー依存的に抑制したこと及びRINGフィンガー蛋白質の多くがユビキチン・リガーゼ活性を持つとする最近の知見を併せて検討した結果、XRnf12はユビキチン・プロテアソーム経路によるLdb1蛋白質の分解を介してXlim-1の活性を抑制することが示唆された。

 一方、興味深いことにXlim-1の共発現により、XRnf12によるLdb1の分解が抑制されることを見出した。この抑制にはXlim-1のLIMドメインとLdb1のLIM結合ドメインが必要であり、Ldb1はXlim-1と結合することでXRnf12による分解を免れることが示唆された。

 これはオーガナイザーにおいて必要と考えられるXlim-1/Ldbiの活性がXRnf12の存在下でどのように保証されているかを上手く説明すると思われた。またXlim-1とLdb1は両者2分子ずつからなる4量体を形成し転写を活性化させると考えられているが、この結果はXRnf12がXlim-1と未結合の余剰のLdb1蛋白質を分解することで両者の適切な量比の制御を行い、正常な4量体形成を促す可能性を示唆している。そこで余剰のLdb1による影響を検討した結果Xlim-1/Ldblによる2次軸誘導活性はXlim-1の発現量を固定しLdb1の発現量を増大させると量依存的に減少し、またXlim-1の発現量を上げることで活性が回復した。さらに、Ldb1は背側帯域への過剰発現によりXlkm-1の標的遺伝子goosecoid及びその候補遺伝子chordinの発現を強く抑制し、この抑制はXRnf12の共発現によってRINGフィンガー依存的に回復したことと併せて前述の可能性が支持された。

 以上の結果は、これまでほとんど報告のないLIM-HD蛋白質とLdb1の量比制御に関して新たな知見を与えると共に、オーガナイザーにおけるXlim-1の活性調節に関する重要な知見を提供するものである。

 なお、本論文第1章は望月俊昭、栃本直子、平良眞規との、第2章は山本直子、望月俊昭、大森慎也、平良眞規との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析と検証を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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