学位論文要旨



No 117924
著者(漢字) 吉田,知史
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,サトシ
標題(和) 出芽酵母M期終了制御因子の空間的な挙動の解析
標題(洋) Study of the spacio-temporal regulation of the factors involved in mitotic exit in budding yeast
報告番号 117924
報告番号 甲17924
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4395号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 梅田,正明
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 教授 河野,重行
内容要旨 要旨を表示する

導入

 細胞分裂周期においてM期終了のタイミングは非常に重要である。染色体を安定に保持するには、核分裂の完了後に核同士の間に細胞質分裂面がある状態でM期を終了しなければならない。出芽酵母では核が娘細胞(芽)に分配されてからM期終了に必須なTem1 GTPaseが活性化すると考えられている。活性化したTem1はCdc15 kinaseとスピンドル極体(SPB)の細胞質側で結合し、最終的にCdc14を活性化することでM期を終了させる。Cdc14はM期Cdkによりリン酸化された基質を脱リン酸化することによりM期終了を司るphosphataseで、M期Cdkの不活性化に必須である。Cdc14を大量発現すると細胞はM期に進行することができないことからCdc14はM期後期にのみ活性化されるように厳密に制御されていると考えられる。Cdc14はその阻害因子Net1により核小体に封じ込められているが、M期後期に細胞全体に放出されてCdkを不活性化する。tem1,cdc15変異株の最終表現型はCdc14が核小体に留まった状態でM期終期停止するのでTem1/Cdc15がCdc14を放出させると考えられていた。ではSPBの細胞質側に局在しているTem1/Cdc15がどうやって空間的に隔たった核小体中のCdc14を制御するのであろうか?また、M期終了の時期を決定するのは核の位置(Tem1の活性化)だけなのであろうか?私はCdc14の局在変化を詳細に調べることでTem1がどのようにCdc14の活性化に貢献するのか、それからM期終了のタイミングを決定する要因がどのようなものかを明らかにしようと考えた。

結果

1.Tem1/Cdc15非依存的なCdc14放出のメカニズムが存在する。

 私はCdc14の挙動を容易に検出するために染色体上のCDC14のcarboxyl末端にGFPを5つタンデムに融合し、完全に機能的で局在観察も可能なCdc14-GFP株を作成することに成功した。Cdc14-GFPは核分裂の開始とほぼ同時に核小体から放出され、M期が終了し細胞質分裂が始まると同時に核小体に戻った。tem1およびcdc5温度感受性変異株でのCdc14-GFPの局在を詳細に解析するため、細胞周期を同調させて経時的にCdc14-GFPの局在変化を観察したところ、Cdc14は制限温度下のcdc15変異株でもM期後期開始時に核小体から一過的に放出されていた。ただし、cdc15変異株ではM期が終了できないにも関わらずCdc14はやがて核小体へ戻ってしまった。同様の結果はtem1の変異株においても観察された。したがってtem1やcdc15変異株ではCdc14の放出がおこらないというモデルは正しくなく、一過的なCdc14の放出を見過ごしてしまったものと考えられる。

 これらの結果はCdc15とは独立に核分離開始時にCdc14の放出を引き起こす別のメカニズムが存在すること,またcdc15変異株ではCdc14を放出した状態に維持できないためM期終了ができないことを示唆する。そこで私はまずTem1/Cdc15と独立な経路を探るために微小管毒ノコダゾールで核分裂を阻害したときのCdc14の局在を観察した。微小管に損傷がある場合M期の進行はスピンドルチェックポイントにより阻止されることがわかっている。出芽酵母にはキネトコアと微小管のbi-polar attachmentが確立するまで姉妹染色体分離を阻害するMad2経路と核の位置をmonitorして核分配が完了するまでM期終了を阻害するBub2経路の2つのスピンドルチェックポイントが存在する。ノコダゾール存在下では細胞はM期中期で停止し、Cdc14-GFPは核小体に保持されたままであった。ところがスピンドルチェックポイント因子であるMad2あるいはBub2を欠損した株では一部の細胞でCdc14の放出がおこり、多少の遅延はあるもののやがて次の細胞周期へと進行した。この結果はCdc14の核小体からの放出がスピンドルチェックポイントにより阻害されていることを意味する。またmad2 bub2の2重破壊株はノコダゾール存在下でそれぞれの単独破壊株と比べてCdc14の放出が顕著におこり、まったくM期の遅延はおこらなかった。したがってCdc14の放出はMad2経路とBub2経路に独立に制御されていることになる。Bub2はTem1を不活性化することが知られているのでBUB2破壊株でのCdc14の放出はTem1の活性化によるものと考えられる。ではMad2経路の下流でCdc14を制御するものはなんであろうか?Mad2チェックポイントはPds1/Securinを安定化することで姉妹染色体分離に必須なEsp1/Separase機能を阻害することが知られている。PDS1破壊株でもMAD2破壊株と同様にCdc14の一過的な放出がおこったことからM期後期開始時のCdc14の放出はSeparaseが関与していると思われる(このことは最近報告された)。

II.Cdc5 kinaseがCdc14の放出に必須である。

 さらに私はM期終了に必須でM期に活性化するCdc5 kinaseの変異株ではCdc14の放出がまったくおこらないことに気付いた。Cdc14の放出はMad2やBub2を欠損した株でもCdc5がなければおこらないことからCdc5はこれらスピンドルチェックポイントよりも下流でCdc14を制御していると考えられた。そこで私はCdc5によるリン酸化が核小体のNet1-Cdc14複合体を分離させるのではないかと考え、これらの因子がCdc5の基質である可能性を調べた。その結果以下のことが明らかになった。

1.スピンドルチェックポイント活性化時にもCDC5を過剰発現するとCdc14の放出がおこること。またこのCdc14の放出にはCdc5のkinase活性が必要であること。

2.Net1はCdc14が核小体から放出されているM期後期にリン酸化されていること。

3.cdc5変異株ではM期後期のNet1のリン酸化もCdc14の放出もおこらないこと。

4.Cdc14と結合しているNet1はリン酸化されていないこと。

5.M期の酵母抽出液から免疫沈降したCdc5がバクテリアで発現精製させたNet1をリン酸化しうること。

6.Cdc5はM期に核、SPBだけでなく核小体にも局在していること。

 これらのことからCdc5によるNet1のリン酸化がNet1とCdc14の結合を弱め、Cdc14が核小体から放出されやすくなると考えられる。

III.Tem1はCdc14のSPB局在に関与する。

 Cdc14-GFPは核小体だけでなくSPBにも局在した。Cdc14のSPB局在は細胞周期をとおして観察されるが、Cdc14が核小体から放出されているM期に最もSPB局在が観察される細胞の割合が高かった。したがってCdc14のSPB局在は核小体からのCdc14放出に依存するところが大きいと考えられる。制限温度下のtem1やcdc15の変異株でもCdc14のSPB局在は観察されたが、Cdc14のSPB局在の頻度は細胞周期で大きな変化は見られなかった。TEM1,CDC15がCdc14の核小体からの放出に間接的に影響を与えること、さらに核小体からのCdc14の放出がSPBに局在するCdc14量に影響することを考えるとTEM1欠損株でのCdc14のSPB局在について考察するのはむずかしい。そこで私は核小体からのCdc14の放出を考慮しなくてよいようにNET1の発現を抑え(net1株とよぶ)Cdc14が核小体から常に放出された状態にしてCdc14のSPB局在を観察した。net1株ではCdc14-GFPは細胞周期を通してSPBに強く局在した。net1株でTEM1を破壊(△tem1)するとCdc14-GFPのSPB局在は顕著に強くなった。一方、Tem1の不活性化因子BUB2を破壊した場合や、活性化型Tem1変異(TEM1-1)を導入するとCdc14-GFPのSPB局在はほとんど検出できなくなった。したがってTem1にはSPBに集まったCdc14を細胞全体に放出させる機能があると考えられる。ではCdc14がSPBに集まっているときとそうでないときではどちらが細胞内のCdc14の機能が冗進しているのだろうか?net1株と比較するとtem1 net1株ではM期後期の細胞の割合が高く、M期の終了が遅延していた。したがってTEM1破壊株でCdc14がSPBに過剰に集まった状態ではCdc14が細胞全体に行き渡りにくく、結果的にM期終了に時間がかかると考えられる。

まとめと考察

 出芽酵母のCdc14の活性化(細胞全体への放出)には(i)Separaseの活性化。(ii)Cdc5の活性化。(iii)Tem1の活性化のいずれもが貢献していることが明らかになった。Separaseの活性化時、つまり姉妹染色体が分離したときにCdc14が核小体から放出されるということは逆に言うと核分裂前の細胞ではたとえ核が娘細胞へ移動したとしてもCdc14が核小体に留まっているのでM期が終了しにくいことを意味する。このようにCdc14が幾重にも制御されていることで正確に遺伝物質を娘細胞に伝えることが可能になっているのだろう。動物細胞ではスピンドルチェックポイントの欠損やSeparase、CDC5、CDC14のヒト相同遺伝子の発現異常がいずれもスピンドルの異常、細胞質分裂の異常そして染色体数の異常を引き起こすことが知られている。したがって発ガンなどの細胞増殖異常のメカニズムを知る上でも出芽酵母でのM期終了制御はよいモデルになりうると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、出芽酵母を実験材料として、細胞周期M期終了の分子機構を解明しようとしたものである。申請者は細胞周期制御因子の局在変化を種々の突然変異体の中で観察するという方法により、M期終了の時間的、および、空間的な制御を明らかにしようとした。第一章では、Ras蛋白質がM期終了の開始を制御する最も上流の因子Lte1の局在を制御することをしめした。第二章では、M期終了の最終段階であるCdc14ホスファターゼの局在制御について解析した。第三章では、Cdc14ホスファターゼの局在制御がCdc5ポロキナーゼによる核小体蛋白質Net1の燐酸化によることをしめした。以下、それぞれの章に関する要旨を示す。

第一章RasによるM期終了の制御

 酵母のRasの主要な機能はcAMP合成の活性化であるが、Rasの機能を失うとM期進行にも異常を示すことが知られていたが、その分子機構は不明であった。活性化型のRas2やira1欠損(いずれもRasの活性を高進させる)による熱ショック感受性を多コピーで抑圧する遺伝子として、LTE1を分離していたが、このLTE1の破壊株は低温においてM期終期停止の表現型を示した。Lte1はRasの活性化因子であるGEFのモチーフを持つ蛋白質である。LTE1破壊株の低温感受性を多コピーで抑圧する遺伝子としてTEM1が分離され、Tem1は低分子量GTPaseをコードしM期終了のキー因子であることが明らかにされた。上に述べた経緯から、Lte1はTem1の活性化因子として働くという仮説が提唱されている。本章で、この仮説が誤りであることを示している。その根拠は、Ltc1は活性化型Ras(Ras-GTP)と結合するが、Tem1とは結合しないこと、および、Lte1のGEFはRasとの結合に必要であるが、これがなくても多コピーにするとLTE1破壊株のM期欠損を抑圧すること、である。また、RasはLte1を娘細胞の表層に局在させることに働くことを示した。これらの結果はLte1がRasのエフェクターであることを示している。

第二章M期におけるCdc14ホスファターゼの局在変化

 Cdc14はM期Cdkによりリン酸化された基質を脱リン酸化することによりM期終了を司るホスファターゼで、M期Cdkの不活性化に必須である。Cdc14はその阻害因子Net1により核小体に封じ込められているが、M期後期に細胞全体に放出されてCdkを不活性化する。Cdc14-GFPは核分裂の開始とほぼ同時に核小体から放出され、M期が終了し細胞質分裂が始まると同時に核小体に戻った。ノコダゾール存在下では細胞はM期中期で停止し、Cdcl4-GFPは核小体に保持されたままであった。ところがスピンドルチェックポイント因子であるMad2あるいはBub2を欠損した株では一部の細胞でCdc14の放出がおこり、多少の遅延はあるもののやがて次の細胞周期へと進行した。この結果はCdc14の核小体からの放出がスピンドルチェックポイントにより阻害されていることを意味する。Cdc14の核小体からの放出はスピンドルチェックポイントで制御されていることを示した。

第三章Cdc5ポロキナーゼによるCdcl4局在制御

 申請者はM期終了に必須でM期に活性化するCdc5 kinaseの変異株ではCdc14の放出がまったくおこらないことを発見した。Cdc14の放出はMad2やBub2を欠損した株でもCdc5がなければおこらないことからCdc5はこれらスピンドルチェックポイントよりも下流でCdc14を制御していると考えられた。そこで、Cdc5によるリン酸化が核小体のNet1-Cdc14複合体を分離させるのではないかという考えのもとで、これらの因子がCdc5の基質である可能性を調べた。その結果,Net1がCdc5に燐酸化されることにより、Cdc14は核小体から放出されることがわかった。

 以上のように、申請者は出芽酵母のM期終了にかかわる因子の働きを時間的ならびに空間的な制御の観点から検討し、これまで信じられていたモデルを訂正し、あらたなモデルを提唱している。この間に構築した菌株、プラスミドは国内外の研究者に役立っている。本論文は博士(理学)に値することが、審査委員全員一致で認められた。

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