学位論文要旨



No 117925
著者(漢字) 伊代田,岳史
著者(英字)
著者(カナ) イヨダ,タケシ
標題(和) 若材齢時の乾燥がセメント硬化体の内部組織構造形成ならびに物理特性に与える影響
標題(洋)
報告番号 117925
報告番号 甲17925
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5383号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 岸,利治
内容要旨 要旨を表示する

 昨今の社会的関心事となったコンクリートの耐久性問題においては、高度経済成長期における莫大な需要に対応するための施工効率の追求ならびにコンクリート構造物メンテナンスフリー神話への過度の信頼などの社会的事情があったことが伺える。コンクリートの強度や耐久性に影響を及ぼす要因は数多く存在しており、その重要な要因は設計、材料特性、施工条件および環境条件に分類される。設計には供用される地域の環境条件による厳しい影響を考慮する必要があり、材料特性では各コンクリート材料の品質を耐久的なコンクリートのために考慮する必要がある。また、施工においてはその作業中に様々な段階において適切でない手法や不注意がコンクリートの品質を左右する。劣悪な運搬手段、打設作業、仕上げ技術、並びに不適切な養生方法などが挙げられる。環境条件においては供用前またはその後にコンクリート構造物が曝される環境がコンクリートの品質を左右することになる。さらに、1995年の阪神淡路大震災以降、構造物の設計方法が性能照査型設計へと移行しており、様々な施工や養生などの製造過程で幅広い選択が可能となった。このため現場ごとに様々な方法を利用できるようになり、その管理はすべての工程で現場に一任される形となった。養生に関しても構造物の種類や設置場所などにより養生方法は変化することとなり、施工時コストだけでなくライフサイクルコストを考慮した使用材料、構造物への要求性能から算出する最適な養生方法や期間を選択できるシステムの開発が望まれる。しかしその一方で、現在のコンクリート製造現場においては養生が軽減されがちであり、工期短縮や型枠転用といった理由により早期脱型されていることが指摘されている。養生時の水分とセメントの水和反応が非常に大きく関連していることから初期材齢時の養生はコンクリートの長期強度や耐久性を保持するためには非常に重要な意味を持つ。また、今後は循環型社会の達成のためにこれまで以上に多種多様の材料を用いたコンクリートが作られることが予想され、複雑な材料設計が必要となる。このような状況下において適切な材料選定と施工方法を選択するためには、養生時の周囲環境とセメントの水和反応特性の関連性、セメントの水和特性と硬化体の内部組織構造、さらには内部組織構造と長期強度や耐久性という物理特性を総括することが重要となる。

 本研究においては以上のような背景を踏まえた上で養生時の水分と水和挙動ならびに物理特性を考察することとした。養生時のセメント水和に影響を及ぼす要因としては、セメントの種類、配合、周囲の温度や湿度といった環境条件ならびに混和剤などが挙げられる。この中で配合と周囲環境の湿度に条件を絞り込み、普通ポルトランドセメントと高炉セメントを用いて、配合条件の異なるセメントペーストの材齢初期時の各種周囲乾燥環境における水和進行過程を水中養生と比較検討した。また、各環境ごとにおける内部組織構造の形成過程を明らかとし、連続的な環境下における微視的挙動を明らかとした。また、周囲環境は連続的ではなく刻一刻と変化することを踏まえて、雨水や湿度の変化などによる水分再供給される環境を想定してそのような場合の水和挙動並びに内部組織構造形成過程を明らかにした。一方で、そのような環境条件下で硬化したセメント硬化体の物理特性を把握し、測定した微視的挙動と巨視的挙動を内部組織構造を媒体にして若材齢時の乾燥が与える両者への影響特性を把握することを目的とした。

 まず、若材齢時から連続的な環境における水和特性ならびに内部組織構造の形成過程を調査した。配合条件と脱型時期ならびに連続的な環境条件をパラメータとし、強熱減量法による水和挙動と水銀圧入式ポロシメータを利用した内部組織構造を測定した。その結果、乾燥環境では水分が試験体表面から逸散することで内部の水分が不足し水和停止することがわかった。一方で水中養生や湿気養生では、配合上セメントが100%水和するために必要な水を満足していれば、水分逸散はおこらず外部の高湿度環境と平衡状態となるため、内部湿度は常に高い状態を保たれ、内部の水分が維持されることで100%近い水和が可能である。封緘養生においては外部への逸散は防止するもののそれだけの供給が期待できないために、若干低い水和度で収束する。その値は周囲湿度が低いほどまた脱型時期が早期であるほど顕著にあらわれ、まだ固まらないペーストの骨格内で水分が自由に移動し逸散して早く水和停止する。また、配合上の水分量の多い高水セメント比では水中養生で100%程度水和する。しかし、低水セメント比では外部から水分が供給され続ける環境においても水和反応が進行せず、その理由として低水セメント比では水和前のセメント粒子の配置が緻密であるため水和生成物が析出できないことと水分が浸透しにくいために水和反応が進まないためと考える。一方、乾燥環境下では水セメント比に関わらずほぼ同等の水和度に収束した。つまり高水セメント比では内部水分が多量に蒸発し、低水セメント比ではほとんど蒸発しないためだといえる。内部組織構造の測定結果においては、乾燥環境下では水和停止直後から粗大径をピーク径とし粗な内部組織を形成した。その粗大径は材齢が経過しても変化しないが、その量は若干減少する現象が見られた。これは内部に残存している水分が極微量水和したためであると考えられる。水中養生を施した場合には材齢とともに緻密化する結果が得られた。湿気養生では水中養生とほぼ同様の内部組織構造が得られ、水和反応と内部組織構造が密接に関わっていることが証明された。同様に早期脱型により水和停止した硬化体は同様に粗大な径を残存し、ピーク径が変化しない結果が得られた。水セメント比による違いも同様に乾燥環境下では粗大径を残存したままの粗な内部組織構造となることが明らかとなった。ただし、連続乾燥環境下では炭酸ガスとの反応により炭酸化が起こり、微小径の空隙が減少する現象が確認できた。水中養生における材齢ごとの水和度と総細孔量の関係は水セメント比ごとに定まり一定の関係となることは知られているが、初期における環境の違った試験体においてもその関係は維持され、水和度と総細孔量の関係は外部環境に依存しないことがわかった。

 次に乾燥履歴を持つ硬化体に水分再供給した場合の再水和現象の把握とその内部組織構造の形成過程を把握するために、セメントを普通ポルトランドセメントと高炉セメントの二種類を用いて材齢28日まで乾燥環境に存置した硬化体に水分を供給し水和挙動と内部組織構造を把握する試験を行った。その結果、乾燥後水中養生を施した硬化体は接水直後から急激な水和反応をはじめ、28日後には水中養生を施した試験体の水和度と同じとなった。高炉セメントでは水和遅延が見られたが回復方向に向かうことが確認できた。湿気により水分供給した場合、水分供給量が不足していることに加え、内部の微小径空隙から水分が供給され、大空隙径では表面に吸着するにとどまるため水和反応が進行しにくいことがわかった。乾燥環境が厳しい場合は生成された内部組織構造が非常に粗であるため、水分浸透しやすく水和反応も起こりやすいが、RH80%程度の環境では水和停止した時点での内部組織構造が比較的密であるため再水和反応も鈍く完全回復には至らなかった。この再水和反応の現象は水中養生を施した試験体の進行と非常に似ており水和生成物も違いが見られないことから、乾燥履歴により水和反応に変化が見られないことがわかった。内部組織構造では再水和反応による緻密化が確認でき、水中養生した試験体のピーク径と同じピーク径となったがその量が異なる現象が確認できた。この場合にも水和度と総細孔量との関係は前述した関係を維持しており、環境変化する場合でも維持できることがわかった。

 最後に連続水中養生、連続乾燥環境下ならびに乾燥履歴後、水分再供給を行ったセメント硬化体の質量変化、長さ変化、圧縮強度ならびに曲げ強度を測定したところ、質量変化と圧縮強度に関してはほぼ完全に回復した。また、総細孔量と圧縮強度の関係も維持されており、周囲環境が変化しても水和反応ならびに総細孔量、圧縮強度の関係は維持されることが明らかとなった。しかし、長さ変化においては水分を供給しても完全に回復できず収縮した状態となり、曲げ強度は水分再供給してもほとんど回復しない。そこで、電子走査顕微鏡で内部組織構造を観察したところ、水中養生ならびに連続乾燥を施した試験体にひび割れは見られなかったが、乾燥履歴を受けた後に水分供給した試験体には大きなひび割れが発見できた。これは連続乾燥を施した試験体では、まだ固まらないセメントペーストが乾燥し収縮したため、大径空隙がクッション材となりひび割れが入らなかったものに対し、水分再供給した試験体は水分が急激に含浸し微小空隙を押し広げひび割れが発生したものと考える。水分再供給した試験体に存在したひび割れが曲げ強度の発現抑制に大きく影響したと考えられるが、物質移動抵抗性が低下しないことからひび割れ内に水和生成物もしくは炭酸カルシウムが析出してひび割れを埋めたことで物質移動抵抗性が向上したと考えられる。しかし、この析出物は曲げ強度試験時には抵抗できないことから強度発現できないものと考えられる。

 養生時における乾燥履歴は水分を再供給することでマトリックスの形成では完全回復することが可能であるが、物理的に発生するひび割れが曲げ強度のような引張り側の抵抗力となり得ないことから注意が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 昨今の一連のコンクリート剥落事故などからコンクリートの早期劣化が社会的な関心事となっている.このようなコンクリートの強度や耐久性に大きな影響を与える原因は数多く存在しており,その重要な要因は設計,材料特性,施工条件および環境条件に大別できる.このうち施工においてはコンクリートの運搬手段や打設作業,不適切な養生方法など,適切でない施工や不注意が低品質コンクリートを製造することとなる.また打設直後や暴露されたコンクリート構造物に対して厳しい環境変化が,構造物に様々な応力を発生させひび割れを誘発し,耐久力の低下に影響を及ぼすと考えられる.

 このような背景のもと本研究は,早期脱型などによる養生不足と暴露される周囲環境の変動がセメントの水和反応ならびに内部組織構造に及ぼす影響を把握し,さらに長期性能である強度や耐久性などの物理特性に与える影響を評価している.また,様々な環境変化の過程においてセメント硬化体内に起こりうる機構をモデル化することで,まだ固まらないコンクリートと硬化コンクリートに与える環境変化の影響を評価している.

 第1章序論においては,現在の施工における養生の重要性をあげた上で,研究の背景と本研究の目的を概説している.

 第2章既往の研究においては,コンクリート標準示方書において定義されている養生の意義を説明した上で,セメントの水和反応と反応に与える影響要因,内部組織構造とその測定および観察の方法の既往の研究をまとめた上で,本研究の位置づけを概説している.

 第3章実験概要においては,本研究で行った実験に使用した材料ならびにその条件,水和進行度,内部組織構造,強度ならびに耐久性の試験方法ならびに試験体寸法の検討について概説している.

 第4章連続環境下におけるセメント硬化体の水和進行と内部組織構造形成においては,一定の環境下(水中および乾燥)におけるセメント系硬化体の水和反応ならびに内部組織構造を測定し,セメント硬化体の微視的観点における挙動を明らかにしている.一般的に材齢初期において乾燥環境下に暴露したセメント硬化体は,表層面から水分逸散し内部水分が不足し水和停止をすることが知られている.その水和停止機構を内部水分量の異なった配合や環境条件を要因として,内部組織構造を経時的に測定することでこの現象に関して考察を加えている.

 第5章水分再供給環境下におけるセメント硬化体の水和進行と内部組織構造形成においては,第4章に加えて周囲環境が変化する環境における水和挙動とそれに伴う内部組織構造形成を実験的に検討している.特に若材齢時の硬化体が乾燥履歴を受け,その後水分供給を受けた環境を想定し,その微視的挙動を経時的に明らかとしている.水分の再供給には水分量や乾燥履歴時の乾燥度を変化させ,水和進行を把握している.さらに,配合時水分量である水セメント比やセメントの種類を変化させ,各種環境下ならびに材料に対応できる検討を行っている.さらに,水和進行度合いとそれに伴い形成される総細孔量との関係を明確としている.また,新たな内部組織構造を測定する一手法として,等温吸脱着試験を利用して内部組織構造ならびに物質移動に関する提案を行っている.

 第6章水分再供給したセメント硬化体の物理的特性においては,水分再供給したセメント硬化体の物理的な特性を評価するために,連続乾燥環境,水中環境ならびに水分再供給環境において質量変化,長さ変化,圧縮強度,曲げ強度ならびに物質移動特性などの巨視的観点における特性を測定している.水分再供給したセメント硬化体は,質量変化や縦横比が1の試験体における圧縮強度は水中環境において作成された硬化体とほぼ同等の性能を発揮することを確認している.しかし,長さ変化,曲げ強度ならびに縦横比が2の試験体における圧縮強度は,水中環境の試験体に比べて低下することを確認している.圧縮強度発現と空隙構造,特に総細孔量と強度発現との関係から,縦横比の影響に関して考察している.

 第7章若材齢時に乾燥を受けるセメント硬化体のモデル化においては,前章までで得られた測定結果をもとに,初期材齢時の乾燥環境が与える影響をセメントが水と接してからの経時的な内部組織の形成過程を考察している.走査電子顕微鏡(SEM)を用いた試験体内部の観察を行い,水分再供給した硬化体に特異なひび割れを検出している。この結果を基にひび割れの導入されるメカニズムを乾燥環境で収縮状態にある硬化体に急激に水分が浸透することで,水分と接した表層近郊の未水和鉱物が急激に水和することから膨張し,表層面と内部との応力差によりひび割れを誘発する可能性があることを示している.また,それぞれの環境下で生成された内部組織構造を比較し,実構造物への適用に関しての注意点を考察している.

 第8章結論においては,本論文の成果をとりまとめるとともに今後の課題を述べている.

 以上を要約すると,若材齢時における乾燥履歴環境下での水和特性,内部組織構造と物理的な特性との関係性を明確とし,その内部組織構造をモデル化することにより,若材齢での周囲環境ならびに水分の取り扱いを評価したものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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