学位論文要旨



No 117932
著者(漢字) 中川,英則
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,ヒデノリ
標題(和) スペクトル確率有限要素法の地表地震断層問題への適用
標題(洋) Application of Spectral Stochastic Finite Element Method to Surface Earthquake Fault Problem
報告番号 117932
報告番号 甲17932
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5390号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 講師 井上,純哉
内容要旨 要旨を表示する

 地表地震断層による構造物への被害が発生したため,地表地震断層やその対策がホットテーマとなっている.表層に発生する地表地震断層を理解するには,地質学・地震学の理学的知見と地盤工学・地震工学の工学的知見が必要であり,現象の解明や被害の予測には未解決な部分が多い.地表地震断層のシミュレーションが共通の基盤となると期待されているが,地質・地盤構造や入力される断層変位のモデル化が困難なことのほか,数値解析手法が整備されていないことが現状である.

 上記を背景として,本研究は,地表地震断層問題の数値解析手法としてスペクトル確率有限要素法を開発し,モデル実験や実測例の再現を試みてその妥当性と有用性を検討する.シミュレーションは,モデル化が比較的容易であり,断層進展の散逸が期待できる表層の未固結層を対象とする.地盤構造の実測が限られているため材料パラメータ等に平均や分散を与えた確率モデルを構築する.未固結層を支える基盤の断層変位を入力とし,断層が地表に出現するか否かの確率的な評価,出現する場合には予測される断層の形状を出力とする.

 本研究で開発したスペクトル確率有限要素法は,確率モデルや応答を確率関数として扱う、その確率関数に対し,確率空間ではスペクトル展開を用いて,物理空間では有限要素法の形状関数を用いて離散化するところに特徴がある.確率関数の間の結合確率を正確に評価することは難問であるが,確率空間と物理空間で定義された汎関数を用いる変分問題を設定し,解決を図っている.また,未固結層の地盤材料の非線形性に対処するため,効率のよい近似計算と計算アルゴリズムを開発した.

 スペクトル確率有限要素法によるシミュレーションの妥当性を検証するため,二次元問題(正・逆断層)と三次元問題(横ずれ断層)のモデル実験の再現を行った.二次元問題では,底部に入力される強制変位の角度に応じて,断層が地表に出現する位置や必要な底部の変位量が変わるが,良好に再現することに成功した.三次元問題ではリーデル線と呼ばれる雁行状のせん断帯が発生する.離散化が荒いことや単純な構成則を用いたため,リーデル線を完全に再現することはできなかったが,表面の雁行状せん断帯を計算することは成功し,実験で計測されたばらつきも含め,形状やせん断帯出現に必要な底部の強制変位量を良好に再現することができた.

 実地盤にスペクトル確率有限要素法を適用するためには,入力データとなる未固結層の形状や材料パラメータ,基盤面や断層変位の方向を設定しなければならない.利用できるデータに応じて,入力データを設定する手順を検討した.

 上記の手順に基づき,野島断層とシャーロンポー断層の再現を試みた.前者は主に横ずれ断層,後者は逆断層である.実測データや地盤種類に応じて未固結層の確率モデルの構築と基盤断層変位の設定を行い,地表に現れる断層の形状を計算し,実測データと比較を行った.良好な一致が見られたが,これは未固結層の厚さが薄く比較的簡単なシミュレーションとなったこと,入力データが良質であることが主な原因である.妥当性が検証されたため,ついで破壊確率を計算することでシミュレーションの有用性を検討した.破壊確率とは,地表に断層が発生する確率で基盤の変位量の関数として与えられる.計算された破壊確率から,地表に断層が発生する可能性が高い基盤変位量や確実に発生する変位量が予測され,震源断層のすれ変位や地表の断層変位量との比較より,予測された変位量が妥当な範囲にあることが確認された.

 上記の結果を,スペクトル確率有限要素法に基づく地表地震断層シミュレーションの開発,二次元・三次元のモデル実験の再現,二つの実地表地震断層のシミュレーションという結論として整理した.合わせて確率モデルのシミュレーションの利用を議論し,将来の具体的な課題とした.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,スペクトル確率有限要素法を用いた地表地震断層のシミュレーション手法の開発を試みたものである.未固結層を対象としたシミュレーションの問題設定を行い,材料や構造が不確かな地盤に対して確率モデルを導入した.非線形地盤材料からなる確率モデルに対し,スペクトル確率有限要素法を改良し,数値解析手法としての有効性を示した.逆・正断層の二次元問題と横ずれ断層の三次元問題に関するモデル実験のシミュレーションを行い,観測データとの定量的比較を行い,実験のばらつきも含め,シミュレーションが実験結果を良好に再現することを示した.横ずれ断層の野島断層と逆断層のシャーロンポー断層という二つの実地表地震断層をシミュレートし,実測された断層形状とシミュレーションの結果を比較することや破壊に必要な基盤の変位量を推定することで,シミュレーションの妥当性と有効性を検証・検討した.

 本論文に関する審査会の評価は,論文の質に関して十分博士論文のレベルに達している,というものであった.地表地震断層というモデル化も難しく,また,数値計算も容易ではない力学問題に対し,合理的な数値解析手法を開発し,モデル実験から実地表地震断層まで幅広い例を対象として,数値解析手法の妥当性と有効性の検証を試みた点は高く評価された.

 論文の審議は,主に次の2項目に関して行われた.

 1)横ずれ断層のシミュレーション

 横ずれ断層は,基盤に一様な横ずれ変位が与えられたにも関わらず,地表にはやや斜めに傾いて周期的に発生する断層である.これは三次元弾塑性体の分岐現象である、スペクトル確率有限要素法では,ばらつきを持つという確率モデルの特徴を活かして,意図的に初期不整を入れることなくこの分岐現象をシミュレートすることができる.この点が議論された.

 分岐現象であるため,寸法や材料パラメータに結果が依存することが指摘された.確率モデルの設定を種々変更したパラメトリックスタディを行い,この点を検討していることが詳しく説明された.また,モンテカルロシミュレーションとの比較が指摘された.所期不整を入れるため,モンテカルロシミュレーションの各モデルでは横ずれ断層が計算されるものの,モデルの平均となる一様モデルでは横ずれ断層を必ずしも計算することができないことが説明された.また,三次元弾塑性体の非線形解析を行うモンテカルロシミュレーションは,膨大な計算資源が必要となり,実用的でないことが強調された.

 2)シミュレーションの利用方法

 開発されたシミュレーションを,断層挙動の予測にどのように利用するかが議論となった.未固結層を対象としてシミュレーションの問題設定が行われているため,計算される破壊確率を用いて「対象とする地盤に所定の断層変位が入力された時に,断層が発生するか否か」を確率的に評価することが主要な利用方法であることが説明された.利用できる地盤のデータに応じて確率の幅が広がるとともに,入力される断層変位が変数となっているため,基盤の断層変位が正しく推定されなくとも,断層の危険性を評価できることが説明された.

 地盤中の断層進展の過程に関するデータが極めて限られているため,シミュレーションの妥当性を検証することに利用できるデータは断層形状のみである.このため,シミュレーションの一つの利用は,断層形状を予測することが考えられることも指摘された.断層形状の予測も検討されているものの,主要な利用は破壊確率の予測であることが強調された.

 なお,開発された地表地震断層のシミュレーション手法の妥当性と有効性に関しては,さらなる検証が必要であることが指摘された.シミュレーションの具体的な利用法の考案とともに,確率モデルの分岐現象をより正しく計算するようシミュレーションの高度化を検討することを望む指摘である.この点に関してもシミュレーションの計算アルゴリズムの工夫や将来の課題が説明された.

 以上のように,本論文では,現時点での十分な検討がなされていることや,また,将来の課題として明確に問題点を示していることが審査会で示された.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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