No | 117922 | |
著者(漢字) | 山本,真紀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマモト,マキ | |
標題(和) | 単細胞緑藻ナノクロリス属の系統と娘細胞壁形成からみた細胞分裂の多様性 | |
標題(洋) | Molecular Phylogeny of the Genus Nannochloris and the Multiple Modes of Cytokinesis Revealed by the Daughter Cell Wall Synthesis | |
報告番号 | 117922 | |
報告番号 | 甲17922 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4393号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 細胞壁をもつ植物細胞は,壁で囲まれた空間内に,新しい娘細胞壁を生み出さなければならない.植物細胞が誕生して以来,動物細胞にはないこの制約は,細胞分裂様式の多様化を促してきたと考えられる.例えば,高等植物は細胞板形成によって細胞質が二つに仕切り分けられて分裂し,車軸藻のアオミドロは細胞の表層には分裂溝が入り,中心部には細胞板が形成されて分裂する(Mcintosh et al.1995).一方,祖先的な植物細胞である単細胞緑色藻類では内生胞子形成による分裂が一般的で,各娘細胞が母細胞壁内部で全表面の娘細胞壁を新生してから外へ出る. 単細胞緑藻ナノクロリス属は,直径がわずか3〜4μmと極めて小さく,細胞核,葉緑体,ミトコンドリアを一つずつもつ単純な細胞構造をしている.また,ゲノムサイズも13〜20Mbpと極めて小さなものも含まれている(Arai et al.1998,Yamamoto et al.2001).1921年,Naumannは,内生胞子を形成せずに二分裂する真核微細緑藻をナノクロリス属と定義した.その後,この分裂の定義はあまり省みられず,単に微細な緑色藻類というだけでナノクロリス属に分類されるようになってしまった.このため,ナノクロリス属の分裂様式は多様で,二分裂型,出芽型,二細胞性と四細胞性の内生胞子形成型の種が存在する.こうした分類学上の背景から,ナノクロリス属の系統分類学的位置は不明確な点が多いが,植物細胞における細胞分裂様式の多様化を考える上では格好の材料である. 本研究では,アクチン遺伝子と18SrRNA遺伝子を用いた分子系統解析からナノクロリス属の系統を明らかにするとともに,二分裂・出芽・内生胞子形成の3つの分裂様式の細胞壁形成過程を詳細に観察し,ナノクロリス属にみられる分裂様式の多様性と娘細胞壁形成の差異がどのように生じたかを明らかにしようと考えた. 結果と考察 I.ナノクロリス属の系統と内生胞子形成型・出芽型・二分裂型の分裂様式 I-1.ナノクロリスの分裂様式と他の単細胞緑色藻類との比較 ナノクロリス6種7株,Nannochloris bacillaris,N.coccoides,N.sp., N.maculata, N.atomus(CCAP,SAG), N.eucaryotum, クロレラ3種, Chlorella sorokiniana,C.vulgaris,C.kessleri,トレボウクシア1種,Trebouxia erici,合計10種11株を収集した.二分裂型のN.bacillarisと出芽型のN.coccoidesは光学顕微鏡では母細胞壁が観察されない.その他の種は内生胞子形成型であり,娘細胞の外側に母細胞壁が観察される.内生胞子形成型のナノクロリスは主に二細胞性か四細胞性の内生胞子を形成した.クロレラとトレボウクシアは,内生胞子の数が2〜32個と様々であり,種が内生胞子の数を厳密に規定するものでないことが示された(図1). I-2.アクチン遺伝子及び18SrRNA遺伝子による分子系統解析 ナノクロリスの系統分類学的位置を明らかにし,3つの分裂様式,内生胞子形成・出芽・二分裂の進化の関係を明らかにするために,アクチン遺伝子を用いた分子系統解析を行った.菌類,動物,植物,原生生物の92種の生物種の124個のアクチン遺伝子の部分配列を加え、近隣結合法により分子系統樹を作成した(図2).ナノクロリスの種はクロレラやトレボウクシアとともに,トレボウクシア藻綱(Friedl 1994)に属することが明確に示された.二分裂型のN.bacillarisと出芽型のN.coccoidesは一つの群を形成し,トレボウクシア藻綱のなかで派生的であった. トレボウクシア藻綱内でのナノクロリスの系統関係をより詳細に明らかにするために、18SrRNA遺伝子による分子系統解析を行った。既知の緑色藻類57種61株の塩基配列を加え,最小進化法を用いて系統樹を作成した(図3).トレボウクシアはグループIaに,ナノクロリスのうち2種はグループIbに,二分裂型のN.bacillarisと出芽型のN.coccoidesを含むナノクロリスの残りの4種5株はクロレラとともにグループIIに属した.N.bacillarisとN.coccoidesはお互いに近縁で一つの群を形成し,派生的であることが示された。このように2種類の系統樹から,トレボウクシア藻綱の分裂様式の祖先型は内生胞子形成型であり,ナノクロリスの二分裂型と出芽型は内生胞子形成型から分岐した型であることが明らかとなった. II.娘細胞壁形成過程からみた細胞分裂様式の多様性 II-1.内生胞子形成刑Chlorella vulgarisの娘細胞壁形成の時期と部位 1)内生胞子形成時の細胞壁の変化:四細胞性の内牛胞子を形成するC.vulgarisの成長期と分裂期の細胞を細胞壁特異的蛍光色素Fluostain IとDNA特異的蛍光色素SYBR Green Iで二重染色し,蛍光顕微鏡で観察した(図4).成長期の細胞はFluostain Iの蛍光が細胞の周縁を縁取る形で観察され,細胞分裂時には,分裂面に十字に蛍光が観察された.母細胞壁が破れると,なかから出てきた娘細胞は全周がFluostain Iの蛍光を発した。内生胞子が形成される際には,分裂面と分裂面以外の細胞表層全ての部分が母細胞壁内で新生されることが示された。 2)細胞表層と分裂面の娘細胞壁合成:急速凍結置換周定法を用いて,細胞周期にともなう細胞壁の微細構造の変化を電子顕微鏡で観察した.間期には一重であった細胞壁と細胞膜との間に、成長にともない,新たな一層の娘細胞壁が合成された(図5).細胞質分裂時には細胞膜の陥入にともない,分裂面の娘細胞壁が形成された.(図6).二回目の紬胞質分裂は分裂面の娘細胞壁形成のみが繰り返され,一重の母細胞壁の中に4つの内生胞子が生じた.細胞質分裂後,娘細胞壁が母細胞壁内部で厚さを増してから,娘細胞は母細胞壁の外へ出た(図7). II-2.出芽型Nannochloris coccoidesの娘細胞壁形成の時期と部位 1)出芽型の細胞壁の変化:N.coccoidesの細胞をFluostain I/SYBR Green I二重染色し,蛍光顕微鏡で観察した(図8).間期にはFluostain Iの蛍光の強い環状の構造があり,そこからバッドが伸張した.バッドが成長すると,出芽部位であった分裂面のFluostain Iの蛍光が強くなり,2つの娘細胞は分離した. 2)出芽型の娘細胞壁合成の部位:N.coccoidesの細胞を急速凍結置換固定し、電子顕微鏡で観察した(図9).間期の細胞は,細胞壁の外側に更に一層の細胞壁を被っていた.Fluostain I染色で,特に強い蛍光がみられた部位でこの外側の細胞壁は途切れていた.バッドは外側の細胞壁が被っていない部分から伸張した.外側の細胞壁に拘束されて,成長期の細胞は出芽の形態をとりながら伸長すると考えられる.細胞質分裂時には,分裂面に形成された娘細胞壁と母細胞壁との間にトライアンギュラ-スペースが観察された.外側の母細胞壁が分裂面で破れ,娘細胞が分裂面から2つに分離した.このとき,破れた母細胞壁が娘細胞壁から剥離しないために,成長期に入った細胞は出芽の形態をとりながら2倍の大きさに成長する. II-3.二分裂型Nannochloris bacillarisの細胞壁形成の時期と部位 1)二分裂型の細胞壁の変化:N.baicillarisの細胞をFluostain I/SYBR Green I二重染色し,蛍光顕微鏡で観察した(図10).内生胞子形成型や出芽型と異なり、N.baicillarisの細胞は桿状で、分裂面以外は強く蛍光染色されない.細胞質分裂時には分裂面に非常に強いFluostain Iの蛍光が出現し,その部位の蛍光は分裂後の細胞の片側に蛍光を発する形で残る. 2)二分裂型の細胞壁合成の部位:N.baicillarisの細胞を急速凍結置換固定し,電子顕微鏡で分裂面を観察した(図11).細胞質分裂が起こると,分裂面の細胞膜と細胞膜の間に新たに壁が合成された.この壁合成は分裂面のみに限られ,細胞表層は母細胞壁を保持したままであった.新たな壁は十分厚くなると,縦裂し,2つの壁はそれぞれ細胞表層の母細胞壁と連結した.2つの連結箇所の間の母細胞壁が消失し,娘細胞は分裂面から2つに分離した. まとめ ナノクロリス属に見られる二分裂型と出芽型は内生胞子形成型から派生した。内生胞子を形成する際には,細胞質分裂の前に(1)細胞膜上での娘細胞壁の合成が起こり,細胞質分裂期には(2)分裂面の娘細胞壁が形成され,(3)母細胞壁の開裂と(4)娘細胞の母細胞壁からの離脱がこれに続く.これに対し,出芽型では,(4)の離脱は起こらず,母細胞壁が娘細胞壁に付着したまま次のサイクルに入る.娘細胞が母細胞壁から離脱できなくなることで,出芽型が派生したと考えられる.二分裂型では,(1)も(4)も観察されなかった.分裂の度に前回合成した細胞壁を(4)のように脱ぎ捨てていくのではなく,そのまま次のサイクルに保持し,(1)の細胞表層の娘細胞壁合成を行わずに,分裂面のみ新たな細胞壁を合成する機構を獲得することで,内生胞子形成型から二分裂環が派生したと考えられる(図12). |