学位論文要旨



No 117923
著者(漢字) 横田,俊文
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,トシフミ
標題(和) 骨格筋再生過程においてα1-syntrophinが果たす役割
標題(洋) The role of α1-syntrophin in skeletal muscle regeneration
報告番号 117923
報告番号 甲17923
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4394号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 国立精神・神経センター神経研究所 部長 武田,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 α1-SyntrophinはDystrophin複合体構成タンパク質の一つで、Dystrophin,Utrophin及びDystrobrevinに結合する。Syntrophinには5種のアイソフォームが同定されているがそれらの中でα1-Syntrophinは骨格筋において最も主要に発現し、筋形質膜直下及び特に神経筋接合部(NMJs)に強い発現を見る。同分子の機能は詳細に理解されておらず、同分子の欠損マウスにおいて筋変性等の明らかな組織学的異常は見い出されされていない。しかし同分子はレセプター等機能分子の膜への局在化に関与するPDZドメインを持つことから、多数の機能分子を膜にアンカーしシグナル伝達に関与することが推測され、実際に少なくとも神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)及び水チャネルAquaporin-4がα1-SyntrophinのPDZドメインにより膜に局在化されることが明らかになっている。

 Dystrophin欠損により引き起こされるDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)は、男児約3,500人に1人の割合で発症する代表的な遺伝性筋疾患である。同疾患は骨格筋の変性・壊死を主病変とするが、それに続く筋再生においても障害が認められ、筋再生を上回る壊死が進行するため筋力低下をもたらす。これまでDMDの発症機序についてはDystrophin欠損に伴い筋形質膜のDystrophin結合タンパク質の発現が消失することから、Dystrophin複合体構成タンパク質の発現や機能の解析が進められてきた。それにより同複合体は3つのグループ-Dystroglycan複合体、Sarcoglycan複合体、及びSyntrophinやDystrobrevinを含む細胞内タンパク質-に分類され、筋形質膜の裏打ち構造としての役割を中心に理解されてきた。しかし同疾患の再生障害については形質膜裏打ち仮説だけでは説明できない。また筋再生障害について同複合体が直接関与するのか、あるいは筋変性/再生サイクルに伴う二次的現象であるのかについても不明である。

 そこで本研究では同複合体の中でPDZドメインを持ち機能分子の足場タンパク質としてシグナル伝達系への関与が予想されるα1-Syntrophinが骨格筋再生において重要な役割を持つ可能性に注目した。同分子欠損マウスの筋障害後の再生能について検討するため、筋形質膜を特異的に障害しそれに続く自発的再生を惹起する蛇毒Cardiotoxin(ctx)による筋再生モデルを用いた。ここでは8週齢の正常マウス(C57/BL6)及びα1-Syntrophin欠損マウス(α1sym-/-)前脛骨筋(TA)に対しそれぞれ10μMのCardiotoxin(0.1ml)を筋肉注射し再生誘導後1日〜24週時における骨格筋再生過程を詳細に調べた。また非処置の対側を対照とした。

 はじめに同変異マウスにおける骨格筋再生能を調べるため、再生誘導後の前脛骨筋重量の変化を測定した(図1a)。すると予想外にも同変異マウスでは再生誘導後2〜12週時において同様の処置を施した正常マウスに比べ有為な筋重量増加が認められた。一方で非処置のマウスでは両グループ間に差は無かった。

 そこで同変異マウスの筋再生過程を組織学的に検討するためTA筋の最大直径部位の横断切片をHematoxylin&Eosin染色、及び免疫組織化学により比較した。すると再生誘導後2週時までの期間、及び非処置マウスにおいては正常マウスとの間に組織学的に顕著な差は見られずまた免疫組織化学においても筋発生に関与するMyogenic helix-loop-helix転写因子群の発現や、Laminin-α2鎖、Dystrophin及びMyosin heavy chain(MHC)のアイソフォームなどの発現についても両グループ間で差は認められなかった。しかし再生誘導後2週時以降においては、同欠損マウス再生筋では正常マウス再生筋に比べ顕著な筋肥大(筋横断面積の増加)が認められた。さらに狭角での観察では広範に渡りDMDに特徴的に見られる分割線維を認めた(図示さず)。

 次に、同欠損マウス再生筋重量の増加が筋線維の過形成(Hyperplasia)によるものであるのか、あるいは筋線維自体の肥大(Hypertrophy)を反映しているのかを検討することを考えた。TA筋最大横断切片中の筋線維数をカウントし、Cardiotoxin注射後2〜24週時、及び非処置のマウスについて比較を行った(図1b)。すると非処置のTA筋においては両グループ間で差は認められないにも関わらず、Cardiotoxin処理後では上記の全ての時期において欠損マウスの方が筋線維数が有為に増加していた。これを先述の組織像の観察と考え合わせると、同変異マウス再生筋線維数の増加はおそらく多数の分割線維を反映したものであろうと考えられる。

 次に同変異マウスの筋肥大とそれを生ずるFiber typeとの関連性について調べるため、MHCアイソフォーム特異的抗体により筋線維を分類し、同時に組織中の単線維の横断面積(Cross-sectional area: CSA)を測定してこれらの相関を調べた。その結果、非処置マウスのCSAについては両グループ間で平均値及び分散において差は認められなかったが、再生誘導後2週時以降では同変異マウスの方が平均値及び分散ともはるかに上昇していた。さらに同変異マウスの再生筋では非処置のマウスには見られない大径の線維が多数見られ、それらの線維は主にIIb type線維であった。したがって同変異マウス再生筋の肥大は主にType IIb線維に生ずると結論された(図示さず)。

 次に同変異マウス再生筋におけるMHCアイソフォームの構成比を定量的に同定するために、Glycerol SDS-PAGE法を用いてMHCアイソフォームの分離と定量解析を行った。すると非処置のマウスでは両グループ間に差は見られなかったが、同欠損マウス肩生筋では再生誘導後1週時において同様に処置した正常マウスに比べMHC IIaが有為に減少し、速筋型にシフトしていた。この時期では後述のWire net holding testにおいて同変異マウスの持久性運動能力の低下が認められることからMHC構成比の変化が同変異マウス筋再生時の運動能力の低下に関与している可能性が示唆された。一方で再生後4週時、及び非処置マウスではMHC構成比に差が無いことから、筋再生異常がMHC構成比の異常だけでは説明できないことも同時に明らかになった(図示さず)。

 骨格筋ではInsulin-like growth factor-1(IGF-1)が筋線維の肥大を引き起こす因子として知られる。そこでNorthern blotting法を用いてIGF-1mRNA発現量を定量し、IGF-1の筋肥大への関与の可能性を検討した。その結果,非処置時には正常マウスと同じレベルであったが再生2及び4週時の同変異マウスでは同様に処置した正常マウスに比べ有為に発現量が上昇し最大で非処置時の約180%にまで達したことから、筋肥大にIGF-1が関与する可能性が示唆された(図示さず)。

 では同欠損マウスにおいて筋再生時に顕著な肥大を引き起こす要因は何であろうか。我々は筋再生時に同欠損マウスの収縮張力が充分に回復しないために代償的に肥大を生じている可能性があると考えた。そこで同変異マウスの単離骨格筋に電気刺激を加え発生張力を測定したところ、非処置時には正常であったが、筋再生4週時の発生張力は正常マウスに比べ有為に低下していた(表1)。さらに同欠損マウスの持久性の運動能力を調べるためWire net holding testを行った。すると非処置時には正常マウスとの間に成績の差は見られないにも関わらず、再生誘導1週後においては同変異マウスの成績が有為に低下していた(図2)。

 α1-SyntrophinはNMJsにおいて強い発現が見られることから、次に同変異マウスの運動能力低下がNMJsの異常により引き起こされている可能性を検討するため、共焦点レーザー顕微鏡によりNMJsの組織的観察を行った(図3)。すると筋再生時において同欠損マウスのNerve gutterが浅い形態的異常が認められた。さらに免疫組織化学により、同欠損マウスではNMJsにおけるジストロフィン複合体の局在がAcetylcholine receptorと完全に一致しない異常所見が観察された。このことからα1-SyntrophinがNMJsにおけるDystrophin複合体の局在を制御している可能性が示唆された。

 DMD患者、並びに犬、猿、マウスといったあらゆる筋ジストロフィーモデル動物はいずれも早期においてある程度の筋肥大のフェーズを経る。本研究によりα1-SyntrophinがDMDなどDystrophin欠損骨格筋の再生時に見られる神経筋接合部の形態異常、張力の低下及び骨格筋肥大の少なくとも一部の責任分子である可能性が示唆された。

図1 Cardiotoxin処理後のTA筋重量と筋線維数の変化

(a)#P<0.05;ctx処理後の正常マウス(●)及びα1syn-/-(■)間で有為。*P<0.05;非処置(○)及びctx処理後の正常マウス間で有為。**P<0.05;非処置(□)及びctx処理後のα1syn-/-間で有為。(b)*P<0.05;非処置(white bars)及びctx処理後(hatched bars)の正常マウス間で有為。#P<0.05;非処置(gray bars)及びctx処理後(black bars〕のa1syn-/-間で有為。**P<0.05;ctx処理後の正常マウス及びα1syn-/-間で有為。Mean±S.E.M.

表1 Cardiotoxin処理後4週時におけるTA筋の収縮張力

Mean±S.E.M, n=5-8 A,P<0.05;対側非処置TA筋との間で有為。B,P<0.01;c,P<0.001,正常マウスctx処置TA筋との間で有為。Mann-Whitney's U-testによる。

図2筋再生時におけるα1syn-/-マウスの運動能力の低下

P<0.05,mean±S.E.M.

図3α1syn-/-マウス再生筋におけるNMJs形成異常

正常マウス(a-c)及びα1syn-/-マウス(d-f)NMJsのUtrophin(a,d)、Acetylcholine receptor(b,e)染色及び重ね合わせ像(c,f)

審査要旨 要旨を表示する

 骨格筋の形質膜直下に存在するDystrophinは多くの結合タンパク質とともにDystrophin複合体を形成して、細胞骨格と基底膜を連絡し筋形質膜において巨大な裏打ち構造を作ることが知られている。同複合体を構成する細胞内タンパク質の一つであるα1-SyntrophinはDystrophinのC末ドメインと結合し、レセプターやチャネル等の機能分子の膜への局在化に関与するPDZドメインを持つ。したがって、骨格筋において多数の機能分子を膜にアンカーしてシグナル伝達に関与することが予想され、これまで実際に神経型の一酸化窒素合成酵素(nNOS)、及び骨格筋や脳において水チャネルを構成するAquaporin-4がα1-SyntrophinのPDZドメインにより膜に局在化されることが申請者らにより示されているが、同分子の機能については明らかではなかった。

 申請者は本研究において、Dystrophin及びDystrophin複合体を形質膜から欠損するDuchenne型筋ジストロフィー、mdxマウス、及びHypertrophic feline muscular dystrophy(HFMD)などの骨格筋において、筋変性だけでなく骨格筋肥大や繊維化などの筋再生障害が認められることや、α1-Syntrophinがシグナル伝達系に関与する可能性が高いことなどから、同分子が骨格筋の再生過程において重要な役割を持つ可能性に着目した。そこで同分子の欠損マウスが骨格筋変性などの明らかな組織学的異常を示さないことを前提として、骨格筋形質膜を特異的に障害し速やかな筋再生を誘導する蛇毒cardiotoxinの前脛骨筋への注入による手法を用いて、同欠損マウスの筋再生過程における筋重量、筋線維数、Myosin Heavy Chain(MyHC) isoforms (fiber type)構成比の変化、筋収縮張力の測定、運動能力試験、及び免疫組織化学などについて正常マウスと比較することにより、その特徴を調べた。その結果、同欠損マウスでは骨格筋再生誘導後2〜12週時において広範なfiber splittingなどDuchenne型筋ジストロフィーにおいても特徴的に見られる所見を伴うを伴う顕著な筋肥大を呈した。筋肥大には個々の筋線維の平均面積の増加(Hypertrophy)、及び筋線維数の増加(Hyperplasia)の両方が関与していた。また、MyHCアイソフォーム特異的抗体による免疫組織化学により、主にMyHC IIbを発現する線維(type IIb 線維)において顕著な肥大が認められたが、SDS-Glycerol電気泳動法により、筋肥大に伴ってfiber typeの構成比には変化が生じていないことが示唆された。筋肥大の背景として、Northern Blotting法によりInsulin-like growth factor-1(IGF-1)mRNAの発現増加が認められた。さらにその原因として、単離した前脛骨筋の収縮張力の測定により、張力の低下が生じていることが重要であると考えられた。また筋再生過程の初期(再生誘導後1週時)から、同欠損マウスでは神経筋接合部形成においてSynaptic gutter構造が顕著に浅くなっていること、及びSecondary fold構造が短縮していることなど同接合部のmaturationに顕著な障害を生ずることを見い出した。さらに筋再生時における同接合部の形成障害の原因として、α1-Syntrophinが同接合部においてAcetylcholine Receptor、及びDystrophinの類似タンパク質であるUtrophinが構成するUtrophin複合体の共局在化に関与していることが重要であると考えられた。しかも同欠損マウスでは、金網保持試験により、筋再生誘導後1週時において運動能力の障害を伴っていることが見い出された。

 本研究は、α1-Syntrophin及びその下流に位置する分子が、骨格筋発生ではなく筋再生過程において本質的な役割を果たすことを明瞭に提示している。

 本論文は、α1-Syntrophinが骨格筋の再生過程において非常に重要な役割を果たすことを示した。またα1-SyntrophinがDMDなどDystrophin欠損筋の再生時に見られる神経筋接合部の形態異常、筋収縮張力の低下、及び骨格筋肥大などの少なくとも一部の責任分子である可能性が示唆された。これまでDystrophin複合体については形質膜裏打ち構造としての役割が強調されてきたが、α1-Syntrophin欠損マウスが、これまで明らかでなかったDuchenne型筋ジストロフィーなどDystrophin欠損における再生異常の病態の一部を再現していることから見て、Dystrophin欠損による骨格筋再生障害の分子機構に始めて大きく迫った研究として高く評価することができる。

 なお、本論文の一部は、保坂幸男、松田良一、亀谷修平、湯浅勝敏、鈴木友子、今村道博、武田伸一、池本隆昭との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、本論文は博士(理学)の学位を授与できると認める。

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