学位論文要旨



No 117931
著者(漢字) 知花,武佳
著者(英字)
著者(カナ) チバナ,タケヨシ
標題(和) 瀬-淵構造の形成に着目した魚類生息場評価法の開発
標題(洋) Evaluation Method for Fish Habitat Focused on Forming Process of Riffle-Pool Structure
報告番号 117931
報告番号 甲17931
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5389号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 客員教授 辻本,哲郎
 金沢大学 教授 玉井,信行
 東京大学 助教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,自然に配慮した河川管理には必要不可欠であると考えられる,環境評価手法の開発を目的としたものである.

 まず,こうした目的に合致する既往の手法として,PHABSIM(ピーハブシム)と呼ばれる手法に着目した.この手法は,流量条件を入力すれば,対象とする魚の生息場がどの程度確保されるかを出力できるという非常に便利なツールである.その構造は非常に単純でわかりやすいものの,それ故に魚の要求を十分表現できていないという問題点をはらんでいる.また,日本の河川が抱える問題点を考えれば,豊富な流量のみならず河道が有する多様な地形を取り戻したいというのが現状であるものの,このモデルでそうした要求にこたえることはできない.

 本研究はこのモデルをたたき台にしつつ,河川における生物の生息場をより適切に表現し,魚が河川で一生を送るために必要な機能が本当に保たれているのか,あるいは何が不足しているのかをわかりやすく提示できる環境評価手法の開発を目指した.その結果,瀬-淵に代表される河床形態の多様性を考慮した「魚類生息場評価法」を新たに提案することができた.この評価法には,今まで十分考えてこられなかった概念がいくつか導入されており,その特徴を順に説明していく.

 ・水深-流速の相互作用を考慮した適性基準の提案(第四章)

 PHABSIMでもそうであるが,魚の個体数は魚が確認あるいは捕獲された場所の水深や流速と比較されて議論されることが多い.しかしながら,「流速60cm/sの所に最も多くの魚がいた.」という情報は,理想的な生息場を考える上では特に参考にならない.これにはいくつか理由があるが,そのひとつが水深と流速の相互作用である.すなわち,水深が1mだったのか,20cmだったのかによって,その流速60cm/sが魚に与える影響は大きく異なる.本研究ではこの問題に着目し,横軸に水深,縦軸に流速をとった平面上で魚類の適性を解析する手法を提案した.

 まず,魚類分布の観測データを解析する際には,Ivlevの餌選択指数と呼ばれる指標を導入し,魚がいた場所といなかった場所の双方の環境に着目しつつ,魚の選好性を解析する手法を考えた.この手法を用いて解析した所,ウグイが利用する水深・流速には季節を問わず一定の傾向があることが明らかになった.

 次に,こうして現地データから判別されたウグイの選好性に,文献等に基づく既往の知見を加えることで,対象魚の生活史における様々なステージ(産卵,幼魚期,成魚生息場,成魚避難場)で利用可能な環境条件を,一つの適性基準で表現する手法を提案した.これにより,生活史を通して必要な場がそろっているかどうかを判断できる.

 ・瀬-淵構造における環境傾度に着目した解析手法の提案(第五章)

 上述した例で「流速60cm/s」という情報が不十分な理由には,水深と流速の相互作用以外にも,魚を捕獲した地点の情報しかないということがあげられる.つまり,ある場所の環境を議論する場合には,その場所の水理量だけではなく,その周辺環境との関係で論じられなければ意味はないのである.例えばこの場合,「流速60cm/s」はまわりにも同程度の流速が広がっているのか,周囲はもっと速い流速なのか,といった状況がわからない限り,魚がなぜそこにいたのかを理解することはできない.

 そこで本研究では,瀬から淵にかけての連続的な水深分布に着目し,多くの魚が利用していた環境は瀬-淵構造の中でどういった場所であったのかを,河川規模に関わらず統一的に表現できる手法を開発した.これにより,対象魚は瀬-淵構造のどのような部位を選好しており,それがどういった条件下でシフトするのかを把握することができる.このように,瀬-淵構造のスケールからの視点を導入した環境傾度分析により,水深,流速以外に生息場を規定している様々な要素が見えてくるようになった.

 ・物理環境の階層構造を考慮した評価手法の提案(第六章)

 河川の環境を見る際には様々なスケールから見ることができる.大きくは流域規模での評価もあり得るし,すでに述べてきた水深や流速といった一点の環境に着目した評価もある.本研究では,上述した環境傾度分析の結果に基づき,河川を三段階のスケールから評価するのが妥当であると考えた.まず,一番小さなスケールはポイントスケールであり,先に提案した水深-流速平面上の適性基準を用いてその適性を判断する.次にサブユニットスケールとして,河岸や底質の状態が均一な区間ごとに,その河岸と底質に対する魚の適性を評価する.最後にユニットスケールとして,淵の平均水深や,瀬における流速の多様性を基に瀬や淵の単位で魚の適性を評価する.こうして,得られた三段階スケールの評価結果から総合評価点を算出するという新しい評価法を提案した.

 PHABSIM同様,簡単な掛け合わせで評価値が求まるようにしているが,評価値は産卵から成魚の生息場までのあらゆるステージごとに求まる.よって,どういった要素が対象魚にとって制限因子となっているか,すなわち生息場のボトルネックを明らかにできるのが特徴である.

 これらの概念を導入した評価法を開発することができたため,実際に多摩川中流域へ本手法を当てはめることで妥当性を検証し,同時に各対象区間の環境を評価した.物理環境の階層構造を加味した効果で,評価結果はより現実に即したものになったと考えられる.

 しかし,例え評価手法が確立したとしても,現状の河川の何を改善すれば評価点を上げることができるのかがわからなければ次の対策に結びつかない.流量であれば変更できる変数が一つなのでわかりやすいが,地形となると問題は複雑である.そこで,多摩川中流域に見られる様々な早瀬と淵を形状や位置関係に着目することで,それぞれをパターン分類し,評価値を支配している要素を検討するというアプローチを提案した.その結果,以下のようなパターンを理解することができた.

 ・瀬-淵の形成パターン分析(第七章)

 まず,早瀬の形状に着目したところ,河床低下に伴いその形状が変化し,それに伴い水理環境の変化を引き起こすことがわかった.これは,早瀬の形状ごとに特徴的な評価値分布をとることを意味しており,早瀬における魚類生息場の質を改善するには,土砂供給量を始めとする交互砂州の規定因子を操作する必要があることがわかる.

 次に,淵の状態を規定する原因の一つは河岸であった.水制などの構造物まわりには局所的に深い淵が形成されるが,その分流れは淀みやすい.一方,根固めのあるコンクリート護岸の淵では,均一な水深が長く続く淵が形成されるため,環境が単調になりやすい.

 また,淵外岸に形成される凹凸や空隙は良好な生息場となるが,流れのあたり方や形成される深さによって利用され方が異なる.すなわち,河岸の形,護岸のタイプにも対象魚の特性に応じて工夫すべき点があることがわかる.

 さらに,早瀬が淵に与える影響も存在する.砂州の前縁線が延びたことにより早瀬の幅が広がると,それだけ流れが分散してしまい,淵頭でも流れが沈みやすくなる.また,早瀬からの流れが淵外岸に対して急な角度で入ってくると淵の流れは乱れる.このように,早瀬と淵の位置関係も,淵の質を規定する重要な要素である、

 これらのパターンをまとめると,評価値を向上させるためには,土砂供給量の回復といった長期的な改善が必要なものから,河岸状態を工夫するような短期的な対策が可能なものまで存在することがわかる.

 こうして,新しく開発した魚類生息場評価法の結果と瀬-淵の形成パターン分析の結果を組み合わせることで,対象河川の状態を定量的に評価するだけでなく,その改善策も検討できることを示した.

 本論文で提案する評価手法は,物理環境の階層構造を軸とした様々な概念を導入しており,河川管理に極めて有効なものであると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,河川の瀬と淵がつくる構造に着目し,魚類生息環境を河川物理環境の変質を正しく捉え,必要に応じて自然復元を行っていくと言うシナリオの中で重要な位置を占める「魚類生息場」評価に取り組んだものである.

 本研究の前段として,魚類生息場に与える人為的な影響を,生息場の直接的な改変と出水などの自然撹乱と複合した間接的な影響に整理して,影響の概略的なフローを描き,河川現場が抱える問題を包括的に捉えようとしている.

 その上でまず,ポイントでの生息場評価として,生息環境機能を物理指標と関係付け,物理基盤の状態やその変化から生息環境としての質の良否を読み取ろうとする生息場適正分析において,対象種であるウグイの選好性と忌避性の概念をうまく使いこなして,生息適性を流速と水深の組み合わせで表現する適正基準を提案している.

 これを河川空間に拡張するために,従来の機械的なメッシュ分割ではなく,河川の瀬と淵の組み合わせに着目した河川空間座標を提案している.ここでは河川の縦横断方向の空間構造を単純化した周期変化としてとりだし,それぞれの位置を位相で表現する手法を開発しており,この手法は瀬-淵構造の中で形成される特徴ある河川環境の一般的な空間座標表現と評価できる.

 その上で水深や勾配,底質の違いに注目して河川をグリッドに分割して,各グリッドにポイント評価法を適用して評価点を算出し,対象とするスケールごとにグリッド評価点の和をとることによって,それぞれのスケールごとの生息場評価基準を提案した.本研究では,一組の瀬-淵構造のスケールとそれを構成する河岸や底質が均一なサブスケールの二つスケールを対象としており,これによりポイント評価手法では表現できなかった景観としての組織的な河川構造や対象種の生活史も考慮できる評価法を提示することができた.

 最後に魚類生息環境を規定する重大要素である瀬-淵構造の形成・維持機構について地形学あるいは生態学的視点での景観構造分析を試み,工学的考察を展開している.

 以上,本研究は,従来の物理指標を用いた生息場適正分析を河川の水理特性と空間的な階層構造の概念を導入して進展させており,その成果は自然と共生しうる河川管理の実現に資するところが大きく,社会的有用性に富む独創的な研究成果と評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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